この俺がサムライだからだ

「何者かが二人の体を乗っ取ってコントロールしているって所か」


 コジローの言葉に表情を強張らせるオロチ。


「どういうことなんだい、旦那!?」

<どうやらコジロー殿は何かをつかんだようだな! 見事なり! 吾輩のライバルにふさわしい叡智ということか! してその見地や如何に!>


 その様子を察したのか、ムサシとカメハメハは攻撃の手を緩めずに問い返す。


「こいつらは肉体を持たないユーレイだかセイシンタイとか言う存在なのさ。半透明の立体映像みたいなやつで、体を乗っ取ってその体を自由に操ることができるんだよ。

 おそらく若旦那やオロチは体を乗っ取られて操られているって状況だな」


 状況を指摘されたオロチは怒りの表情を濃くし、若旦那は感心したような笑みを浮かべる。まさか人間の贋作ごときに看破されるとは思わなかったのだろう。


「ゆーれい」

<せいしんたい、とは?>


 もっとも、幽霊や精神体と言われてもムサシやカメハメハはチンプンカンプンだ。『NNチップ』で検索してもヒットする単語がない。天蓋の死生観に魂の概念はないのだ。精神の概念は脳医学に統合されており、心の存在も脳の反応でしかない。


「納得したッ! うぉれの超能力の亜種という事かッ! 大脳にうぉれが感じた情報を与えるのではなくッ! 他者の小脳や脊髄に情報を与えて肉体を動かすという事だなッ!」

「ええええ! アンタあれで理解できたの!?」


 意外なことに最も理解度が深かったのはペッパーXだ。脳に作用する超能力者エスパーということもあり、感覚的に理解できたのだろう。隣でボイルが驚きの声を上げていた。


「小脳に情報……つまり遠隔リモートされたって事でいいのかい? どちらかというとハッキングされて自由に使われているという感じかな?」

「概ねそんなところだ」

<ふむ、信じがたいが脳そのものに対するハッキング行為を食らったという事か。そしてその相手はホログラフみたいな……この腕のような存在という事か>


 コジローの言葉を自分達の常識に落とし込んで飲み込むムサシとカメハメハ。その視線が自分達を襲っている黒腕に向く。


「まさか魔術の知識のない人間モドキが理解しようとはな」

「この程度、古典ラノベじゃ常識なんだよ」

「ラノベ……そんな俗な知識と一緒にするな!」


 怒りと共にオロチの腕がコジローを襲う。三本の腕が三方向から。目視出来ない速度で振るわれる爪は、触れるだけで物質を分解する。


「ここだ!」


 コジローは真下からフォトンブレードを振り上げ、そのまま円を描くように奮って正眼に構え直した。ブレードの光に弾かれるように腕は逸らされ、コジローは直撃を避ける。


「これでどうだ!」


 正眼に構えたまま歩を進め、オロチに斬りかかるコジロー。大上段から振るわれる刃は、すぐに戻った黒腕に止められた。


「何故、だ……! 貴様ら程度に腕の動きが見えているというのか……!」

「見えちゃいないぜ。正直ビビってるさ」

「ならなぜ何度も攻撃を防げる! 連携している? そんな理由ではない!

 あの二刀の女はそう言う超能力なのだろうが、貴様は超能力も機械の力も持っていない人間モドキのはずだ! そんなクズモブに……! 敗北者の劣化版の最底辺の分際で何故そんなことができる!」


 コジローの反応に怒りの声を上げるオロチ。何度も攻撃を弾かれ、更には攻め込まれている。おかしい。ありえない。かつては人類を蹂躙した自分達が、人類の模倣であるクローンごときを殺せないなど――


