第8話 待ち遠しい明日
「まさか二人があんなに強いとは思わなかったよ〜」
ルーシーはほのかに赤いままの目元を緩めて、へにゃりと笑う。
到着したエールベルトの騎士に事情を説明し、捕らえた男達を引き渡した後、三人は学校に帰って来た。
時間的には寮に戻るべきだったのだが、ルーシーは一人になるのがなんとなく心細かった。どうしたものかと悩んでいたところ「談話室に行こう」とオーランドに手を引かれた。
間違いなく自分以上に疲れているはずなのに、オーランドもレオも全くそんなそぶりを見せない。だから大人しく甘えさせてもらい、しばらく一緒に過ごすことにした。
「今まで他国の人が襲ってきたことなんてなかったんだけど……大変な目に合わせてごめんね」
二人にエールベルトの良いところを知ってもらうつもりが、大事件に巻き込んでしまった。
表情が一瞬で変わりしゅんとするルーシーを、オーランドが慌てて止める。
「違うルーシー。巻き込んだのは、こっちの方だ」
あれだけ派手に襲われた本人が、何を言っているのだろう。ルーシーの思考は追い付かない。それに気付いたのか、珍しく真剣な顔をしたレオがぼそりと呟いた。
「あいつらの目的は金じゃなかった」
「え? どういうこと?」
お金が目的でなかったなら、一体何のために現れたというのだ。
ますます困惑の表情を濃くしたルーシーにオーランドが放ったのは、決定的な一言。
「俺を殺しに来たんだよ」
「……は?」
(オーランドを、殺す?)
数回オーランドの言葉を脳内で繰り返し、ルーシーは目を見開いた。
「な、な、なんで? なんでわかるの? あの中に知ってる人でもいたの!?」
「落ち着け落ち着け。説明すっから」
オーランドに掴みかかる勢いのルーシーをレオが止める。こんな時に護衛の力を発揮するのはやめて欲しい。
「襲ってきた奴らは知らねえが、あの見た目は南の方の国のもんだ。金で雇われてここまで来た可能性が高い」
「う、うん」
「問題なのはあいつらが持ってた剣だ。あれはサルバスの物だった」
「そんなこともわかるんだ」
「ルーシーは剣の握る部分見たことある? サルバスの職人が作った剣はあそこに特徴があるんだよ」
オーランドが教えてくれたのは、剣を握らないルーシーにとって初めて知る情報だった。
それにしても、あの状況でよく剣の種類について頭が回ったものだ。
「職人が作った剣を、あの男の人達が買えたってこと?」
(サルバスの剣は王族でも手に入れるのが難しいって聞いたけど……)
以前聞いた情報を頼りに、自分なりに話を整理しようとする。だが、目の前でどんどん険しい顔になるレオが恐ろしくて集中出来ない。
「無理だな。剣の輸出は基本禁止だ。国同士の友好関係を築くために王族に土産として渡すことはあっても、他の例外はない。買えるのはサルバスの人間……それも、貴族だけだ」
「じゃあ、
「サルバスの貴族ってことだ。剣をどこかの金持ちコレクターにでも売れば一生生活には苦労しねえし、報酬のつもりで渡したんだろ。国の誇りを、
青筋を立てたレオは自分より落ち着いていないように見えるのだが、怒る理由が真っ当なため、なだめるのも難しい。
街で貰ったチーズケーキをそっと勧めてみたところ、一口で飲まれた。速攻で手札を失ったが、青筋だけは消えたようで安心した。
「それに、あの場でオーランドを金の運び役に選ぶのはどう考えてもおかしい。他にも大勢いたからな。俺の方が身体がデカいから目立つし……変な意味じゃねえけど、顔なら――」
「あ、私の方が目立つね」
すとん、と納得出来た。痣が目についたのなら、隣のルーシーが選ばれなかったのは不自然だ。男のオーランドより、女のルーシーの方が人質には向いている。
ということは、おそらくオーランドが狙いだったという読みは正しいだろう。あの傭兵達を雇った人間が、オーランドを呪った犯人。
