ちょうけいさんのうりょくぅ?
「ナナコさんや、栄養キューブは未だかのぅ?」
「さっき食ったっすよ。くそジジイ」
『略奪クァドリガ』アジトの地下二階。プライムが軟禁されているエリアで、ナナコはいつものやり取りを交わしていた。
「しくしくしく。ナナコさんが塩対応じゃ」
「シオってなんすか? 味アプリがどうかしたんすか?」
「かつてはそのような言語があったと聞く。ワシも古文書を読んだだけなのでよくわからんが」
西暦時代のアーカイブも2300年代になれば古文書扱いである。2020年代の人間が享保の大飢饉の記録を読むようなものだ。閑話休題。
「で、どういう事っすか?」
「どうというと?」
「
プライムに詰め寄るナナコ。例によってカメラや盗聴器の類がカットされているのを確認したうえでの会話である。
その危険度はまさに災害レベル。
「ジジイ、知ってて黙ってたっすね!」
そんな存在がいるというのなら、計画は大きく狂う。特殊合金を盗む際にもそこから逃げる際にも、その
事、ナナコは複数の
(あんなのが絡むとか、冗談じゃねー!)
一個師団を投入しても一蹴するのが
「はて? 言ってなかったかのぅ?」
「言ってねーっすよ! 脳内にあるあっしとの会話ログ全部確認しやがれ!」
「むぅ。全てが記録されると情緒がなくなるのぅ」
誤魔化すこともできず、プライムは白状したように頷いた。
「確かに知ってて黙っておった。『カーリー』の
「なーんでそんな重要なことを黙ってたんすか!?」
「知らぬが仏というじゃろうが。まあワシもホトケって何って言われると分からんのじゃが。
宗教という概念が存在しない天蓋において、仏など人のいい性格を示すワードでしかない。それはともかく、大事なのは後半部分だ。
「当たり前っすよ。って言うか今からでも逃げて―んですけどね!」
天蓋において
「じゃろうな。未知なる存在には誰も近づきたくない。ましてやそれが天蓋の歴史に残るほどの力を持つとなればなおのことじゃ。
聞くところによると『イザナミ』の二天のムサシはフォトンブレードを振るい空間を割き、時空すら歪めると言われておる。時を止め、瞬く間に全てを切り裂くとか」
ジジイ、微妙に間違ってるっす。ナナコは呆れながらもその言葉を止めた。未知なる相手を噂だけで判断すればこうなるのか、という好例である。
「じゃがここで怯えていては何も始まらん。その栄光をつかむために恐怖を乗り越えるのじゃ!」
「いやっすよ。あっし帰るっす」
「みゃあああああああああ! ナナコさんお待ちを! かえっちゃやああああああ!」
ハイテンションなプライムを見捨てるように背を向けるナナコ。車椅子から立ち上がり、倒れるように抱き着いて止めるプライム。
「こらジジイ離すっす! あとおっぱい揉むな! って言うかお前立てたのかよ!? 車椅子はダミーか!」
「おっぱいは偶然じゃ! 人工胸なんぞに興味はないわい! おっぱいは生まれたての者が一番じゃ!」
「悪かったっすね、改造胸で! 怒りの乙女キック!」
「のおおおおおおおお!」
抱き着いてきたジジイを蹴っ飛ばすナナコ。プライムは脳波で車椅子をコントロールし、飛ばされた先に誘導してそのまま座り込んだ。立ち上がった際に外れた点滴針を車椅子に装着されたアームが動いて、再度付け直す。
「年寄りはもう少し優しく扱ってくれんと困るのじゃ。悲しいのぅ」
「めちゃくちゃ元気だったじゃねーっすか。しかもその改造車椅子めちゃくちゃ高性能すね。車椅子生活もダミーってことか」
「ふ、バレてしまってはしょうがない。この車椅子はワシが生み出した兵装の一つ。治療もできて運搬もできて戦闘もできる一品じゃ。
ネネネがあの男にべったりでなければ、こんな兵装など作らんで済んだのじゃがなぁ……」
なにやら知人の名が出たような気もしたが、ナナコはそれをスルーした。きっとジジイが一方的に知っているだけの相手だ。きっとロリコンなんだ。可愛そうに。変装して慰めてやったらクレジットもらえるかしらん。失礼なことを考えるナナコであった。
「とにかくあっしは下りるっす!