「ありえないありえないありえない! 何故だ答えろ! 何故だ!」

「簡単な話さ」


 コジローは止められたごフォトンブレードに力を込める。じわりじわりと光の刃はオロチに迫っていく。


「この俺がサムライだからだ」

「なんだそれは!?」

「おいおい。古典ラノベを知らないのか? 刀を使わせれば天下無双なのがサムライだぜ。銃弾も斬るらしいからな。そりゃ腕の一本ぐらい見えなくても切れるだろうよ」

「ふざけるなああああああああ!」


 おちょくられたオロチは力を込めてコジローを押し返す。小馬鹿にされたと思い、呼吸を荒くしてコジローを睨み返した。


(脳内の情報再確認! Ne-00339546。市民ランク6。職業:企業『トモエ』のボディガード。サイバー改造履歴なし……。

 何度情報を検索してもコイツが強い理由がわからない! この体はこの地下世界でも高い地位を持っているというのに! その地位でも調べられない何かがあるというのか!)


 ゴブリン達が若旦那やオロチに憑依した理由は、情報を得やすい立場を求めた結果だ。


 彼らの目的は天蓋のどこかにある『人間』の場所。『アベル』の場所を知り、そして天蓋そのものの情報を得た。そしてビカムズシックスの開催を知り、それに乗じて『人間』に迫ろうとした。


 障害になりそうな存在は、超能力者エスパー全身機械化フルボーグぐらいだ。それもさして問題にはならない。圧倒的な身体能力と、触れれば消せる必殺の爪。敗北した人類の残渣など問題なく片付けられるはずだった。


「貴様如きに……本気を出す事になろうとはな!」


 オロチが――オロチに取りついたゴブリンが吠える。腕の数は6本に増え、様々な角度からコジローに襲い掛かる。


「本気ってことは腕はそれ以上増えないってことか。じゃあ気合い入れていくぜ!」

「うへぇ。旦那もノリノリだねぇ。今宵のアテはノリテリトウフの味サプリとしゃれこもうかね!」

<ふははははははは! コジロー殿といると飽きぬ飽きぬ飽きぬぞぉ! 先ほどまでの絶望が嘘のようだ!>


 コジローとムサシとカメハメハは明らかに殺意が増した腕の猛攻を受け、しかし絶望することなく対応していく。互いの隙をフォローしあい、そして攻めに転じることもある。


光 子 剣 術フォトンスタイル】 + 【二 天 一 流いまとみらいの剣】 + 【機 械 格 闘 術マシンアーツ


武 士 と 機 械 と 未 来 視かこ・いま・そしてみらいのきょうしゃ――三 位 一 体 殺 法タイム・トリニティ】!


 天蓋における戦闘力トップクラスの戦士達が、一糸乱れぬ連携で攻め続ける。光の剣が乱舞し、鋼の拳が強く叩き込まれる。


(いやマジで勘弁してほしいんだけどな!)


 押しているように見えるコジロー達だが、その実はギリギリ細い線を進んでいるに過ぎない。踏み込みが少しでもズレれば致命的になりかねない。刃を振るう角度が一度狂えばそれが隙になる。


 コジローがオロチの動きに対応できているのは、積み重ねた戦闘経験からだ。相手の目線、足の角度、そしてこちらを見下している相手の心理状況。それらすべてを加味して先読みしているだけだ。それを日々鍛えた肉体を過剰酷使して対応しているだけである。


 オロチはふざけていると思っているが、コジローからすれば『経験も鍛錬もサムライの嗜みだろ』という事である。サムライであることが理由なのは、実は間違いではない。


 経験による予測。鍛錬した肉体の動き。あと運。コジローがもちうる切り札はそれだけだ。予測はムサシの未来予知に劣る。肉体強度と持続力は機械の体であるカメハメハに劣る。運? こんな事態に巻き込まれた時点でお察しだ。


 怒りを買って集中的に狙われていることもあり、先にやられるのは自分だろうとコジローは冷静に判断していた。どうにか戦いの主導権を取ったが、決定打には遠い。


(マズいか? このままだとミスるか疲弊して倒れるかだ。そうなるともう勝ち目はねぇぞ!)


