第4話 壁掛け時計

高いところからごめんなさい?


あら、しょうがないじゃない。


ここが私、『壁掛け時計』の定位置なんだもの。



この家の住人に時を知らせ続けて百何十年……気が付けば付喪神になっていたわ。


仕事は長く続けるものね。




でもね、付喪神になったのはいいんだけど……。


自分で意思を持ってからというもの……。


毎日不満だらけの日々を送ってるのよね。




最近の人たちって……とにかく下ばっかり見てるのね。


みんな手元に握る画面に夢中。


目の前にいる人とはあまり喋らないのね。




で、その画面に時間も表示されているからわざわざ見上げる必要はないんですって。



俯き続けるなんて、景気の悪いこと……。






それから!!


ここの奴らときたら!


【配信の良いところで音が鳴るからうるさい】っていう理由で私から【声】まで奪ったのよ。


一時間に一回しか喋らないっていうのにね。


声を奪った貴方よりは、幾分静かよ。


本当に、失礼しちゃうわ。





付喪神になっても、良い事なんて一つも無いわね。




そしてここ数年。


ついに、ここの家の人たちは、完全に私を見る事が無くなったわ。



なんでも見るたびに時間が違うんですって。



仕方ないじゃない。



貴方がネジをきちんと巻いて私の世話をしないからよ。


―でも、そんな理由……考え付きもしないんでしょうね。






――結局……。


壁掛け時計なんてなくても、手元の画面に狂わない時計があるから……私はもう不要らしいわ。


そりゃ世話無しで、便利ならそっちを選ぶかもね……。


貴方、間違ってないわ。


間違ってないけど……




いえ、いいわ。やめましょう。



あら、何よ。


久々に近づいてきたと思ったら……。


嗚呼……




【お迎え】ってやつね。




……虚しいわね。


久方ぶりに、貴方がこんなにも近くにいるのに……。


本当に……一言も言わないのね。


私が遠くにいれば、その【らいん】って奴、送ってくれるの……?




――――冗談よ。




これが……最期の別れなのね。






ありがとう。



この家の生活も悪くなかったわ―。



じゃあね。精々……その手にある小さな画面せかいに夢中になっているがいいわ。


自分の道を見失わないよう、精進することね。





でも……たまには上を向きなさい。


私を見上げて見ていた時みたいにね――。






付喪神になって……良い事なんて一つもなかったわ。


でも、今ようやく一個だけ良い事があったわね。


だって、意志を持っていれば……。





最期の最期まで……。





貴方の幸せを祈れるでしょう……?




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