第12話 猫耳

 僕がギルドに赴いた時間は昼をかなり過ぎた時間であった。


扉を開けると強面(こわもて)の冒険者たちが3人、

何やら悪態をつきながら出て行くのにすれ違う。


ぎろりと睨まれるが、こちらの格好を一瞥すると怪訝な顔をする。


そしてすぐに興味を失うと再び悪態を吐きながら遠ざかって行った。


耳を傾けてみると、


「俺たちが誰だか知らねえのか。泣く子も黙るCランクの白牙団だぞ。

 それをあの女、ランクだけじゃなく人柄も見るときたもんだ。

 御笑い種だぜ。外では腕っぷしだけが頼りだってのに。

 まったく気に入らねえ。だが、ギルドの中じゃ脅すこともできやしねえ」


僕は首を傾げながら建物へと入った。


中はまばらに冒険者がいるだけで、

僕が入ってきたことに気付きもしないようだ。


だが受付に行くと、いつもの猫耳の女性がこちらを見て

ぎょっとした表情を一瞬だけ顔に浮かべてから、

直ぐにいつもの営業用のスマイルを取り繕った。


「こ、こんにちわ。赤坂さん。本日はどうされました。

 それにしても随分な恰好になられましたね」


やはり皆、そのことに驚いていたのか。


つい昨日、大蟻を使った盗賊団の討伐劇があったし、

その後も色々と込み入った事情があったわけで、

僕の服が当初の頃に比べて傷んだものになっているのは

仕方のないことだった。


「なかなか冒険もうまく進まずに満足に服も買えない状況でして。

 そんなわけですから、少しでも割のいい仕事を受けたいんです。

 何か僕にでもできそうな、良い仕事はありませんか」


困窮した風に話すと、受付のお姉さんは同情したような

視線を向けてから、「そうですねえ」と言って、

手元の依頼リストをめくっていった。


「ああ、これなんかどうでしょうか。ゴブリンの討伐依頼なんですが、

 いつもより割増になっています。西の大洞穴への大がかりな調査が

 国の方で予定されているということで、その露払いを兼ねている

 みたいですよ。一匹につき800マグラになっているんです」


なかなか割の良い依頼に思えたが、今回僕がここに来たのは

もっと簡単に沢山のお金を稼ぐためである。


「すいません。他にはないでしょうか。例えば、護衛任務なんかで」


「ええっ、護衛任務ですか。護衛任務はもちろん無いわけじゃあ

 ありませんが、けれどある程度の実力がないと務まらないお仕事ですよ。

 失礼ですが、赤坂さんはまだFランクの冒険者です。

 命を落とす可能性が高いですよ」


本当に心配されているのだろう。厳しい指摘を受けてしまう。

だが、僕は旅に出る為にも、ここで引くわけにはいかないのであった。

少しくらい無理な依頼であっても、必ず受注しなくてはならない。


僕はどうしても高額の依頼を受ける必要があるのだと、

厚意でもって止めてくれる猫耳の受付さんの忠告を無謀にも袖にして、

強引に護衛任務を探してもらうのであった。


「本当におやめになった方がいいのですが、

 お急ぎということならこの件でしょうか」


猫耳をしな垂(しなだ)れさせながら渋々と紹介してくれたのは、

王都に店を構える商家の令嬢の護衛任務であった。

推奨ランクはEランクからであり、依頼するかは面談で決めるという。

割がいいと思ったのは成果報酬が金貨200枚である上に、

前払いとして金貨50枚となっている点であった。


「ですが本当によろしいんですか。王都までの道のりには

 沢山の凶悪なモンスターがいます。この辺りのゴブリンや

 バットなどとは比べ物にならない、Dクラス、Cクラスの

 モンスターたちも闊歩しているんですよ」


そう忠告を与えてくるが、僕はやはりその言葉を

常ならぬ意固地さで聞き流すと、お礼を言って仮受注票を受け取った。


正式な受注票は依頼主が持っており、

面談に合格すれば貰うことができるらしい。

そして、依頼の受付もその時点をもって終了する仕組みだという。


諦めた面持ちでお姉さんが告げる。


「面談場所ですが、依頼主から安全のためギルドを使いたいとの

