マジっすか
天蓋と『外』を隔てる構造物だ。言葉通り五枚の隔壁から構成されており、外部からの侵入をシャットアウトしている。
これまでは『外』には生物はなく空気組成も違うため危険というのが常識だったが、そうではないことが外部からの侵入者から伝わった。『外』には異世界から侵略してきた者達がいるという。
「超能力を超えると言われる魔法。それを駆使する者達。そして『ドラゴン』の元となる生物。
『外』に行けばそれが得られるのじゃ」
プライムはナナコに向かってそう説明する。ナナコは胡散臭げな表情を隠そうともせず、話を促すように頷いた。
「はー。で、ここの奴らはそれを得るために
「そのようじゃな。飛行車両を使っての
「うへぇ。夢みたいな話っすね」
ナナコはプライムの説明を聞いて、夢みたいだと唾棄した。希望という意味ではなく、つまらないこと言ってるなぁという意味で『夢』と言っていた。
「さよう。夢物語もいい所。安易に魔法を得ようなどとする者は呪われて死に落ちる。まさに天を目指す不届きものよ。
じゃが天を目指そうとする努力は認めざるを得まい。不可能に挑む者こそ、勇者なのじゃ」
「ユウシャ? なんすかそれ?」
「情緒がないのぅ」
勇気が美徳ではない天蓋において、勇者という名称が定着しないのは致し方のない事だった。肩を落としたプライムがため息をつき、言葉を続ける。
「とはいえ、
「企業が健在なら即摘発されそうなもんばっかっすね。或いは知ってて泳がされているか」
「うむ。企業の力が衰えたからこそできる作戦じゃな」
「まあどうでもいいっす。そんなデカいもん盗んでも持ち運べねぇし。爆弾も物騒すぎて売れそうにないし」
興味はない、とばかりに手を振るナナコ。略奪クァドリガがどれだけ無謀な計画を立てていようが知った事ではない。大事なのは自分がどれだけ得をするかだ。盗めるものがなさそうなら、何も盗まずに逃げるだけである。
「確かにその類は盗めんじゃろうなぁ。だがドリル先端にある特殊合金はどうじゃ?」
「特殊合金?」
「
あまり重くないし、手土産にするにはうってつけと思わんか?」
プライムの言葉にナナコは無言で思考する。
天蓋を守る隔壁。その硬さはかなりのものだ。その硬い隔壁に傷を入れるための特殊合金は、企業が秘密裏に開発していたモノだろう。さすがに個人で開発できるものではない。
他の反企業組織にもっていくか、あるいは企業に返すか。どちらにせよ、かなりのクレジットになるはずだ。もっともそれは――
「確かに魅力的なんすけど……なんでジジイがそんなこと知ってるんすか?」
「ほ? ワシが嘘をついているとでも?」
「ウソって言うか情報リソースがジジイっていうのが納得できないだけっす。
見せしめのためにビルの隅っこで飼い殺されているジジイがそんなお宝情報をどうやって入手したかっていう話っす」
話の信ぴょう性を確認してからだ。組織内におけるプライムの状況を鑑みれば、そんな情報が手に入るとは思えない。そもそもこの計画自体も嘘くさい。本当に略奪クァドリガは
(このジジイがあっしを騙して何かさせようとしている、っていうほうが信じられるっすよ)
騙し合いの世界で生きてきたナナコからすれば、そちらのほうが自然に感じるぐらいである。
「悲しいのぅ。か弱い老人の言葉が信じられないとは」
「あっしも悲しいっすよ。
「名誉棄損じゃ! それは男性型の沽券にかかわるぞ!」
「うわガチ怒り。んで、なんか反論あるっすか?」
「うむ。肉体的な衰えはあくまで見た目だけで、内蔵系は立派に機能しておる。事、泌尿器系は――」
「そっちじゃねーっす。情報リソースの話」
逸れそうになる話を修正するナナコ。わき道にそれないと死ぬ病気でも持ってるのか、このジジイは。
「大したことはしとらん。ちょちょいと魔法を使って調べたんじゃ」
「
「のおおおおおお! 紐を取り出しながら怖い事を言うな!
