安くねーっすよ
超計算能力。
答えが存在するなら瞬時にそこに到達できる超能力である。
プライムが言うようにそれにかかる時間がほぼないというのが特徴だが、この能力のキモはそこではない。
「この『答え』というのが、数字の計算だけではないのじゃ」
この超能力はあらゆる問題にも適応されるのだ。
「例えばそのクローンがどんな異性が好きなのか? その趣味は? どうすれば口説き落とせるのか。そんなものも『答え』られるのじゃよ」
計算以外の出来事。人心掌握や未来予測なども可能だという。事象全てを物理的にとらえることで、計算式に当てはめることができるという。
「なんすか、それ? なんか無敵じゃね?」
「とはいえ、限度もある。答えがない、或いは答えを導き出す条件が不十分なら答えは得られんのじゃ」
「よくわかんねー。どういう事っすか?」
「ざっくり言えば、知らんものは知らんという事じゃな」
ナヴァグラハの計算能力は高いが、全知全能ではない。知らない知識や経験を前提とした証明はできないのだ。盲腸が悪いと分かっても、医療知識がなければ摘出方法はわからない。答えを得るための導線である知識は必要なのだ。
「知識なんか企業のデータベースにアクセスできれば一発じゃねーっすか」
「ある程度はな。しかし手術動画などを閲覧しても、あくまで上辺だけの知識。ベースとなる前提知識がなければ不十分じゃ。
とはいえ、不完全でもそれなりの答えは得られるらしい。そう言う意味では無敵というのも間違いではないやもしれんのぅ」
企業のデータベースには様々な業務のマニュアルや、業務などに関する知識がある。データ化された知識を『NNチップ』にダウンロードして必要時に確認することができれば、知識不足は解消される。
「概要はわかったっす。で、ジジイはなんでそんな詳しい事を知ってるんすか?」
ナナコは疑問に思っていることを確認する。プライムが嘘を言っているとは思えないが、
「星辰の巡りが教えてくれたのじゃ」
「セイシンってなんすか?」
「ワシにもわからぬ。しかし星と言えば評価につけるマークじゃから、きっと褒められるほど正しい意見という事じゃろうな」
星が見えない天蓋において、星辰の意味が残っているはずもなかった。プライム自身も言葉は知っているが意味を理解していない。
「で? なんで知ってるんすか」
「『カーリー』のデータバンクをハッキングした時にちょろっとな」
「はぁ? 企業のデータバンクに直接ハッキングぅ?」
プライムの説明にナナコは眉をひそめた。当たり前だが、五大企業本社のセキュリティは天蓋でもトップクラスに高い。数多のハッカーがそれに挑み、あえなくバレて捕まった。そんな難攻不落のセキュリティを突破したというのだ、このジジイは。
「そんなのまるで
「ふ、ようやくナナコさんもワシの実力を認める時が――」
「どーせここの幹部あたりの端末を見て知ったんっしょ。他人がハッキングした知識をかすめ取るとかジジイらしいっす」
「なんで頑なにそこは認めぬのか!?」
一番あり得そうな情報入手法を口にするナナコ。叫ぶプライムを適当に聞き流しながら、ナナコは思考に耽る。
(超能力の真偽と情報の入手経路はともかく、方向性は間違ってなさそうっすよね。おそらくこうしてあっしとジジイが手を組んで何かしようとすることもお見通しってことっすか。
でも拘束したりしないってことは知ったうえで見逃されているか、あるいは組織を完全に掌握できていないか。……おそらく両方っすね)
潜入工作員の経験から、略奪クァドリガの状況を推測するナナコ。
(とはいえ
仮に略奪クァドリガのメンバーを納得させるだけの『答え』を超能力で得ていたとして、問題は――)
ナヴァグラハが略奪クァドリガのメンバーを説き伏せたこと自体は、その超能力が本当なら不可能ではないだろう。だけどナナコはどうしても信じられないことがあった。
(あんなカス機械野郎達を地上に連れて行って、そこにいる奴ら相手に勝てると思ってるんすかね?)
ビカムズシックスで『アベル』で起きた経緯はナナコも聞いている。トモエ本人からゴブリンとの戦いも直で聞いた。
(サムライの旦那と二天のムサシと『カプ・クイアルア』のカメハメハとシグレ、ボイル&ペッパーXの最強
このメンツのうち一人か二人がここを襲撃したら、あっさり壊滅しそうな感じっすよ。こんなざこざこメンバーで何するんすか、計算機クン?)
