第13話 料理
資金洗浄やマネーロンダリングとは、犯罪によって獲得した資金を、
正当な取引による報酬に見せかける行為で、
日本でも薬物売買や武器販売、誘拐や強盗によって得られたお金は、
漏れなく資金洗浄されている。
なぜならば、資金洗浄をせずに汚れたお金を使えば、
そこから犯罪行為の足がつき、早晩、司法のお世話になるからだ。
資金洗浄では、具体的には、預金口座の移動や土地、
建物の売買などを経由しながら、合法的な取引によって
発生したお金だと世間へ見せかけることになる。
さて今回、僕が企てたのも、正に盗賊団から手に入れた
泥の付いた金貨を正当な取引によって入手したように
見せかけるという「演劇」であったが、
元の世界で行われていたようなワールドワイドなものではなく、
もっともっと、ちっぽけなものだった。
僕は自分が着ていた「淡雪の貫頭衣」を脱ぐ。
淡雪にも「僕が元々着ていた衣服」を返してもらい、
代わりに新しく購入してきた服を渡した。
「結構、男物の服も似合っていて良かったな」
再び裸になった機械人形に僕が感想を言うと、
淡雪は「御戯れでございます」と素っ気なく答えた。
そう、今回の仕掛けにおける役柄は、淡雪が商家の娘であり、
僕がその依頼を受注しようとする駆け出しの冒険者、であった。
それから忘れてはならないのが、冒険者ギルドの存在である。
かつて参照したギルド規約によれば、依頼の内容は
モンスター討伐に関連すれば、特に制約はないとあった。
また、受付のお姉さんからの説明によれば、モンスターが
直接関係しない護衛任務なども依頼登録することが可能である、
ということであった。
このことは、「僕たちが依頼を出すこともできる」ということを
示しており、そのことを利用して、僕は淡雪に冒険者ギルドで、
とある依頼を登録することを命じたのである。
ただ、その際にネックだったのは彼女の恰好であった。
淡雪に与えた貫頭衣は関節部のつなぎ目が露呈し、
否が応にも注目を浴びるだろうと思われた。
巷で噂になっている盗賊団から奪った金貨を、
これから洗浄しようと企んでいるというのに、
僕たちの存在が目立ってしまうのは本末転倒に違いなかった。
なので僕は、自分の着ていたロングスリーブの黒のワイシャツ、
カーキのスラックスらと、淡雪の貫頭衣を「交換」したのである。
淡雪が男装の麗人の形(なり)をすることになり、
僕が貫頭衣という粗末な恰好をすることになった。
他の冒険者や受付のお姉さんから
怪訝な目で見られたのはこれが原因である。
ただ、僕の衣服は暗めの色であったから、
この間、洗濯も出来ず汚れてしまっているものの、
元の色が幸運にも保護色となっていた。
おかげで、淡雪に着てもらってもなんとか、
商家の娘の風変りな「正装」といった風に見せることができたのである。
まあ、多少は注目されたようだが、オートマターという存在がばれるより
余程マシであり、また、受付のお姉さんが言った通り、変わり者同士、
という評価で落ち着いてくれたようだ。
さて、そのようにして淡雪に依頼登録を指示したわけだが、
僕は登録の際に、「面談」、というステップを採用試験の
行程に必ず組み込むように伝えていた。
面談試験というのは、要は面談を実施する側に
採否の裁量権が与えられるという、
主催者側にとって一方的に都合の良いシステムなのだ。
おかげで、日本の会社でも広く採用されている。
僕はできるだけ淡雪との関連を薄めるために、
彼女がギルドへ赴いてから多少の時間を置いて後を追いかけたが、
到着した時には既に2つの冒険者グループが面談を受けた後だった。
だがもちろん、会社の採用試験でよくある出来レースの通り、
その両者は「人柄」なぞという意味不明の選考基準により
不採用としていた。
一方の僕は、初めて異世界に来たころの格好に比べて、
格段に粗末な衣服を身に着け、貧困をアピールすることとしていた。
そして、やや無理のある依頼でも受注したい、という動機付けを演出する。