ハッキングして調べたんじゃ!」
股間をガードするようにしながらプライムが白状する。ナナコはそれでも疑いの目を崩さない。むしろ疑念が濃くなった。
「ハッキングぅ? ハッカー組織っすよ、ここ。そのセキュリティをそんなオンボロ端末で突破したとかそれこそありえねぇっす」
略奪クァドリガは
そしてプライムに与えられたのは、最低限の機能しかない端末だ。型落ちの型落ち。動いているのも奇跡というぐらい古いものである。そんなもので何ができるというのか。
「ふ、ワシがハッキングで使ったのはそんなものではない。
この水晶玉じゃ」
言ってプライムは大きさ30センチほどのガラス玉を指さす。どう見てもケイ素で作られたオブジェでしかない。こんなものでハッキングしたと言われても、誰もがありえないと一蹴するだろう。
だからこそ略奪クァドリガのだれもがその水晶玉を取り上げなかった。肉を持つ老人がもつゴミアイテム。そう思ってスルーしたのだ。
プライムが手をかざすと、水晶玉の周辺に複数の立体映像画面が浮かぶ。難解な計画書。リアルタイムで写されている略奪クァドリガ内の映像は監視カメラをハックしたものか。更にはメンバーの詳細な個人情報もあった。
「マジっすか」
メンバーの個人情報を見ながら、ナナコは納得する。ナナコが知っているメンバーの個人情報と一致するからだ。『
「マジじゃ。その気になれば『イザナミ』のデータベースに侵入してナナコさんの正体も調べられるぞ。その顔とIDは擬態しとるんじゃろ?」
「ノーコメント。乙女の秘密を調べるとかじじいデリカシーねぇっすね」
「ともあれ、情報源に関しては納得してもらえたようじゃな。
そう、ワシこそが伝説のハッカー。『
言って胸を張るプライム。ナナコはそんなプライムに尊敬の目を――
「はいはい。妄想はともかく、ジジイが凄腕のハッカーなのは理解したっす」
尊敬の目を向けることなく、適当にあしらった。
「なんで信じてくれないんじゃよ、ワシ悲しくて泣いちゃうぞ!」
「天蓋に
『
「そもそも本物の
「ふ、やんごとなき事情があったのじゃよ。面白そうなデータがあったから直接見に行ったら、
「そんな間抜けな事をする奴が
プライムの言葉を鼻で笑うナナコ。プライムは何かショックを受けたかのように胸を押さえ、反論を言いかけては口をつぐんでいた。
「じゃあとっととその特殊合金盗んで、盾用にジジイを連れ出して逃げるっすか」
「いや、そう簡単には盗めんぞ。その金属も計画開始寸前までは金庫内に安置されておるし、そもそも警備も厚い。
無計画に行動すればハチの巣じゃ。ワシの言うとおりに――」
「ハチぃ? 『イザナミ』のクソ真面目
「よくわからぬが地雷を踏んだことはわかった。すまぬ」
『働きバチ』にさんざんこき使われた過去を思い出し、陰うつな顔でプライムに詰め寄るナナコ。プライムはわけがわからないとばかりに謝罪した。
「そりゃそんなもんがその辺にポンと置いてあるわけないっすからね。警備の穴も調べて計画立ててやるに決まってるっすよ」
「え? いや、その辺調べるのはワシがやるぞ。ナナコさんもワシのハッキングスキルは見たじゃろ?」
ナナコのセリフに疑問符を浮かべるプライム。施設内全てを見ることができるプライムのハッキングスキルがあれば、特殊合金の場所も警備の穴も見つけることは可能だ。ナナコにはその情報を元に動いてもらおうと思っていたのだが……。
「ハッキングして見れるのは、あくまでハッキングで見れる範囲っすよ。
本当の隙はそんな所にはないっす。心理と常識の狭間にこそ、致命的な隙があるんすよ」
ナナコは言って頬を叩く。その後で拳を握って気合を入れた。『
「もちろん、じじいにもサポートしてもらうっすよ。こんな差別組織なんかとっとと脱出したいでしょうしね」
「う、うむ。そうじゃな。どうあれココの連中に一泡吹かせるのに異存はない。
よろしく頼むぞ」
ナナコが突きだした拳に、自分の拳を重ねるプライム。
こうして変装コソ泥色仕掛け上等な『非存在ナナコ』と人を煙に巻く性格悪いハッカーな『
(むむぅ、上手く手駒になると思ったら意外と強かな娘じゃな。これは計画に支障が出るやもしれん)
(まだなーんか隠してるんすよね、このジジイ)
お互い不信を抱きながらの協力体制ではあるが。
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