心ってそういうことよね

(作者注:リンク先は正常です)


 …………………………………………


「キラキラッ♡ ピカピカッ♡ 愛の電波」


 両手で胸にハートポーズ作って、トモエは歌う。


「イマジネーション 広がるスペクトル。

 未知の世界 探求のア・ン・テ・ナ(ウィンク」


 元気よくテンポよく。踊りながら笑顔を絶やさない。


「チャンネルを変えても 止まらない感情。

 コントロール不可能 エンドレスリフレイン(イェィ」


 じゃらり、と腕のアクセサリーになった鎖が揺れる。そこから粒子が煌めく演出が走った。


「フリークエンシー 超えるパワー!

 ハイ! テンション! 鼓動を! 鳴らせ!」


 周囲のテンションを上げるように飛び跳ねながら、拳を振るうトモエ。


「キラキラッ♡ ピカピカッ♡ 愛の電波。

 貴方に届け この電波♡」


 ハイテンションのまま歌い終わり、たっぷり10秒ほどそのまま制止する七瀬リーザことトモエ。そして、


「やっぱり恥ずかしいわー!」


 顔を覆って羞恥に悶えた。


「何よこの歌詞! わけがわからない! 愛の電波とか……しかもこのダンスも……!

 にゃああああああああ!」


 歌唱もダンスもアバターに登録されているデータだ。トモエはそれをオートで使用したに過ぎない。過ぎないのだが……それを知り合いが見ているとなるとそれだけで恥ずかしい。


「おー。トモエ可愛い」


 その知り合いであるアーテーはぱちぱちと手を叩いて感想を告げた。


「やめて! 善意100%で褒められると逆に辛い!」

「アーテー、もっとトモエの歌とダンスみたい。次の歌ぷりーず」

「うううう……仕方ないとはいえ、これは何かの拷問なの?」


 アーテーの前でアイドル活動しているのは、きちんとした理由がある。


 アーテーの持つ精神同調の超能力。これを使ってダウンロードされたケルベロスの精神を七瀬リーザ好きにし、ケルベロスのストレスを緩和するためである。


「いやはやチープでありますなぁ! 歌詞もダンスもまだまだオリジナリティがないというか殻を破っておりませぬ! 拙者の『ケルたん』の方がまだまだ愛されるアイドルでありますぞ!」

「……やっぱりネメシスに報告して、そのダウンロードした相手を逮捕してもらった方がいいかもしれない」

「ぎゃああああああ! やめてくだされトモエ氏! 拙者の口が正直すぎるゆえに! 真実は常に残酷であります!」


 そして被害者というか事の原因であるケルベロスは余計な一言を言ってトモエの怒りを買い、ジャンピング土下座でトモエに謝罪する。あまりの態度の変化に怒りが霧散するトモエ。


「好きになってもらうなら歌とかじゃなくてもっと別の方法があるんじゃないの? おしゃべりとか握手するとか」

「駄目であります! アイドルには触れてはなりませぬ! 遠くからその成長を見守るのが基本! 拙者のようなゴミクズなど目に移してはいけないであります!」

「そ、そうなの……? なんかめんどくさいわね」

「七瀬リーザちゃんのすばらしさを知っているのは拙者だけ……。

 そう! このシチュがいいのであります! 数多存在するアイドルの中で、拙者だけがその輝きに気付いている! これこそが真のファンであります!」


 ケルベロスの言葉に眉を顰めるトモエ。後方彼氏面というネットスラングを思い出した。天蓋でもいるんだそう言うの。


「ケルベロスのつまらないこだわりはさておいて」

「つまらないとは何でありますかアーテー氏!」

「承認欲求は大きい癖にコミュ障な性格だから、自分が推しの視界内に入ると何もできなくなるケルベロスの事はさておいて」

「ぐはぁぁぁ!」

「アーテー、容赦ないわね……」


 アーテーの言葉のナイフで撃沈するケルベロス。さすが精神系超能力者と感心するトモエ。でもちょっとスカッとしたトモエであった。さすがにこの性格はウザいし。


「接触で親密になるのはアウト。あくまでアイドルとして歌やダンスを好きになってもらった方がいい」

「なんでよ? トークとか握手会とかアイドルならするでしょ?」

「接触する感覚を好きになってもらうと、無意識で相手に接触しようとするようになる。最悪、接触するために手段を選ばなくなる」


 アーテーが手をかざすと、空間にウィンドウが展開される。そこには正三角形の絵が描かれていた。三角形は頭頂部先端より少し下に線が描かれて上下に分けられている。


「この三角形がクローンなどが持つ精神と思って。三角形の上部分が意識領域。主観的な体験や知覚、思考、自己認識……心とか知恵とかそう言うのを司る区域。

 下部分が無意識領域。深層心理や自律的なプロセス、自動的な反応、過去の経験やトラウマとかがここに収められる」


 アーテーの説明を聞きながら、トモエは『海に浮かぶ氷山』を思い出していた。海面に出ている小さな部分が意識で、海面下にある大きな部分が無意識。無意識は結構大きいとかそんな例えだったような気がする。


「アーテーやケルベロスの超能力は無意識側に作用する。アーテーの『同調』は経験やトラウマをコピーし、同一化する。ケルベロスの『禁忌』は反応や行動プロセスを行う領域にブロックを置き、そこから意識領域にその行動を行う事を止める。