 要望があり、奥の会議室を貸与しています。既にいくつか、

 腕利きの冒険者グループが面談をされたようですが、

 どの方たちも人柄を理由にまだ本受注には至っておりません。

 すぐに面談を受けられますか」


僕が頷くと受付のお姉さんは、「ではこちらです」と

奥の会議室前まで案内してくれる。


緊張しつつ部屋の扉を開けると、中には見慣れない恰好の女性が

テーブルを挟み、冷やかな目をして座っていた。


・・・

・・


「なるほど。では赤坂さんはまだ冒険者になりたてのFランク。

 モンスターも数える程しか倒していないということですか」


自己紹介の後、相手からの威圧感のある言葉に

僕はたじろぎながらも言い返す。


「ええ、まあそうです。しかし、遠くからやって来たこともあって、

 色々な知識を蓄えています。ですから、お嬢様を王都へ

 お連れすることはたやすいと思いますよ」


そう言って信用を勝ち取ろうとするが、

ロングスリーブの黒のワイシャツと、カーキのスラックスを

着こなす目の前の麗人は、ますます表情を固くするように、

こちらを顔をまじろぎもせず凝視した。


まるで僕を路傍の石のごとく見つめるその冷徹な表情に、

僕はますます萎縮するのであった。


「敵はモンスターばかりではありませんよ。そう例えば、

 王都への道のりの中で盗賊に襲われたとでもしましょう。

 敵は多数で勝てる見込みは薄いです。そうした場合、どうされますか」


「それは質問が曖昧過ぎて答えづらいです。状況によるとしか言えません。

 例えば近くに森があるようならば私ならばその中へ逃げ込みます。

 そしてこの季節は落ち葉も多いですから、それを目一杯被れば、

 モンスターにだって見つかることはないでしょう」


令嬢はその言葉に頷くと、


「貴方に相応の知識があることは分かりました。冒険者らしく

 よく森のことをご存じのようです。勿論、別に最初からそのことを

 疑おうとは思っていません。ですがどうなのでしょうね。

 貴方は礼儀正しく、優しく、紳士的で知恵が回り、冷静で、

 しかし時に果断な判断を下すような思い切りの良さも持っていて、

 私の嗜好にも合致している上に」


おいおい何を言い出すんだ。


僕が怪訝な表情を浮かべると、令嬢は一瞬口を開けた状態で静止すると、

すぐに仕切り直すように言葉を続けた。


「とまあ、例えそうだとしても、実際にそのことが私を守るのに

 どれほど役に立つでしょう。無論、無闇な戦闘は控えて頂くのが

 前提ではありますが、しかし外ではどうしたって戦いを避けられない

 場合もありましょう。そうした場合、どうやって私を守るというの

 ですか」


それはそうだよな、と思いつつ、僕は説得のために言葉を弄した。


「それは誤解です。何も僕は戦えないわけではありません。

 先日もゴブリンを倒しましたし、日々経験を積んでいるところです。

 それに僕だけでは頼りないというのであれば、別のパーティーに

 共同戦線を持ち掛けてもいいと思います。もちろん、その料金は

 依頼料の中から僕が責任をもって工面しましょう」


女性は顎に手をやると、ややぎこちない仕草で頷いた。

長い髪がさらりと揺れる。


「なるほど、貴方一人ではなく協力者を募るということですか。

 わたしも商家の娘ですから、人を見る目はあるつもりです。

 それは信頼できる方が、いかに希少であるかを知っている

 ということです。

 赤坂さん、貴方は確かに戦いの経験も強さもまだまだのように感じます。

 しかしながら、私は貴方が信頼できる人柄のように思いました。

 その貴方が別のパーティーを集め、そして責任者として

 今回の依頼達成に尽力をしてくれるというのであれば、

 私も王都に店子(たなこ)を構える商家の子。

 貴方を信じ、依頼を受けてもらうこととしましょう」


そういうと、令嬢は壁に掛かった鏡をじっと見つめる。

すると、なぜか直ぐに男性のギルド職員が入って来た。


「今回の依頼。この赤坂さんに正式に受けて頂くこととしました。

