異世界でひろった人形と2人っきりでダンジョン攻略

初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売

第1話 魔術

気が付くと異世界だった。

見たこともない草原だった。

匂いも田舎や山奥に行ったときに嗅ぐような草いきれともいれるような濃密なものだ。


「はて、それでどうしようか」


両手で五体満足であることを確かめると、早速ながら途方にくれた。

けれどもマイペースにできている僕は慌てることはない。

慌てることができないような感受性の低いだけの男なのだけど。


幸いながらズボンのポケットにはボールペンと手帳が入っていた。

早速ながらずらずらとやることメモを殴り書きしていく。

ぷらぷらとしても良いのだが、そうしなかった。

そうしなかった理由は思いつかない。


「天候だっていい」


ただ、そういう気分にならなかったというだけだ。


メモの上には異世界1日目と書いた。それだけだ。

其の下に黒い丸を小さく書いて、まずは水、とだけ書いた。

次にまた黒い丸を小さく書いて、食糧入手と書いた。

そんな調子で次々に書いた。

ここがどこか確認、宿泊できる場所確保、人と会う、安全場所、それだけ列挙して、「ふむ」、と一息入れた。

喉が渇いていることに気が付いたが、元いた日本の地元の町で、自動販売機やお店で飲料を購入するような行動は、ここでは取れないのだ。

お金、ともメモに書こうと思ったが、限が無いような気がしたのでやめておいた。

ほどほどの課題が列挙されていて、それなりに行動していればよしとする。

そういうポリシーというか、それくらいしかできない人間なのだ僕は。

面倒くさがりなのだ。飽きてしまえばその場から一歩も動きたくなくなるだろう。

それがすなわち僕のゲームオーバーになると自覚しているので、あまり焦って行動するようなこともしないし、合理性みたいなものも追及するのはやめておいた。

そういう風にぎりぎり生きてきた人間なのだから、


「こんなわけのわからないところにいきなり立たされても、無理をしてはいけない。さて」


そう呟いてメモをじろじろと覗きながらどれから取り掛かろうかと思案した。

別に何からやるのが良いなどという難しいことは考えない。

気が向くところからやっていくだけである。やるのが嫌なものが後に残って大変になるのだが、仕方ない。根性がないのである。

根性があれば人生はもっと華やかであったであろうし、もっと高みにいたのかもしれないが、


「それは他人の人生で、自分にそれは無理だろう」


と、早々に悟る。


・水

・食糧入手

・ここがどこか確認

・宿泊できる場所確保

・人と会う

・安全場所


汚い字で書かれた課題を見ながら、どうしようかなぁと、気が向くものが見付かるまで往復を繰り返した。

仕事であればのんびりもしていられないものだが、こうして異世界らしき場所に来たからには、せかされる理由もないだろう。旅は好きなほうで、旅をしながらいつもとは違う課題を解く、というのはなかなか醍醐味のあるものだと思った。

別に仕事は嫌いではない。ものが早い速度で片付いてゆくというのは爽快な面もある。


「多すぎるから不快になるだけだ」


どちらにしても、歩きはじめないと始まらないことばかりかな、とのんびりとした頭に一つの感想が思い浮かんだ。

水も、食糧も、ここが何処かも、宿も人も安全も、どれもここでないどこかに行かなくては始まらないと思われた。


天気は晴れていて、雨が降り出しそうな気配はなく、少し行くと森が見える様な場所で、自分が立っているのは下草が生えている場所と土くれがむき出しになっている、まあ草原といっていいところだ。

