第3話 冊子

朝起きると昨日の日雇い労働の疲れが出たのか、いまいち頭がはっきりしなかった。

ベッドのうえでごろごろと無聊をかこちながらぼんやりと考えた。


とりあえず日日(にちにち)を生きていく分には当面日雇い労働を受注していればなんとかなりそうだな、とひとまず安心する。


とはいえ、なにせ前の世界では日本のサラリーマンである。

安定、終身雇用、という言葉にどっぷりとつかっていた身分であった。いまの貯蓄もできない生活というのは、まあ不安といえば不安であった。


やっぱり、お金はあるだけあったほうがいいのである。

余分にある必要はないのだが、いざという時にないと困る、というのがお金である。


とはいえしかし、突然異世界に飛ばされながらも、とりあえずは当面暮らして行けそうだ、という目処がついたのは、まあ幸運、といって良いと思われた。

今後、安定した収入を得るためにも、色々と画策しなければならないのだろうけど、当面は大丈夫なのだ。

ならば、今後何か良い手も浮かぶかもしれない。

のんびりとやっていこう。

のんびりとやれるのが、僕にとっても何よりも大事なのだ。

あくせくとするのは、どうしてもできない。


性にあわないどころではないのが、肝であろう。


そんなことを回らない頭で考えていると遠慮がちにドアがノックされた。どうやらナンナちゃんが朝食を持ってきてくれたようだ。


さてさてと。並べられた食事を口に運びながら、ベッドの脇に置いていたメモを引き寄せて、紙面を眺めた。行儀の悪いことである。


紙面には、異世界二日目とあったので、次のページに異世界三日目、と書こうとしたら、既に記載されていた。


なので異世界二日目のページに残されていた幾つかの項目を、そのまま異世界三日目のページへと書き写す。


昨日の朝に書き写していた、手軽なゲーム的要素確認手段、の下につらつらと書いてゆく。


・手軽なゲーム的要素確認手段

・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者登録


「あ、そうだそうだ」


思いついて、僕は冒険者登録の項目に斜線を引き、その下に新たに、冒険者用依頼の受注、と書いた。


昨日、冒険者登録をしたので、冒険者登録をした冒険者が受注することができる専用の依頼、を受けることができるはずなのだ。

どういった内容の依頼があるのかは分からないが、一番簡単なものから、経験を積むために、受けてみるのがいいだろう。


あとそれから、残金確認、というのも付け足す。

これはおまけである。それほど重要な訳ではないが、とりあえずやらなくてはいけないことだから、課題に付け足しただけである。すぐできるものでも、こうやって逐一課題として挙げ、終わったら成果とすることが、精神衛生上良いのである。


そんなわけで、


・手軽なゲーム的要素確認手段

・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者用依頼の受注

・残金確認


さて、残金であるが、なんてことはない。

まだ二日しか経っていないわけで、日銭を稼いだのも二日だけである。

1日目が6000マグラ、2日目も6000マグラであった。

1日目の宿に支払った金額が4500マグラで、今回も4500マグラ支払っている。そんなわけで今のところ3000マグラ。銀貨が3枚、手元に残っている。


ポケットにある銀貨を数えれば一瞬で分かることなのだが、こういったもったいぶった思考も嫌いではない。

無駄に時間を費やすのも嫌いではない。


メモの残金確認、の項目に力強く斜線を引いた。


「それに残金は結構大事だ。冒険者用依頼であまり 稼げなかった場合に、手持ちのお金と合計して、 宿に泊まらないといけないかもしれない。一泊 4000マグラとしたら、とりあえず1000マグラは稼がないと野宿になる」


異世界で野宿というのは少し危機感を刺激する。

第6感じみた鋭い感覚はないが、まあ、避けるべき事態であるように思った。この世界にもう少し慣れればそういったこともやってみる余地があるのかもしれないが、この世界のことがまだまださっぱり未知である以上は無謀なように思うのだ。


