第2話 雲泥

起床して朝食を終えるとメモを手元に引き寄せた。

異世界一日目のリストに残っていた項目に全て斜線を引いて、ビリっとちぎりとる。

二枚目に、異世界二日目と書いて、今斜線を引いた項目を写していった。


・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・お風呂

・冒険者登録

・ゲーム


「さて、今日はどうしようかな」


チェックアウトはもうしばらく後で良いらしいと、先ほど朝食を運んで来てくれたナンナちゃんから聞いたので、ベッドの上に寝転んでメモを眺めた。


優先してやらないといけないことは幾つか頭を掠めるのだけれど、相変わらずやる気がおきないので、そういった合理的な思考を深めたり続けたりすることはできないようだ。


「ああ、そういえばお風呂は解決しているな」


気がついて斜線を引いた。

斜線を引いてから、ゲーム、と書いてある項目が目を引きつけた。昨晩、寝入る寸前に思いついてとりあえず殴り書きしたのだ。


突飛な発想とまでは言えないだろう。なにせ冒険者、なにせモンスターが出るのだ。魔法使いらしき者もたくさん見かけた。獣がひとの姿を取ってすらいたのだ。

自分がサラリーマンとして暮らしていた日本とは似てもにつかない世界であるが、その暮らしていた日本で流行っていたゲーム的な雰囲気を感じるのだ。


もしもこの着想に妥当性があるのなら、何かゲーム的な行動ができるのかもしれない。例えば、自分にだって魔法が使えたりするのかもしれない。いわゆるレベル

アップというものがあるのであれば、すごく強くなれるのかもしれない。次のレベルまで、いくらの経験値を貯めれば良いか、教会や神殿で教えてもらえるようなことがあるのかもしれない。


ともかく、そういったゲーム的な要素が自分にも適用される余地があるのかもしれず、そのあたりを調査するのは興味深いことだ。と、そう思ったのが昨日のその寝入る寸前であったわけだ。


うんうん、と満足に頷きながら、ゲーム、という項目に一度斜線を引いて、その下に新たに項目を記載した。


・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者登録

・手軽なゲーム的要素確認手段


何か簡単な方法でゲーム的な要素を確認できないだろうか。

魔法が使えるかどうか、経験値という概念があるのだろうか、そういったことを調べるのは、行動が必要な気がしたが、わりと億劫な気がした。そこまでの積極的な行動をする気力は湧いてこなかった。


できれば頭のなかでぐるぐると思考を回すくらいで、こうやってベッドに寝転がりながらできる範囲で検証をしたかった。


「ああ、そういえばこれはどうだろうな」


ベッドの隣に置いてある棚に手を触れて、むむむむ、と念じてみた。


念じた内容は、調べる、である。


ゲームの世界で箪笥や棚に入ったものを調べて入手する、

というのは常識的な行動だ。そして中に何もなければ、「何もない」という表示が出たりする。

ああ、でもそうではないか。と、特に変化がないことを確認しながら手を引っ込めた。

何もなければ、特にレスポンスを返さないことも多いようなきがする。だとすると検証方法としてはあまり良い方法ではなかったようだ。


「ううん、じゃあ、どうしようかなあ」


そうぼやきつつ再びベッドに仰向けに寝転がった。

怠惰過ぎることは自覚するのだが、性格上仕方がなかった。自分に対する呆れは、とうの昔に限界を迎え、諦観を走り終え、今は悟りへと至っている。


ごろごろとしつつもう一度頭の中で良い方法がないか、適当に考え出した。


幾つか知っているレトロゲームの魔法の名前を口に出しながら、天井に向かって手を突き出してみたりもする。ただ、手のひらから火や水が飛び出すことはなかった。


単純に、「火!」、「水!」と言いつつ、手のひらに力を集中するようにイメージしたりもしたが、まったく効果が現れたりはしなかった。


「無理かあ。まだ分からないけど、今日はこんなもんでいいか」


一〇分程度でこのノルマは達成ということにした。

もっと頑張っても良いようにも思えたのだが、まあ明日にしてしまおう。


手軽なゲーム的要素確認手段の項目に斜線を引いて、次のページに異世界三日目、と記入し、その下に、手軽なゲーム的要素確認手段と写しておいた。


ひと仕事終えた気がして、ジュースでも飲みたいように思ったが、日本でないここではそういった果実汁を気楽に入手することは難しそうであった。

朝食の際に出された水の残りを喉に流し込んで、お金がいるんだよなぁ、という当然の事実を改めて確認する。メモに書かれた、


・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・冒険者登録


というなかで、お金を稼ぐということで言えば、冒険者登録というものも関わってくるかな、という風に考えた。昨日はとりあえず冒険者登録はせずに、日雇いの労働を受けたが、冒険者登録すればできる範囲も増えそうだ、ということは、昨日のギルドでの、カウンターでの獣の女性との会話で推測することができた。


