訓練は無駄じゃなかった

「無意識こそが心の本体」

「アタイが意識していることは、実は無意識に支配されている」

「そうでありますぞ」


 20面サイコロが語る意識と無意識の説明。それを聞いたコジローとネネネは眉をひそめた。


「端的に言えばコジロー氏やネネネ氏が『自我』と思っている部分はただの勘違いで、本当は無意識がそう感じさせているだけであります。

 無意識こそ本質。拙者の超能力はそこに作用し、行動を封じているというわけですな。そうとわかっても拙者を攻撃しようとできない事こそが、無意識が本質である証であります!」


 言って胸を張る20面サイコロ。コジローもネネネもコイツはウザったいと思いながらも攻撃することができない。無意識から『攻撃する』という選択肢を封じられているため、『自我』は何もできないのだ。


「いやはや凡俗な知識では理解できないであるでしょうなぁ。かくいうネメシス様もこの理論を聞いた時は理解を拒みました。精神系超能力者テレパスエスパーの理論を解明しようとして、理解してはいけない領域を知ってしまったという顔でした。

 誰もが『自分』という確固たるものを持っているつもりでも、実はそれは自分が知らない場所から操られていたなどと知れば拒否したくもなるでしょう! しかし現実は残酷なのであります!」


 自我、自由、自意識。俺は誰の命令も効かないと豪語する存在も、その奥底にある無意識からの操り人形。むしろ無意識領域に支配に対する反感があるからこそ、意識はそれに逆らえないのだ。


「えーと……例えば俺の古典ラノベ好きとかも、実は無意識に何かの原因があってことか?」

「そういう事でありますな。過去の出来事によるストレスというマイナス印象か、或いはテキスト系に何かしらの感銘を受けたというプラス印象か。その辺りはわかりませぬが、そう言った何かがコジロー氏を操っているのであります!」

「アタイがコジローを好きなのもか!」

「そうであるでしょうなぁ。ネネネ氏とコジロー氏の間に何があったかは拙者は知りませぬが、色々な積み重ねがその想いに至ったのでしょう。

 恋や愛。そう言った感情もまた無意識からの命令。自分の意思で誰かを好きになることなどできないのであります。残念無念でありますなぁ! はっはっは!」


 趣味も、恋も、愛も、無意識からの事。自分の意思で好きになったと思っても、実は無意識からの命令。


 20面サイコロはそう言って笑う。全てのクローンは無意識に支配されている。無意識からの命令に逆らえず、自分の意思で好きになったと勘違いしている。そして――


「その無意識に鑑賞できる拙者こそ最強の超能力者エスパー! まあちょっとうまく使えませぬが、拙者が本気になれば天蓋の支配も思うが儘!

 全てのクローンは拙者に逆らえないように命令すれば、拙者の支配は確実! うへへ。皆が拙者に傅いて、そして褒めたたえてくれるでありますぞ! 明日から本気出すであります!」


 無意識に『禁忌』を与えることができる20面サイコロの超能力は、かなりの強さを誇ると言ってもいい。条件こそ難しいが、成功すればその相手を支配できると言ってもいい。


「なんで明日からなんだ? って言うかなんで今までやらなかったんだ?」

「察してやれよ、ネネ姉さん。コイツの性格じゃそんな大それたことはできないんだ。

 今はちょっと調子に乗ってるだけで、テンションが戻ったらすぐに引っ込むさ」

「やめてくだされコジロー氏! 拙者の心をダイレクトに描写しないでくだされ!」


 ただまあ、その超能力を持つ20面サイコロの性格が支配やらを望まない。せいぜいが受動的に超能力を使い、ビビった相手を上から罵るのが関の山だ。


「アンタが根っからの悪人じゃないってのはわかってるさ。……まあ、企業の工場を奪って間借りする程度には悪人なんだが、それも超能力なんて力を得て調子に乗ってるだけなんだろ?」

「うぐ……! あとは無意識にある20面サイコロの『ネメシス』嫌いな感情がありまする。いいように利用された上司に対する当てつけというかその辺りがこじれた結果であります」

「どんな理由があろうとも、悪い事をしたら悪いヤツだ!」

「ネネネ氏の真っ直ぐな瞳が眩しい! でもやめられない! もっともっと拙者をチヤホヤするであります!」


 だからなんでチヤホヤなんだよ。コジローは喉元まで出かかった疑問を飲み込み、別の事を尋ねる。


「意識無意識とか難しい事は俺の専門外なんで置いておくが」

「ふ。コジロー氏も理解を拒むタイプでありましたか。残念無念でありますなぁ。自信が無意識から操られているということを認められない矮小な心の持ち主は」

「いや、本音を言うとその辺りはどうでもいい。自分自身の心がどうとか、意識無意識とか自分の本質とかその辺りは俺にとっては専門外だ」


 20面サイコロのイラっとする言い方を聞き流し、本音を言うコジロー。


「はああ? 知性がないにもほどがありますなぁ。自分自身の正体が自分じゃないと知って関係ない? いやはや暴力ですべてを解決するあまりに考えることを放棄するとは。これがトモエ様の最強護衛であるサムライとは笑いが止まらないでありますよ!」