1000マグラだったら、フルタイムの労働をしなくてもいいかもしれないな、という気持ちも湧いてきたが、それはすぐに打ち消した。自分は怠惰であるが、あまりにもぎりぎりな生活には恐怖を覚えるタイプだ。

小心者なのである。1000マグラだけ稼いで、宿泊すれば、残金は0である。残金0。恐ろしいことである。

人生にはヴァッファが必要だ。それが心の余裕になる。

心の余裕がない人生はいやだ。小心故に落ち着かないのだ。


さて、それでもう一度メモを見直した。既に食事は終えて、空になった食器がテーブルに残されている。


・手軽なゲーム的要素確認手段

・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者用依頼の受注


「あー、そうだなぁ」


実は早くやらなければならないと思いつつも、今の今まで置き去りにしてきた項目に目を落としながら呟いた。


そろそろナンナちゃんが食器を取りに来るかな?


そう思って少し待っていると、ナンナちゃんが食器を回収しに来てくれた。ちょうどいい。


「ナンナちゃん。実はど忘れしてしまったことがあって、少し教えて欲しいことがあるんだけど」


うまい理由を考えようともしたのだが、面倒な気がしたので、いい加減な理由をつけて質問する。


客商売だけあって、ナンナちゃんが嫌な顔一つせずに、なんですか?と返してくれる。


「この町の名前なんだけど、なんだったかな」


「えっ?ああ、この町ですか。ここはミトの町ですよ」


「そうだったね。ごめんごめん。つい忘れちゃって」


「いえ、いいんですよ」


ナンナちゃんがくすりと微笑んだ。


「ちなみに、この町や、この国のことが書かれた冊子のようなものはないのかな」


「冊子ですか?ううん、この町のことについて、というのはないですね。それほど大きな町というわけでもありませんので。この国のことでしたらこの宿にも古いですがそれらしいものがあったかと思いますよ。持ってきましょうか」


