サムライの帰還だ

 会議室の戦いは監視カメラを通してトモエ達に伝わっていた。テーブル上に展開される3D映像。黒い腕を持つクローンに圧倒されるコジロー達。


「ウソでしょ!? なんなのよこの強さ!」


 トモエは一撃で飛ばされたコジローや、ムサシやカメハメハでさえ遊ばれている戦いを見て信じられないという顔をした。彼らの強さは見て知っている。ボイルとペッパーXの超能力さえも通じていない。


(情報が漏れるのが天蓋の存亡かと思っていたけど……単純にこのまま力で押し切られるんじゃないの!?

 あのメンバーで勝てないんなら、天蓋で誰が勝てるのよ……?)


 トモエが知る限り、あの場にいるメンバーは天蓋でも屈指の強さだ。それが手も足も出ていない。


「予想はしていたが、やはり迎撃は難しいか」


 イザナミが諦念を込めたため息を吐く。この結果は想像していたとばかりの表情だ。


「やはり超能力者エスパー総出の方がよかったのではないかのぅ?」

「いいえ。『ネメシス』と『ペレ』の超能力者エスパーは集団戦には不向きです。敵味方を巻き込み、相手だけ生きている可能性もあります」

「これでも勝算は2%はあったのだが……善戦すらできぬか」

「遠距離からの狙撃は『結界』とかで無効化するしね。目に見える距離からの攻撃でないと殺せないとかチートすぎるわ」

「だからと言って勝てるわけでもない、か。くそ……!」


 黒腕に追い込まれるクローン達の立体映像を見ながら、イザナミ、ネメシス、ジョカ、ペレ、そしてカーリーが渋い顔をする。事、カーリーは不満を隠そうともしない。


「どうするのよ! このままだとみんなやられちゃうよ!」


 叫ぶトモエ。あの黒腕のクローンが勝てばあそこにいるクローン達はどうなるか。人間とクローンを見下す思想の持ち主が動けないムサシ達を見過ごすとは思えない。きっちりとどめを刺して、その後でここに向かうだろう。


「一応案はある」


 苛立ちの表情を崩さずにカーリーがトモエの質問に答える。


「我々が保有する『ドラゴン』のエネルギーを使えば、あれらを外に飛ばすことはできる」

「じゃあ早く――!」

「ですがそれは最後の手段です、グランマ。強引にあれらを外に吹き飛ばせば、外から天蓋を守る蓋に穴が開きます。そしてそこから新たな存在が入ってくるでしょう」

「総出で五重構造隔壁ペンタゴンを塞ぐにしても数週間はかかる。その間、外の脅威にさらされます」

「つまり、本当に最後の手段。天蓋が今滅びるか、それとも少し先になるか。それぐらいなのじゃよ」


 カーリーの出した案は、あくまで今の悲劇を凌ぐだけ。あんなバケモノがいる外への孔が開いたままになれば、更なる脅威が襲ってくる可能性は否定できない。


「と、飛ばさなくてもドラゴンのエネルギーで押さえつけたり倒したりできないの!?」

「無理です。ドラゴンとの契約時に『同族を傷つけない』というのがあります。あのゴブリンにもそれが適応されるでしょう」

「我々はこの地下で過ごすことを条件に『ドラゴン』の力を借りれたのです。上位存在の慈悲、或いは戯れと言ってもいい」

「先ほどのカーリーの案も、包み込んでケガさせずに退去させる程度じゃ。飛ばされた奴らが再度ここに来ないとも限らん」

「どん詰まりじゃない!」


 聞けば聞くほど絶望しかない。そんな中、ペレはトモエを見て告げた。


「もう一つ案はあるよ。

 お祖母ちゃんの『バーゲスト』は私たちの『ドラゴン』とは別の契約を結んでいるから、あの黒腕ちゃんに敵対できるわ」

「……私のバーゲストが?」

「難しいだろうな。BBAのバーゲストは天蓋を……現在の世界線そのものを否定している。天蓋の為に力を貸してくれるとは思えん」

「それは……」


 カーリーのセリフにトモエは眉をひそめて俯く。


『世界を修正しようと思う』


 バーゲストは天蓋が発生したこの時間軸を否定している。今のトモエの存在も否定しているぐらいだ。消すならこの世界線ごと消すと言いかねない。実際、それを理由に契約しているようなものだ。


