03




夏休みに入り、陽射しの強さが増した。

うだるような暑さに、友達らも外で遊ぶのが限界と判断せざるを得なかった。自由研究にカブトムシやクワガタを捕まえようと意気込んでいたのも出発当初だけだ。暑さでかえって冷静になったのか、この街でカブトムシなどを野生で見つけるのは難易度が高いと気付き、誰かの家でゲームをしようと予定が変更になる。

誰の家に行くか決まり、その家に向かっている途中で神社の前を通りかかった。屋台の準備がされており、リンゴ飴や金魚すくいなどメジャーな看板が並ぶ。そのなかで、一つ眼を引いた屋台があった。


「ごめん、今日は帰るっ」


その屋台を見つけた僕は、友達らに断り、帰路に就く。正確には自分の家の隣に向かった。

隣の家のチャイムを鳴らすと、ほどなくして玄関のドアが開き、舞桜が顔を出す。


「しょーくん、どうしたの?」


「お祭り、一緒に行って!」


「え」


困惑した表情の舞桜に、僕は言い募る。


「浴衣ならお母さんが貸してくれるし、行こっ」


「でも」


「僕、お小遣い貯めてるからおごるし!」


「いや、お金がないわけじゃ……」


「じゃあ、行こ!」


うっと詰まり、舞桜は断る言葉が出なくなる。彼女からすれば、弟同然に可愛がってきた僕に無邪気にせがまれては、強く出れないと解っている。こういうときぐらい、子供扱いを活用しなければ勿体ない。

しばらく悩んで唸っていたが、舞桜は結局縁日に行くことを了承した。

その日の夜、といっても夕陽が沈んだばかりの頃、母親に浴衣を着せてもらった僕と舞桜は神社へと向かう。からころ、とお互いの下駄が鳴るのに合わせて、舞桜の巾着に付いた鈴守りが揺れて、ちりん、と鳴った。

歩いてしばらくすると、外灯とは違うだいだいの灯りが一定間隔に神社へと向かっていた。赤い提灯が中の光で橙に光っている。提灯に誘われるように歩を進めると、神社へ続く階段の前にたどり着く。見上げると屋台の灯りと人だかりが見え、音楽と喧噪けんそうが階段のふもとまで届いていた。

隣を歩いていた舞桜が足を止め、それに気付いた僕は振り返る。


「舞桜姉?」


うつむく彼女は迷っているようだった。そんな彼女にそっと手を差し出す。


「大丈夫。手をつなげば、はぐれないよ」


人混みに躊躇っていると勘違いした風を装って、大丈夫だと伝えると、自分の方が歳上だという自負があるのか、舞桜はぎゅっと拳を作って気合を入れた。


「絶対しょーくんを迷子にしないからねっ」


そう宣言して、彼女は僕の手をしっかりと握る。保護者ぶらないと縁日の神社に踏み込めないかのように。

行こう、と手を引くと、舞桜は固く手を掴んだまま鳥居を潜った。

神社の敷地内に入ると、本当に手を繋いでいないとはぐれそうなほどの人混みだった。最初に行く屋台を決めていた僕は、舞桜の手を引いてその屋台まで向かう。


「一つください」


「あいよ。何色にする?」


「青色で」


代金を払って受け取ったそれを、僕は迷わず舞桜に渡した。


「はい」


「どう、して……」


受け取った舞桜は、呆然と呟く。舞桜の手にあるのは、鳥の形をしたプラスチックの笛。水が入った状態で吹くと鳴る水笛だ。

彼女には、僕が小鳥の水笛を迷わず選んだことが不思議で仕方ないんだろう。


「だって、約束しただろ?」


約束を果たせた僕は笑う。


「いつかつれてってやる、って」


懐かしい約束を思い出し、舞桜は眼を見開く。


しょう……?」


懐かしい名前に微笑むことで肯定すると、舞桜は涙を一つ零し、小鳥の水笛をぎゅっといだいた。




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