「ありがとう。旅をしていると色々なことを知っていないといけないんで、助かるよ」


「あ、そうだ。ええっと、残部があまりないので、お譲りするわけにはいかなくて、お貸しするということでいいですか」


「もちろん、それで大丈夫だよ。あ、今日はもう暫くしたらチェックアウトするから、次に泊まるときに見せてもらえるかな」


ナンナちゃんは、了解しました、と屈託なく言うと、食器を下げて出て行った。


僕は、ここがどこか確認、と書かれた項目を、次のページに書き写した。そのページの頭には、異世界四日目と書いておく。


異世界三日目の、ここがどこか確認、に斜線を引いた。


さて、それじゃあ、手軽なゲーム的要素確認手段、について取り組むとしようか。


ベッドに仰向けに寝転んで、手間暇掛けずにゲーム的要素を確認できる手段がないか、ゆるゆると考え始めた。


「ゲーム。ゲーム。ゲームねえ」


何か思い浮かばないかと、うんうんと悩んでみる。

ロールプレイングゲームの定番といえばなんだろうか。

だいたい最初に勇者が王様に言われて初期装備をもらって、モンスターを倒しながら、最後に魔王を打倒する、といったところだろうか。


「その途中には仲間を加えたりするわけだ。魔法使いや、戦士や、盗賊やら。それで、ドワーフやらエルフやら、色々と種族がいる」


レベルアップして強くなっていく中で、倒せる敵も増えてくる。


「そうか。強さね。あっ、そういえば昨日、ギルドで色々とおしえてくれたな。あれも忘れないうちにメモしておいたほうが良さそうだ」


気がついて、メモの方に、ギルドの情報整理、と加筆する。


「それから、たしか、ステータスの鑑定屋、と言ってたな。そこに行けば何か分かるかもしれない」


思い出して、それも加筆しておいた。

細々とやることが色々とある。


「覚えていたら、ギルドに場所を聞いてもいいかもしれない。案外、ナンナちゃんが知ってるかもしれないな」


そうか、レベル、という概念もあるのかもしれない。


「そうか、レベルで思い出した」


昨日入手したギルズブレスレットに触れて念じてみる。

すると、昨日と同じ内容が表示される。


赤坂慎太 ヒューマン 冒険者 職業なし ランクF 達成回数0


やっぱりそうか。職業、という項目がある。

ここには多分、魔法使い、やら、戦士、やらが入るんじゃないのか。だとすると、その職業を手に入れる方法はなんだろう。

自分が魔法使いになれる可能性なんかもあるのだろうか。


メモに、職業とは?、と、職業に就く方法は?、の二つを項目に加えておいた。


・手軽なゲーム的要素確認手段

・大蟻とは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者用依頼の受注

・ギルドの情報整理

・ステータスの鑑定屋

・職業とは?

・職業に就く方法は?


「結構ギルドで確認できそうな項目があるんだよな。あまり急いでやりたくないんだけど、覚えていたら聞くようにしようか。さて」


手軽なゲーム的要素確認手段、に斜線を引いて、異世界四日目に写す。そして、ベッドから勢いよく立ち上がる。


「そろそろチェックアウトしないとだな。ギルドに行こう。けど、すぐにギルドに行ってもあの混雑だ。なれないうちは少し怖いな。人が少なくなる時間からにするか」


それまではどこかで暇を潰さないといけない。

宿のラウンジが使えるようなら、そこで暇を潰させてもらおう。


そういい加減なプランを立てて、僕はお世話になった部屋を後にした。


・・・

・・


「ええ、別に今はいていただいても結構ですよ。お昼からは料理を出しているので、その時間帯はご遠慮頂きたいのですが」


お礼を言って、しばらくの間宿屋の1階のラウンジを使わせてもらうことにした。ついでにナンナちゃんをつかまえて、聞きたいことを聞いておくことにした。


「ステータスの鑑定屋のある場所を知っているかい?」


そう聞くと、もちろんですよ、と元気な声で返事をもらうことができた。

さすが宿屋の看板娘、この町のことは商売柄よく知っている。


「冒険者ギルドのことはご存じですよね。中央の噴水のある近くの。ええ、そうです。ああ、登録されているんですね。その隣に実はあるんですよ。看板も掲げてなくてわかりにくいんですけね。赤レンガのお店ですね。えっと、お値段ですか。わたしも利用したことがないので正確ではないですが、冒険者さんたちが言っていたのを聞いた感じですと、多分1回1000マグラあたりではないでしょうか」


1000マグラであれば、手が出る範囲だな、と思った。どうしようか。

結構時間があるから、今から行ってステータス鑑定を受ける、というのもありな気がする。


ただ、それをすると、ステータス鑑定をして、それからギルドに行って、受注して、働いて、宿屋に戻ってくる、という感じになる。


結構慌ただしい。僕にしては少し真面目に取り組みすぎだ。息切れをしてしまいかねない。そうなったら復活するまでしばらくかかる。本末転倒ってやつだ。


ステータス鑑定は気が向いたら行くことにしよう。1000マグラだって馬鹿にできる金額じゃない。なにせ僕は3000マグラしかないのだ。貧乏だなあ。


しばらく時間を潰してから、ギルドへと向かった。

ギルドに向かう途中に赤レンガのお店を確認しておく。

確かにあった。こじんまりとした民家のようなお店だ。

少し見ていると冒険者の一行が入っていくのが見えた。

どうやら冒険者御用達のお店ということは間違いがないみたいだ。

そこまでわかれば今日は十分。さっさとギルドに行くとしよう。


扉をくぐり、喧騒から解放されたギルドの、カウンターへと伸びる列に並ぶ。冒険者用の簡単な依頼は残っているだろうか。

なければ今日も日雇い稼業だ。つらいもんだ。


「はい、次のかた。ああどうも、たしか赤坂さんですね。今日はどうされましたか」


どうやら三日目ともなり、名前と顔を覚えられたようだ。

受付さんらしい把握力だなあ、と感心する。自分などはいくら一緒にいる人でも、すぐに忘れてしまう質なので、感心は人一倍だ。


要件を告げると受付さんは頷いて、


「ああ、冒険者用の依頼ですね。昨日ご登録されましたものね」


「はい。ただ、こんな時間になってしまっては簡単な依頼は残っていないんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。報酬は低くてもいいので、できるだけ難易度の低いものがいいんですが」