「そこはお祖母ちゃんの無自覚天然タラシスキルでどうにかならない?」

「なんか凄い風評被害なんだけど!」

「やーん。でも次善策としてはアリアリのアリなのよ。

 もちろん一番はここでうちの子達が『ゴブリン』を倒してくれる事なんだけど……あ、これマズいかも」


 トモエを説得(?)するペレは、立体映像内の戦況を見て唇を尖らせる。『ゴブリン』が三本腕になりクローン達を攻め始めたのだ。


「カーリーがいればまだどうにかできるというのに……!」


 一方的に攻められるクローンを見て、カーリーの苛立ちが一段階増す。万が一にもカーリーが倒されれば、彼女がもつ『ドラゴン』を奪われる可能性がある。天蓋を運営するエネルギーを失うことは、今後の天蓋運営にもかかわるのだ。ゆえにこの戦いには参加できない。


「何をしているNe-00339546。カーリーが認めた男がここでリタイアとか許さんぞ」


 ……………………


「腕が三本に増えた……!? は、ハッタリです! そうに決まってます! 一本でもムサシ様と渡り合えた腕が増えるだなんて!」

「うそだああああああ! もうおしまいだあああああああ!」


 遠くから見ていたイオリとゴッドは驚きの声を上げる。最強と疑ってないムサシと同格の存在が増えたのだ。悪い夢を見ているような気分だ。


 だが実際に相対している者達は絶望する余裕すらない。


「ちょっとちょっとちょっとぉ! 見えてるのにさばききれないとかそりゃなくない!?」


 二本のフォトンブレードを使い、若旦那の三本の黒腕をさばいていくムサシ。数が足りていないこともあるが、何よりも速度が違う。ありきたりな表現だが、目にも止まらぬ動きとはまさにこの事か。


「いやいや。むしろ良く対応できていると思うよ」


 どうにか防戦に徹しているムサシに褒め言葉をかける若旦那。未来を知ることができるムサシにとって、速度自体はさして問題ではない。二秒後に来る位置にフォトンブレードを振るえば、どうにか防御にはなる。


 だがそれだけだ。一秒間に5回の攻撃が3本の腕で繰り出されるのだ。それを二本のブレードで受け流し、身をひねって回避している。攻撃も掠っただけでその部位が消失するほどの威力だ。


(未来が見えているからどうにか防戦になっているけど……! それでもこのままだとじり貧だねぇ!)


 ムサシがもつ未来予知と近接戦闘技術。この相性だけで防ぎきっているに過ぎない。とても攻めに転じる余裕はない。


 だが、ムサシはまだマシな方だ。


「消えろ、鉄くず」

<左腕損傷……訂正、消失。相手の攻撃は分子分解のレベルでこちらを損傷してきます>

<爪で裂かれればその部位は消失とはまさに必殺! まさに絶体絶命極まれり!>


 三本に増えたオロチの黒腕は完全機械化フルボーグのシグレとカメハメハのボディを削っていく。盾を持っていたシグレの両腕は肩を分子分解されて地面に落ち、カメハメハも腹部と胸部に穴が開いている。爪で斬られ、突かれただけでその部位が消失したのだ。物理的な破壊ではなく、初めからなかったかのように消えた。


「分子分解、か。下等な人間の科学定義で我々の魔術を計るな」

<マジュツ? 創作文明の単語か?>

「貴様らが理解する必要はない。そのまま消え失せろ」


 慈悲も容赦もなく三本の腕を振り上げ、シグレとカメハメハを消失させようとするオロチ。そこには何の感情もない。ホコリを拭き取るように無造作に物質を消失させる腕を振るう。


「そこ!」


 だが振り上げたタイミングでオロチの目の前で爆発が起きる。地面に落ちたシグレの腕が爆発してオロチの方に飛び、視界を塞ぐように目の前で爆発したのだ。


<助かったぞ、ボイル殿!>


 金属を自在に融解させ、蒸発させる超能力者エスパー、ボイルの攻撃だ。


「腕の代金は後日支払うわ」

<かたじけない。とはいえ、後日があればいいがな>

「……いやなこと言わないでよね」


 カメハメハの言葉にうんざりとした言葉を返すボイル。完全に不意打ち。しかも目の前で爆破させたのに、オロチは一瞬で大きく後ろに飛んで爆発の範囲から逃れていた。


「助かった? 数秒時間を稼いだだけだ」


 つまらないとため息をつき、ゆっくりと歩いて戻ってくるオロチ。この場にいる誰もがその言葉を否定できない。


 圧倒的な速度と反射神経。クローンを凌駕した身体能力。そして正体不明の腕。相手の正体もわからず、どうにか防戦の形を保っているだけに過ぎない。ここにいるクローン達は天蓋でもトップクラスの戦闘力を有しているというのに。


