ボクの名前はナヴァグラハ。『カーリー』の超能力者だよ
脳を人型の機械に移植した者が
この人型以外というのは動かない機械も含まれる。飛行車両のようなヴィークルに移植するクローンもいれば、スパコンのような部屋内に固定される機械に移植する者もいる。ニコサンのようにドラム缶型の培養槽専用機械を作る方が稀なのだ。
<演算終了>
ナヴァグラハは
<計画達成率、87%。仕事の質は先日よりも2.53%ダウン>
己の脳を摘出して軍用飛行車両に移植した
<原因はIZ-00404775。作業効率を下げるメンバーには4条2項目に従い罰則を与えるべし>
ナヴァグラハはアジト内で起きているすべてを監視し、そして管理していた。ナナコが活動していることも、そこで何をしているかも知っていた。その結果を考慮し、ナナコを拘束してメンバーとの接触を控えるように命令する。
<それはまあ、そうなのですが>
<多少の息抜きは必要と言いますか>
<無論、機械である我々に疲労はありません。ですがその……>
ナヴァグラハ――大きさ2mの軍事系飛行車両の傍で直立不動する略奪クァドリガの幹部達は、ナヴァグラハの命令に言葉を濁した。その中には糸使いもいる。――もっと言えば、ここにいる全員がナナコと関係を持っていた。
作業効率を下げる要因は排除せよ。言っていることは正しい。しかしそれを受け入れてしまえば、自分達が楽しめなくなる。ナナコという毒は深く浸透していた。
<何か問題でもある? それともこの計画に反対なの?
いやならやめてもいいんだよ。別の組織にもっていくだけだから>
冷たい機械恩を放つナヴァグラハ。その言葉に慌てたように略奪クァドリガの
<いやいやいや! お待ちくださいナヴァグラハ様!>
<計画に反対なわけはございません! しかし、その……!>
<その程度の誤差は無視できる範囲化と思われます!>
<そうですとも! 完璧である機械である我々なら、無視できる範囲かと!>
必死になってナナコへの罰則を押さえようとする。快楽の味を知ってしまったのだ。簡単には手放せない。自身の身に危険が及ぶならともかく、そうでないなら欲望を得たくなるのは機械の体を得ても避けられない性だ。
<ふうん? 確かに誤差と言える範囲だし、今後の働きで覆せる可能性はあるかな。
でも質の低迷が続くようなら次はないよ。言っておくけど君達に渡したのは計画の一部。これだけだと
当時、クラッキングで小銭を稼いでいた略奪クァドリガ。機械の体を維持できる程度にしか稼ぎがない組織に、一台の軍事戦闘車両がやってきた。『カーリー』産の特殊車両型
<ボクの名前はナヴァグラハ。『カーリー』の
少年のような高い声でそう告げる
ナヴァグラハとはインド神話における
ともあれナヴァグラハに対する略奪クァドリガの反応は、ほとんどが懐疑的だった。
<なんなんだ、あいつは?>
<
<しかも奇妙な二つ名だな>
<
<しかも『カーリー』の
多くのメンバーは鼻で笑っていたが、ナヴァグラハが参入してから略奪クァドリガの活動は大きく変わった。
<組織の再編案。幹部だからってふんぞり返ってないで仕事してね>
<戦闘ができる
<連続稼働は120時間まで。適度なメンテナンスを行うほうが効率的。定期検査も仕事と思って>
<工場ラインのデータ確認。新たな武装とバッテリーがあるから装備も再編するよ>
これまでハッキングのみで賄ってきた小組織が、ナヴァグラハの的確な作戦提案のおかげで一気に武装組織としても名を馳せるようになったのだ。効率的かつ合理的な戦術と戦略で状況を一変させ、組織を拡大させていく。
<さすがはナヴァグラハ様! 我々には思いつかない作戦です!>
<我々機械が天蓋を支配する日も近いと言うものです!>
<噂に名高い『カーリー』の
<次はどうしましょうか? 手となり足となり、なんでもやりましょう!>
ナヴァグラハをバカにしていた略奪クァドリガのメンバーは、手のひらをクルリと返して忠誠を誓う。優秀な機械がクローンを支配する。
(褒めたたえて、そのおこぼれがもらえれば)
(ナンバー1の機械である必要はない。上位8位までに収まればいい)
(こいつの下にいれば、美味しいモノを得れそうだ)
(最悪、コイツを壊して全部奪えばいい。利用できるだけ利用して、あとはポイだ)
(作戦立案能力は軍事車両のCPUとプログラムか。それさえもらえれば、あとは不要だな)
そんな打算があるのだが、それを表に出す事はない。
(――っていう事を考えているんだろうね。この馬鹿たちは)