そして、受付のお姉さんが恰も推奨したように見える形で、
まんまと淡雪の依頼の面談を受けることになる。
もちろん、その依頼がお姉さんの口から出るまでは、
何くれと理屈を言って断り続けるつもりであった。
淡雪が化ける商家の令嬢との面談では、嘘の無い範囲で
誇張した自己アピールを繰り広げ、それが恰も「人柄」が
「信頼できそう」などという、主催者側の裁量で
どうにでもなる基準を見事クリアしたように演出した。
そして、当初の打ち合わせ通り、僕はギルドという
ある種公的な場所において正式な受注を獲得したように
見せかけた訳である。
「何にしても淡雪がこのタイミングで僕の前に現れて
いなければできない作戦だったな」
さて、今回の計画の肝は、依頼達成時の報酬である
金貨200枚ではなく、前金の金貨50枚であった。
この50枚がギルド員立会いのもと、
合法な取引による正式なお金、として認められたのである。
つまり、この50枚が「資金洗浄に成功」したお金となったわけだ。
ただし、この効果範囲は金貨50枚のみに留まらない。
よほど荒っぽい金貨の使い方をしない限りは、
僕が何枚の金貨を使っているかなど、
この異世界の文明レベルでは把握することは困難だろう。
もちろん、日本にいた頃であれば、通帳の残高の流れを
追うことで、司法機関はその違和を発見するに違いない。
だが、この世界はまだそのような文明のレベルにはない。
銀行だってあるのかどうか確認できていないのだ。
つまりところ、僕は今回の計画の成功で、ある程度自由に
金貨をつかえるようになったということだ。
とはいえ、僕は用心深い男であるから、
精々100枚程度にまで利用を抑えるつもりではあるが。
ただそれでも、今まで使用できなかった金貨が使えるようになったのは
今後の生活を考える上で、非常に明るい話題であった。
そう具体的には、
「どうだ。その服は」
「はい、サイズもちょうどあっているようです。
このような素敵な服までご用意いただけて、淡雪は幸せです」
そう、こうして懸案だった服装についても手当てすることができた。
ぎこちない仕草で微笑みの表情を浮かべた機械人形は、
ロングスリーブの純白のブラウスに編上げの黒のベスト、
足首のつなぎ目を隠すためにフルレングスの
朱いギャザースカートを纏っていた。
整った容姿も相まって、非常に能く映える。
ギルドに出入りしていた時の恰好とは全く違うため、
誰もあのお嬢様と同じ存在だとは思わないだろう。
「貴方様もよくお似合いですよ」
「そりゃどうも」
御世辞を言う機能も付いているのだから大したものだと感心しつつ、
自分の身に着けている服装を見下ろした。
さすがに日本にいた頃に着ていた服は汚れ始めていたため、
下着ごと取り替えた。
薄手の緑のコートとカーキのシャツを合わせた旅装で、
裏地に沢山のポケットが付いて収納効率が良いのが特徴である。
「さて、これで準備万端整った。それじゃあ早速、宿に行くとしようか」
僕は久しぶりに個室で眠れることに心を弾ませながら、
馴染みのトルガル亭に向かうのであった。
・・・
・・
・
宿の個室に案内された僕は早速ベッドの上に体を放りだし、
まだ日が沈まぬうちから怠惰にまみれていた。
機械人形は部屋の端に立ったまま静止している。
よく似合う服飾で着飾った淡雪はまさに作り物めいた美を
醸し出しており、素直に眼福であった。
僕はその道具のありように満足を覚え、
心に巡る充足感を逃がさないよう目を瞑り、深く呼吸した。
そして手元に投げ出されいたメモ帳を手繰り寄せる。
異世界五日目のページには、
・金貨の使い方
・宿
・淡雪の素性
・淡雪が外に出られる服の調達
・この町にいることの危険性の検証
・自分の着替えの調達
の項目が残っていた。
僕はこれらの課題についてすべて斜線を引いて行く。
「ああ、これだけうまく全ての項目をクリアできたのは珍しいな」
そう感嘆しつつ、自分の頑張りを褒め称えた。
宿には15日分の宿泊費を既に支払ってある。