ナナコはビカムズシックスにいた護衛メンバーの事を知っている。その強さは何度か直で見ているし、彼らが苦戦したという事実を聞いて最初は疑ったぐらいだ。器の小さい略奪クァドリガのメンバーなど、まったく相手にならないだろう。
「ジジイ、質問っす。どっちかっていうと認識のすり合わせっすね」
「なんじゃい? このワシの灰色の脳細胞に何を問いたいのじゃ?」
「じじいの灰白質がどうなっているかとか、全然興味ねーっすけど――」
「いやワシも細胞が灰色とか何が言いたいのかわからんのじゃが」
ポアロもその作品も天蓋では数多ある電子データでしかない。そんなことはどうでもいいとばかりにナナコは言葉を続ける。
「略奪クァドリガってそんなに強い組織に思えるっすか?」
「鼻で笑うわい。ハッカー集団と聞いて気合を入れたのに、ワシの水晶玉に気づくことなく内情を晒しておるのじゃから。
ハッカーとしてはワシの足元にも及ばんじゃろうよ」
「そうなんすよねぇ。あっしも大したことない組織だから近づいたんすけど」
プライムもナナコも、略奪クァドリガに関しては『強い』というイメージを持てない。機械化率が高いクローンが集まるハッカー集団。
純粋な戦闘力も、他の反企業組織と比べて遜色ない程度だろう。彼らの目的は武力制圧ではなく、クレジットを稼ぐこと。力を得て肉体を持つクローンを虐げたいという思いこそあれど、努力して強くなりたいという気概は感じられない。
企業が弱体化して活性化した反企業組織の一つ。それ以上の評価はナナコもプライムも持っていない。我欲を満たしたいクローンが集まっただけの集団だ。計算力が高い
「つまりナヴァグラハはそんなに強くない組織を使って
となると、地上で力を得るとかは大ウソ確定。別の目的があると見たほうがいいっすね」
「別? どういう事じゃ?」
「穴開けるところまでは計画のうちかもしれねーっすけど、地上で力を得るっていうのはウソ。コイツラ程度じゃ、地上に出たらすぐに全滅確定っす。それがわからない程度の計算能力だったらお粗末すぎるっすよ」
おそらくは地上の脅威度はぼかして伝えているのだろう。そもそも地上から来たゴブリンの強さを知っているクローンは限られている。ナナコもゴブリンと相対したメンバーの強さを知らなければ、強さを計る術はなかったのだ。
「分からんのぅ。確かに強い組織とは言えぬが皆が機械化して武装しておるのじゃぞ? ナヴァグラハ自体も軍用飛行車両で加えて超計算能力もある。これだけあって勝てぬ相手だというのか?」
「無理っすね。それこそそこら辺の反企業組織全員集めないと……それでも微妙っすか?」
「いやいや、さすがにそれはないじゃろう」
ナナコの言葉を否定するプライム。プライムは馬鹿げていると言いたげだが、ナナコからすればまだまだ足りないという感じだ。そこいらでいじけているクローン達にコジローやムサシに対抗できるだけの戦力があるとは思えない。
「では何のために
「それはわかんねーっすけど、現状そこは重要じゃないっす。
組織の上下関係にヒビを入れる材料がある。大事なのはそれっすよ」
ナヴァグラハは略奪クァドリガを騙そうとしている。証明する術は何一つないが、確信して言える事実だ。そしてそれを証明することができれば、ナヴァグラハの計画は崩れ去るだろう。
「ふむ、となるとナヴァグラハが騙そうとしている証拠を手に入れるのがとりあえずの目的じゃな」
「それがあるなら一番すね。でも、そんな証拠が分かる場所にあるとは思えねーっすが」
「確かに。あり得るとしたらナヴァグラハの車内にある端末じゃろうが……物理的にネットワークに繋がっとらんからのぅ、あそこは」
ナヴァグラハの脳を搭載した軍事車両は、あらゆる電子線をカットする。車内もナヴァグラハが許可した者しか入れず、ハッキングすることは不可能だ。
「ヤリたい相手がわかれば、変装して車の中に入れるんすけどねぇ」
「ワシとしては女性型が易々と肉体を武器にするのは好ましくないんじゃが」
「安くねーっすよ。きちんとクレジットもらってるっす」
「いやそういう事ではなく……情緒がないのぅ」
ナナコお得意のハニートラップもおそらくは通用しない。ナナコが色仕掛けでメンバーに取り入っていることはナヴァグラハも知っているはずだ。それでも止めないのは、一定の息抜きは必要と判断したからか。
「ま、こういう時は当たって砕けろっすね。じじいにも協力してもらうっすよ」
「むむ、どうするんじゃ?」
眉を顰めるプライムに、ナナコは自分の胸と太ももに指を当て、妖艶に動かしながらほほ笑んだ。
「純愛アタックがダメなら、ベッドに直接夜這いするっすよ」
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