天蓋に自由の二文字が芽吹き始めている

 企業が地上に関する正しい歴史を発表する。


 オロチの発信では半信半疑だったクローン達だが、『人間』の発表でそれが事実だと認識する。これまで触れられていた天蓋の『外』。そして自分達が崇めてきた人間という存在の過去。その全てが明らかになる。


 クローン達の反応は様々だが、大別すれば三パターンだ。


「だからどうした。今日も業務がたまっているんだ」

「そうだとしても今更どうしろと」

「どっちにせよ、生きるには働くしかないんだ」


 一つ目。事実を受け入れた上で、変わらず企業に属する存在。


 これまで企業のため、人間のためにと働いてきたクローン達。それが嘘だと知ったうえで、企業への態度を変えずに働き続ける者達だ。


 これは思考放棄ともいえるが、ある意味現実的な判断でもある。生きていくために企業に寄り添う。真実を隠された不信こそあれど、企業がなければ食事も住居も失う。天蓋という社会システムの中で生きていく以上、企業への労働は避けられないのだ。


「そりゃ色々思う所はあるけどな。でも死にたくないんだ」

「私、企業を離れて生きていけるとは思わないわ」

「ペットのバイオノイドもいるしな。飲み込むしかないさ」


 もちろん、不満がないわけではない。地上を失う原因を作ったののは人間だ。人間が異世界召喚などしなければ、マシな世界になっていたかもしれない。その人間のために労働するというに納得できるわけがない。


 それでも生きていくために我慢して企業の為に働く。安寧を得るために信用できない相手に頼る。それは図らずも西暦時代の労働者に似ていた。


 そしてそれを不甲斐ないだの情けないと揶揄する者もいる。


「企業なんか信用できねぇ! 俺は『国』に行く!」

「働いてられねぇよ。ちくしょうめ」

「これから路上生活か……。でも企業のために働くよりましだよな」


 二つ目。企業と人間に見切りをつけて、働くことを放棄した者達。


 これまで企業のため人間様のためにと思って働いていたクローン達が、その目的を失い心が折れた形だ。これまで使う者が稀だった辞任システムにより幾ばくかのクレジットを得て、それを使い細々と生きることを決意したクローン達である。


「……これからどうなるんだろうなぁ」

「腹減ったなぁ……。キューブを買うのも控えないと」

「寒い……。屋根と壁がないってだけでここまで冷えるんだな」


 企業の庇護を失い仕事と済む場所を失った彼らの未来は、けして明るいモノではない。企業に属せないクローンの受け入れ先として存在する『国』の人口は一気に膨れ上がり、路上生活をするクローンも増える。ストリートチルドレンならぬストリートクローンが新たな問題となった。


 生きる気力を失った彼らだが、悪事を働かないだけマシな方である。


「企業なんかくそくらえだ! 壊せ壊せ!」

「奪え! 盗め! 企業規定を犯せ!」

「信用できるのは力だけだ!」


 三つ目。企業と人間を壊すべく、反企業行動をとる者達。


 二つ目と似ているが、根本的な違いは企業に牙をむくようになったことだ。企業を信用できず、人間に不信を抱き、その全てを壊そうとする。企業が作ったモノを壊して奪い、我が物にする。


「いいねぇ。その気概が素晴らしい! 我ら『鋼拝教』に入信しないか!」

「『怒号たる代理人』は何時だって人材を募集しているぞ」

「元は『ネメシス』の下部組織だったが、これを機会に『スカーレットバード』は企業から離反するぜ」


 これまでの反企業組織は『企業が反企業思想者をコントロールするため』という、いわゆる企業の息がかかった下部だったモノのがほとんどだが、これを機会に企業から離反。独立して企業に攻撃性の高いクローンを受け入れて規模を拡大化していく。


 こうして五大企業の力は弱体化する。オロチのような高ランク市民も離反して、彼らが押さえていたコネやインフラなどもそう言った者達が保有することになる。『ドラゴン』こそ保有していないが生産力を持ち、企業から独立した組織として力を得ることになる。


 ビカムズシックスから僅か半月で、天蓋の在り方は大きく変わってしまった。


 企業による支配。市民ランクによるピラミット構造。それらは形骸化した。崇められてきた人間への畏敬は消え、クローン達は自分の為だけに生きる。定められた法ではなく、己の欲望に従う。そんな社会に変わっていった。


 ……………………


「ある意味『自由』に生きるようになったのよね」


 トモエは変わりつつある天蓋を見ながら、そんな事を呟いた。


 場所は企業『トモエ』の本社ビル。そのトップルーム。トモエ用に用意された端末には秒単位で新たな情報が集まってきていた。AIが重要度別に分類しているが、一時間たてばその情報の重要度も暴落する。


「よくわからないけど、色々大変だな!」


 そんな言葉を返すのは、トモエのボディガードであるネネネだ。コジローがトモエを守れないときには、ネネネがその代わりを担っている。


「よくわからない、か。……そうね。本当にわからないわ。しばらくは激動の日々になりそう」


 ネネネの拙いセリフを補足しようとして、それが無理だと気づくトモエ。天蓋の価値観や社会状況は変化している。これまでは企業が全てを支配していた。クローンが暴徒となっても、すぐに鎮圧できた。或いはその暴動自体が企業の思惑通りだった。