「お。俺がトモエの最強護衛か。そいつは嬉しい評価だね」

「む、アタイの方が強いからな!」


 嘲るような20面サイコロの煽りを、受け流すように答えるコジロー。ネネネがその評価に怒るが、20面サイコロへの怒りは超能力で封印されているからか見せない。


「そりゃ興味はないさ。無意識だろうが意識だろうが俺は俺だ。

 心臓の事を詳しく知らなくとも心臓は動くし、脳の詳細を知らずとも考えることはできる。知らないなら知らないで『そういうモノか』と納得するだけだ」

「ぬぉ、知ったうえでの達観……いいえ、無関心でありますか? しかし怖くはありませぬか? 自分が自分じゃない何かに操られているという恐怖とか。自分だと思ってたのが実は自分じゃないという怯えとかそう言うのは」

「ねえな。アンタの話だと、その無意識ってのは俺が刀を振るって鍛えてきた鍛錬が含まれているって事だろ? 戦いとかでとっさに動く行動。それがそこに蓄積されてるって」


 コジローは一泊おいて、拳を握って言葉を続ける。


「訓練は無駄じゃなかった。努力は俺の中に蓄積されている。それも含めて俺っていうのならむしろ嬉しいもんだ。

 自分が努力して作ったに操られてるってんなら、本望だぜ」


 剣術。かつて、ムサシやネネネなどの一部のクローン以外はくだらないと見下した技術。筋力はサイバー機器を入れれば事足り、足運びなどの技術は戦闘プログラムを入れれば短時間で習得できた。そんな時代において、鍛錬など無意味と嘲りを受けたこともある。


 だがそれは無駄ではない。日々の努力。日々の行動。それらは全てコジローの中に蓄積されているのだ。無意識という自覚できない場所にだが、それでも確かに存在しているのだ。


「なんでそんなことが言えるのでありますか……!?」


 コジローの意見に激昂する20面サイコロ。


「自分が自分じゃわからない事に操作されているのかもしれないのでありますぞ! 自分という存在が実は自分以外の操り人形だと言われて、怖くはないのでありますか!」

「怖くはないね。操られようが俺は俺だ」

「その『我思うゆえ我あり』と思う事すら無意識がそう思わせているのかもしれないのでありますのに!

 自分の事を考えている、という行動自体が無意識がそうさせているのかもしれませぬのですぞ!」


 叫ぶ20面サイコロ。そこには確かに感情があった。自分の言う事を理解しないコジローに対しての怒り――ではない。


「成程な。アンタ、怖いのか。

 自分は自分だと思ってたけど、実はそうじゃないってことを知って、自分自身が信じられなくなったのか」

「……ッ、ええ、そうでありますよ! しかも超能力のおかげでそれが嘘じゃないって感覚で理解してしまったでありますから、どうしようもないのでありますよ!

 これまで30年近く信じてきた『20面サイコロ』の自我という足元は、実は無意識がそう思わせていただけの虚構だった。そう気づいて、もう何もかも信じられなくなったであります!」


 自分自身。これまで歩いてきた自分の生。


 実はそれが『無意識』と呼ばれる理解できない領域から操作されていたことだ。自分自身が選んできたこと全てが、無意識からの選択だったのだ。


「その無意識ってのを作ったのも自分じゃねぇか」

「本当にそうと言い切れるでありますか!? 無意識に刻んだという行為や意志も、もしかしたら操作されていたかもしれないのでありますぞ!

 違うかもしれないけど、そうかもしれないと思うだけで何もかも信じられなくなるであります!」


 自分が自分じゃないかもしれない。そしてケルベロスの超能力を知ったことで、それが明確になってしまった。


 もう20面サイコロは自分自身を信用できない。ただ無意識のままに行動するだけだ。無意識からの圧力から他人を罵り、否定し、そして叫び倒す。それを止めようと『意識』することも無意識からの操作だと思い、止めることを諦める。


 これまで信じてきた『自分』が信じられなくなったのだ。生きるための指針。その足場。それらすべてが崩壊した。何を信じていいかなどわからない。


 そんな悲痛な叫びに対し、


「アタイにはわからん!」


 ネネネはそう言って胸を張った。


「ネネネ氏は気楽でありますね。無知こそが最強という事でありますか」

「誉めても何も出ないぞ、えっへん!

 アタイが信じられないとか、操作されてるとか、!」

「…………は?」


 ネネネの言葉に呆けた言葉を返す20面サイコロ。ネネネは自分を指さし、誇らしげに口を開いた。


「アタイのこころ? 自我? とにかくそう言うのは、第二の人格だ! 本当のアタイの精神が立ち上がるまでの仮想人格だ!

 もしかしたら明日にはアタイの自我とか言うのは消えてなくなるかもしれないからな!」


 かつて愛情を捧げたバイオノイドを殺されたKLー00124444。そのショックで精神的なダメージを受け、心を閉ざしたクローン。


 そのクローンが愛したバイオノイドを模した性格。KLー00124444がショックから回復するまで、その体を動かす心。それが『ネネネ』。


「アタイは自分がピコっていう性格を真似た性格だ! KLー00124444の無意識とかにあるピコの性格を演じているだけの人格だ!

 オマエの言う事が正しいなら、アタイは自分がない無意識そのものだからな!」


 自分自身がKLー00124444が作り出したニセモノの性格であることを自覚しながら、ネネネは誇らしげに指を立てて笑みを浮かべた。

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