 意識では怒りや反発を感じても、無意識が染められたりブロックされたりで脳がその行動をとれない。モラルや常識でダメだと思っても、行動することを止められない」

「よくわからないんだけど……その説明だと、意識より無意識の方が強いってきこえるんだけど? 自分の意思は無意識に勝てないって事なの?」

「うん。脳は意識して行動しているように思えるけど、行動の根幹は無意識にある。意識できない無意識こそが精神の本質で『自分の意思で行った』ふうに勘違いしている」


 淡々と告げるアーテー。トモエは必死にアーテーの言葉を理解しようとするが、これまで培った常識がそれを拒む。『柏原友恵』という自意識が実は『無意識が操作している』などと言われて、簡単に受け入れられるはずがない。


「いや、でも、私は私だよ? こうやって喋っているのも、アーテーの話を聞いているのも、私の意思で」

「うん。トモエは優しくて、芯が強くて、コジローが大好きな精神を持っている。その精神がトモエの行動の根幹で、それがトモエを動かす原点。

 だけどそれは何故? と言われたら簡単に説明できない」

「え? それは……」


 なぜ自分は優しいのか。なぜ自分は芯が強いのか。何故コジローが好きなのか。


「意識して他人に優しい性格を演じている? 意識して芯を強くしている? コジローが好きになろうと自分から意識した?」

「…………多分、違う」

「トモエがこれまで生きてきて培った言葉や行動が習慣になって、そしてトモエの性格になっている。誰にでも優しくあろうとしたり、自分が辛い時にちょっと頑張ったり、コジローと一緒にいて共感したり。

 その積み重ねが無意識に刻まれてトモエという性格を作っているの」


 思考は言葉に。言葉は行動に。行動は習慣に。習慣は性格に。そして性格は運命になる。小さな事の積み重ねがトモエという性格を作っているのだ。


 古典ラノベが好きという思考がサムライという性格に至ったクローンのように。毎日フォトンブレードを振るって無意識に習慣づけ、無双の強さに至ったクローンように。


「トモエは困ってるクローンを助けようとする性格。だけどほとんどのクローンは困ってる者を助けない」

「それは――」


 冷淡なアーテーの言葉に反論しようとするトモエだが、言葉が止まってしまう。トモエがいた2020年代の世界でも、倒れている人をスルーしてしまう人は多い。急いでいる。誰かが助ける。医者の仕事だ。そう言い訳して。


「意識して困ってるクローンを助けようとして、無意識化に蓄積しなければクローンを助けようとする性格にはならない」

「それって要するに慣れってこと?」

「うん。そう言う行動を習慣化すればできるけど、そうじゃないとできない。行動できずに固まって、そして意識の方はそれができない理由を考えてしまう。

 ケルベロスが何かあったら言い訳するみたいに」

「流れ弾ぁああああ! 違うでありますよ! 拙者はその――!」


 思わぬ方向からの一撃に悶えるケルベロス。必死に言い訳をするケルベロスを無視するように、アーテーは話を主題に戻した。


「話を戻すと、握手したりお喋りしたりして『好き』になってもらうのは危険。無意識化にその『習慣』が刻まれれば、その『好き』を求めて行動してしまう」

「それを『意識して』止められない……ってこと? 無意識にそれを求める理由があるから」

「うん。だから危険。アーテーは七瀬リーザがトモエだと理解しているから、最悪の場合はトモエの方に突撃しかねない」

「信じられないけど……」


 自分自身の意思で行動を制御できない。無意識領域に『自分』が操作されている。今こうしているのも、無意識からの指示なのだ。


「納得できないでありますか? まあ仕方のない事ですな。誰しもこれまで培った常識外の言葉を聞けば拒絶するもの。

 ですがその拒絶こそが無意識こそが本質である証明なのです。これまでトモエ氏が生きてきて無意識化に刻まれた『常識』が意見を拒んでいる。精神においてはアーテー氏や拙者の方が上手だと理解しながら、それでも無意識の言葉に逆らえないのでありますからなぁ。はっはっは!」

「これまでの、常識」


 ケルベロスの言葉を反芻するトモエ。生きてきて培った常識を覆されることなど――たくさんあった。


「そうよ。常識外れな天蓋世界に振り回されてきたんだし、今さらよね。

 無意識も意識も含めて私! 無意識に行動が操作されてようが、無意識を作ったのも私! そういうことよね!」

「……およ? 意外や意外。ネメシス様でもこの意見は難色を示したのに。これは拙者の可愛さとキュートさとカリスマのなせる業という事ですな」

「あ、それはない。むしろケルたんは素の性格を表に出してウザ系で売った方がいいんじゃない、って思ってるぐらいだし」

「なんとぉぉぉぉ!? トモエ氏も毒舌使いでありますか!?」


 調子に乗るケルベロスを適度にいなすトモエ。これも『慣れ』の結果だ。無意識化で『ケルベロスはこの扱いでいい』と刻まれたからか。


「ありがと、アーテー。なんとなくわかったわ」

「? よくわからないけど、超能力ぬきで本気で感謝されたのは伝わった。アーテー、嬉しい」


 こうして誰かに感謝することも、喜ぶアーテーを見て嬉しく思うことも、きっと無意識に操作されているのだとしても。


「うん。私も嬉しい。心ってそういうことよね」


 自我と呼ばれる心の形。トモエはその答えを得ていた。

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