自分の他に生き物は見えない。人もそうだが、他の動物なども見かけない。

いや、遠くの山々を見ていると、大きな鳥が横切って飛んでいくのが見えた。

生き物がいないような不思議な場所に来た訳では無いようだ。


「それは良い情報と言えるだろう」


道なりという道もない、高い下草を避けて土の部分を歩き出した。

のんびりとした歩調だ。太陽は出ているが暑いというわけではない。

快適といっていい。時折吹く風は爽やかさを運んでくる。

四季で言えば春に近いように思う。それも良い要素だと気付いた。

道なりというわけでもないが、歩きやすい道をぷらぷらと歩いて行く。


おおそうだ、とメモに、移動とだけ書きなぐった。

歩きながら書いたので横に字が延びてしまって自分以外は読めないものになってしまった。自分しか読まないので問題ないのである。

そして直ぐに移動、と書いたとこに黒で斜線をひっぱっておいた。

とりあえず取り組んだものは課題の達成と考える。


「そうすると飽きることもない。成果も早い」


本当に果実となっているかは問題ではない。

精神衛生の問題で、飽きれば終わりである。人生が。


そうしてプラプラと歩き続けること1時間、運よく町が見えて来た。

おっとラッキーと思って同じゆっくりとした速度で近づいて行った。

近づいていくと、建物から幾つもの煙が上がっているのが見えた。

どうしたものか、と悩みながらも、行くしかないよなあ、とうじうじと考えながら、あきらかに異常が発生している町へと近づいて行くのであった。


町の周りは2メートルくらいの高さの塀でぐるりと囲まれていて、入り口には大きな門が設えられていた。

今は開放されているが、守衛と思われる鎧を身に着けた兵隊らしき人間が2名、両脇に立っていた。

しきりに中で起こっている騒ぎを気にしているようで、ちらちらと中を覗いていた。

そんな時に近づいてくる来訪者の僕は、厄介なタイミングで現れた未知の人間、ということになるのだろうな、と自然に思った。

色々な情報が聞ければいいのだが、そういう訳にもいかないのかもしれない。

無理をしてトラブルにでもなっては困る。ほどほどにしておかなくては。


「どうも、こんにちわ」


挨拶をしてから、はて日本語が通じるだろうか、ということが気になった。

もう言葉を発してしまってからだから、遅い。

なんでもう少し早く気付けなかったのか、と軽い後悔の念が胸を去来するが、

いい加減な自分がそんな気合の入った思考をするはずもない。できるはずもない。

それこそ意味のない思考なのである。後悔と共にそのことも理解した。


「なんだお前は。何処から来た。このややこしいときに」


「いえ、流れの旅人です。気の向くままに旅をしているのですが。ところで何かありましたか」


適当に思いついた返事をしながら、町中に上がる煙の方へ目線を上げた。

守衛はじろじろと僕の方をいぶかしむ様に見ていたが、

セキュリティはきつくないようだ。鼻をならして肩をすくめた。


「なあに、厄介ではあるがいつものことだ。大蟻が突如として民家の地下から現れやがった。依頼を受けた冒険者が今まさに狩りをしているってだけよ」


知らない単語が2つ出て来た。これはもしかすると、自分のいた世界とはかなり違うのかもしれない。どちらかと云えばゲーム的な雰囲気を感じる。


そうですか、と頷いた。


「では、今は町の中に入るのはやめておいた方がいいですかね。ただ、そうなると僕の方もどこに行っていいのか途方に暮れてしまって」


そう言って思案顔をすると、守衛は「ああ、いや。高々一匹さ」と言って、通って構わない、といった仕草を示す。

良かった。いわゆる通行料などを取られるかと思ったのだが、そういったこともないようだ。せっかくなので聞いておく。


「通行料はいらないんですよね」


「ああ、この町は取ってねえ。そんなことしてたら町に人が来なくなっちまうよ。俺らだって普段は別の商売をやってんだ。こりゃ持ち回りだよ」


「まあ、そうですよね」


何がそうなのか理解はせずに、理解したような相槌を返しておく。


お礼を言ってそのまま門を通りすぎた。通貨のことも聞こうかと思ったのだが億劫になったのでやめておく。今日の夜にも困りそうな話しなのだが、どうにも慌てる気にならないのだ。何かにせかされて物事を進めるのが苦手なので忌避してしまうのである。やらないわけではないのだけれど。


