本当に大丈夫なのかのぅ?
IZ-00404775ことナナコは元『
骨格レベルで全身を変化させる変装用スキン『ムジナ』とIDを誤魔化すジャマー『ノッペラボウ』を用いて他人に成りすまし、組織に入って秘密を頂く。時に話術で、時に色仕掛けで任務を達成していった。
略奪クァドリガ内のメンバーの9割は
なにせ性行為に使う部位を除去しているのだ。その感覚自体が脳内で再現できるのなら、行為に至る理由がない。ドライなのも当たり前だ。何せ
そうとわかっていたらナナコはこんな組織には来なかったのだが、如何せん情報不足だった。ハッカー系だから陰湿で女性型経験のないチョロい奴ばかりだという目算だったのである。
何はともあれ、ナナコがもつ潜入工作技術の大半がこの略奪クァドリガ内では使えない。変装してメンバーになり切ることもできず、色仕掛けで相手の懐に入ることもできない。だからこそ略奪クァドリガはナナコを『素顔とIDが変化する程度の』無能なクローンとして見ていた。
「そう思ってくれる方がやりやすいんすよね」
ナナコは己の立ち位置を理解し、そしてそう呟いた。不利な状況など慣れっこだ。情報不足などよくあること。味方が信用できない事だって日常茶飯事だった。ナナコは手持ちのカードがいくらか封印された程度で、泣き崩れるようなキャラではない。
<本当に大丈夫なのかのぅ?>
その『信用できない味方』であるプライムからの通信が届く。『NNチップ』による通信だ。なんでも独特のチャンネルを使用しており、略奪クァドリガのハッカーでも簡単に盗聴できない仕様だという。信じられねー、とナナコは鼻で笑ったが。
<ガチガチに監視が付いているわけでもねーっすからね>
<思いっきり監視されとるぞ。監視カメラによる常時警戒。飛行ドローンの定期パトロール。加えてメンバーが様々なセンサーで動きを見張っておるぞ>
<ま、それぐらいは当たり前っすよね>
廊下にある監視カメラや、定期的に通り過ぎるドローン。そして略奪クァドリガの
<視覚・音響・熱量・電磁・化学的センサーにより超小型ドローンすら入る隙の無い監視網が展開されておる。やはりここはこの伝説のハッカー『
<はいはい。ちなみにさっきの
<嘆かわしい……!>
ナナコの言葉に本気で嘆いているんだろうプライムの声が返ってくる。この程度などまだ序の口で、中には『上二桁を足して4になるから』とかそんなこじつけめいた理由で名乗る輩もいるのである。
<いつの時代にも、有名になった者の名を騙る輩は現れるという事か>
<じじいも騙りじゃねーっすか>
<だからワシ本物! くぅ、信用されぬとは悲しい事よ……>
<はいはい、信用してるっすよー。元素なる四さん。なんで建物内のマップ転送よろっす>
泣き叫ぶプライムを適当にいなし、ナナコはプライムからのデータ転送を待つ。1秒も経たずに『NNチップ』を通してファイルが届いた。アジト内の詳細な地図データだ。
<間取り、電気配線、監視カメラの位置、メンバーの部屋……。アイツ等風呂入るんすか?>
<使っとらんじゃろうな。元はクローンが寝泊まりする施設を強奪したからのぅ。おそらくそこは倉庫か何かになってるはずじゃ>
<機械男の入浴シーンとかウケるんすけどね>
そのままショートしてしまえ、と心の中で悪態をつきながら、ナナコは施設内を歩く。送られた地図と、ほぼ変わらない間取りとカメラ配置だ。
(情報に嘘はねぇっすね。あのジジイがかなりのハッカーであることと、あっしに協力を求めているのも間違いはなさそうっす)
建物の地図など、厳重なセキュリティで守られているはずだ。情報は宝。ましてや施設という拠点の情報は、他人に渡ればとんでもないことになる。プライムはそれをあっさり入手し、ナナコに渡したのだ。
(一緒に逃げようと協力を持ち掛けたのはこっちっすけど、その際に手土産を提示したのはジジイの方。
つまり、ジジイはその手土産のことを知ってこの組織に潜入した? ……いやいや、それにしてはお粗末な扱い受けてるっすよね?)
プライムは信用できない。というかわけがわからない、というのがナナコの感想だ。
略奪クァドリガが
ならそこから逃げたいと思うのが普通である。当然簡単には逃げられないだろうが、ナナコが逃げようと言った時に、プライムは何と言ったか?
