我々はゴブリン

 若旦那とオロチが爆発を起こす。


 爆破の範囲は半径50m。会場内のクローン全てを巻き込むほどの熱風と衝撃波が爆発を起こした二人以外に容赦なく叩きつけられる――


「お前の予知が無かったら危なかったぜ」

「だから乙女を雑に抱えるとかやめてほしんだけど!」


 とっさにムサシを引っ張ってテーブルを盾にしたコジローが、大きく息を吐く。爆発にテーブルが耐えきれずにボロボロになったが、直撃を避けられただけマシだ。ムサシも文句を言いつつ、ダメージは少ない。


「ボイルッ! 助かったッ!」

「当たり前よ。この程度、造作もないわ」


 ペッパーXの謝礼にボイルは当然とばかりに鼻を鳴らして答える。爆発の寸前に超能力で爆発を重ね、自分達に向かう爆発を相殺したのだ。


(どどどど、どうにかなったぁ……! 『NNチップ』で計算する時間もないとか本当になんなの!? 常識的にあり得ないんですけど!)


 火力を計算する余裕も時間もなかったのでほぼ勘で威力調整したのだが、どうにかなった。威力のズレが多すぎるか少なすぎるかすれば、誰かを巻き込むか相殺できずに致命傷を負っていたことに冷や汗を流す。


<緊急事態発生。マニュアル2-2項に従い、ガードモードに移行>

<Ne-00000042およびNe-00000067。この行為は企業規定に対する違反にして、ビカムズシックスを狙ったテロ行為と判断する! このカメハメハ、許すことはできぬ!>


『カプ・クイアルア』のシグレとカメハメハも爆破の難を逃れていた。シグレの腕に展開された半透明のシールドがカメハメハを庇ったのだ。


「なんなんですかあの爆発! 化学物質を伴わない無からの発生とか! あんなのムサシ様の予知があっても対策できるはずないじゃないですか! ズルですよズル!」

「あわわわわわ……。ゴッド死ぬかと思いました! 料理ドローン様ありがとうございます!」


 騒動から離れていたイオリとゴッドは、『カーリー』の調理ドローン『アンナプルナ』に庇われていた。カーリーがこういう事を想定していたのか、あるいはもともと備わっていた機能なのか。とっさの爆発に対して身近のクローンを守ったのだ。


「全員生存か。想像外だな」

「いいや、コジロー君ならこれぐらいは耐えると思ってたよ」


 オロチが舌打ちし、若旦那が笑みを浮かべてコジローを見る。そのまま両手を広げてコジローを受け入れるようなポーズをとる。


「コジロー君。今命乞いをするなら君だけは僕のペットとして飼ってあげるよ。天蓋ではなく地上で楽しく過ごそうじゃないか」

「あいにくと二君に仕えるつもりはなくてね。今の主はトモエって決まってるんだ」

「人間如きに忠義を誓うか。無様な生命体だな、クローンとやらは」


 コジローの言葉に、オロチは唾棄するように答える。自分もクローンなのに、クローンという存在に嫌悪感を示していた。


「へえ。自虐かい。それとも自分はクローンじゃなく人間様だって言い張る気かい?」

「ふざけるな。人間如き敗北者と比べられるのも気分が悪くなる」

「人間が敗北者……?」

「地上から逃げ、地下でこそこそと夢を見ている軟弱者だ。ドラゴン数匹と契約しているようだが、所詮はまがい物。その力を奪い返し、ここを墓標にしてくれる」


 オロチの言っていることを理解できたクローンは、誰もいない。地上のことも、天蓋ができた経歴も、クローンでは正しく検索できない事だ。


「経緯はわからんが、お前らがトモエを殺そうとしているっていうのなら見過ごせねぇな」


 だがコジローにとって重要なのは理由ではない。目的だ。二人の目的がトモエの殺害というのなら、コジローは捨て置けない。


「だねぇ。ついでに言うとここを墓標にって言ってたからそれも止めないと。美味しい電子酒がなくなるのはダメだからねぇ」

「そこの酔っ払いは置いておくとして、そんな非常識な事をスルー出来るはずがないわ」

「うむッ! よくわからんがッ! ボイルが敵と認めたのなら敵に違いなしッ!」

<このカメハメハ、天蓋を守るべく身を鋼と化したクローン! ここで引くのは吾輩に非ず! 例え市民ランク1とはいえ、その罪状を見過ごしはしない!>


 ムサシ、ボイル、ペッパーX、カメハメハもコジロー同様にいきり立つ。シグレは無言で半透明の盾を構え、矢面に立った。


「サポートはばっちりしますよ! ムサシ様頑張って! あともう一人のフォトンブレード使いはここで死んでもいいからムサシ様を守れ!」

「逃げたほうがいいかも、でもどこに!? ゴッドのゴッドセンスでは逃げてもどうしようもなさそうな予感がひしひしと! あああああ、どうせ死ぬなら柔らか太ももの膝枕で死にたい!」


 アンナプルナの残骸を盾にして、イオリとゴッドが応援(?)の言葉を放つ。爆発事件が予測されていたので、イオリは小型の治療用ドローンを展開させた。ゴッドはもう言を吐きながらガタガタ震えている。


