EVILDOER dances foolishly

オマエ『サムライ』か!?

『人間』の過去――異世界にケンカを売って返り討ちに遭った挙句自分達の居場所を奪われて逃げた事が暴露され、企業が大きく弱体化した。


 企業を見限ったクローン達は独自の組織を作る。エネルギーや栄養キューブなどの生産ラインを確保し、似た思想を持つクローン達を勧誘して肥大化する。


「我々は人間を憎む!」

「天蓋は我々クローンのモノだ!」

「クローンによる支配を!」


 そしてこういったスローガンを掲げ、企業の施設を襲撃する。破壊と略奪を繰り返し、企業にダメージを与えていく。そして勝利の美酒に酔い、更なる破壊計画を試みる。


「クローンの勝利だ!」

「人間など寝ているだけの無能だ!」

「天蓋はいずれ我らの手に!」


 その声は大きくなる。暴動を押さえる治安維持部隊も縮小化し、暴徒鎮圧も容易ではない。企業を軽んじ、反企業の勢いは加速していく。


「奪え! 殺せ! 犯せ!」

「逆らうものは皆殺しだ!」

「企業を信じる者は、生きていく価値がねぇんだよ!」


 暴力的、そして排他的。サイバー機器や銃器で簡単に破壊と殺戮ができる天蓋において、命の価値は低い。これまでそれを押さえていたのは企業という圧倒的存在だ。そのタガが外れれば、こうなるのは目に見えていた。


「『呪われた姉妹達』『理知の腕』『センチネンタル・トラック』『キーレス・メディカルケア』『矛にして花』『ビパハシチテヒレゾナニ』『ヘレヴリアーFU』」


 今あげられたのは、急成長しつつある反企業組織だ。五大企業+『トモエ』に牙をむき、天蓋の覇を求める為に目指す組織として喧伝する輩の群れ。


「いやはや、まさに天蓋の企業支配が覆った。数日前とは大違い。ビカムズシックス以降、天蓋の勢力図は大きく変わったっすよ」


 媚びを売るように、そのクローンは告げる。何の特徴もない。どこにでもいそうで没個性を演じているような存在。


「その中でも一番過激なのは我らが『死槌狂戦士』っすね」

「当然だ! 高重量の一撃! 死を恐れない突撃! これこそが我ら死槌狂戦士!

 むしろ他の奴らがヌルいだけだ! 破壊! 破壊! 破壊! これこそがシンプルで明確な答えだ!」


 没個性なクローンにあおられて大声で笑う『死槌狂戦士』のボス。そしてその笑いに乗るように他のメンバーも大笑いする。


「ぎゃはははははは! 温い温い!」

「パワー! イズ! パワー!」

「大火力でぶっ叩く! 難しい事はどうでもいいんだよぉ!」


 それぞれのクローンが高重量の銃器を持ち、それをパワー特化のサイバー四肢で撃つ。中にはサイバーアームそのものが巨大銃器のアタッチメントになっているイカれたデザインのクローンもいた。明らかに企業を介していない自己改造だ。


(うわぁ……聞きしに勝るバカっすね。ほっといてもどっかに突撃して自滅するんじゃねぇんすか、これ)


 没個性の太鼓持ち――かつては『イザナミ』の治安維持部隊『KBケビISHIイシ』の潜入工作員だった『非存在ナナコ』ことナナコは、相手をおだてながら心の中で苦笑いしていた。


 ナナコは変装用のサイバー機器を用いて筋肉質な男性型となり、死槌狂戦士に潜入している。口八丁手八丁と情報を武器にして、組織内でボスの腰巾着的な地位を確立していた。


「じゃあ次は『KBケビISHIイシ』の倉庫を襲います? あっし元『KBケビISHIイシ』なんで情報持ってるんすよ」


 噓ではない。ナナコはビカムズシックス以降は『KBケビISHIイシ』を離反している。『イザナミ』から離れ、反企業組織を転々としていた。


「いいねぇ! 『KBケビISHIイシ』! 昔捕まってひでぇ目に遭ったからなぁ! その雪辱を晴らす時だぜ!」

(知ってるっすよー。アンタを嵌めて捕らえたのはのあっしですし。

 だから潜伏先に選んだんすけどね、パーソナリティがわかってる相手は転がしやすいっす)


 ナナコの誘導に怒りの声を上げるボス。ナナコが死槌狂戦士を隠れ蓑に選んだのは、ボスが騙しやすい相手だという事を知っていたからだ。破壊衝動にあふれた短絡思想。支配というタガが外れて、大暴れしているだろうと思ったら案の定だ。


「今地図と警備状況を転送するっすよ」


 ナナコは『NNチップ』を通して『KBケビISHIイシ』倉庫の情報を転送する。これをもとに計画を立てれば、襲撃は容易だ。ナナコからすれば、元同僚がどうなろうが知った事ではない。その辺りはドライであった。


「なあボス! 『KBケビISHIイシ』もいいけど『トモエ』の輸送車両を襲わねぇか!」

「アイツら、地上車両が多いから襲いやすいぜ!」

「バイオノイドがメインらしいから、飛行車両少ないんだってさ! アホらしいぜ!」


 だが横から部下達がそんなことを言う。


 企業『トモエ』はクローンだけではなくバイオノイドやドローンも労働力として活動させている。そして――


「アイツら、生意気にもクレジットもらってるんだぜ!」

「マジか!? バイオノイドやドローンに給料渡すとかバカじゃねぇの!」

「襲って脅せばクレジットもらえるかもな! 殺すのはその後でいいや!」


 六大企業で唯一、『トモエ』はバイオノイドやドローンに対して労働の対価を支払っていた。バイオノイドやドローンは『NNチップ』がないため、わざわざカードを作って電子マネー取引を可能させるほどだ。


「バイオノイドにクレジット与えるとか何考えてるんだ! そう言う性癖かよ!」

「ドローンもだぜ! モノに欲情するとかトモエっていう人間は変態かぁ?」


 ゲラゲラ笑う死槌狂戦士のメンバーたち。彼らの価値観からすれば、バイオノイドやドローンは物だ。そんな奴らに給金を与えるなど、馬鹿のやることでしかない。


「いいじゃねぇか。おかげで俺達のバンクが潤うんだ。変態様様だぜ!」


 そしてボスも同調するように笑う。その瞬間、次の獲物が決まった。


「あー。『KBケビISHIイシ』の倉庫はどうするっすか?」

「次だ次! 倉庫は逃げねぇが、車は逃げるからな!

