第5話 空っぽ

母さんが亡くなって、身寄りのない俺は、児童養護施設に入ることになった。家を引き払うことが決まり、この数日、片付けに追われていたが、ようやく荷物の整理が終わった。長年住み慣れたこの家とも、今日でお別れとなる。最後に残ったボストンバッグを持ち、部屋を見渡した。

「…何もないや」

空っぽになった部屋は、やけに広く感じた。大家同席のもと、引き払う手続きを澄ませ、鍵を渡して家をあとにするとき、ちょうど隣の家から尾川が出てきた。

「今日だったんだ?」

「あぁ…」

「あれから…何も言わねぇから…」

「わりぃ…。お前の母ちゃんにも世話になったって伝えててくれ」

やるせない気持ちになって、尾川から目をそらす。

「なぁ、瀬野!…俺は、お前の友達だからな!」

「………」

「家は離れるかもだけど、学校は変わんないわけだし。それに、部活だってさ…」

「…いや…もう、サッカーは辞める」

「…え?」

「決めたんだ…」

「…瀬野」

「…それじゃあ」

立ち去ろうとする俺の腕を掴み、尾川が言う。

「…瀬野!いいのか?お前はそれでいいのかよ?」

「…いいんだよ!」

尾川の手を強く振り払う。

「………」

「…もう…意味ないんだから…」

尾川を背にしたまま、振り返ることなく、歩き出す。そのとき、尾川がどんな顔をしていたのか、俺は知らない…。


道端に出ると、路肩に停まった車から施設の人が手を振り、俺を呼んだ。

「瀬野くん!えーっと、荷物は…」

「これだけです」

「そっか。じゃあ、乗って!行こうか」

車窓からみる、母さんと暮らした家。車が走り出すと、だんだん小さくなって、見えなくなった。正直、ウザいと思うこともあった。でも、今思えば、たった一人の理解者で、温かさに満ちた居場所だった。もう誰も怒ってはくれない。もう自分のために泣いてくれる人も…たとえ頑張っても、一緒に喜んでくれる人もいない。母さんがいたから、たぶん、俺は俺でいられたのに。これから…誰のために、何のために、俺は生きていけばいいんだろう…。

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