しかしそうだとすると、疑問が浮かぶ。
「なんで今になって襲ってきたんだろう? 学校は防御壁張られてるけど、授業で外出した時なら狙えたよね?」
「前言ってたみたいに、俺に呪いをかけるための制約があったんだと思う。俺に他の攻撃をしないとか、接触を断つことで呪いの効果を高める、とか」
「そっか。……ん? でもそれならおかしくない? 今接触したら痣と無表情の呪いが弱まっちゃうかもしれないんだよね?」
ルーシーとしては大変嬉しいが、犯人にとってのメリットが思いつかない。
「わざわざ自分から呪いを弱めに来るかなぁ。しかもあんな風に襲ったら目立つし、証拠もたくさん残るよね?」
証拠を残したくないからこそ、今まで武力を使わず、呪いをいくつもかけたのだと思っていたのだが。
「目立つのを覚悟してでも、今俺の所に来なきゃいけない状況になっちゃったんだよ」
そう言ったオーランドの視線が動いたため、ルーシーもそれを追う。視線が止まった先にあるのは、大きな紙袋。中に入っているのは今日の購入品だ。
(オーランドの誕生日会の……)
――ハッとした。しっくりくる答えに行き着いたのだ。そして頭を勢いよく抱えた。
「死の呪い、解いちゃったからか!!」
しまった! という表情が全面に出たルーシーを見て、少し前まで真剣だったレオが吹き出した。
ルーシーにとっては無表情の呪いが大問題であるため、当然のことに頭が回らなかった。
犯人からすれば痣も無表情も、ただの『その他の呪い』なのだ。一番解かれたくなかったのは死の呪いに違いない。
「いや、解けたのは良いことだから。解けてなかったら、俺死んでる」
「そ、それもそうだね」
おそらく犯人の予定では今頃オーランドは呪いで死に、サルバスに彼の訃報が届くはずだった。だから呪いをかけた後はひたすら身を隠し、接触してこなかった。
けれども、どれだけ待ってもオーランドが死なない。それどころか解呪に成功したという情報が入ってきたとなれば――。
(そりゃあ、焦るよね)
オーランドの誕生日まであと数日しかないのだ。成人すれば、王子として国に与える影響はさらに大きくなる。だから、急いで殺しに来た。
「本当は俺が呪われた時点で、サルバス国内では諦めた雰囲気だったんだよ。サルバスの常識では、あの呪いは解けないものだったから」
「オーランドが死んじゃうって思われてたってこと?」
「うん」
「そんなの、一回も言ってなかったじゃん」
「だって認めたら負けな気がしたし、ルーシーが諦めてなかったから。絶対解けるっていつも言ってただろう?」
「死なせるつもりなんて少しもなかったからね」
「そう言えるのが凄いんだよ。あとはそうだなぁ……もし正直に話したら、ルーシーが笑ってくれなくなるかもしれないって思ってさ」
予想外の言葉にルーシーは目を瞬かせる。たしかに「国中に命を諦められた」なんて聞かされたとしたら、必死になりすぎて笑っている余裕はなかったかもしれない。
「俺はルーシーの笑顔に救われたから。いつだってルーシーには笑っていて欲しいんだよ」
胸の奥がきゅっと切なくなった。
オーランドはずっと、死と近かったはずなのに。怖くてたまらなかったはずなのに。恐怖なんて少しも感じさせず、誰よりも優しかった。隣でいつも、ルーシーを笑顔にしてくれた。
(オーランドは、私を喜ばせる天才だなぁ)
切なくなった胸元を押さえて、そっと誓う。オーランドのことは、絶対に守り抜いてみせる。
「オーランドが犯人に負けなかったら、私はずーっと笑ってるよ!」
「あはは、こりゃ負けられませんなぁ」
「完璧にやっつけて、今後の人生は安全に暮らせるようにしないとね!……ん?」
改めて気合いを入れたルーシーだったが、この気合いは必要のないものだった。今更ながら気付いてしまったからだ。