そしてナヴァグラハは彼らのそんな思惑を理解していた。理解したうえで、利用していた。お互い、利用できるだけ利用してタイミングを見て切り捨てるつもりでいた。
いつか裏切る関係を続けながら、それでも一定の信用はあった。ナヴァグラハの作戦に従えば成功するという信用。報酬さえ突き出せば動いてくれるという信用。互いに不信を前提とした、信用。
十分な組織拡大と稼ぎを得た後に、ナヴァグラハはとある計画を打ち出す。それが――
<
『地上』の存在は、ビカムズシックスに流出した情報により天蓋中に知れ渡っている。人間が逃げる原因となった存在が跋扈していること。そして企業のエネルギーでもある『ドラゴン』がいると言われる場所。
<それは……いくら何でも……>
<本当にそんなことが可能なんですか?>
そこに十分な力があると理解しても、略奪クァドリガの反応は及び腰だった。これまで自分達が『天』だと思っていた
<未知の金属でできているんですよね、あれ>
<しかも五重構造だから、金属の裏にはまだ壁があるって話だよな>
<噂では『金属蒸発』でも破壊不可能らしいぜ>
<迎撃システムもまだ生きているだろうし>
<さすがにリスクが大きいかと思われますが……>
知っているだけの情報と、未知の情報。それに怖れて賛同する意見は少ない。だがナヴァグラハからすれば、その反応は織り込み済みだった。
<怖い?>
端的に、だからこそ明確にその言葉は略奪クァドリガの
<未知の存在が怖い?
失敗することが怖い?
圧倒的な力に挑むことが怖い?>
少年の音声は皮を一枚一枚剥がすように響く。
<自分達が完璧ではないことが証明されることが怖い?>
そして言葉はその最奥に届く。恐怖の根源。自分達の根源を刺激する。
<肉体を捨てて、より高度な機械の体を得たのに完璧じゃない。機械の体は完璧じゃない。
それを認めるのが怖い?>
はずがない。つまり、未確定な未来だ。負けを知らなければ不敗である。一度でも負け、失敗という傷が付けば完璧ではなくなる。負けが確定してしまえば、自分達のプライドが傷つく。至上主義が崩壊する。
<それは……>
<うん。怖いよね。自分達が完璧じゃないと証明されることは怖い>
ナヴァグラハの言葉に安堵する略奪クァドリガのメンバー。安堵したことで弛緩した脳裏に、容赦なくトドメの言葉が突き刺さる。
<だから逃げるんだ。無様に目をそらして完璧なフリをして>
<…………っ!?>
<企業が健在な時は地下に逃げて。企業が弱体化して表に出てきてもやることはクラッキングの小遣い稼ぎ。完璧? 最高? 他の反企業組織と何ら変わらないじゃないか。
せっかく高性能な肉体と機能を手に入れたのに、それを生かさず肉体を持つ者と同じことしかできないなんて、恥ずかしくないのかな?>
ナヴァグラハに指摘されたことは、略奪クァドリガのメンバー全てが抱いていた不満だ。優れた自分達がこんなところで燻っていいはずがない。俺達はいつか一旗揚げるのだ。今がその時じゃないのか?
<ま、怖いならいいよ。この計画は別の組織にもっていくだけだ。
これまで世話になったね。これからも頑張ってくれ。かつての同胞として応援しているから>
<待て! いいえ、待ってください!>
<それは我々にしか成し遂げられぬ事!>
<天蓋を支配する機械の肉体を持つ者だけが可能な計画です!>
<そうだ! 俺達は機械の体を持つ至高の存在だ! 俺達が天蓋を支配するんだ!>
煽るだけ煽って引き下がるナヴァグラハ。それに呼応するように略奪クァドリガは計画に賛同する。先ほどまでの恐怖などもはやない。あるのはただ、エリート思考という熱にうなされた狂人的な集団だ。
こうして始まった計画は、ナヴァグラハの想定通りに進んでいった。
計画は順調だ。過密なスケジュールによるストレス解消のためにプライムとナナコという肉を持つクローンを囲い、優越感を満たしてやった。それにかまけ過ぎて計画に支障が出るのは問題だが、遊び過ぎるなと締めておけば大丈夫だろう。
<『イザナミ』の二天のムサシ。『ジョカ』のボイル&ペッパーX。『ペレ』のヘイアウ&ルアキニ。『ネメシス』のケルベロスと
ナヴァグラハは各企業の切り札的存在の動向を確認していた。ニュースを見て、企業の傾向を予測し、そして計算する。問題ない。彼らがこちらに干渉する確率は皆無だ。計画に支障はない。
ナヴァグラハは外部に警戒するあまり、内部の警戒を怠っていた。正確に言えば、取るに足らない相手だと侮っていた。
自分達が優越感を満たすために飼ったつもりでいるプライムとナナコへの警戒を――
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