第12話 ダリアの決意




 ダリアは走っていた。一年前に歌を売っていた広場や、ロイと過ごした場所を一つ一つ確認して彼の姿を探した。しかし、ロイはどこにもなかった。


「ロイ……どこに行ってしまったの?」


 人の世ではない世界に帰ったのかもしれない。ロイは元々そちらの世界から来たのだということは知っていた。もしそうなら、本当にもう二度と会えなくなってしまう。

 ダリアは絶望の淵にいた。

 魂を奪えなかったロイに、あちらの世界の人達は優しくしてくれるだろうか。一人ぼっちになっていないだろうか。酷い仕打ちを受けていないだろうか……。

 ダリアは次々と浮かぶ不安に押し潰されそうになっていた。


 そんな時、目の前を歩く親子の会話が耳に入ってきた。


「本当だもん! さっき空から人が降ってきたよ。僕見たもん」

「またそんなデタラメを言って。お伽話の読みすぎよ」

「嘘じゃないもん! なんだか全身真っ黒でね、背の大きい男の人だったよ。あれは絶対バンパイアだよ!」

「はいはい。そうかもしれないわね」


 少年の言葉をそう流す母親。

 子供の考えた空想かもしれない。しかし、その特徴がロイと重なる。

 ……ロイのことかもしれない。

 ダリアはそう思った。そして考えるよりも先に言葉が出ていた。


「その人はどこに行きましたか?」


 ダリアの声に、親子は目を丸くしていた。母親は苦笑して「この子、こういう作り話が好きなんですよ」と返事をした。しかしダリアは藁にもすがる思いで、もう一度少年に訊いた。


「どこに行ったか教えて。お願い」


 必死の形相のダリアに、少年は慌てながら北を指差した。


「えっと……あっちに落ちたよ」


「ありがとう!」


 ダリアは再び走り出した。

 少年が見たものがロイであって欲しい。そして無事であって欲しい。ダリアはそう思った。

 北の方角へ足を進めると、懐かしい場所が現れた。そこは、ダリアがロイと出会った場所だ。薄暗くて悪臭が漂っている汚れた裏路地。だけどここに来ると懐かしさが込み上げてくる。

 更に奥へ進むと、大きな木が見えた。そしてその下には、地面に倒れ込んでいる人影があった。

 ダリアはすぐさま駆け寄った。ついにロイを見つけたのだ。


「ロイ……!」


 地面に倒れている青年は紛れもなくロイだった。だが傷だらけで、かろうじて息をしているが重体だ。もちろん声をかけても反応はない。


「ロイ、何があったの? お願い、何か話して」


 ダリアは震えながらロイを抱き寄せた。しかし彼は浅く息をするだけだ。

 このままではロイが死んでしまう。早く病院まで運ばないと。

 ダリアはそう思い、ロイの腕を掴んで立ち上がろうとした。しかし華奢な身体ではその重みに耐えきれず、数歩で崩れ落ちてしまった。


 ダリアは途方に暮れ、助けを探そうと周囲を見渡した。

 すると目の前に、一人の老人が立っていることに気付いた。


 老人は風変わりな真っ白な服を着ていて、険しい面持ちでこちらを見ていた。立っているだけなのに、何故か威厳がある。

 ダリアはその人をどこかで見たことがある気がしたが、それがどこだったのか思い出せない。


「すみません、この人を病院に連れて行きたいんです。手を貸してください」


 ダリアは迷わずその老人に声をかけた。

 しかし老人は首を横に振った。


『その者は助からん。ワシはその者の魂を回収しにきたのだ』


 老人はそう言ってゆっくりと二人に近づいた。ダリアは驚いてロイを庇うように前に出た。


「魂って……貴方も死神なの?」


『……まぁ似たようなものじゃな。お嬢さん、危ないからそこを離れなさい』


 老人は“死神”と呼ばれて苦笑したが、柔らかな口調でそう返した。だがダリアはその場を離れようとしなかった。


「お願いです。この人を助けてください。この人は死神だけど、ずっと私を助けてくれてたんです」


 ダリアは涙目になりながら老人に跪いた。しかし老人はただ目を伏せるだけだ。


『ワシらに死神は救えんのじゃ。それにどうやらこの者は妖力がかなり弱っておる。人間の魂を取り入れぬ限りその力は戻らんし、このまま死ぬのが運命なのじゃよ』


 老人はゆっくりとそう諭した。ダリアにロイを諦めさせようとするための言葉だった。しかし、それを聞いたダリアは逆に目を輝かせた。


「人間の魂……?」


 ロイは自分の魂を奪わなかった。だから、力が弱ってこんな姿になってしまったんだ。

 それならば……今ここで魂を捧げればいい。そうすれば、ロイは助かるかもしれない。ダリアはそう思った。

 ダリアは迷いなくロイを抱きしめて、唇を近付けた。


『まさかお前さん、死神に接吻するつもりか?』


 老人は驚いて声を上げたが、ダリアは耳を傾ける気はなかった。


 頭の中で、ロイと出会った頃からのたくさんの出来事が次々と思い出された。


 貴方がいなかったら、今の私はいなかった。……ロイ、私は貴方に死んでほしくないのよ。


 ダリアの心は既に決まっていた。彼の唇まであと数センチもない。


『これ、血迷った事をするでない! そんなことをすればお前さんが死んでしまうぞ』


「いいんです。これが私の望んだ幸せですから」


 ダリアはそう言ってロイに口付けた。

 冷たい唇に触れると、自然と自分の体温も下がっていく気がした。だけどとても心地いい……。

 そして視界が真っ暗になった。ダリアはそのまま地面に倒れた。

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