町は遠くから見ていたよりも広々としていた。もっと閑散としているかと思ったが、思ったよりも人の通行量も多い。大蟻というものが出ていて、町中で事件が起こっているというのに、特にパニックにもなっていない。

商家は普通に営業しているし、露天もそのまま勢いのいい声を出している。

通行人も思い思いに品物を見ている。

泊まっておいでよ、といった声も少し離れたところから聞こえた。

トルガル亭と書かれた、日本の飲み屋を思わせる建築物の入り口で、とうのたった女性が呼び込みの声を上げていた。


「いくらだい?」


そう声を掛けると一泊で3000マグラ、朝と夕方に食事を付けるとプラス1000マグラとのことだった。


考えとくよ、と簡単に流して、やはりぷらぷらと目抜き通りを歩いていく。

内心は初めて来た異世界の初めての町。初めて大勢の人間。ということで上がってしまっているのだが、ポーカーフェイスの訓練くらいは社会人であったことから当然に嗜んでいる。

どれくらいうまくできているかは自信はないけれど。


途中、大きな剣、いかめしい鎧、宝石のついた杖、大きな盾、そういった武装をした人々が吸い込まれるように入っていく建物があった。

冒険者ギルド、と書かれた其処に皆出たり入ったりしていくようだ。


そういえば、文字が普通に読める。言葉も通じる。どうやら日本語でとりあえずはいけるようだ。非常にいい情報だな、と理解する。

無理であったなら、


「詰んでいたかもしれない」


そのことを理解して少し背筋が震えた。


暫く行くと村の中心にあたるのか。円状に広場が設けられていた。

その更に中心には噴水が設えられていて、そこに腰かけた老人、子供、女、冒険者風の者、色々な者たちがたむろしていた。


その付近で串焼きを打っている店から、一本100マグラ、安いよ、という掛け声が上がる。マグラ=円、という相場観で良いのだろうか。

そうであると有難いことだ。細かい計算は面倒だから。


他の者たちと同様に噴水の縁に腰を掛けると、がさごそとメモを取り出した。それでまた、じろじろと書かれた内容を目でなぞる。


・水

・食糧入手

・ここがどこか確認

・宿泊できる場所確保

・人と会う

・安全場所


「水はこの噴水の水でいいのだろうか」


思いついて周りを見回してみると、偶然ながら遊びまわる子供たちが、喉が渇いたとばかりに噴水に手をかざして喉を潤していた。

子供で大丈夫なのだから、ありなのだろう。

飲んでから、水、という項目に力強く線を引いた。

それから、人と会う、という項目にも線を引く。

また、安全場所、にも線を引いた。

まあまあの進捗の様に思えて気分がいい。

こう、意識をせずとも仕事がはかどるのが気持ちがいいのだ。


ああ、そうだ。歩いている中で思いついたことがいくつかあったので、それを書き加えた。


・食糧入手(ピンチ!)

・ここがどこか確認

・宿泊できる場所確保

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・お金入手(ピンチ!)


食糧もお金も同じ問題で、宿泊場所も、結局お金が必要な問題だと理解する。本当はのんびりと大蟻というものがなんなのか確認したりしながら、この世界への理解を深めたいのだが、さすがに優先順位を間違えるわけにはいかない。どうにも間違えると