 野郎ども行くぞ! 壊して奪って俺達の名を刻め!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 ボスの言葉に雄たけびを上げる死槌狂戦士のメンバー。それぞれの獲物をもって、『トモエ』の地上車両が通る道路に向かう。


(あーあ。これは潮時っすね)


 彼らに同伴しながら、ナナコは心の中でため息をついた。次の潜伏先候補をリストアップし、そのボスが好みそうな『手土産』を考える。


「そろそろ来るぞ! お前ら構えろ!」


 死槌狂戦士の襲撃作戦は単純だ。不意を突き、一斉攻撃を仕掛ける。相手が行動するより先に、圧倒的な物量と重量で押し切る。ただそれだけだ。


「今だぁ、行けぇ!」


『NNチップ』で襲撃タイミングを合わせ、地上を走る車両に銃口を向ける。100キロを余裕で持てるサイバーアームが両腕で扱える重火器が火を噴いた。高火力の火炎放射器が車を焼いた。道路が破壊され、車両が爆風で吹き飛ぶ。


「オラオラオラオラァ! 死ね死ね死ねぇ!」

「企業は皆クズだぁ!」

「アハハハハハハハ! タノシー!」


 破壊に酔うクローン達。吹き飛んだ車を追撃する者はまだマシだ。命中させるつもりもなくただ弾丸を放っているハッピートリガーもいる。瓦礫が吹き飛び、爆音が鳴り響く。


「派手にやりやがって」


 だから気付かなかった。


「無人運転だからよかったが、誰かが乗ってたら死んでたぜ」


 赤光の剣を携えたクローンが背後にいたことに。


「な、何者だ!?」

「そのフォトンブレード……! まさかオマエ『サムライ』か!?」

「馬鹿な!? いや、しかし全身生身の赤いフォトンブレード……!」


 そのクローン――コジローの姿を見て驚く死槌狂戦士達。


 Ne-00339546。サイバー改造をしていないというのに超能力者エスパーすら凌駕すると言われたフォトンブレードマスター。地上から来た侵略者さえ切り裂いた『トモエ』の懐刀。


 今やその名を知らない者はいない。


「企業『トモエ』の車両と知って襲撃したみたいだからな。手加減は要らねぇな」

「な、何故だ!? 何故俺達の襲撃を事前に知れたんだ!」

「タレコミがあったんだよ。おかげで休日返上だ」


 怒りを隠そうともしないコジローの返答。その気迫を乗せて、フォトンブレードを振るってその先端を向ける。


 なおコジローにタレコミをしたナナコは、とっくにトンズラしていた。顔も体型も変えているため、死槌狂戦士が気付く由もない。


 いやそもそも――


「てなわけで、とっとと終わらせるぜ」


 彼らにそんな余裕はない。目の前にいるのは天蓋でも屈指の戦闘力を持つと恐れられた存在。生身なのに完全機械化フルボーグを凌駕し、超能力者エスパーすら退けたと言われているフォトンブレード使いなのだ。


「し、死ねぇ!」

「斬られる前に殺せ!」

「こっち来るんじゃねぇ!」


 怯えながら重火器を向ける死槌狂戦士達。如何に相手が強かろうと、フォトンブレードの間合いは銃の射程より短い。相手が迫るより早く撃ち殺せれば生き延びれる。


「おおっと!」


 彼らが引き金を引くより早く、コジローは駆ける。飛来する弾丸をフォトンブレードを振るって払い、或いは避けて一気に距離を詰める。まともに命中すれば肉片になることを理解したうえで、コジローはこれが最適解とばかりに迷いなく進んでくる。


「馬鹿な!? なんで銃撃の中を進んでこれるんだ!?」

「サムライは弾丸の嵐を斬って進むもんなんだよ。古典ラノベにそう書いてるのさ」

「なんだそれは――!」


 返答と同時にフォトンブレードを振るうコジロー。赤い光が幾何学的な軌跡を描き、最短距離で死槌狂戦士達を切り裂いていく。


光 子 剣 術フォトンスタイル――流 光ベクトルスラッシュ】!


 戦闘開始からわずか8秒。コジローは傷一つ負うことなく、20名近いクローンを全て斬り伏せていた。


「ふへー。相変わらずあのサムライにーちゃんはトンデモねぇっすね」


 その様子を遠くから見ていたナナコはコジローに気付かれる前に移動を開始する。見つかったらトモエの元に連れていかれそうだ。


「トモエと一緒にっていうのも悪くないっすけど、しばらくは誰にも仕えずに自由に生きるっすよ」


 企業からの支配を逃れ、好き勝手生きるナナコ。姿もIDも変化できる彼女を捕まえることは難しい。


「そんじゃ次はここに行くっすかね」


 ナナコが向かうのは『略奪クァドリガ』。ハッカー系の反企業指揮だ。


「引きこもりインテリ風が多そうだから、色気で簡単に落とせそうっすね」


 ハニートラップのパターンを脳内で列挙しながら、ナナコは混沌の天蓋を進んでいく。

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