 信頼できる人柄であると思います。よって、本件は受注済みと

 しておいて下さい。今後の面談は受け付けません。

 また正式な受注票と前金の金貨50枚を、ギルド員立会いのもと、

 今ここで引き渡しましょう」


僕は早い展開に内心どきどきとしつつ、

テーブルの上に差し出された紙面と小袋を受け取る。


袋には確かに50枚の金貨が詰まっていた。


間違いありません、と僕が言うと、

ギルド職員が「確かに見届けました」と告げる。


僕は改めて目の前の女性に向き直ると、


「お任せ下さいお嬢様。この赤坂が必ずや王都までお連れしますので」


そう告げると、令嬢はその言葉にくすりともせず、

変わらぬポーカーフェイスで、


「ええ、よろしくお願いします」


と答えるのであった。


こうして、ギルド職員立会いのもと、

王都までの護衛契約が正式に結ばれたのである。


・・・

・・


「細かいことはまた後日に」と言って令嬢が先に退室すると、

僕も少し時間を置いてから部屋を出た。


来た時と同じくホールにいる冒険者はまばらで、

トランプをして時間をつぶすものや目を閉じて居眠りをしている者もいる。


僕はそんな者達を横目にしながら、カウンターの前まで歩いて行く。

すると、猫耳のお姉さんが驚いた様子で僕に声を掛けてきた。


「まさか面談をパスするとは思ってなかったわ。

 信頼を勝ち取るなんて、なかなかやるじゃない。

 でもそんな恰好なのに、あのお嬢様もよく貴方のことを

 信用したわね。ここを出ていくときも澄ました感じだったし。

 でもあのお嬢様も結構変わった服装よね。

 まるで男性が着るような服だった。

 案外、お互い変わり者同士で気が合ったのかしら」


その軽口に苦笑しつつ、僕はお礼を述べた。


「ありがとうございます。実際そうかもしれませんね。

 ですが、これも偶然あの依頼を紹介して下さった受付さんのおかげです。

 本当に食べるのに困るほど、お金に苦労していたので助かりました」


そう言うと、お姉さんは首を横に振って、


「ううん、私の方こそ厳しいことばかり言ってごめんなさい。

 でも分かってるかとは思うけれども、大変なのはこれからよ。

 さっきの部屋での会話、悪いけれども聞かせてもらったわ。

 確かに貴方が責任をもって他の冒険者パーティーを勧誘するのは

 いいけれども、中には碌でもない輩も沢山いるわ。

 そのことだけは心にとどめておいて。悪いけれどギルドは

 冒険者間の諍いには介入しないことになっているから」


「よく理解しています」と頷くと、

僕はもう一度お礼を言ってから外に出た。


太陽の角度からして、時刻は3時過ぎくらいであろうか。


日が沈むまでまだ時間はまだありそうだなと確認し、

僕は目抜き通りに面したお店を一軒づつ覗いて行って服屋を見つけ出した。


バリエーション豊かな衣服が売られていることに驚きながらも

幾つか買い込むのと同時に、何点か注文もしておく。

もちろん貰ったばかりの金貨を使った。


そしてついでに、金貨20枚を銀貨190枚と銅貨100枚に両替をしておく。

どんなお店でも両替だけをお願いするのは難しいが、

上客ともなれば融通を利かせてくれるのはどこの世界でも同じだ。


これでお金が使いやすくなったと、ほくそ笑みながら店を出る。


「さて、これで用事はすべて終わったな」


僕はやることをやったという多少の充実感と、

頑張りすぎたことによる疲労感を盛大に感じながら、

目抜き通りを南へ下り、なんとか数時間ぶりに

例の襤褸屋敷(ぼろやしき)まで帰って来れたのだった。


周囲をいつものように注意しつつ窓から侵入すると

目の前には先ほど別れたはずの令嬢が、

硝子のような瞳を僕に注ぎながら佇んでいた。


そして開口一番、「上手くいきましたね、貴方様」と無表情のまま、

僕に向かって今回の作戦の成功を言祝(ことほ)いだのである。

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