第15話 真実
最初に感じた違和感は、このオートマターはどうやって
僕の居場所を探したのだろうか、という素朴な疑問であった。
確実に自分は、盗賊団のアジトから金貨をありったけせしめた後、
迅速に、的確に、1分程度で、その場を離脱したはずなのである。
その上、町の中では人の寄り付かない空き家に忍び込み身を隠した。
だから、淡雪がいくら優秀な機械であったとしても、
「一度見失ってしまった僕を、その日のうちに発見する」
などという行為はまず不可能なはずなのだ。
だが、実際に淡雪は、すぐに僕を見つけ出した。
それが疑問の原点であった。
次に感じた違和感は、ギルドでの出来事だ。
衣服を交換し、淡雪は王都の老舗(しにせ)のご令嬢、
自分は売り出し中の冒険者に扮装をしていた。
やりとりは台本通りだった。
僕が伝えたシナリオを、淡雪は完全に演じ切っていた。
だがそれでも、予想通りではないこともあったのだ。
それは、「ギルド職員の登場」であった。
実を言えば、あのシナリオにおいて、
「資金洗浄の現場を実際に誰かに目撃してもらえる」
などとは思ってはいなかったのである。
なぜならば、「本当に見てもらえずとも問題はない」からだ。
国の直轄機関であるギルドという権威ある建物の中において、
真実そういったやりとりが行われた、
という事実こそが大事なのであって、
職員に「公証」までしてもらえる、などというのは
中立機関を自称するギルドという存在から言えば、
ありえない出来事、と言って良かった。
だが実際には、交渉が成立した瞬間、ギルド職員が現れ、
僕らのやり取りを「見届けた」と言ったのだ。
このことは間違いなく、ギルド職員が隣室に控えていて、
面談の一部始終を観察していたことを示していた。
きっとあの会議室は、ああいったギルド職員が監視の目を
光らせるべき案件で使われる特殊な部屋なのだろう。
ギルドの規約には単なる仲介機関でしかないと記載されていたが、
実態はもっと生臭いものなのかもしれない。
まあ、そんなことは今考えても推測の域を出まい。
大事なのは、交渉が成立したと思われた瞬間、
なぜか淡雪が「鏡の向こう」をじっと見ていた、という事実である。
僕はその瞬間を確かに目撃したのだ。
そして、後になってみてから気付く。
「淡雪は鏡の向こうにギルド職員がいることを
知っていたのではないか」
ならばなぜ、彼女はその存在に気が付いていたのだろうか。
並外れた勘であろうか。
なるほど、それはあり得ないことではない。
だが、いささか説得力に欠ける答えだ。
僕はその事について、こう考えた。
いやいや、考えるなど、おこがましい限りだろう。
たまたま思いついたというだけに過ぎない。
その上、たまたま思いついた経緯、というのも赤面する限りだ。
次のような次第なのだから。
僕は何日も、人間不信らしく、他の冒険者を頼らずに、
要するに、他人と一緒にならず、できるだけ一人で旅に出る方法を、
煮詰まりつつもアルコールの力を借りながら考えに考えていた。
そしてついに、3日目の朝、「火炎弾」というアイテムの存在を
料理を運んで来たナンナちゃんから偶然にも聞き及ぶに至ったのである。
僕はそのアイテムの存在に甚く期待し、
金に飽かせて買いまくれば、
なんとか他の冒険者たちと同道せずに旅に出られるのではないか、
などと妄想し浮かれた。
そんなわけで、その日は朝からいつも以上に酒を頼み、
昼にはすっかりと酔っぱらっていたこともあって、
もたれ掛かって来た美しい機械人形である淡雪に
あっけなく地面へ押し倒されてしまったのである。
その際に、胸中を去来したのは、
「ああ、この状況は以前にもどこかで経験したな」
という呑気とも言える追想であった。
だが、そんなデジャブは、ふと僕が盗賊団のアジトから
金貨を奪った後に忍び込んだ、
ぼろぼろの家屋のことを思い出させたのだった。
確かにあの時、淡雪は僕に対してこう言ったのだ。