死にそうな予感がある。


「日雇いの仕事を探す必要がある」


そのように思われた。どこかにそういった斡旋所のようなところはないだろうか。僕は後方で上がる煙から離れるように、再び元来た道を引き返して行った。



そんなわけで僕は一度、入口まで戻った。悪い人ではなさそうだったし、守衛という業務柄、色々な質問が飛んでくることになれているだろう。

だめだったら他の方法を探すだけである。別の人を適当につかまえて聞くだけのことだけれども。


そのようなわけで入口の守衛さんに聞くと、あっさりと教えてくれた。

とりあえず冒険者ギルドに行けば良い、ということだった。

詳しいことはそこの担当に聞くべし、ということだったが、そういった日雇い労働から、腕力を生かした労働まで、冒険者ギルドが取り仕切っているらしい。


武器を持った人達と、大蟻、という言葉から推察される生物。

この2つから、冒険者ギルドがどういった組織かはなんとなく想像できる。


「腕力を生かした労働、というものと、日雇い労働、というものを分けておく必要もない。なんというか同じ物事の中でのレベルの違いでしかない」


という気がする。


そういった風なことを冒険者ギルドに着くまでにつらつらと考えた。

冒険者ギルドに入ると、雑駁な印象を受けた。いくつも並んだテーブルと乱雑に置かれた椅子。昼間から酒であろう飲み物を呷る者、深刻な表情で相談を交わす者、カードゲームに興じている者、さまざまである。


どうやら出入りする人間は厳しい者が多い印象だが、自分のように、ごく普通の日雇い労働目的に出入りするものも多少はいるようで、特に注目されてもいない。


注目されるのは苦手なのでありがたい。奥手というか、片足くらいはコミュニケーション障害であると了解している自分としては、あまり、人とかかわらずに生活することが必要になっている。


カウンターは数名並んでいたが、おとなしく並んで15分程度で自分の番が来た。


「すいません。旅のものなのですが、路銀が尽きてしまって。何か日雇いでできる仕事を探しているのですが」


受付はまだ若い女性だったが、頭の上に猫耳が生えていた。

なるほど、と納得する。エルフとか、ドワーフとかがいるような世界なのかもしれない。そのあたりもまた調べられると良いな、と思う。


「はい、そうですね。えーっと、冒険者登録はされていらっしゃらないんですよね。だとすると、あまりたくさんの種類はありませんね。ドブの清掃ですとか、倉庫整理、それから、そうですね。貴方結構身奇麗にされてますから、ホールの給仕依頼もありますよ」


「あー、そうですか。えーっと、すぐにできるのはどれでしょう」


「今日すぐに、ということですか。倉庫整理は随時募集をかけているみたいですから、今から行ってみてはどうでしょうか。この場所ですよ」


そう言って、町の簡単な地図に○印をつけて、渡してくれる。


「ありがとうございます。早速行ってみます。えっと、何か依頼状のようなものはありますか」


「はい、依頼登録証明書を出しますから、ちょっと待って下さい。どうぞ。えっと、お名前はかけますか?右下のほうですが」


ギルド名で登録を証明する書類であるようだ。右下のほうには一般的な注意事項が書かれていて、それを遵守する、といったことが書かれている。赤坂慎太と署名する。

変な顔はされなかったので、言葉や文字は本格的に問題ないようだ。

かなり安心した。


依頼登録証明書を受け取ってギルドを出る。

渡された地図を持って、指定の場所までゆくと、薄汚れた2階建ての建物があった。扉は空いていたので入ってゆくと、奥の方にメガネをかけた40ばかりの男が顔を上げた。


「はい、何か御用でしょうか」


突然現れた僕に言葉は丁寧に、そして初対面からくる若干の警戒を滲ませて声をかけてきた。


「すいません。ギルドの方で募集されていた倉庫整理の仕事を受けさせてもらいに

来たのですが」


そう言うと、メガネの男性は、ああ、ああ、と頻りに頷いて立ち上がった。


「待ってました。人が足りなくてね。今日中にやらないといけなくって、私の方でやらないといけないかと思ってたところだよ。えっと、今日から入ってもらっていいのかな」


「大丈夫ですが、そういえば報酬がいくらか確認していませんでした。いくら頂けるんでしょうか」


「ん?確認してこなかったのかい。今回は急ぎということもあって、朝から入って夕方までで、6000マグラだ。今はもう昼だから夜までかかる。報酬は同額としたいのだがどうかね」