「そうですか、了解しました。最初は無理は禁物ですからね。ところで冒険者用の依頼となると、どうしてもモンスターとの戦闘の可能性がありますが、赤坂さんは戦闘経験はあるんでしょうか。武器などは今は携行されていないようですが」


おや、どうも知らないことがあありそうだ。


「えっと、すいません。冒険者用の依頼というのは、モンスターとの戦闘ばかりなのでしょうか」


そう聞くと、猫耳の受付さんは、うーん、と人差し指を顎に当てて唸った。


「まあそうですね。モンスターが絡まない依頼は、ほら、一昨日と昨日、赤坂さんがされたお仕事、ああいった一般依頼になります。冒険者が必要な依頼、というのは モンスターが絡むから、冒険者が必要になるわけですから。ああ、もちろん、盗賊などから貴族や商人を守る護衛任務なんかもありますけれどね。そういう意味では、 戦闘がある程度前提になっている、と思って頂いていいと思いますよ」


ううん、そうなのか。ならば武器は必須だろうし、何よりも、自分にそんな戦闘などできるわけがなかった。もちろん、レベルアップなりなんなり、あるのかもしれないが、現時点ではっきりとしないことだ。日本にいた時のことを思い返せば、きっと犬一匹相手をするのも苦労する。それが異世界に来たからといって、強さの確証もなく、いきなりモンスターと戦う、などといった判断をするわけにはいかなかった。


「ああ、それじゃあ、僕が出来そうな依頼はなさそうですね」


「そうですねえ。まあでも、村の近くの薬草採取業務でしたら、危険はほとんどありませんよ。視界も開けていますから、 いざとなったら町に逃げ込めばなんとかなると思います。武器くらいは持たれたほうがいいと思いますが」


「薬草ですか。えっと、どういった草かは教えてもらえるんですか」


はい、もちろんですよ。


そう言って、カウンター下のデスクから、一冊の冊子を取り出すと、僕の前に広げた。


「ほら、これです。葉っぱの形が六角形なんで結構特徴があるんです。これが一枚10マグラになります」


なるほど、これなら僕にもなんとかなりそうだ。しかし、一枚で10マグラはだいぶ安い。安いが・・・。


「それでいいです。ありがとうございます。僕でもなんとかなりそうですね。それで、その武器なんですが、できるだけ安いものを購入したいんですが、どこかに良い武器屋はありませんかね」


「受注ですね。了解しました。特に枚数に上限はありませんのでよろしくお願いします。採取された分は、この隣にある引き取りカウンターで換金できます。ではブレスレットをこちらへ」


何をするのか分からないまま、言われた通り、ブレスレットを差し出す。


すると受付の女性がブレスレットの石の部分に触れた。


ぼうっと、一瞬だけ青い光を発するとすぐに収まった。


「依頼受注をご確認ください」


「えっと、ああ、はい」


ギルズブレスレットに触れて念じると、いつものステータス以外の情報が浮かび上がった。


赤坂慎太 ヒューマン 冒険者 職業なし 

ランクF 達成回数0 受注依頼No.34


この受注依頼No.34というのが、薬草採取の依頼なのだろう。


「確認しました」


「はい。それから武器屋ですが、防具屋も営んでいらっしゃるドワーフのお店が、斜向かいにありますので、一度覗かれると良いかと思いますよ」


「ああ、そういえば盾に剣が交差した模様を看板に掲げたお店がありましたね」


「ええ、そこです。それでは良い冒険を」


お礼を行ってギルドを出た。

えっと、それじゃあまずは、武器やを覗こう。

3000マグラで買えるような武器があればいいだけれども。

何か良い中古品でもあるといいのだけれども。

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