『イニシャライズが終わるまで声も出せず動くこともままならず、
貴方様を見失った私は、動けるようになってから急いで貴方様
を探したのです』
思い返してみれば、当時もその言葉にどこか引っかかるものを
覚えていたのだが、この時、違和感ははっきりとした疑問へと
昇華したのである。
ああそうだ。
完全に見失った人間を見付けることは、それ程容易だろうか。
冒険者ギルドが用意したマジックミラーを見破ることが、
そんなに簡単なことであろうか。
いや、そんなはずがないのである。
もちろん、その考えに確証があるわけではなかった。
ただただ、思いついただけなのだから。
だが事実、淡雪は僕を探し出した。
鏡の向こうの人間の存在をあらかじめ察知していた。
そしてもしも僕の予想が正しければ、
「このことは僕が一人で冒険の旅に出ることを助けてくれる」
かもしれないものだった。
・・・
・・
・
「239匹ですが、それがどうかされましたでしょうか」
そう何事でもないように答える自動人形は、
僕の手を引いて前を歩きながらも、
首だけをねじるようにして振り向いた。
そして、そんな奇異な態勢になりながらも歩みを止めることはない。
人ではありえない姿勢で話す存在を目の当たりにして、
内心を慄(おのの)かせながらも、更に質問を重ねた。
「その239匹の内訳というのは分かるものかな」
「貴方様のおっしゃるゴブリンでしたら、
2足歩行のモンスターと聞いております。
判別することはあまり難しくはありません。
先程本物にも会いましたのでより正確に推計できます。
そうですね、今でしたら半径500m以内に23匹が
いるようです」
ああ、やはりそうなのだ。
僕はひとつの事実に確信を深めて頷いた。
「淡雪、実はひとつ疑問に思っていることがあるんだ」
僕がそう言うと、淡雪は後ろを向いたままの姿勢で、
稼働部を器用に動かして首を傾げた。
一層酷くなるグロテスクさに息を飲むが、
何とか平静を装って言葉を続ける。
「こうして僕たちは町の外を随分と歩いているというのに
まったくと言って良いほどモンスターと出会わない」
夕闇は深く泥(なず)み始めており、
間もなく日はとっぷりと暮れそうな時刻だ。
「僕もこの世界に来て、日が浅いから詳しいことは分かっちゃいない。
だが、町の外に出ればそれなりにモンスターがいるはずだ。
現に襲われた経験もある。特にこんな繁みの奥などには、
それこそうじゃうじゃと潜んでいるものじゃないのか」
それなのに、と僕は続ける。
「出会ったモンスターは、さっき火炎弾の犠牲になった
哀れなゴブリンだけだ。しかも、都合の良いことに後ろを向いていて、
いかにも僕たちに気付かない様子だった。
丸で、どちらを向いているのかあらかじめ分かっていて、
僕たちが近づいたように思える」
淡雪は首を傾げるのを止めると、やはり僕の手を引きながら、
けれど恰(あたか)も前が見えているように、
正確に木々の間、岩陰を縫い進みつつ、口を開いた。
「貴方様、一体先ほどから何をおっしゃりたいのでしょうか。
淡雪はまた何か、粗相をしでかしたのでしょうか」
そう言うと、わずかに頤(おとがい)を下げる。
影が色濃く顔(かんばせ)に落ちて、丸で悲しんでいるように見えた。
思わず人形ということも忘れて慌ててしまう。
「いやいや、そうじゃない。確かめたいことがあるだけだ」
僕は慎重に言葉を選んで淡雪に問うた。
「淡雪、君は人やモンスターがどこにいるか察知できる
特殊な機能を具(そな)えているんじゃないのか」
その質問に対して、淡雪はなんでもないことのように答えた。
「そこまで器用なことは出来ません。私はただ、魔力音を聞いて、
見当をつけているだけで御座いますから」
魔力音を、聞く。
初めて聞く単語に、僕はうまく反応することができなかった。
「魔力音。それはその、魔力の音、ということか」
