討論しましょう!
「おけ。これで問題ない。アーテー、トモエらびゅらびゅ」
幾度かのコンサートとトークの末、アーテーは親指を立てたスタンプを浮かべてそう言った。
「色々疲れたぁ……」
アーテーの言葉に気が抜けたように脱力するトモエ。実際のところ、VR世界で体力の減少はなく、ダンスも歌もプログラムに則ったものだから疲れはない。だけど精神的にいろいろ削られたのだ。
「後はケルベロスと融合した相手を見つけて、同調するだけ」
「見つけるって……あてはあるの?」
「七瀬リーザのログを探れば、トモエとさっき口論した柴犬アバターのIDがあるはず。そのログをたどれば、すぐに追える」
「ログってどうやって確認するの? ええと……あった! Ne-00203156。こいつね!」
「おけ。検索開始。今はスリープ状態かな。ログアウトはしていないけど、アクティブに動いていないみたい」
不慣れなVRアバターだが、すぐに操作にたどり着きIDを調べるトモエ。アーテーはそのIDから検索し、柴犬アバターの居場所を探り当てる。
「早速行って同調して、七瀬リーザ推し推しにしよう」
「その言い方はヤダなぁ……。あ、ケルたんはどうするの?」
「んん~? 拙者についてきてほしいでありますか? まあこのカワカワワンワンアイドルと一緒に行動したいという気持ちはわかるでありますが、それ相応の誘い文句や褒めたたえる言葉が――」
「トモエ、コレが二人になるのは面倒だからやめよう」
「そうね。ウザいし邪魔だし」
「いやあああああああ! 拙者を褒めて! 構って! ケルたんかわいいって200万回呟いてええええええええ!」
泣き叫ぶスタンプを乱舞するケルベロスを塩対応とばかりに無視して移動するトモエとアーテー。仮想空間内の移動なので、一秒も経たずに移動が完了する。カワカワワンワンなケルベロスの部屋から、矢印が交差する数学的な空間に変化した。
「だ、だ、誰でありますか!?」
「ん。ケルベロスに似た精神波長がある。間違いない」
そしてその部屋にいた柴犬アバターが二人の到来に驚き、声を上げる。そしてアーテーはその精神を見て、ケルベロスと誰かが融合したものだと確信する。
「えーと、事情は聞いてるわ。ケルたんコピペの人!」
「アーテー氏に……そっちは七瀬リーザ……の中にいるトモエ様? ははぁん。拙者に口論で負けて顔真っ赤にして逃げたのが悔しくて、レスバ再開と言う事でありますね。
ま、同じ恥をかきたくないのなら大人しく帰った方がいいでありますよ。今日の拙者はとても寛容。見なかったことにしてあげるでありますから、お帰り下され。ゴーホームが最適解でありますぞ口論よわよわアイドルさん!」
「相変わらず口悪いわねぇ……!」
「落ち着いて。怒らせて感情を揺さぶるのが『禁忌』の発動条件。逆に言えばトモエが感情を制御出来たらかからない」
一気にまくしたてられる柴犬アバターの言動に怒りを覚えるトモエ。そんなトモエの背中を叩いて忠告するアーテー。『禁忌』は便利ではあるが、発動させる条件が厄介なのだ。
「あのキングオブ陰キャなアーテー氏が他人にアドバイスですと!? リアルといい電脳といい、今日は何が何だか――
……イエイエ、超能力? アリエナイデアリマスゾ」
アーテーの発言に驚き、柴犬アバターは1秒後に目をそらして誤魔化そうと手を振った。ひゅーひゅーと吹き慣れない口笛を鳴らそうとしている。
「そっちが現実世界で何があったのかは知らないけど、こっちは全部知ってるんだからね。
アンタがケルベロスと融合したとか、ケルベロスの超能力とか、あと融合解除のために何をしたらいいかとか」
「なななななななな、何を言い出すのでありますか!? 拙者は善良なVRアイドル愛好家。ケルベロスなんて
「ケルベロスって単語から
「このアバター見てアーテーって言ってたし。詰めの甘さもケルベロス並」
「ぐはぁ……!」
誤魔化すのは無理だと分かった柴犬アバターはぐったりと項垂れる。その後で何かに気付いたのか顔を上げた。
「せ、拙者と20面サイコロ氏の融合解除のために何をしたらいいか分かっているとはどういう事でありますか? まさか超つまらないテキストを読ませたり、デスランニングさせられたりするのではないでしょうな!? だとしたら全力拒否するでありますよ!」
「やらないわよ。何なのよそれは?」
「リアルはクソという事であります!」
現実世界でコジローとネネネが20面サイコロに接触しているなど、夢にも思わないトモエであった。
「アンタ好みのアイドルを用意してストレスを緩和するの。
……まあ、厳密には違うけど」
「結果的には違わないから問題ない」
「問題……ないかなぁ?」
「まさか……アーテー氏の同調を使うでありますか?」
『アーテーの超能力で好みを押し付ける』というやり方に今更ながら疑問を抱くトモエ。アーテーは問題ないと言うが、精神同調の事を知っているケルベロスは警戒の声を出した。
「あー。やっぱりそう言う反応よね。うん、悪いけどそういうやり方をさせてもらうわ」
「分かってると思うけど、抵抗は無駄。今の状態がよくない事は理解しているだろし、大人しく七瀬リーザ萌え萌え推し推し早く新曲頂戴状態を受け入れて」
「……そんな状態なんだ、アーテー」
精神を持つ限り、アーテーの超能力からは逃れられない。電脳世界のフィルター越しという事で効果は押さえられているが、それでも対象が目の前にいる状態では逃れることはできない。今この瞬間ログアウトしても『現実世界のその精神』に作用するのだ。
「うぐぅ……! 確かに拙者の今の状態は良くはありませぬ。たとえ目の前の人造アイドルであっても推せるのならそうすべき。たとえ相手が知能指数が低く、ろくに口論もできない愚者とはいえ……!」
「なんでそこまで罵られないといけないのよ、私」
「おおっと、済みませぬ! 拙者、正直ゆえ! いやぁ、あの程度の口論で押し黙ってしまうなどさすがに知的生命体としては脆弱というか!
