だから?
「オマエの言う事が正しいなら、アタイは自分がない無意識そのものだからな!」
ネネネは指を立て、その事実を誇らしげに口にした。
「……は? ネネネ氏あなたなにを? 自分が存在しないとおっしゃるのでありますか?」
「アタイにはよくわからないけど、無意識がどうとか言うのならそうなんだろ?」
「いやいやいや! ありえないであります! そんなウソを言っても
言いながら20面サイコロはネネネの精神を探る。そして小さく息をのんだ。
「ほ、本当であります……! 傷ついた精神を守るための交代人格! 内面的なもう一人の自分ではなく、喪失を誤魔化す為の想像人格! KLー00124444の障害が回復すれば、消えてしまうであります……!」
ネネネの――KLー00124444と呼ばれるクローンの精神状態。バイオノイドに庇われて目の前で喪失し、その悲しみから精神を閉ざしたクローン。その悲しみから立ち上がるために亡くした『ピコ』の精神を人格の柱として立ち上げたのだ。
「どうだ! 嘘は言ってないだろ!」
「言ってないでありますが……怖くはないのでありますか、ネネネ氏!? 貴方は自分がいつ消えてもおかしくないのですぞ!」
「? あれ? アタイそうだって言わなかったっけ?」
「言ったでありますけど!」
首をかしげるネネネに叫ぶ20面サイコロ。
「ネネネ氏は自分が作られたモノと知っていて、しかもいつ消えてもおかしくないと分かっているのでありますよね! それは怖くないのでありますか?」
「アタイは勇敢だから怖くはないぞ、えっへん!」
「勇敢とかそういう問題ではありませぬ! 今この瞬間にでも自分自身が消えてしまうのでありますぞ! 大好きなコジロー氏と一緒にいる未来がなくなるかもしれないのですぞ!」
「アタイの事を心配してくれてるのか? 実はいいヤツ?」
「話を逸らさないでほしいであります!」
ネネネの対応に苛立って叫ぶ20面サイコロ。
自分が消える。
それはアイデンティティの喪失だ。自分自身を定義することと、他人との違いを感じること。他人との違いを理解して、それと繋がること。内面と外面を意識し、世界を認識すること。
それが消える。それは死と同義と言ってもいい。KLー00124444の生命活動は存在しても、ネネネという自我は死ぬ。無意識のどこかに閉じ込められ、肉体が死ぬまで孤独を感じる事すらできず沈み続ける。
ネネネの精神はそんな泡のような存在だ。KLー00124444の精神を包んで守る泡。いつか内側からはじけて消えてしまう人格。その正体は20面サイコロの言い分が正しいなら、無意識が形成したモノ。
「ええと、コジロー。コイツ何を怒ってるんだ? アタイはお前は正しいって言ってるつもりなんだけど」
「あー。ネネ姉さんにはわからねぇか。要は死ぬのは怖くないのか、って話だ」
「なんだ。それならそうと言えばいいのに」
「そう言っているつもりでありますが……! まさかネネネ氏もコジロー氏と同じくいつ死んでも構わないクチでありますか?」
「いや、アタイは死にたくないぞ。コジローに撫でてもらいたいからな!」
エッヘン、と胸を張るネネネ。何かを察したのか、コジローはその頭を撫でた。にへぇ、と表情を崩すネネネ。
「し、死にたくないのならなんで消えてしまうのが怖くないのでありますか? ネネネ氏には自我があって、やりたいことがあって、好きな相手がいて、未来に希望もあるのでありますよね?」
「よくわからんが、そうだ! アタイにはやりたいことがたくさんあるぞ!」
「消えてしまえばそれができなくなるのでありますよ! それが怖くないのでありまうか!」
怯えを含んだ20面サイコロの問いかけに、
「? いつか消えたり死んだりするのは当然だろ? それが怖いのか?」
ネネネは心の底から理解できないとばかりの首をかしげた。
「死ぬ。消える。それが起きるのはアタイに限った事じゃないだろ? アタイはコジローと違った形でそうなりかねないだけで、コジローもアタイと同じく死ぬんだ。トモエもそうみたいだし、他のクローンもいつかは死ぬんだ。
あ、もしかしてそれを知らなかったのか? だったらアタイに感謝しな! どんな奴でもいつかは死ぬんだ!」
生きていればいつかは死ぬ。それは当たり前の話だ。タイムパラドックスを利用して死を免れていた企業創始者も、今はトモエがこの時代にいる以上は死ぬ。永遠はない。それは誰もが知る常識だ。
「そ、それをどうして当然と思えるのでありますか!」
その常識に対して叫ぶ20面サイコロ。死ぬことを知らなかったわけではない。激昂した理由はそこではない。
「死が間近にある。滅びが隣にいる。それを自覚して生きていけるはずがないであります! 近くにある死に怯え、滅びがこないように隣を警戒して、そんな生き方は確実に精神を壊し、神経衰弱に陥るであります!