いかにも頭の悪そうな返答になってしまったが、
人形はがくりと首を稼働させて大きく頷いた。
「その通りです。人であろうと、モンスターであろうと、
この世に生きる者たちは少なからず魔力を備えております。
私はその魔力が発する微細な波動、つまり音を、
ある程度聞き分けることができるというだけです」
なるほど、と言って僕は頷いた。
いや、本当は魔力やら何やら、
詳しい事は何一つ分かってはいないのだが、
魔法使いがいるような世界である。
「そういうものもあるのだろう」と、
いつもながらのファジーな理解をしておく。
音、というだけあって、きっとソナーのようなイメージだろうか。
さっき彼女は半径500mと言った。その範囲の生き物の存在を
察知できるということか。
「それは例えば、雨の中や人ごみの中、他の騒音がある中でも
問題なく聞こえるものなのか」
「その通りです。それぞれの魔力音には僅かながら違いがあります。
まったく同じ波長というものはありません。
加えて魔力音どうしは打消しあいません。
水の波紋と似たようなものでしょうか。
その上、機械人形である私であれば、
波状を正確に計測することができますから、
似た波長であっても混同しません。
それに、一度聴いた魔力音パターンは記録され、
可聴距離内であれば特定することができます。
また、同種の生物やモンスターは、
魔力音のパターンが似ているようです。
つまり、先ほどのように、一度聞いた同種の生き物であれば、
ゴブリンの時の様に数を推定することも可能になります」
僕は淡雪の説明に甚く感動し、思わず喝采を叫びそうになる。
だが、ここが決して安全な場所でないことを思い出して、
一言だけ「すごい」と漏らした。
「なら、僕のこともそうやって探したというわけだな。
500mという制約はあるとはいえ、
町の中を探せば見付けることは不可能じゃないだろう。
ギルドで鏡の向こうの職員の存在を察することができたのも
そういった理由からか」
謎が解けたことに喜ぶが、淡雪は再び首を傾げ、
「5㎞です」
とつぶやいた。
僕はその言葉の意味がよく分からず、返答に窮していると、
彼女の方から補足してくれた。
「半径5㎞が可聴距離になります。その範囲であれば
魔力音を聴くことができます」
それは、何というかとてつもない。
500mでも注意を張り巡らせれば、「かなり有用」、
と思ったくらいだ。それなのに5㎞先まで警戒網を
広げられるとは、あまりに嬉しい誤算だった。
これならば、間違いなく、
「淡雪、ありがとう。その能力があるなら、僕たちは二人で
冒険の旅に出ることができるだろう。モンスターや盗賊、
そして他の冒険者たちとの接触を極力避けながら、
草原を進むことができだろう。さあ、早速明日から
出発の準備に取り掛かろう」
その言葉に、丁寧に梳(くしけず)られたが如き黒髪を揺らし、
淡雪も不器用に頷いた。
「はい、貴方様と二人きりでしたら、私はどこにでも参ります。
ただ、申し訳ございません。先ほどの話の中でひとつだけ
訂正をしておかなければならないことがあるのです」
さて、なんであろうか。
やはり、魔力音に関する制約があるのだろうか。
冷静になった僕は改まった気持ちで耳を傾けた。
「貴方様を見つけ出せたのは、魔力音を聴いたからでは
ないようなのです。ないようだ、などと言っては
曖昧で本当に申し訳ないのですが、
実は私にも貴方様を見つけ出せた理由がよく分からないのです。
どうも貴方様の音だけは、私の中でブラックボックス化している
別の機能に計測が割り当てが行われているようでして、
そのせいでしょうか、貴方様の場合は、
たとえどこにいらっしゃっても、
私にはだいたい居場所が分かってしまいます」
その説明を聞き、今度こそ僕は首を傾げたのであった。
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