04
翔は、僕の兄の名前だ。僕が生まれる前に亡くなった。
舞桜と同じ歳で、五歳のとき交通事故に遭った。免許返還予定だった高齢者の運転誤りで起こった交通事故で、僕を身籠ったばかりの母親はそのショックで流産の危機だったそうだ。
『翔ける』と書いて
同じ音の名前のためか、名前に込められた意味のためか、僕は兄の記憶を持って生まれた。
だから、覚えている。親につれていってもらうしかなかった幼い頃、両親が忙しくてお祭りに行けないと泣いていた舞桜を。そして、泣き腫らしたせいで知恵熱を出して、縁日当日に寝込んだことも。
自分の両親が不憫に思って、回復してから神社に舞桜をつれて行ったが、屋台もなくなった閑散とした光景に彼女は落ち込むだけだった。
だから、自分は両親に頼んで鈴守りを買ってもらい、舞桜に渡した。
いつか自分がお祭りにつれていくから、と。その約束の証だと言って。
「青い鳥の絵本見て、本当に青い鳥探そうとしてたよな」
「うん……、だから、とりさんの笛も青いのがほしいって言ったね」
人混みを避け、落ち着いた石のベンチで舞桜は大事そうに小鳥の水笛を撫でる。その動きに合わせて、手首に下がる巾着に付けられた鈴守りがちりんと鳴った。
「よく、覚えてるね」
「舞桜のことだから」
家族同然に育ったけど大好きだった。あのときした約束も、彼女を元気づけるためだけでなく、これから先もずっと一緒にいたいという願望も、きっとあった。
「そっちこそ、よく約束覚えてたな」
「翔と行くから、っておばさんに断ってばかりだったから」
母親は毎年舞桜の浴衣を用意していたらしい。道理ですぐに舞桜の分の浴衣が出てきた訳だ。てっきり母親のおさがりを貸すと思っていたら、舞桜に似合う明るい色で大きな花柄の浴衣だったから、不思議だった。兄も僕も男だったから、舞桜を娘のように思っているんだろう。
断るたびに僕の母親を寂しそうにさせていた、と舞桜は申し訳なく感じているようだ。けれど、今年は着た。母親もとても嬉しそうに舞桜を着付けしていたから、大丈夫だろう。
「……でも、全然気付かなかった」
翔は活発で言葉遣いも荒めだった。俺様な物言いがカッコいいと思っていた。
けれど、僕はのんびり屋で、舞桜にも世話を焼かれるような性格だ。
「僕は
記憶があっても、魂が同じでも、同じ人間になる訳じゃない。
ベンチから立ち上がり、舞桜の前に立つ。今の僕はこうしないと彼女と同じ目線の高さにならない。
瞳がかち合うと、舞桜もようやく解ったようで、わずかに瞠目した。
「舞桜、大好きだった」
これは兄の言葉。
「舞桜姉、大好きだよ」
これは僕の言葉。
僕は、同じ
舞桜が兄を忘れないでいてくれるのは嬉しい。けれど、彼女にはこれからを見てほしい。そして、できればそのこれからに僕を入れてほしい。
そんな願いを伝えると、舞桜はぽけっと事態を受け入れきれていない表情になる。
しばらく様子を見ると、じわじわと顔が赤くなり、焦ったような表情をしたと思ったら、それを隠すように両手で顔を覆って俯いた。
そんな彼女の顔を見たくて、僕は屈む。
「勝手に部屋に入らない方がいいってわかった?」
「……っわかった」
実は舞桜が起こしにきてくれるのが嬉しくて、自分で起きなかったのは内緒だ。けど、そろそろ危機感を持ってもらわないと困る。意識されなさすぎるのも、辛い。
「しょーくん、マセすぎじゃない?」
「舞桜姉が待っててくれるか、わからないもん」
「…………待つよ」
ぽつり、とそう答えて、舞桜は指の隙間から顔を覗かせた。その頬は夜目にも判るほど赤い。
思ってもみない返事に、今度は僕の方が面を食らう。そして、嬉しさに破顔する。
待っていてくれるなら、それまでに振り向いてもらえるように頑張らなければ。
「僕が大きくなるまでには、食べれるバレンタインチョコ作れるようになってね」
「溶かして固めるぐらい、今でもできますーっ」
期待しないで待ってる、と僕が返すと、舞桜はあからさまに頬を膨らませた。
けれど、本当に彼女の背を越す頃になっても料理の腕は芳しくないかもしれない。もしかしたら、僕が作った方がいい状況になるかも。
それも悪くない、と僕はそっと微笑んだ。
ただの空も、舞桜を通して見れば青が深まる。
舞桜に繋がる景色が眩しくて、僕はときめく。
そんな彼女と日々を重ね、季節を越えていこう。
なお青し 玉露 @gyok66
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