第2話 追憶(瀬野 拓磨)

「拓磨~!早く起きな~!」

「やっべ…母さん、俺のシャツ知らね?」

「お風呂場!乾燥機のところ」

「あー…あった、あった」

「あった、あった…じゃないわ!アンタ、自分のシャツぐらいアイロンかけて、準備できるようにならんと…イイ男にはなれんよ?」

「ハイハイ…」

「あ、母さん今日も遅番だから、冷蔵庫のご飯、ちゃんと温めて食べてよ」

「…わかった、わかった。いってきまーす」

「いってらっしゃい」

母さんは、スーパーマンみたいな人だった。21歳で俺を生んで、一人でここまで育ててくれた。仕事をいくつも掛け持ちして、帰ってくるのは、いつも深夜。それでも、疲れた顔ひとつ見せず、毎朝、俺のためにご飯を作って、学校に送り出してくれた。家は裕福ではなかったけど、それなりに楽しく生活していたと思う。

『興味があるなら、やってみたら?』という母さんの言葉で、中学からサッカーを始めた。家計の負担になるんじゃないかと思ったが、『子どもがお金で世界を狭めるな』と、いつだって応援してくれた。

俺に、父さんはいない。ある程度大きくなってから聞かされたことだが、母さん曰く、学生同士の妊娠で、相手家族の反対もあって、認知が得られなかったそうだ。母さんの両親は、俺が小学校にあがるころ、病気で他界してしまった。成長するにつれ、周りからは『大変ね』とか『可哀想に』と言われることがあったが、俺は特に気にすることはなかった。たぶんそれは、母さんが、愛情をたっぷり注いで育ててくれたからかもしれない。

だが、いつも母さんと仲がよかったわけではない。洗濯物の入れ方や自室の掃除など、些細なことでケンカすることも多かった。そんなとき俺の唯一の逃げ場は、隣に住む同級生の尾川まさしの部屋だった。

「尾川、今日、泊めてくれ」

「瀬野~、また母ちゃんとケンカしたんか?」

「母さん、休みの日になると、小さいこと、やいやい言ってくんだよ」

「あ~…、ウチもあるわ、そういうの…」

「別に散らかしてるわけじゃなくて、こう…分類?して置いてるだけで」

「そうそう。部屋に勝手に入ってきて、汚いって片付けだすの、マジでやめてほしいよな」

「それなー…」

同じ中学のサッカー部ということもあって、尾川とは仲がよく、話もよく合った。勉強したり、ゲームしたり、尾川の部屋に入り浸ることも多くなっていった。


尾川の部屋のドアの向こう、母親同士の会話が漏れ聴こえてくる。

「すみません、うちの子、また尾川さん家にお邪魔しちゃってるみたいで…」

「いいの、いいのー!お隣さん同士だし」

「あの…これ、よかったら」

「えー…、お菓子。いいのにー…逆に気を使わせちゃって…あ!ご飯たべた?一緒に食べましょうよ!今日、旦那出張でいないの。さ、入って、入ってー」

おっとり系の尾川の母親と、母さんは、年頃の息子を持つ親同士として、すぐに仲良くなり、俺の知らないところで、いろいろ相談しあったりしていたようだ。

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