『ふ、つまりワシの心を盗んでいこうという事じゃな。ワシはそうそう安い心ではないぞ』
ジジイふざけんな。顔見てモノを言え。――いや、そこではない。
(あんな扱いを受けているのに、ジジイは冗談を言える程度に心に余裕があったって事っすよね。そしてあっしが手土産に何かを盗もうと言った時には特殊合金を提示する程度に交渉もしてきた。
勿論、連中の目を欺いてハッキングしているという、ハッカーとしての優越感もあるだろうけど……)
最高のハッカー集団と思っている略奪クァドリガを、逆にハッキングしているというのはハッカーとして愉悦を感じることがあるだろう。飼っているつもりの相手を逆に掌握しているというのは脳内物質が大量に出るほどの快感を感じる。
(それだけの為にあの環境に甘んじるっすかね? そう言う性癖かもって思ったけど多分違うし。あっしの性癖センサーはジジイが他人をおちょくって楽しむ言葉責めタイプのS系だと告げているっすし)
ナナコの判断はともかく、ハッカーとしての腕試しの為に晒し物になるなど普通の感覚では考えられない。となると――
(やはりジジイは何かしらの目的があって略奪クァドリガに入ったって事っすね。
問題はそれが何なのかなんすけど)
そこまで考えていたナナコは、目の前に大きな
<ここから先は進入禁止だ>
「おおっと、済まねぇっす。『NNチップ』でポケニクしてたんで気付かなかったっす」
<…………>
有名なゲームの名を告げて謝罪するナナコ。その
<地図にもあったじゃろうが。そこから先は危険じゃと――>
<わかってたっすよ。敢えて気づかぬふりして突っ込んだんす>
脳内に響くプライムの声。プライムの送った地図にも立ち入り禁止区域の注意書きはあったが、ナナコはそれを無視して特攻した。案の定止められたが、それも予想通りだ。止められなかったら気づいて引き返すつもりだった。
<なんでそんなことをする? 目をつけられたらどうするつもりじゃ>
<セキュリティの度合いとキツさを確認したかったんす。あとナメられている間にできる事はやっとかねーとね>
<どういう事じゃ?>
<機械じゃない下等なクローンなど矮小で無能で取るに足らない相手。すぐに頭を下げてへらへら笑う情けないヤツ。そんな印象を植え付けさせとくんすよ>
略奪クァドリガが機械化していない人間を下に見ているのはイヤになるぐらいに通関している。メンバーの8割が
プライムはサイバー化していないクローンがどの程度劣っているかという愉悦の為だけに軟禁されており、ナナコも『ムジナ』がギリギリ『全身に埋め込まれた機械』として扱われているだけに過ぎない。
ならばその立場を存分に利用するだけだ。侮り、蔑み、貶めてくれるというのならそこに隙が生まれる。自分達は完璧な機械だという驕りが、肉体よりも上位であるという慢心をかき乱す渦を作れる。
(ジジイのハッキングスキルは舌を巻くっすけど、それはそれだけでしかねーっすからね。情報は大事っすけど、それをどう使うかっすよ)
ヘコヘコと頭を下げながらナナコは略奪クァドリガ内のアジトを歩く。アジトは地下二階と地上五階のビルディング。その中でナナコが歩ける範囲はプライムが軟禁されている地下二階から一階の一部までだ。二階以上に行くエレベーターを動かすには登録が必要で、階段は監視カメラと警備ドローンで見張られている。
<ワシにかかれば監視カメラと警備ドローンを誤魔化すことができるぞ。何ならエレベーターも動かせるからの。いつでも頼ってくれてもいいんじゃぞ>
<大したもんすね。まあ、それをするのはまだ先ってことで>
プライムの力を借りて二階以上に行っても、略奪クァドリガのメンバーに見つかればそこで捕まって終わりだ。戦闘能力で言えばナナコは弱い。懐に入れた銃器で攻撃しても、
<件の合金はどこにあるか分かるっすか?>
<四階の倉庫じゃな。電子金庫に入っておるぞ。78桁パスワードの強者じゃ>
<うへぇ。さすがにめんどくせぇ>
複数の
(めんどくさいんすけど、無理ってわけでもねーんすよね)
大きく息を吐いて、攻略プランを考えるナナコ。
(ジジイがこんな所にこだわる『目的』。そっちの方が高く売れそうっすからね)
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