 だけど、もう企業のコントロールは効かない。クローン達は人間を崇めない。企業を絶対視しない。威光は消え去り、暴力の闇が覆いつつある。治安維持部隊からも離反者や反企業組織に走る者が出ており、物理的な鎮圧もできない。


「おかげでコジローもいろいろ引っ張りだこだし。ちゃんと休めてるのかな?」


 そう言った世情もあり、コジローもフォトンブレード片手に『トモエ』を狙う輩を押さえ込むために動いている。コジローが簡単に負けるとは思わないが、ずっと戦い続けているのは少し可哀そうだ。


「ネネネもコジローに撫でてもらえないから、少し寂しいぞ!」

「あー。そうね。代わりに私が撫でてあげるわ」

「えへへ。コジローほどじゃないが、トモエに撫でてもらうのも好きだぞ!」


 あと好きな人に会えないのは寂しい。コジローもネネネも状況に忙殺されて、精神的な癒しが不足していた。騒動の規模からすれば小さな――当人たちは重大だと否定するが――悩みだが、企業『トモエ』としては大きな損は出ていない。


 むしろ市民ランク制度を使用しないという企業理念を受けて『トモエ』に参入するクローンが急増した。これまでの企業の支配から逃れるように『トモエ』に身を寄せたのだ。『トモエ』も一応企業だが、他の五大企業よりは好感が持てるという理由で加入者は増えている。


『どちらかというと、寄る辺がないクローン達ね。五大企業は信用できないけど、かといって企業の庇護なしでは生きていけないと判断した感じかしら。

 独立もできず、企業規定に逆らうだけの気概もなく、他企業よりという理由でトモエちゃんの元にやってきたみたいよ』


 ――というのはニコサンの見立てだ。少々ネガティブな見地だが、そう言った側面があることも否定できない。


 そして五大企業の労働者は大きく削られた。人間に見切りをつけ、労働意欲も削がれた。企業のために戦う企業戦士ビジネスも働く意義を失い、離職する。多くのクレジットをつぎ込んだサイバー機器が反企業組織に流出し、パワーバランスを大きく変えていく。


 結果として、出来たばかりの『トモエ』と他の五大企業の勢力は拮抗することになる。各企業の創始者は頭を悩ませ、しばらくは眠れぬ日々を過ごしているという。減った労働力をバイオノイドとドローンとAIで穴埋めし、それでも回らない業務を停止させて、どうにか企業としての生産性を維持している。


「何処もかしこも人手不足なのよね。みんなともなかなか連絡が取れないし」


 トモエはスマホを取り出し、ため息をつく。個人連絡用のツールにはムサシやナナコなどの連絡先が登録されているが、こちらからのメッセージへの返信がなかなかつかない。日単位で既読が付くこともあり、皆の忙しさが伝わってくる。


 そう言うトモエも決して暇ではない。企業の主として決定しなければならないことが多い。企画に対する最終承認を行うのはトモエの仕事だ。そう言った事務業務もあるが、最も頭を悩ませているのが――


「『自由の名の元に、全裸出勤しよう!』……またこのテか……」


 端末に浮かんだ画像を見て、机に突っ伏すトモエ。頭を何度か掻いて、勢い良く立ち上がる。『トモエ』は自由を掲げているが、そのせいもあってか好き勝手する輩が増えてきたのだ。


「タガを外しすぎ……! 最低限のモラルとか……天蓋に期待するだけ無駄かぁ……」


 これまでの天蓋での生活を思い出し、ため息をつくトモエ。暴力的な行動でないだけ、マシな方だ。


 今最もトモエを悩ませているのは、自由と言うモノをはき違え好き勝手しているクローンへの対応である。何をしてもいいというのが自由だが、モラルは守ってほしい。何でもかんでもやっていいというわけではないのだ。


「面倒だけど、言って説得するわ。ついてきて」

「おう!」


 ネネネを伴い、全裸出勤を呼びかけるクローンの元に向かうトモエ。自由という価値観が存在しない天蓋において、その浸透が最も難しい。天蓋創始時、カーリー達が市民ランク制度を布いたのも納得である。


「面倒だけど、やるしかないわね」


 そうとわかっていても、トモエは安易な支配制度を否定する。大事なのは『自由』という意味を理解すること。その上でお互いを尊重し合えるような場を作る事。それが企業『トモエ』の目指す道だ。


 思う事、行動する事、主張すること、全てが自由。しかし、それには責任が伴う。 


 自由とは、責任を負う事。自由に責任を負うから、支配から解き放たれるのだ。


 その価値観が浸透するのはまだまだ先。


 逆に言えば、天蓋に自由の二文字が芽吹き始めているのだ――


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~ビカムズシックス~ 


THE END!


Go to NEXT TROUBLE!


World Revolution ……82.3%!


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