心は死を前提にしてできていないのであります!」
死は終わり。死は別れ。自分自身が世界から消え、自分を見る他人とのつながりが消える。故に怯えるのは当たり前。死ぬことがわかっているなど、妄言だ。自分と他人――すなわち『
ネネネは自己評価が低く、他人を軽薄に扱うような性格か? 否だ。今さっき知り合ったばかりの20面サイコロでもそんなはずはないと断言できる。ネネネというクローンは知性決して高くはないが、己に自信を持ち他人に好意を抱く性格だ。
「だから?」
「だから……?」
「死ぬのが怖い。死ぬのが嫌だ。だからどうするのだ?」
「どうって……」
ネネネの言いたいことが理解できない。20面サイコロは促すようにネネネの言葉をオウム返しに応える。
「嫌だ怖いと言っていれば、死なないのか?」
「そんなことは……」
「だろ? だったら生きるしかないぞ。
泣いて叫んでも誰も助けてくれないんだぞ。時間が限られているんだから無駄な事をしている暇があったら前に進んだ方がいいに決まってるじゃないか!」
「……っ」
あまりに前向きなネネネの言葉に、言葉を失う20面サイコロ。
死を見ていないのではなく、滅びを理解していないのでもない。自分がいつかはじけて消えてしまう存在だとしっかり認めた上で、ネネネは前を見て歩こうと言っているのだ。
奇跡を起こす神様なんていない。願いをかなえてくれる龍などいない。蘇生魔法なんてない。死を覆す医者なんていない。文明が発達すればするほど、永遠の命なんてものが夢物語だと証明されるばかりだ。
ならば進むしかない。
「アタイは生きるってそういう事だと思うけど、違うのか?」
あまりに簡単で、あまりに難しい。死を認め、死を前提にして、それでも前を見続けること。
20面サイコロはネネネのその在り方に――尊敬と同時に畏怖を感じた。誰もが恐れる死という事。自分よりも滅びに近い立場なのに、その中にあっても堂々と歩めるその精神。明日消えてなくなっても後悔することはないのだと思わせる元気の良さ。
「……っ!? あああああ、しまったであります!」
「お? なんかふわっとしたぞ」
「き、気のせいでありましょう! ネネネ氏に置かれましてはご機嫌麗しく! 今日の所は拙者の負けという事でお引き取り頂ければ幸いかと! ささささ、ずずいっと!」
「なんだよ急に。さっきまで無駄に高圧的だったのにいきなり低姿勢に……まあ、それは今までもか」
感覚的なネネネの言葉に顔を青ざめさせて負けを認める20面サイコロ。明らかに何かに焦っている。これまで保ってきた優位性が崩れ去ったような。そんな印象をコジローとネネネは感じていた。
「あれ? なんなコイツを殴りたい気持ちになってきたぞ。これまで散々言われた怒りがふつふつと湧いてきたな!」
「その怒りは俺にもあるけど……もしかしてネネ姉さん、コイツの超能力が解除されたのか?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ! バレたぁ! ネネネ氏に恐怖を感じてしまい、超能力を維持できなくなってしまったであります!」
ネネネとコジローの会話に怯える20面サイコロ。感情の揺さぶりから他者の無意識に作用する『禁忌』の超能力。それは対象から大きく感情を揺さぶられると解除されてしまうのだ。
「よくわからないけど、アタイの方が強かったという事だな! やるぞコジロー!」
「俺の方は解除されてねぇなぁ……。任せるぜ、ネネ姉さん。殺さない程度にな」
「まままままままつであります! これもすべて拙者の無意識が差せたこと! 20面サイコロの企業に対するストレスとかそう言うのが悪いのであって平に平にお許しいただければ!」
「難しい事はアタイにはわからん! 分かるのは、お前なんかムカつくってことだ!」
必死に言い訳する20面サイコロの言葉など聞く耳持たぬとばかりに拳を握るネネネ。『禁忌』の超能力は解除され、無意識からのブレーキはない。むしろここで憂さを晴らせとばかりにアクセルを踏んでいる。
「こここここ、コジロー氏! ネネネ氏にお願いしていただけるとありがたく! ほら、『トモエ』に参入する拙者が怪我した状態だといろいろ面目立たない気がすると思うでありますが!」
「すがりたい気持ちは十分に理解できるが、それができない理由が二つある。
一つはここまで怒ったネネ姉さんは俺でも止められないという事だ」
「そうだぞ! ここで止めたらアタイぷんぷんだからな! 1時間撫でてもらわないと許さないからな!」
最後の希望とばかりにコジローに助けを求める20面サイコロだが、コジローは指を一本立ててそう言った。そして二つ目の指を立てて、冷淡に言葉を続ける。
「もう一つは、俺もお前を殴りたいからだ。攻撃できないのが残念だぜ」
「ひぃぃぃぃぃ! お許しを――」
「アタイぱーんち! アタイきーっく! アタイ馬乗り殴打!」
「ごぼおばどばああああああああ!」
謝罪など聞く耳持たないとばかりにネネネがとびかかり、殴って蹴って暴行を加える。炭素剣を出して命を奪わないだけ温情だろう。
「ふう、アタイの勝ちだ!」
ひとしきり殴ってスッキリしたネネネは、気持ちのいい笑顔でそう言った。
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