第4話 melancholy

「…ただいま」

返事が返ってこないのは、いつものこと。家に電気がついていないのも、いつものこと。でも…、台所の電気をつけて冷蔵庫を見ると、扉に貼られたホワイトシートには、いつも母さんからのメッセージが書いてあった。

【おかえり。今日はトマトカレーダヨ!ps:冷房下げすぎ。風邪引く!】

母さんが倒れた、あの日で止まった最期のメッセージ。冷蔵庫の中には、母さんが作ったトマトカレーが入っていた。冷凍ご飯とカレーをレンジで温め、たべる。

「…いただきます」

カチャカチャと、スプーンと食器が当たる音だけが部屋に響いていた。皿を洗って、風呂に入って、ベッドに横になる。疲れと眠気の狭間、ぼーっと天井をみつめていると、母さんの声が聞こえた気がした。

『アンタは~…!靴下は、丸めたまま入れない。まっすぐして入れな!』

ハッとして、目が覚める。身体を起こし、洗面所へ向かい、服を投げ入れたままの洗濯機を開ける。

「……そうだった。そう…だった。ちゃんと乾かなくて、面倒くさいんだよな…」

靴下を伸ばし、洗濯機をまわす。自室へ戻ろうとしたとき、母さんが使っていた和室の押し入れが少し開いているのに、気がついた。尾川の母ちゃんが、写真を探してくれたとき閉め忘れたのかもしれない。押し入れに近づき襖に手をかけると、その隙間から無造作に積み重なった本が見えた。


「………本?」

ゆっくり襖をあけ見えてきたのは、ケースに収納されたフォトアルバムと押し入れに収まりきらないほど並んだ本。母さんがこんなに本を読む人だったとは知らなかった。

電気をつけ、指で本のタイトルをなぞっていく。幼い頃母さんに読んでもらった絵本や童話本、弁当のレシピ本に資格取得のための本など、ぎっしり詰まっていた。

「……」

並んだ本の前、無造作に積みあがった本に目をやる。

積みあがった本をそのまま抱き抱え、畳の上に下ろし、一冊づつ、本をずらしてみていく。

一番上は、再生野菜の本。二番目は、思春期のこどもへの接し方、母子家庭サポート、こどもの気持ち、遊び方、こどもが喜ぶごはん、心の育て方、こどもの病気、離乳食、初めての妊娠出産、不安ブック…。

「スーパーマンなんかじゃ…なかったんだなぁ…」

最初から、なんでもできたわけじゃない。きっと、できるようになるために、俺が生まれてから15年間ずっと、沢山のことを自分に課してきたんだ。

「やっぱ…スゲーな…」


ピー、ピー。洗濯の終わった音がする。

腰をあげ、洗面所へ向かい、乾燥の終わった洗濯物を取り出す。ふわっと香る柔軟剤の匂い。

『畳むときは…こうやって、次に着るとき気持ちよく着られるように丁寧に!』

「丁寧に………」

日々、聞き流すように過ごしていたけど、耳には、母さんの声がしっかり残っていた。もっとちゃんと聞いておけばよかった。しっかり目をみて、話していればよかった。そうしていたら…もしかしたら、気づけたかもしれない。仕草や表情から、小さなことでも、母さんの異変に。

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