ま、どうにかなるさ
絶え間なく続くゴブリンの攻撃に疲弊したムサシ。彼女は疲労が蓄積し、三つの黒腕の猛攻を前に反応が遅れる。
大上段から振るわれる腕の攻撃。その対応に反応が遅れる。僅かな遅れが死につながる戦いにおいて、致命的な遅れ。
ムサシの命を奪う黒腕の一撃は、
「おおっと、酔いがさめたか? 動きが鈍いぜ」
コジローの振るったフォトンブレードで弾かれた。
「いやぁ。今しがた酔っちゃったよ。旦那のカッコいい乱入にね」
「今まで寝ていて大遅刻だけどな」
「はは、惚れた相手に待たされるのも悪くないってね」
言いながら呼吸を整えるムサシ。肩の力が抜け、状況を確認する余裕が生まれる。サイバー部位のダメージは大きいが、戦闘行為は可能だ。
「知ってると思うけど、あの腕強いよ」
「だろうな。ま、どうにかなるさ」
ムサシの忠告を受け、コジローはそう返す。強い。その事実を認めながら、それでもどうにかなると告げる。
「もう少し寝ていてもよかったんじゃないかな、コジロー君」
「あいにくだけど、そうもいかなくてね。若旦那こそ、そのファッションは似合わないぜ。美男子アバター並べてる方が旦那らしいと思うがね。今からでも仮想現実に籠らないか?」
「あいにくとそうもいかなくてね」
若旦那と会話を交わすコジロー。言葉を放ちながら、相手の距離を測る。フォトンブレードの範囲まで3歩。相手の腕の攻撃範囲は既に入っている。腕に攻撃されないのは単なる気紛れか。
(若旦那らしいっちゃらしいのか? 人間様を滅ぼすとか言ってたけど、それが若旦那の本意とも思えねぇ。
どっちにしても、無力化しないと話は聞けねぇな)
「悪いね若旦那。ちょいと斬らせてもらうぜ。企業規定違反は素直に受けるんで勘弁してくれ」
「残念だよ、コジロー君。君のことはとても気に入っていたのに」
そんな会話が戦闘再開の合図。若旦那の腕が振るわれ、コジローは――横に跳んだ。ムサシもコジローと反対側に跳躍している。
「挟撃する気かい? 無駄なことを――」
若旦那は左右に分かれたコジローとムサシの両方に向かって腕を振るう。視覚を奪われても居場所を把握できる若旦那にとって、二人の動きを捕らえることは容易い。腕を振るい、二人に攻撃を仕掛けた。
「――いや、違う。これは……!」
左右に分かれてこちらを襲うと思った若旦那の予想は大きく外れる。コジロー達は若旦那から一定の距離を保ちつつ、円状に移動しているだけだ。そしてその先は――
「カメハメハの旦那!」
<うむ! 任されよ!>
コジローはオロチに斬りかかって隙を作り、カメハメハとシグレはそれと同時にオロチから距離を取る。その後、若旦那とオロチを囲むように陣を取った。
「四方から囲めば勝機があると思っているのか? 下らん考えだ」
オロチは自分達を囲むように展開したクローンに嘲りの言葉を投げかける。
増えた戦力はたった一人。他の三人は戦闘で傷つき、シグレに至ってはただ盾を構えているだけ。クローンの誰もが自分達の相手にならない事はわかっている。
「自分達から分れてくれるとはな。囲むメリットがないことを理解していないのか? 望み通り各個撃破してやる」
たとえ背後から襲われても見えているかのように反応できるオロチ達にとって、囲んで攻撃するメリットは少ない。振り向かずに相手の居場所を感知し、そこに腕を振り下ろすだけだ。
相手は人間のコピー。超能力という未知の力を持っている相手はこの中では三名。そのどれもが相手にならない。増えた戦力に超能力がないことは調査済みだ。最底辺の機械による強化すらない相手。初手に一撃で吹き飛ばされたモブ。
だがオロチは知らなかった。
仮に知っていても、信じようとはしなかかっただろう。
「行くぜ。サムライの妙技、見せてやる!」
モブと断じたコジローこそが、最も警戒すべき相手だということに――!