「ま、待つのじゃ! 危険はない! ナヴァグラハの超能力に物理的な破壊能力はないんじゃ! 脳が搭載してある軍事車両の兵装はともかく、超能力自体で大破壊を起こしたり脳や肉体に影響を与えることはない!」
「なんでそんなことがわかるんすか!? またいい加減なことを言って誤魔化そうとしても――」
「ナヴァグラハの超能力は『超計算能力』なんじゃ! 物理的には何の影響も与えん!」
徹底的に協力を拒否……というよ逃亡を計ろうとするナナコに対し、プライムは知っている情報を開示する。
「……ちょうけいさんのうりょくぅ?」
聞いたことのない超能力に眉を顰めるナナコ。
「ぐ……。そうじゃ、アヤツの超能力はすごい計算能力を持っているという事じゃ。
ただそれだけの超能力じゃから、畏れることは何もないぞ? ほら、怖くないじゃろ?」
プライムは情報を開示したことを後悔したように呻き、ナナコを安心させるように言葉をつづけた。その目が少し泳いでいることをナナコは見逃さない。
「まーた嘘いって誤魔化そうとしてるっすね」
「う、ウソではない! わしはこれまで一度もウソなど言っておらん! うむ、言っておらんぞ!」
「じゃあまだ何か隠してるんすね?」
「う……」
ナナコの追及に、今度はプライムが眉をひそめた。騙し合いと化かし合いではナナコの方に分が上がる。
「正確に言えば、全てを話していないって事っすか。ウソは言ってないけど、それは一部で超能力の本質は語ってないとかそういう感じっすね。
そしてジジイの目的はそのナヴァグラハとか言う
詰め寄るナナコに対し、プライムは銃口を突きつけられたように脂汗を流す。ここまで指摘されて、誤魔化すのは無理かと断念した。
「ナヴァグラハの超能力自体は本当じゃ。『超計算能力』。脳内にある知識を総動員して、瞬時に解を導き出す超能力じゃ」
「それがよくわかんねーんすけど、それってスパコンとか量子コンピューターとかと何が違うんすか?」
「まず計算時間が違う。解が存在するなら、1秒かからずそれを導き出せるのじゃ」
如何なるコンピューターであっても、計算にかかる時間はスペックによる。2020年代のコンピューターで円周率100兆桁を計算するのに、約160日ほどかかった。ナヴァグラハの超能力は、それらを思うだけで終わらせることができるという。
「あー。うん、凄いのはわかったっす。超ハイスペックな電卓とかそんな感じっすね。ハッカーなら欲しいって所すか」
「ぐおおおおおおお……雑な解釈! 情緒なさすぎじゃ!
そう言う面がないとは言わぬが、量子コンピューターを上回る演算能力はさまざなな分野で役立つのじゃ! 『カーリー』がハイスペックな医療系開発を維持できたのはナヴァグラハの超能力あってのこととまで言われておるのじゃぞ!」
ナナコの解釈にうめくプライム。ハッカーならずとも研究職なら垂涎ものの能力だが、それを雑に説明されてその分野の人間として怒りを感じていた。ナナコは『あ、オタクの地雷踏んだ』と軽率に評したことを後悔する。
「そもそも量子コンピューターとナヴァグラハの超能力では意味合いが違うのじゃ!
従来の量子コンピューターは数値全てを量子ビットとゲートを用いて総当たりで探るのに対し、ナヴァグラハの超能力は解そのものを瞬時に導き出すというモノ!
ゴミ捨て場の中に落ちた薬莢を探すのにゴミ全てを拾い上げて総当たりで探すのと、薬莢が落ちてある場所を推理して取り出すのと同じぐらい違うのじゃよ!」
「あー。はいはい。すごいっすねー」
ナナコはプライムの話を適当に受け流しながら、適当なところで逃げようと思っていた。ナヴァグラハの超能力がすごいという事はわかったが、ナナコには不要だ。危険性がない事は理解したが、これ以上付き合う理由はない。
「最高の頭脳! 最高の計算能力! ナヴァグラハの脳を手に入れればあらゆる、問題は解決したも当然じゃ! セキュリティは強化され、知的犯罪はなくなって誰も悪人に騙されることはないじゃろう!」
熱のこもったプライムの一言に、ナナコの心が刺激された。
「ちょい待ち。なんで頭がいいだけで騙される人がなくなるんすか?」
「ほ? そりゃあらゆる正解が導き出せるからのぅ。ウソとか騙りとかは瞬時に見破って、正しい解を示せるんじゃ。
まあ、ナナコさんのような矮小な計算能力では理解できな――のぉ!?」
語るプライムの胸ぐらをつかみ、ナナコは睨むようにプライムの目を見る。
「例えばそれは見た目やIDを変えても一瞬で分かるって事っすか? あっしの培った潜入工作スキルが全部計算されてお見通しって事っすか?」
「――ふふん、火が付いたようじゃのぅ」
「ああ? ジジイの挑発なんかどうでもいっすよ。そんな輩を放置してたらあっしの商売あがったりなんすからね」
挑発されていることを理解しながら、それでもナナコはそれに乗った。超能力の凄さは知っているが、かといって自分がこれまで培った経験が全く役に立たないと言われれば癪に障る。
「実はワシもなのじゃよ」
「は?」
「『あらゆる計算ができる相手』……こんな奴が跋扈すれば、それこそ全てのハッカーは不要。過去の遺物になる。
ただ頭がいいだけでは到達できぬ領域を見せてやりたいとは思わんか?」
「はン、最初からそう言えば快く協力してやったっすけどねぇ」
ナナコはプライムを摑む手を放し、腕を組んで仁王立ちする。プライムに対する敵意を隠さずに、挑戦的な笑みを浮かべる。
「こうなったら、どっちが決定的に
「ほほう、そう来たか。ではワシとは協力はしないという事か?」
「それだとここから動けないジジイに分が悪いっすからね。こっちもジジイの能力があると助かるのは事実っす。
だから一時休戦。あっしは好きなタイミングで裏切らせてもらうっすよ」
ナナコの言葉に、プライムも笑みを浮かべた。
「ふぉっふぉっふぉ。ええのう、ではワシも好きなタイミングで裏切るとするぞい」
「そんじゃ、そう言う感じでよろっす!」
こうして再び拳を突き合わせるナナコとプライム。
「せいぜい面白いタイミングで裏切ってほしいっすね。ジジイ」
「『
裏切り前提。不信を隠そうともしないコンビ結成宣言。
二度目となる宣言は、一度目の時よりもお互い清々しい笑みを浮かべていた。
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