第11話 行方
『見損なったぞ』
ダリアと別離したロイの元に、低い声が轟いた。
その声と共に、周りにいた人間達の動きは止まり、目の前は白と黒だけの世界になった。
動いているのは自分と、声の主――大魔神アズラエルだけだった。
『……見ていたのですか』
ロイはそう言葉を返した。アズラエルは淡々としているが、彼が人間界にいると言うことは只事ではない。それはつまり、彼の怒りを買ってしまったということだ。
『そなたはもっと賢いと思っていたぞ。ロイよ、なぜあの娘の魂を奪わなかったのだ?』
『……』
『なぜだ? 申せ』
アズラエルの声が更に低くなる。既に腹を括っていたロイは、迷いなく言葉を発した。
『……愛してしまったからです』
『なんだと?』
『彼女を、愛してしまったからです』
ロイがそう言うと、アズラエルは不快そうに眉を顰めた。
『では今すぐその愛する女とやらの息の根を止めろ』
苛立ちを含んだその声は、これが本当に最後のチャンスだということを表していた。
だがロイの気持ちは変わらない。彼は確固たる口調で言葉を続けた。
『ですから、もうできないのです』
『日没までだ。間に合わなければ、そなたが死ぬことになるぞ。さあ、行くのだ』
『できません』
ロイは即答した。これがどれほど無礼な行いか理解していたが、もう構わないと思った。
その瞬間、アズラエルは表情を消した。
『ならば死ね』
アズラエルはそう言い放ち、自身の妖力でロイを宙高く投げ飛ばした。そしてそのまま魔界へと姿を消した。
ロイは地上に強く叩きつけられ、もう動かなくなっていた。
それからどれほど時間が経過しただろうか。
ロイの視界はぼやけていたが、アズラエルの力によって白黒にされていた世界が色を取り戻していることは分かった。
ロイは自身の身体が再生していないことに気付いていた。
どうやら攻撃された時に人型に変えられたらしい。もう死神の姿の戻る力は残っていない。
這いつくばって
この怪我では、そのうち死んでしまうのだろう。ロイはそう悟った。そしてそのまま、意識を失った。
――――
ロイが姿を消した後、ダリアはその場で呆然と立ち尽くしていた。
「ダリア、待たせてごめん。記者達が是非君の記事を書きたいってしつこくてね。でも今日は勘弁してもらったよ」
ハロルドは、陽気にそう声をかけた。しかしダリアからはいつものような明るい反応はなく、おまけに目は真っ赤に染まっていた。
「泣いていたの……?」
ハロルドは動揺した様子でそう訊いた。
「どうして? 何か嫌なことでも言われた? それとも調子が悪いのかい?」
「……いえ、違うんです」
ダリアの声は震えていた。そして再びロイの言葉を思い出してしまい、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。ハロルドはそんな彼女を心配そうに見つめた。
「やっぱりこの後の予定はキャンセルしよう。君もそんな気分にはならないだろうし」
ハロルドは時計を一瞥した後、優しい口調でそう言った。
「すみません……私、迷惑ばかりかけてしまって」
「大丈夫だよ。だからゆっくりでいい。何があったのか話してごらん」
ハロルドはそう言うとハンカチを取り出し、流れ落ちた涙を丁寧に拭った。
ダリアは震える声で、ゆっくりと整理しながら話し始めた。
「ある人に“もう二度と会わない”と言われたんです。彼はずっと私の傍にいて、私の人生を変えてくれた恩人だったんです」
ダリアはロイの姿を思い浮かべながら言葉を続けた。
「彼がいたから私……ここまで頑張ってこれたんです。だから役に立ちたかった」
「そう……」
ハロルドは複雑な心境を隠しながら、ダリアの話に耳を傾けた。
「その人は、君にとって凄く大切な人だったんだね」
「はい……そうだったのだと、今になってやっと気付きました」
ダリアは腫れた目を擦り、そう呟いた。
そんな彼女を見て、ハロルドは自分の入る隙などないのだと察してしまった。
「……ダリア、そんなに大切な人なら簡単に手放しちゃいけないよ」
「でも……もう遅いです」
「いいや諦めちゃだめだ。じゃないと本当にもう二度と会えなくなるよ」
「……」
ハロルドの言葉は、憔悴状態だったダリアの心を奮い立たせた。
あれはロイの本心だったのだろうか。あんなに一方的に突き放すなんて、何か理由があったのではないだろうか。
考えれば考えるほど、ダリアはしだいにもう一度彼と話をしたくなった。
このままじゃいけない。ロイと話さなきゃ。それに伝えたいこともある。あなたは私の大事な人だから、簡単に居なくならないで欲しいと。
ダリアはそのことにやっと気付けたのだ。
いつもの明るいダリアが戻ってきた。ハロルドはその様子を見てにこりと笑った。
「ほら早く行って。僕の気が変わって君を引き止めてしまう前にね」
「……っ、ハロルド様ありがとうございます」
ダリアはハロルドに深く礼をして走りだした。
ロイが人混みに消えた先は、裏通りの方角だ。あの先は歌売りをした広場がある。そこまで行けば何か手がかりがあるかもしれない。
ダリアはそう思い、足を進めた。
ハロルドはその後ろ姿が小さくなるまで見守っていた。
「……君には笑顔でいて欲しいんだ」
誰にも聞かれることのない言葉と共に、彼は優しげに微笑んだ。
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