「まあ、とりあえず行きますかね」


いい加減、ごろごろすること自体に飽き初めており、またチェックアウトをそろそろしなければならなさそうに感じていた。ベッドから勢いをつけて立ち上がると、忘れ物がないことを確認し、いやそもそも忘れるような荷物もないのだけれど、一日世話になった部屋を出るのであった。


朝の早い時間であったが、人通りはそれなりにあった。

宿を出て町の中央へ向かう目抜き通りをゆっくりとした足取りで歩いてゆく。しばらくすると冒険者ギルドに到着した。


昨日は昼過ぎ頃にギルドへ来たがそれほど混んでいるわけではなかったが、どうやら朝方のほうが混んでいるようだ。カウンターやテーブルには、いかにも冒険者といった出で立ちの者たちが大量にいた。


カウンターの方からは、もっと身入りの良い依頼は残っていないかよ、といった怒声が聞こえてくる。

なるほど。どうやら依頼は早い者勝ちということらしい。

だとすれば早朝から混雑する理由も分かる。簡単で、報酬の良い依頼を受注するために、できるだけ早い時間にギルドへやってくるというわけだ。


だとすれば、昨日受けた日雇いの仕事というのも、あまり報酬としてはおいしくない種類だったのかもしれない。今度また、どういった仕事があるものか、調べておくのもいいだろう。


ギルドの片隅でメモを取り出して、何枚かめくったページに異世界5日目と書いてから、労働の種類と報酬、とだけメモしておいた。


さて、それにしたってこれではなかなか列が空くのはもっと先になりそうだ。とりあえず冒険者登録をするのが目的なので、また昼頃に来るようにしよう。昔から、人ごみは苦手であるし、その中を長蛇の列に並ぶなど、想像するに勘弁願いたいと思うのだ。


喧騒の中にあるギルドを後にするため、僕はドアを潜ろうとした。すると、ドアの傍らの棚に、何かしらの説明書きが置かれていることに気が付く。どうやら、冒険者ギルドに関する説明書のようだ。


「これは助かるな」


冒険者ギルドというものがなんなのかはそのうち調べないといけないことだった。それに、そのギルドに冒険者登録をしにくるのだ。どういった組織に自分は所属しようとしているのか、それくらいは知っておくべきだろうと思った。


昼に改めて来る前に、ひととり読んでおこう。

そう思ってその説明書をつまむと、僕はドアをくぐって外に出たのであった。


・・・


・・



「なるほどね」


噴水の縁に腰をかけてギルドで入手した説明書に目を通した。A4よりも少し小さめの説明書きであるから読むのに時間がかかるようなことはなかった。

ましてや社会人であった自分だ。文字を読むというのはライフワークであった。内容だって容易で平易である。


説明書きに書いてあった内容をまとめれば次の通りだ。

・冒険者ギルドの正式名称は、冒険者の相互援助を支援するためのギルド

・発足は太陽皇帝が誕生し、魔神族を追い払った時にまで遡る。魔神族との「大戦」ために在野の戦士たちが集結し、組織化され、相互援助をしつつ、太陽皇帝の魔神討伐に協力をしたことがその由来である。

・このため冒険者ギルドは国の出先組織として現在まで継続している。

・魔神族が消えて三〇〇年が経つが、その魔神族が放ち、未だに跋扈するモンスターたちを討伐するために存在する。

・登録に関しては在野の戦士たちを拾い上げることが主たる目的であるため身分は問わない。犯罪者以外は登録が可能。

・冒険者ギルドは依頼を仲介することと、モンスターに関する基本情報を提供することを主たる業務とする。

・モンスターの討伐等に関する依頼であれば国以外からの依頼でも受け付ける。

・討伐依頼以外にも、討伐に貢献する種類の依頼であれば受け付ける。

・冒険者にはギルドでの貢献度に応じてランキングを付ける。受注できる依頼を制限することはないが、無理のない依頼遂行をギルドとしては推奨するため、依頼についても推奨ランキングを設ける。いずれもAからFランクとする。