「つまらん動きだ」
叫びと同時に近づいてくるコジローに腕を振り下ろすオロチ。三本の腕のうち二本を使い、コジローを攻撃する。真正面からと、斜め右から。ムサシの二刀と違い、僅か一本の光で防げるものではない――はずだった。
「あらよっと!」
その攻撃を、コジローはわずか刀を一振りしただけで回避する。真正面からの腕を弾き飛ばし、右上段から迫る腕の軌跡に絡ませたのだ。腕同士がぶつかり合い、そこの生じた隙間を縫うようにコジローがオロチに肉薄する。
「運がいいようだな。だが死ぬのが一秒早まっただけ――」
コジローの技を偶然と判断するオロチ。目で捕えることすら難しい腕の動きを計算して弾いたなど、非常識だ。だが偶然もここまで。残してあった腕と、ぶつかった腕。三つの腕があればコジローを葬るのに十分だ。
<カメハメハ! イィズ! ストロォォォォォォング!>
カメハメハの口内スピーカーから放たれた70デシベルの叫び。それと同時に射出されたカメハメハの右腕。オロチが攻撃に転じるタイミングを見計らったかのように放たれた攻撃。
「ぐっ!」
コジローに意識を奪われていたオロチは、その攻撃に反応が遅れる。とはいえ、オロチの速度は速い。感知してから回避することは難しくない。大きく跳んで攻撃を避け、追う様に迫るコジローに攻撃しようと腕を振り上げ――
「何!?」
その腕が、ぶつかった。
「成程。それが狙いか、コジロー君」
オロチと同じようにムサシに攻められていた若旦那。その腕とぶつかったのだ。
コジローの作戦はいたってシンプル。オロチと若旦那を誘導して、背中合わせにさせることだ。
「ご明察だ、若旦那。アンタら二人って言うかその腕は速くて遠くまで届くんでね。速度とリーチを殺させてもらったのさ」
若旦那とオロチ――クローン達は知る由もないが、ゴブリンの長所はクローンを凌駕する速度と腕の長さだ。
だが速度というのは時に足かせになる。何の障害物のない状況ならともかく、避けなくてはいけない物があるならそれとぶつかる可能性がある。ましてや相手が同じ高速で動くのなら、なおのことだ。
これが通用するのは一度きり。互いの位置を把握できる若旦那とオロチは腕の可動範囲を再認識して攻撃を仕掛けるだけだ。そもそも干渉しあわないように距離を取ればいい。
だが一度押し込んだ。流れを一瞬取り返したのだ。
「そんじゃまあ、お姉さん頑張るか!」
<『カプ・クイアルア』の歴史の中で鍛え上げられた技! 『ペレ』が築き上げてきた
<PL-00193697、損傷率78%。戦闘続行>
「集団で囲うのは趣味じゃねぇが、そうでもしないと勝てそうにないんでね」
ムサシ、カメハメハ、シグレ、そしてコジローが四方から囲み、若旦那とオロチを逃さないように押し込む。シグレは盾のみで攻撃できないが、その背後にはペッパーXとボイルがいる。そちらに射線を通さない意味で重要な盾だ。
「つまらん小細工だな。そんなつまらん作戦で我々をどうにかできると思っているとは幸せな奴らだ」
実質上、2対3。速度の利点をある程度封じられているが、個としての強さはオロチたちの方が強い。問題なく勝てるとオロチは高をくくっていた。
<食らうがいい、我が拳! これが!
カメハメハから繰り出される拳のラッシュ。言葉通りの鋼鉄の拳が若旦那に迫る。体幹を崩さない状態で右に左に上に下に、両腕を同時に交互にリズミカルに振るう。まさに流れるような
「速い速い。だけどお姉さん相手には意味がないんだよね。その攻撃はすでに知ってるんだよ」
オロチに迫るのはムサシのフォトンブレード。カメハメハの攻撃が剛拳なら、ムサシの剣は流水。決まった形がなく、未来を視て如何なる攻撃も流して返す。どんな角度から攻めても、するりと流される。
「大したもんだぜ、アンタら。ここまでしてようやく互角っていうのがな!」
正眼にフォトンブレードを構え、コジローが吠える。声を攻撃のスイッチにして踏み込み、オロチと若旦那の黒腕に斬りかかる。攻撃の軌跡を予測し、脳内で空間に線を描く。思うと同時に光刃は翻り、光の剣は黒い腕をはじき返す。
「たかだか一人増えただけなのに……まるで動きが違う!」
クローン達の猛攻に、オロチは焦りを感じていた。先ほどまではやすやすと追い詰めた相手だというのに、たった一人加入しただけで、こうも攻められるとは。
相手の速度が増したわけではない。強さが変わったわけではない。
ただ攻撃する瞬間にクローンの誰かが横やりを入れ、生まれた隙を攻められるのだ。攻撃の狭間を見つけても、そこに金属片が飛んできて爆発して足止めされる。ボイルを含め、クローン達が互いをサポートしあっているのだ。
「貴様か……! 貴様が何かしらの魔術を使ってこいつらを強化したんだな!」
連携するクローンの強さを理解できず、ただの憶測で叫ぶオロチ。魔術など使えるはずがない事を知っているのに。
「いいや。コジロー君はそんなものは使えないよ。この天蓋に住む……サイバー改造をしない変わり者のクローンだ。
気の合った仲間との連携。相手の戦い方を言わずとも察している信頼。それが彼らが強くなった理由だ」
若旦那は戦場の流れが変わったことを感じ、その理由を的確に言い当てた。たった一人のクローンが、言葉通り希望となったのだ。
「相変わらずの慧眼だね、若旦那。っていうか俺達の戦いを知ってたのかい?」
「ああ、当然だよ。信じてもらえないかもしれないけど、僕は君のファンだからね」
コジローの問いに笑みを浮かべる若旦那。『ネメシス』のトップという地位をフルに使って個人の監視を行っていた若旦那。これまでのコジローの戦いと活躍を楽しんできたクローン。
「ふざけるな、憑依融合率が落ちているのか貴様! まさか裏切るつもりじゃ――」
「ああ、大丈夫。裏切りはしない。単にこの個体がそう言う精神構造なだけだ。仕事はきちんとこなすが、それはそれとして趣味をおろそかにしないというだけだよ」
仲間割れするように叫ぶオロチに苦笑する若旦那。実際、クローンに対する若旦那の攻撃の手は緩まっていない。むしろもっと楽しませてくれとばかりに加速している。激情に振り回されるオロチよりも難敵なぐらいだ。
「ヒョウイ、か。
攻撃の手を緩めずにコジローが口を開く。
「若旦那とオロチには、ユーレイみたいなのが取りついているってことだな。
何者かが二人の体を乗っ取ってコントロールしているって所か」
答えはない。
その沈黙が肯定とばかりにオロチは奥歯を噛みしめ、怒りの表情を深めた。
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