さっきの宿屋なら朝と夕方に食事をつけて4000マグラである。

なんとか生きていけるだけの算段がつくことになる。

相場もよく分からないのだ。円でそのまま換算すると、今から夜までだと7時間とか8時間だろうか。時給で言えば500円や600円。

日本人としての感覚とすれば相当安いと言えば安いのだが、活計を得られるというのはこの状況では命が繋がったということだ。

選択肢も豊富ではない。断る理由はない。


「それで結構ですよ」


「そうかい。ではこっちだ」


そう言って案内されたのは、広々とした倉庫で、所狭しと商品が並んでいる。

これを明日の朝には各商家などに発送するらしく、送付先ごとに整理する、というのが大まかなミッションらしい。

まあ、肉体労働であるが、できないことはない。ずっと続けるのは大変かもしれないが、一旦はこれで食いつなぐということだ。

細かい確認の後、早速仕事に取り掛かった。


そうして、仕事が終わったのは太陽はとっぷりくれて、酒場がすっかりと出来上がるくらいの時間であった。この時間からでも宿は受け付けてくれるだろうか。若干心配しながら、夜道を歩いた。


夜道は酒場や民家、軒先のカンテラから漏れる明かりで、真っ暗というわけではなかった。宿は目抜き通りにあるから迷いはしなかったであろうが、暗いというのは怖い。なにせ異世界であるから、油断は禁物である。特に夜は。これは日本でも変わらないことだけれども。


多少ある人通りにあえて紛れるようにして、目抜き通りを通って宿へと無事に到着する。昼に見たトルガル亭である。他の宿屋もあるのかもしれないが、探す気にはならなかった。別に縁などというつもりもない。そういった細かなことに頭を回すのが面倒なだけである。


扉を開けると1階は食堂になっているようで、それなりに賑わっている。

カウンターに女の子がひとり座っていた。まだ少女であった。昼間の女性とは別だ。親子だろうか。その少女へと声をかけた。


「すいません。今日、泊めて頂きたいのですが部屋は空いてますか?」


少女はこちらをみると、少し微笑んで頷いた。


「はい、まだ空いています。一人部屋になさいますか。もちろん大部屋もござます。お食事も、今からでもご用意できますがどうされますか?」


すっかりと空腹である。部屋に入ってゆっくりとしたい気持ちもある。


「部屋でとることはできますか」


「はい、できますよ」


「そうですか。特に料金がかかったりはするのかな」


「いえ、サービスさせてもらってます。えっと、それでは、ご一泊で夕食と、朝食もつけてですよね。 はい、それでしたら、しめて4000マグラとなります」


僕は今日の労働で受け取った6000マグラのうち、早速4000マグラを支払う。銀貨一枚で1000マグラらしく、なので今回は4枚を渡した。


「はい。ありがとうございます。部屋はそこの階段を2階に上がって一番手前、右手側の部屋になります。これが鍵です」


鍵を受け取り、すぐにお食事もお運びしますね、という言葉をもらってから、早速2階へと上がる。


部屋は棚がひとつに机に椅子。それにベッド。これで全てであった。


「一日くらいなら大丈夫か」


無論、風呂のことである。肉体労働で汗をかいたので本当ならばこの世界に風呂、というものがあるのかどうか確認するべきなのだが、色々なことをとりあえず落ち着いて整理したいという気持ち強かった。それに必要なことをぎりぎりにならないとできない、という性格でもある。


とりあえずベッドに座って休憩していると、ドアがノックされた。

少女が食事を運んできてくれたのだ。忙しいのだろう。食事を置くと、すぐに1階へと引き上げていった。


食事はうまかった。野菜が多めに入った塩味が効いたスープに、大きめのパン、鳥肉の食感のする炒め物であった。それから水。

異世界に飛ばされて一日目の食事としては申し分ないと言うしかない。

生きているだけも運が良いのだろう、と気負いもなく思う。


「大蟻ね」


スープの汁を木のスプーンで口に運びながら、メモを机の上に広げた。異世界1日目。


・食糧入手(ピンチ!)