・冒険者が依頼遂行中に受けた損害、また与えた損害は、冒険者自身が責任を持ち、補填する。冒険者ギルドは一切その責任を持たず、また冒険者への管理責任も有しない。

・モンスター討伐時のドロップアイテムについて、換金場所を設けている。

・モンスター討伐等が緊急を要する場合には、冒険者ギルドを通して、所属する冒険者へ討伐等の命令が行われることがある。冒険者はよほどの理由がない限りこの依頼を断ることはできない。


メモの、冒険者ギルドとは?、の項目に斜線を引いた。

冒険者ギルドがどういうところかはだいたいわかった。

基本的には所属するのは自由で、依頼をとりまとめてくれるところだ。責任は一切持ってくれないと明記されていることから、本当に仲介だけの組織と言える。そのわりに強制の依頼があると書かれているから、このあたりは注意だ。

自分に緊急を要するモンスターの討伐ができるわけもないのだから、これが自分に来ることがあるようならば、登録自体を控えたほうがいい。


それからしばらく時間を潰してから、冒険者ギルドへと向かった。思った通り列はだいぶ短くなり、並んでいればすぐに自分の番が回ってきた。昨日の猫耳の受付の人だ。


「どうも、こんにちわ。すいません、冒険者登録をしようかどうしようか考えているのですが」


そう言うと猫耳の人は頷いてから一通りの説明をすらすらとし始めた。基本的には先ほど説明書で確認した内容と一緒である。


「それでは手続きをされますか?」


「その前にひとつ確認なのですが、モンスター討伐について強制依頼があると伺いました。恥ずかしながら、まだまだ腕に不安があるのですが」


「ああ、ああ。それでしたら大丈夫です。強制依頼はCランクからになります。強制依頼は国からギルドに直接指示が来るんですが、例えば、町が壊滅する規模のモンスターの襲来、それに類するような強力なモンスターの出現、そういった際に発令されます。そういう場合に、あまり強くない冒険者のかたが参加しても貢献にはならないんですね。ご存知の通り、Cランク以上のかたとD以下というのは雲泥の差がありますので」


「そうですね。ちなみにそれぞれのランクごとの強さ、というのは具体的にどの程度、といった基準はあるんですかね」


よく分かっていないのだが、頷いて話の先を促した。


「Aランクはそれこそレッドドラゴン討伐などですね。ここから北にあるローン山脈の奥に生息しています。Bランクは東のエルフ大森林のキングタランチュラやワイバーン。Cランクでは大蟻の群れですね。これは何年かに一度このあたりでも大発生します。あと西の大洞穴に生息するスケルトンキングですか。Dはキングボア、ゴブリンキング。あとは南のビズ砂漠に生息するサンドワームやサラマンダー。

 Eはスケルトン、ハーピー、ゴブリン上位種。Fはゴブリン、スライム、バットなどなどです。あくまでこの地方のランキングですので、ほかの地方にゆけばまたモンスターの種類や強さなんかも変わってきますのでご承知おきください」


「よくわかったよ。ありがとう。えっと、それじゃあ、登録をさせてもらっていいかな」


「承知しました。手続きの一環である各種説明は今した通りですので、あとはご登録のための署名と必要備品の受け渡しだけさせて頂きます。ここに名前を書いてください。ここだけは記入が必須です。他の住所や年齢などは書ける範囲で書いてください」


そう言って差し出された登録用紙に名前だけ記入して渡すと、代わりに青緑色の石がはめ込まれた腕輪を一つ手渡された。


「これは?」


「ギルズブレスレットです。赤坂さんが触れながらステータスオープンと念じれば、登録情報が浮かびあがります」


それはすごいと内心舌を巻きながら言われた通りしてみると、あっけなく、ギルズブレスレットから先ほどの登録情報が浮かび上がった。


赤坂慎太 ヒューマン 冒険者 職業なし ランクF 達成回数0


「なるほど。すごいですね。体力や魔法のポイントが見れるともっとすごいんですが」


「うーん、それはさすがに無理ですね。それはスキル技能が必要になってきますから、ステータスの鑑定屋に行ってもらわないと」


お、どうやら色々と気になる単語が出てきたような。

ただ、今回は色々と収穫がありすぎた。頭の中はぱんぱんで少し休憩して整理する時間が欲しい。


「ありがとうございました。了解しました。ところで、今日の日雇いの仕事で何か良いものは・・・」


いきなりモンスターの討伐をするほど、肝っ玉が据わってもいない。今日は登録が完了しただけで良しとしておこう。


今日も今日とて単純労働を受注し、指定の場所へと向かい、日銭を稼いだのであった。

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