「面倒だね。突破口が見えないよ」

「当然だよ。君達は地上を奪われた人間に仕える敗北者の下僕だ。勝ち組であるぼくたちにかなうはずがない」

「その件もチンプンカンプンだねぇ。人間様が負けたとか、地上がどうとか。お酒を飲みながら話してくれないかねぇ」

「いいね。君達の頭蓋骨を盃にして語ってあげるよ」

「そいつは勘弁さね!」


 フォトンブレードを振るいながら若旦那から情報を得ようとするムサシ。分かったのはこちらを生かすつもりはない事と、人間も狙っているという事だけだ。よくわからない勝負に勝ったのがあちらで、人間様は負けたらしい。


「おい、たった一人に何を手間取っている。遊んでないでこっちを手伝え」

「ごめんごめん。なかなか粘るんでね。でももう少しかな」


 カメハメハ、シグレ、そしてボイルを相手しているオロチが不満げに若旦那に声をかける。若旦那は少し遅刻したように謝罪し、ムサシの必死の抵抗を見た。何回か爪は掠り、その部位からの出血は止まりそうにない。サイバー部位もかなり削れている。もう数回爪が掠るか、あるいは一度直撃すればそれで終わるだろう。


「ムサシ様ぁぁぁぁぁ! ゴラァ、起きろこのクソサムライ! 目を覚ましてムサシ様の肉壁になれぇ! 起きないと電動ブラシドローンのリミット解除して時速30キロで歯磨きの刑に処すぞ!」


 追い込まれていくムサシを見ながら、イオリは飛ばされたコジローの応急処置をしていた。治療用ドローンで血流活性化と体温維持を行い、無針注射器で活性化アンプルを体内に注射する。


「あの、アンプル数本分を一気に投与とかさすがにやり過ぎかとゴッドおもいますが、そもそもアナタ医療行為資格持ってるんですか?」

「アア? ムサシ様以外の命がどうなろうが知った事か! お前もドローンで羽交い絞めにして肉盾にしてやるぞ!」

「ひぃぃぃぃ! すみませんすみませんすみません! 大丈夫、コジローさん強いから!」


 イオリの剣幕に怯えるゴッド。そしてどうか無事でありますようにとゴッドは祈る。だってコジローさんが起きないと肉盾にされそうだし。


「ご、だぁ! 何が起きた!?」


 アンプルの過剰投与の効果か、跳ね上がるように目を覚ますコジロー。そして自分がオロチにいきなり吹き飛ばされたことを思い出す。


「よっしゃ! 盾一号復活! ムサシ様の所に行って盾になって! ムサシ様が立ち直る隙でもいいから作ってこい!」

「いきなり何言いやがるんだよ。アイツが簡単に負けるわけないだろうが」

「負・け・そ・うなの! 認めたくないけどあれ異常だから! ムサシ様が負けて倒されてめちゃくちゃに凌辱されてそれはそれで見たいけどイオリがするんじゃないならやだー!」

「おちつけ」


 感情が暴走したイオリを押して遠のけ、コジローは戦況を確認した。三本に増えた腕。追い込まれているクローン達。成程と頷いて、ゴッドに向きなおった。


「ゴッドさん、頼みがある」

「は? コジローさんもゴッドに肉盾になれっているんですか? そんなのイヤですからね! コジローさんの方が企業内成績も上で先輩ですけど、市民ランクは上だから! 『トモエ』内では市民ランク制度なしって話だから意味ないけど!」

「いや、そうじゃねえから」


 こっちもこっちで混乱してるなぁ。そんなことを思いながらコジローは自分の目を指さして、そして告げた。


「ゴッドさんのゴッドアイで、見てほしいもんがあるんだよ」


 言いながらフォトンブレードを起動させ、戦場に意識を向ける。


 ――サムライの帰還だ。

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