「サルバスって魔術使える人少ないんだよね?」
「近距離の転移までなら何人か出来るけど、殺傷能力がある魔術を使えるのは俺を呪った犯人くらいじゃないかなぁ」
「じゃあ、人を焼き殺せるような魔術を使えるのは……」
「……多分、同一人物」
なんということだ。襲ってきた男達の中にオーランドを呪った犯人が混ざっていたとは。状況を理解したルーシーは俯く。
おそらく犯人の魔術師は、今もエールベルト国内に潜んでいるだろう。オーランドを殺し損ねたのだから。
(いる。犯人が、近くに……)
「逃げられたのが痛えよな」
「だよなぁ。……ル、ルーシー?」
魔術師を取り逃がしたことにため息をつくレオとオーランド。ところがすぐにルーシーの異変を察知した。体をのけ反らせた彼らはやや引き気味である。
だがそんな態度すらも、今のルーシーには気にならない。喉を鳴らし、肩を揺らし、とうとう立ち上がり、声を出して笑い始めた。
「ふ、ふ、ふ、ふはははははははっ!」
「こんな悪役っぽいルーシー初めて見た」
「怖え」
「止めた方が良いのか?」
「知らん、俺に聞くな」
ルーシーの顔を見て無表情でおろおろするオーランド。この無表情ともお別れの時が近いようだ。
そう考えるとさらに笑いが止まらなくなる。許して欲しい。だって、ついにここまで来たのだ。
「も~、呪った犯人がいたなら早く教えてくれたら良かったのに。騎士達もきっとただの物盗りだと思ってるよ」
「呪いの方は証拠がないからさ。それに一応名乗りはしたけど、
「さっきの極悪人みたいな笑いはなんだ」
オーランドは言葉を選んで伝えようとしたのだろうが、レオは全く遠慮がない。高貴な笑い方でもしてやれば良かった。
「やーっとオーランドの呪いが解けると思ったら嬉しくってさ〜」
あまりにも嬉しくて、ルーシーはその場で一回ターンをした。満面の笑みのルーシーを見て、レオが目を丸くする。
「どうして解けるんだよ」
「強制解呪の説明したでしょ?」
「それは聞いたけどそうじゃねえ。強制解呪は術者がいねえと出来ねえだろ」
「うん。だから捕まえれば良いんでしょ?」
「転移魔術で逃げた相手を騎士達にどうやって追えるって――」
「騎士には無理だね。でもエールベルトの魔術師なら追えるよ」
国が違えば常識も違う。多くの国では、魔術師の逃亡は追跡不可能。だがエールベルトでは、条件が揃えば追跡出来る。
ルーシーは数時間前のオーランドの姿を思い出す。
「だってあの時、火の魔術を切ってくれたから」
誇らしげなルーシーの言葉で、オーランドにもレオにもしっかり伝わったようだ。
「あの剣で追えるのか……まだまだ勉強が足りないなぁ」
「お前の呪い、本当に解けるかもしれねえな」
「ああ、やっとだ」
ぽつりぽつりと会話する二人は、きっと今、喜びを噛み締めているのだろう。途中から解呪の手伝いに加わったルーシーですら、踊り出しそうなほど嬉しいのだから。
「オーランド、犯人は絶対捕まるよ。だから騎士団と魔術師団には改めて事情を説明しておいた方が良いと思う。捕まえても軽い罪状で処理されちゃったら困るしね」
「そうだな。捕まったら会わせてもらえるように頼んで、あとは信じて待つよ」
三人は頷き合った。その瞳は希望の色に染まっている。
その後、すぐに騎士団と魔術師団に連絡を入れると言ったオーランドとレオに送られて、ルーシーは寮に帰った。
少し前まで一人になることが心細かったというのに、今は胸が高鳴っている。一刻も早く明日を迎えたい気持ちでいっぱいだった。
(明日が来るのが、こんなに待ち遠しいなんて)
ベッドに横になり天井を見上げても、目を閉じても、思い浮かぶのはオーランド。
きっと明日は、最高の日になるだろう。
彼の
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