第6話 居場所
私は、ワクワクしていた。今日、新しい子が施設に入ると知って。しかも、施設長の松崎(松ちゃん)が…
『今日くる予定の子?あー…、長身でシュッとした男の子でね、たしか…亜季と…そう、同い歳だったはずだよ』
…と、言っていたから。
「みんな~!集まって~!」
松ちゃんが、施設にいる子たちを食堂に集める。
「え~、今日から一緒に暮らすことになった、高校1年の瀬野拓磨さん。みんな仲良くしてね!」
「よろしくお願いします…」
彼は、私がイメージしていたより、はるかに…素敵男子だった。これは…アリなのでは!
「亜季ちゃん!おにぃちゃん、同い歳だって」
小1の茉子が、私の袖をひっぱりながら続ける。
「亜季ちゃんメンクイだから。よかったね~」
「め!めめ…面食いって…こらぁ~、どこで覚えたのかなぁ?そんな言葉ぁ~」
「え~…亜季ちゃん、いつも言って…」
茉子の口を押さえつつ、私は、スンと澄ました顔で、ぶっきらぼうに挨拶した。
「あたし、倉田亜季」
「倉田…」
「同じ歳だし、亜季でいいよ」
「……」
「あたしは、拓磨って呼ぶ。同い歳だし」
一部始終を聞いていた他の子たちから、笑いがおきる。
「同い歳だし…w」
「スゲー似てる…w」
「な、なによ、アンタ達は~!」
「ぶふふっ、同じ歳だから何なんだよ」
「わっかりやす~」
「はぁ?今、なんつった?!」
「こぇ~…」
完全に失敗だ。こういうのは、最初が肝心だって、雑誌に書いてあったのに…。チラッと拓磨の顔をみる。笑っているのか、怒っているのかわからない、能面みたいな顔。どうでもいいって顔をしていた。
施設にやってくる子は、みんなそれぞれ何かを抱えている。私もそうだった。
小3で母親が男と蒸発して、それ以来、父親が酒乱になった。仕事が終わって帰ってくると酒を飲み、暴力的になる。でも、朝になれば、鬼のような父親も、灰汁がぬけ、ただのサラリーマンにもどる。だから、朝を待った。陽が昇れば学校に行ける。外は自由で、友達と他愛のない話をして、楽しかった。でも…夕方になると、みんな家に帰っていく。バイバイの時間が、一番嫌いだった。
「……ただいま」
「なんで帰ってくるのが遅いんだ?誰のために、早く帰ってきてやってると思ってんだ!あぁ?」
玄関を入るなり、片腕を強い力で引っ張られ、引きづられるように部屋に連れていかれる。
「…ごめんなさい…お父さん、ごめんなさい」
でも、私は、なんとなく、わかっていた。この人が、寂しくて、悲しくて、つらい、その気持ちを、誰にも明かせなくて、どうしようもなくて、こうしていることを。罵りながらも、泣きながら、手を挙げていることを。同情にも似た気持ちだったのかもしれない。
そのうち、だんだん痛みを感じなくなっていって、ある日、心の奥で何かがプツンっと擦りきれた。もう…考えることすらしなくなった。
毎日、母親のことを罵倒しながら、私を殴り蹴る父親。振りあがる拳と飛び散っていく、真っ赤な粒。治る隙もなく、顔は腫れ上がり、身体のいたるところにできた赤黒い痣は、長い髪や服では隠せないほど拡がっていた。手をあげる父親越し、天井を見つめていたときだった。
「倉田さん!何やってるんですか!やめなさい!!子どもを離して!」
「うるせぇ!離せ!自分の子ども、躾して何が悪い!あの女みたいにならないようにしてるだけだろうがぁ!」
虐待の可能性があると通報を受け、数人の大人が家に乗り込み、父親を制圧した。その脇で、ぐったりする私を温かな手が包みこむ。
「亜季ちゃん?亜季ちゃん!…ごめん。遅くなってごめんね…」
現在の施設長である松崎さんによって、私は保護された。
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