ああ、だからこそアーテー氏の超能力に頼るのでありますな! 口では勝てないから実力行使。いやはや情けない情けない! 拙者が同じ立場ならせめて口論で勝敗を突けるというのに――」
「アーテー、やっちゃって」
「ん」
「お待ちを! せめて拙者の話を聞いてくださるとありがたく! 余計な事を言ったのは平に謝りますゆえ!」
あまりの口の悪さに会話を止めて冷淡に告げるトモエ。やりすぎたと判断したのか、柴犬アバターは土下座して許しを請う。180度変化した態度と、超能力で好みを変えるのはやりすぎかという良心の呵責でトモエは踏みとどまった。
「分かった。でも次はないわ。
アナタの手口が私を怒らせて超能力を使おうとしていることはわかっている。つまり悪口の類は私に対する攻撃と受け取るから」
「うぐぐ……手の内を読まれるとはひどいであります! 無抵抗な相手を一方的に蹂躙できないのがここまでストレスとは……!」
「ホントアンタ性格悪いわねぇ……。ケルたんも大概だったけど、ここまでじゃなかったわよ」
「融合しているクローンの性格……というよりは無意識に抱いているストレスの問題。おそらく企業とその上層部に強い劣等感を持っている」
「そうでありますよ! 拙者は20面サイコロ氏のストレスのせいでこんなことをしているだけで、無意識には逆らえないであります!」
アーテーの言葉に、自分は悪くないを主張する柴犬アバター。
無意識には逆らえない。
無意識とはそれまでその人物が培ってきた道そのものだ。善行を続ける者の無意識は自然と善行を行えるようになり、悪徳を喜ぶ者の無意識は他人の不幸を喜ぶことに躊躇がない。性格や習慣が急に変わらないのは、無意識に刻まれたそれまでの道程がそうさせるのだ。
「無意識とは拙者そのもの! 拙者と融合した20面サイコロ氏は超能力を用いて企業を離れ、しかし根底にある企業へのコンプレックスからは逃れられず……!」
「それがよくない状態だってわかってるんでしょ? だったら早くアーテーの同調を受けてよ」
「いやその……そのような手段を使わずとも、もっと良い策はありませぬか? ほら、何時か拙者好みのアイドルが降臨するかもしれないでありますぞ? その可能性にかけてみるのも悪くはないかと思いますが……如何でしょうか?」
「そりゃこんな超能力を使った洗脳めいた策よりは、そんなアイドルが出るならそれに越したことはないけど」
「駄目、トモエ。仮に好みのアイドルが出たとしても、適当な所に難癖を付けて罵詈雑言を吐くだけ。
何かに悪態をつかないと気が済まない。それがこの融合ケルベロスの無意識下にある攻撃性」
アーテーの物言いに反論できない柴犬アバター。同じ
「結局何が言いたいのよ?」
「せめて拙者の意思で! せめて拙者の意思で納得できる解決策をお願いしたいのであります!
無意識にいいように操られるのは、もう御免であります! ましてや拙者の無意識はケルベロスと20面サイコロ氏の二つが融合したいびつな形! それをアーテー氏に染められて『ハイお終い』はあまりにむなしすぎるのであります……!」
それは犬頭アバターからすれば最後の抵抗で。
第三者からすればただのワガママだ。
無意識に干渉する超能力を得て好き勝手し、コジローやネネネをはじめとした自身を責める相手の行動を封じてきた。それが通じないと分かってから、同情を買うなど殴られても仕方のない事だ。
トモエもそれが分からないでもない。目の前にいる相手は、同情など必要のない相手だ。アーテーの超能力を使って精神を弄り、融合を解除するのが最適解。むしろ、それ以外の行動などストレスがたまるだけ。
「いいわ。納得できればいいのね」
その全てを理解したうえで、トモエはそう言った。
「貴方が心酔することになるアイドル。七瀬リーザにしてトモエが貴方に認められる程度に知的で天蓋の未来を思っていることを証明すればいいんでしょ」
アーテーに制止のポーズを示しながら、トモエは言う。
無理やりではなく、
「
議論は以前と同じく、『AIに自我はあるか?』で!」
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