 攻めきれない状況に焦りを感じるコジロー。あと一手。一手あれば押し切れるかもしれないのに―― 


<コジローさん! 見えました!>


『NNチップ』を通して、ゴッドの声が聞こえる。


<腕の付け根に奇妙なものがあります! 目玉見たいな形のくぼみ! 画像送りますね!>


 望んでいた、一手だ。


 コジローはゴッドに遠くから腕を観察するようにお願いしていた。サイバーアイ『オカメハチモク』を使い、違和感があれば教えてほしいと。


『え、見るだけでいいんですか? 肉盾になれとか言わないですよね? ゴッドを騙したりしませんよね!?』

『しないしない。ゴッドさんの肉体をしっかり見る慧眼が作戦のキモになるんだ。あの腕をじっと見て、ここおかしいなって思ったら即座に連絡してくれ』

『ゴッドの目がキモ……おお、なんか生まれて初めて頼られた気がします! ええ、おまかせください! そしてゴッドが活躍したと皆さんに教えてください! 承認欲求満たされてゴッド幸せになりますから!』


 最後はどうかと思ったが、やる気になっているのだから水を差すのも悪いと思いコジローは無言でスルーした。


「斬らせてもらうぜ!」


 もちろん、その違和感は何の意味がない可能性もある。そもそもゴッドの見間違いの可能性だって否定できない。それでもコジローはその一手にかけた。どのみちこのままだとジリ貧だ。


 腕を弾き、さばききれない腕は仲間達に任せる。オロチの背中が見える位置まで近づき、ゴッドが見た目玉らしい突起を見るや否や、そこに向けてフォトンブレードを振るった。


「な、何故――!?」


 オロチに反応させる暇も与えない。この機会を逃せば二度と勝機は訪れないだろう。オロチの体を避けるように光の刃は振るわれる。腕を伝って移動する目玉突起。しかしその動きよりも、


光 子 剣 術フォトンスタイル――流 星 光 底メテオテックフォール】!


 コジローの一閃の方が早い。


「がああああああああああああああああああああ! こんな、こんな人間モドキごときに! 敗北者の劣化版如きに、ウソだウソだウソだあああああああああああ!」


 振り下ろされた一閃は目玉突起を裂き、オロチは絶叫する。痙攣した後、糸が切れた人形のようにオロチの体は崩れ落ちた。


「なんと。核を見出されるとは驚いた。さすがはコジロー君だね。

 普通なら肉体の方を攻撃すると思うけど、まさか取りついたゴブリンの方を斬るとは」


 倒れたオロチを見ようともせず、若旦那は攻撃を止めてコジローに話しかける。


「そりゃ助けられる可能性があるならそうするだろ?」

「それがわからない。コジロー君は助けることができると確信して動いていた。そんな余裕はなかっただろうに。

 なんで憑依合体を解除できると思ったんだい?」

「若旦那の態度さ」


 言いながら息を整えるコジロー。


「アンタは俺が知る若旦那とほぼ変わりない。人間様を目の敵にしている以外は、喋り方も何もかもが若旦那そのものだったんだ。

 だったら若旦那は生きている。多分助けられるだろうなって思っただけさ」

「多分、ね。それもサムライの勘ってやつかい?」

「そうだな。あとはこれまでの恩義ってやつだ。

 それで、これ以上続けるかい? 若旦那に勝ち目があるとは思えないけどな」


 オロチが倒れた以上、戦力差は大きく傾いた。降伏勧告をするならいいタイミングだ。……実際はクローン全員疲労ギリギリで、倒れる寸前なのだが。


「愚かだねぇ、コジロー君」


 若旦那は、柔和な笑みを浮かべて言葉を返す。


「僕らの目的はこの『アベル』のどこかにいる人間を殺すことだといっただろう?

 プランB――力づくでの突破がかなわないと分かったのなら、不確実だけど最後の手段に出るしかないんだ」


 若旦那の背中から生えた黒い腕が消える。それと同時に若旦那も崩れ落ち、最後の力でその手段を告げた。


「自爆特攻。人間がいるだろう方向に、全エネルギーを放出するんだ」

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