2人での利用の場合、本来は一泊6500マグラということであった。
個室の宿泊費が2人で4500マグラ、食事が2000マグラである。
ただ、今回は15日分を一括で支払うということで、
幸運なことに宿の方から割引の提案をもらうことが出来た。
先方から何も言ってこなければ、僕はそうした面倒な値切り交渉を
一切するつもりはなかったからラッキーであった。
それで、結論としては1泊6000マグラにまけてもらえる上に、
お湯代をただにして貰えた。
僕は意気揚々と9枚の金貨を支払い、
これでしばらくは生活基盤は安泰だな、と胸を撫で下ろした。
世間的にはその期間で受注した依頼の準備を整え、
王都に向かって出発する、ということにしている。
実際に王都へ出立するかどうかは、今後の検討課題だ。
なぜならば、もちろん僕と淡雪だけでは、
王都まで無事に辿り着くことはできないだろうし、
かと言って、ギルドへの狂言の一くさりとして言ったような、
別のパーティーに協力を仰ぐ、というのも、
コミュニケーション障害に片足を突っ込んだ僕には現実性がなかった。
そしてまた、
「絶対に裏切らない信頼のおける護衛を雇うことは難しい」
というのが今朝取り組んだ課題である、
旅に出られるかの検討、において得られた結論なのだ。
「結局のところ、まだまだ自由に旅に出られるような状況ではないか」
いかにも八方ふさがりの状況に僕はそうぼやいた。
とはいえ、そんなことは固(もと)より理解しているので、
特に残念でもない。
何より、今日の仕事は既に終わっているのだから、
これら厄介事はまた明日、検討すれば良い事だった。
僕がそう考えを整理していると、
宿の看板娘のナンナちゃんが料理を持って来てくれる。
少し早目に運んでくれるようお願いしていたのだ。
2人分の料理がテーブルに並べられると、僕は早速席についた。
部屋の隅で控えている人形にも同席するよう声を掛ける。
僕が食事に手を伸ばすのを待って、淡雪も料理を口に運び始める。
機械にも関わらず平然とパンやスープを嚥下していた。
なるほど以前、彼女自身が言っていた通り、
食事機能は持っているようだ。
「これなら、宿の人間に怪しまれることもないな」
二人で宿泊している以上、二人分の料理をお願いするしかなく、
それが毎日一食を残すような状況になれば、
宿の人間が淡雪の正体について疑念を持つ切っ掛けにもなりかねない。
だが、それは杞憂であったようだ。
僕は安心すると、肉を一切れ咀嚼してから、淡雪に質問を投げかけた。
まだまだ未知の存在であるオートマターである淡雪の正体を、
少しでも把握するため。
などといった、高尚な理由では全くなかった。
単なる退屈しのぎである。
実を言えば、そもそも僕にこの人形の正体を知りたいなどという
普通一般的に抱くような欲求は一切持ち合わせていなかった。
そうした普遍的な好奇心が少しでも僕にあったのならば、
もっとまともな人間に育っていたことだろう。
「淡雪にはどこか行きたいところはあるかい」
スープの中に沈んだ芋を掬いながら聞いてみる。
「貴方様の行かれるところに、私もご一緒したく思います」
まあ人形だから、そういう答えが返って来るかと思っていたので
特に驚かずに質問を重ねる。
「では質問を変えよう。僕ら二人でこの町の外に出るとして、
どこに行こうか。護衛も何も雇わずに二人きりでだ。
モンスターの存在を考えると、無謀かもしれないが、
何か手を考えないとな」
その質問に、機械人形はナイフで肉を切り分ける姿勢のまま
微動だにしなくなる。何か複雑な計算でもしているのだろうか、
と僕が首を傾げながら返事を待っていると、1分程経って動き出した。
「二人きりでしたら、私はどこでも良いです」
「いや、だから、それが出来ないから聞いているんだが」
何処かかみ合わない会話を繰り広げながら、
太陽は沈み、夜は更けてゆくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます