こんなところでどうっすかね

 天蓋のクローンは、生殖細胞を持たない。


 クローン作製時に生殖細胞系列を除去され、そのまま成長する。もっともそれ以外の器官はそのまま残っているので、性行為自体は可能である。


 そう言った経緯もあるので、性行為自体に背徳感はない。風俗エリアなどの常識的な区分けはされるが、行為自体を嫌悪するクローンはいない。趣味の一つ程度の感覚である。味サプリや睡眠コントロールのように、脳刺激を与える行為の一つだ。


 そう言った状況なので、クローン達は容易に肉体をサイバー化する。脳さえ残っていれば肉体で感じる感覚は自由自在。完全機械化フルボーグはその極地だ。脳以外の全てが機械。三大欲求は脳内に保存してある『ストック』で事足りる。


「やめてっ、んんっ、ひやあっ、あふぁっ! ああん、ああん、あ、あああん!」


 だが逆に言えば、彼らにはまだ脳が残っている。


「やっ! へ、へんになっちゃ、う……あ、ふぅ……あっ、ああ、つっ……!」


 そして脳がある以上、欲望も尽きないのだ。


「ひはっ、あん、あっ、だ、め……ダメッ、だめ、だっ……めえええぇぇぇぇっ!」


 密室の中で上がる嬌声。拒否の意思を込めた叫びの中には、性の悦びが確かに含まれていた。流されてはいけないと理解しながら、与えられる快楽に抗えず飲み込まれていく喘ぎ。


<おらぁ! おらぁ! 泣け! 叫べ! 俺をバカにしたことを後悔しろ!>

「ごめ、ごめんな、っ、さい! も、ぉ……許してぇ! ぁ……い、やあ……!」


 押し倒された女性の肉体。支配するように上にまたがるのは略奪クァドリガの完全機械化フルボーグの機械音声。泣き叫び謝罪する姿に興奮したのか、女肉を責める機械の動きが強くなる。


「ふみぃ! ああん、あん、あっ!? ひん! ひぃ……んんっ!? あ、くふぅ……んんんんんん!」

<どうだ! 機械様には勝てないと理解したか! 偉そうに説教したことを後悔したか!?>

「んぐっ、りか……んんっ、理解、ぁ、あん! 理解、しましたぁ……! 機械にはぁ、ん! くぅん! 機械には、勝てな――」

<機・械・様! だっ!>

「き、っあああ、あんっ!? ひ、はっ……機械、様にはぁ……! ん! 機械様にはぁ、かは、勝てません、負け、ましたぁ! っ……うぅぅぅんん!」


 完全機械化フルボーグの動きが強くなり、その動きに耐えきれずに上り詰める女性。完全機械化フルボーグは女を屈服させることに悦びを感じ、脳内物質を放出する。快楽の中での敗北宣言を聞き、喜びは最高潮に達した。


<どうだ! ! この『糸使い』に負けて屈服しろ! 無様を晒し、泣き叫べ!>


 完全機械化フルボーグ――IZ-00110864こと『糸使い』は支配している女性型クローンにとどめを刺すべく力を込めて叫ぶ。


「ひゃん、私は、やあぁ……やっ、お姉さんは、ふああっ……糸使い様に負けて、はあん……降参しますぅ……無様に、あぁあああああ、屈服します!

 ひはっ、ひはぁ……んあ、ん……あっ、あっ、あああああんん!」


 糸使いに屈するように『二天のムサシ』は大声を上げて朽ち果てた。大きく痙攣し、敗北を示すように意識を失う。


 たっぷり一分。余韻が部屋を支配し――


「こんなところでどうっすかね」


 倒れていた『二天のムサシ』は半身を起こす。その声と姿が変貌し、ナナコの姿に戻った。ムサシが換装していたサイバーアームとサイバーレッグは再現できなかったので、皮膚の色を変えただけの変貌だが。


潜 入 工 作 員インフィルトレーション――肉 体 情 事ハルウリ】!


<満足だ。仮初とはいえ、あのクローンを屈服させることができたんだからな>


 糸使いは満足したようにナナコから離れる。『NNチップ』を通して幾ばくかのクレジットをナナコに支払った。ナナコはそれを確認し、毎度ありと指を立てた。


 如何に肉体が機械になろうとも、欲望は消えない。否、機械になったことでより傲慢になって、欲望が増した。劣っている奴らを支配したい。弄りたい。玩具にしたい。そんな上位者の愉悦。見下す精神が肥大していた。


 ナナコはその欲望に応えるように、自らの肉体を差し出していた。相手が好む姿に変貌し、相手が望む演技をする。そのキャラになりきってのプレイという意味ではコスプレだ。変貌するのは有名なVRキャラだったり、相手の元上司クローンだったりとさまざまである。


「すげー憎みようっすね。昔何かあったんすか?」


 今回みたいに憎い相手を屈服させたいという依頼も少なくない。中には『機械化する前の自分を犯したい』という依頼もあるぐらいだ。自分大好きなナルシストなのか、よほど機械化する前の自分が嫌いなのか。とまれ性癖はさまざまである。


<黙れ>

「おー、怖い怖い。おかげで需要があるんすから、あっしとしては願ったりかなったりなんすけど」


 短く唸るように答える糸使い。地雷を踏んだとナナコは肩をすくめた。まさか二天のムサシに挑み、僅か14秒で敗退したなど誰が言えようか。その悔しさがあるからこそ、ナナコにクレジットを支払ってまでこのような事を頼んだのである。


 ナナコはここ数日、体を使って略奪クァドリガ内のメンバーに取り入っていた。クレジットを払えば欲望を満たせる便利な女性型。表向きは忌み嫌われているが、陰でナナコに依頼する者も多い。


(おかげさまで懐に潜り込めるんだから、儲けはクレジット以上っす)


 そして依頼されることで、本来ナナコが立ち入れないエリアに堂々と入ることができる。もちろんナナコを『買った』完全機械化フルボーグと同伴する形だが、それでも直で見ることができる利点は多い。


「あっしはクレジットさえ頂ければどんな役でもやるっすよ。それこそ今日の続きとかもいいっすね。完全屈服して機械様に媚びるとかどうっすか?」

<悪くないが、それは本人にぶつけてやる>

「あらあら。そいつは勇ましいっすねぇ。それができるだけの装備が手に入ったんすか?」


 ナナコは二天のムサシの超能力を知らないふりをして糸使いに言葉を返した。どれだけの装備を持とうとも、あの超能力をどうにかできるとは思わない。不意打ち闇討ちだまし討ち、その全てが予知されてしまう。技術の一点突破で未来予知を破ったコジローが異常なだけだ。


<もうすぐ手に入る。天蓋の超能力者エスパーを超え、人間の持つドラゴンに匹敵するだけのエネルギーがな>

「それはすごいっすねぇ。どこにそんなものがあるんすか?」


 ナナコは会話を継続させるために相槌を打った。糸使いが言っているのはプライムが言っていた地上に出る作戦のことだろう。地上に出て、異世界からの力を得る。だけど知らないふりをして、糸使いに取り入るために相槌を打つ。


<それは言えないな>


 さすがに作戦内容を喋るほど迂闊でもない。だが、気を良くしたのか機械の手を伸ばしてナナコの胸を弄りながら言葉を続ける。


<だがこの作戦が成功すれば、俺達は企業を超える力を得ることができる。肉を持つ奴らを一掃し、機械による支配がはじまるのだ>

「ちょ、や、ああん」

<もっとも、全てを潰すつもりはない。保存用に数体ぐらいは生かしてやる。その数体の中に含まれたいと思わないか?>

「ひんひん、そ、そう、っすね」


 糸使いの手に反応するナナコ。身をよじり、声を上げながらそれでも手の動きからは逃れない。


(コイツ調子に乗ってるっすねぇ。一度ヤッたら自分のモノとか勘違いでもしてるんすか?

 あとわかってたけどヘタクソ。性行為用の愛撫プログラムぐらい入れとけってーの。力だけの未経験ヤロウ)


 まあ、演技なのだが。ナナコは相手に遊ばれているふりをして、冷めた感情で情報を引き出そうとしていた。


「あの、糸使いさんは、んっ、そういう事ができるぐらいの、ぁん、立場なんすか?」

<そうだ。元々この略奪クァドリガは『デウスエクスマキナ』の残党を集めて作られたものだからな。当時の幹部だった俺が相応の地位があるのは当然だ>

「ひゃん! す、すごい、んですね、それ、はッ!」


 ナナコは嬌声(演技。最初から最後まで演技)を上げながら、心の中でほくそ笑んだ。どうやら相応の地位を持つ相手を引き当てたようだ。


『デウスエクスマキナ』。メンバー全てが完全機械化フルボーグで構成された機械化至上主義者メカ・スプレマシー組織だ。肉体を持つ者を下に見て、薬剤や血液を略奪したりと医療関係者への妨害を行っていた組織だ。


<無能な足手まといがいたために地下活動を余儀なくされたが、企業の権威が失墜したことで復活し、名を変えて活動しているのだ。

 天蓋全てを略奪する戦車クァドリガとしてな>


 その活動を二天のムサシに邪魔され、反撃しようとムサシが係わったトモエの店を襲い……ムサシとカメハメハとコジローの怒りを買い組織は壊滅。その後は糸使いの言うように地下活動に徹し、企業が弱体化して新組織として活動を開始したのだ。


(よーするに、企業にビビって隠れてただけじゃねーっすか。その力にしたってまだ手に入れてないわけだし。偉そうに何言ってるんだか)


 演技しながら心の中で見下すナナコ。ついこの前までいた死槌狂戦士を思い出す。無軌道で無鉄砲ですべてが力任せ。その力が機械と優越感いうだけだ。


「天蓋全ての略奪とか……っ、凄いっすねぇ……」


 熱っぽい声を上げて、糸使いに寄り掛かるナナコ。物理的な距離。パーソナルスペースを詰めて、心理的な壁を薄くする。糸使いも自分の手で崩れ落ちた(と勘違いしている)ナナコに気を許すように腰に手を回した。従順なペットに抱く支配欲を感じさせる力だけの愛撫。


「でも、他の反企業組織も、同じことを考えてるんじゃ、ぁ、ないっすか?」

<機械のに体を持たないクズどもがどれだけ努力しても無駄だ。せいぜいが我々の真似事よ>

「他の組織にも、んっ、完全機械化フルボーグ、いるかも、っすよ……んぁ……!」

<いたとしても少数だ。取るに足らん。俺のような有能な完全機械化フルボーグとなればそれこそ皆無だ。

 それにこちらには切り札もある>


 糸使いの言葉にナナコの目が光る。脱力して甘い声を上げながら、糸使いに熱い吐息と共に問いかけた。


「切り札ぁ……それ、もしかして、四階にある、大きなドリル、の先端につける合金、なの、んにゃあ!」

<合金はただの道具だ。俺達の切り札はそれを作ることができる存在だ>


 合金を作れる存在。金属工学に長けたAIと工場ラインかな? ナナコは損な推測をしながら、言葉の続きを待った。


<聞いて驚け。企業『カーリ―』の超能力者エスパー。ナヴァグラハだ>

「…………へ? え、えすぱぁ……?」

<そうだ。企業から離反した超能力者エスパー。それを俺達が保護したのだ。

 五重構造隔壁ペンタゴンを破壊し、地上へ向かう穴をあけるために協力しているのさ>


 調子に乗って自分達の計画をばらしているが、正直どうでもよかった。予想斜め上の情報だ。企業から離反した超能力者エスパーとか、想像できるか。


(うわぁ……これはマジで夢物語じゃなくなったっすね)


 地上に出て、超能力を超える力やドラゴンに匹敵する力を得る。


 馬鹿な妄想と思っていた計画だったが、ナナコが思っていたよりは成功率が高そうな状況だと知らされ、思わず演技を忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る