・ここがどこか確認

・宿泊できる場所確保

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・お金入手(ピンチ!)


食糧と宿泊、お金については斜線を引いた。

明日は明日でお金が必要になる。また冒険者ギルドにゆくことになるだろう。長期的には住む場所を確保する必要があり、安定的な収入を確保する手立ても必要になると思った。ただ、それは今すぐというわけにもいくまい。

なにせ右も左も分からない。初日は乗り切ったが、明日以降、どうなるかは分からない。同じようにしていくだけで、うまくいくかは分からない。さて。


・ここがどこか確認

・大蟻とは?

・冒険者ギルドとは?

・安定的に住む場所の確保

・安定的なお金の確保

・お風呂

・冒険者登録


こんなところだろうか。やることはそれほど多くない。

やれることが少ないということなのかもしれない。

あまり気を張って色々と頑張ることは自分にはできそうにはない。

だからこれくらいで良いのだと思う。

さてどうしようか。寝てしまうのもいいし、まだできることがないわけでもない。ただ、そのためには人に話を聞きに行かなくてはならない。異世界に飛ばされて右も左も分からないのだから、できるだけ迅速果敢に情報を集めるべき、という常識論が

頭に思い浮かぶが、考えただけでも億劫で、できそうになかった。


そんなことをうだうだと考えているうちに、食事を下げに少女が再びやってきたので、声をかけてみた。


「すいません。えっと、お風呂っていうものはこちらにありますか」


「いえ、うちではやってないですね。お風呂付きの宿屋になりますと結構高級なところに行かないと無理かと思います。お湯や手ぬぐいでしたらうちの宿でもお出しすることもできますけれども。」


「そうですか。ちなみにお願いするといくらですか」


「500マグラですね」


「分かりました。後でお願いできますか。ところで今日、大蟻が出たと聞いたんですが」


少女は、そうなんですよ、まるで世間話のように語り始めた。


「町の北一帯は住宅が密集しているんですが、今日のお昼頃に突然大蟻が出たんです。ご存知かと思いますが大蟻は群れで行動しますし、人里に近づくことは多くありません。でも、今回のようにまれに人里に現れることがないわけではないです。

 そんなわけで緊急依頼として、冒険者ギルドの方から、その場にいた冒険の中でもCクラス相当が5チームほど集められて、即刻狩りに向かったようです。1時間ほどで決着がついたようですけどね」


「決着というのは、人間側が大蟻を倒したということですか」


「もちろんです。大蟻一匹程度でしたら、大したことはありませんよ。火にも弱いですからね。問題があるとすれば、その穴から今後、大蟻が出てこないように、土の魔術で埋め立てないといけない、っていうことでしょうか。結構手間らしいんですよね。まあそれも、ギルドから募集か指令が出るでしょう」


ふうん、と頷くと、少女は、それでは後でお湯を持ってきますので、といって退室していった。


だいたい理解できた、ということでいいのだろうか。

多分大蟻というのは、モンスターのような存在なのだろう。

それを冒険者たち。きっと、戦士や魔法使い、武闘家といった者たちが、倒すのだ。実にゲーム的である。


「うん、ゲーム的?」


直感するものがあって、僕は満足げに何度か頷いた。

ゆっくりとその直感を具体的にイメージしようとした矢先、先ほどの少女がお湯を持ってきてくれた。


「そういえば、なんていう名前なんだい」


ナンナという名前らしい。お礼を言って、一日の汚れを落とした。

そうして一段落すると、瞼が非常に重たくなってきた。

それはそうだ。異世界での初日を乗り切ったのだ。疲れていない訳がなかった。


「ああそうだ。忘れないうちにメモだけ」


書きなぐるようにメモ帳に、ゲーム、とだけ記入して、ペンを手放す。


もう何もする気にもなれなくて、ベッドの上で僕は意識を手放した。

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