「あの爆発に耐えた程度で調子の乗るとはな。哀れな奴らよ」

「油断しているとその首が飛ばされるよ。コジロー君たちの素の身体能力は高いからね」

「身体能力が高い?」


 若旦那の言葉を鼻で笑うオロチ。それと同時に一歩踏み出した。コジロー達は二人の挙動を見逃すまいと意識を尖らし――


「っ!?」


 気が付けばコジローはオロチの背中から生えた黒腕に吹き飛ばされていた。宙に浮き、そのまま受け身も取れず地面に叩き付けられる。


「この程度で? 笑い草だな」


 オロチがしたことは特別な事ではない。コジローに迫り、背中の腕を大きく振るったのだ。


「旦那!?」

<速い!? 吾輩のセンサーアイでも初動をとらえきれなかったぞ!>


 ただその速度が速い。戦い慣れしているムサシとカメハメハも驚くほどだ。気を抜いていたわけはない。むしろ最大限に警戒していたと言えよう。なのに虚を突かれたのだ。


「ペッパー!」

「うむッ! ガンッ! ジュエッ! ゴンッ! シャンッ!」


 ボイルの合図とともにペッパーXが感覚共有の超能力を若旦那とオロチの二人に仕掛ける。相手に脳があって五感が存在するのならほぼ確実に効果のある超能力。ペッパーXは目をつぶり、二人の視界を強制的にブラックアウトさせる。


「食らいなさい、華氏4643.6度2562℃の高熱!」


 同時にボイルが円状の金属片を指ではじいて飛ばす。金属片の端が爆発するように蒸発し、その爆発を推進力にして相手に向かって飛ぶ。視界を奪われた相手は小さな金属片に気づくこともなく、気付かぬうちに高熱で命を奪われる。


感 覚 共 有ガンジュエ ゴンシャン】 + 【|金 属 沸 騰《ジンシュウ・フェイトン


女 媧 双 龍じょかのふたり――感 官 虚 妄 爆 裂 破ガンガン シュワン バオリエ ポー!】


 ペッパーXとボイルの必殺コンボ。如何なる状況でも問答無用で相手を無力化してきた。火力を上げれば『重装機械兵ホプリテス』のパワードスーツだろうと問題なく倒せる。


「おおっと、危ない危ない。その二人だけは警戒しなくちゃね」


 だが若旦那はまるで目が見えているかのように反応し、背中の黒腕を振るって金属片を攻撃する。腕に触れた瞬間、金属片は世界から消失するようになくなった。


「ウソ!? なんで見えているの! ペッパーXの超能力が効いてないの!?」

「いいや。効いているよ。五感は確かに封じられた感覚がある。だけどそれとは別の感覚で見ているからね。

 見ているというのはおかしいか。感じている、が正しい。魔力の流れ、といえばわかりやすいかな」

「マリョク?」


 若旦那の説明に首をかしげるボイル。何を言っているのか全く分からないが、こちらの攻撃が効かないのは事実だ。


「とはいえ、その爆破能力は厄介だ。先に潰しておこうか」

「そうはいかないよ!」


 ボイルと若旦那の射線を遮るようにムサシが吠え、フォトンブレードを振るう。両腕のサイバーアームから生えた二刀の光が若旦那を襲う。二秒先を読み、それと現在の状況を加味したうえでムサシの光は振るわれる。


「はっはっは。これは面白そうだ。コジロー君とほぼ同等の力を持つフォトンブレード使いか。なかなか楽しめそうだ」

「楽しんで頂戴ねぇ。お姉さんもどんどん行くからさぁ!」


 縦横無尽に振るわれるムサシの剣。上に下に横に斜めに。二刀も同時に交互にリズミカルにテンポをずらして。銃社会の天蓋において近接戦闘技術は廃れて久しいが、それでも一流の技術は見るものを魅了する。超能力を使用していることを加味しても、ムサシの技術は天蓋でもトップクラスだ。


 それを、


「大したものだよ。人間ですらないまがい物の生命がここまでできるとはね」


 若旦那は苦も無く凌いでいた。黒腕を振るってムサシの光を受け止め、或いは弾いていく。同時に別方向から攻撃しても、目に見えぬ速度でほぼ同時にはじき返しているのだ。


(こいつ……。ヤバいよヤバいよぉ、ヤバヤバだよぉ! 勝ちの未来が全然見えないとか!)


 端から見れば防戦に徹しているように見える。だがその実は逆だ。相手はムサシの剣技に見とれているに過ぎない。防御に徹しているのではなく、あえて攻撃せずにムサシの攻撃を『視聴』しているのだ。まるでそう言う娯楽を楽しむように。


<ムサシ殿! こちらは任された!>

「まがい物の命がさらに機械に身を宿したガラクタになったか。どこまで生命を愚弄すれば気が済む、人間!」


 若旦那と戦うムサシに声をかけるカメハメハ。その目の前にはコジローを吹き飛ばしたオロチがいる。


<そう。吾輩は機械に身を宿したクローン! 『カプ・クイアルア』のカメハメハなり!>

<同じく『カプ・クイアルア』のPL-00193697。企業規定により身柄を取り押さえる>


 格闘技術に長けたカメハメハと、護衛技術に特化したシグレ。両者とも多くの天蓋テロ事件に遭遇し、そして解決してきた猛者だ。不意打ち闇討ち当たり前の戦闘でも数多のセンサーが反応し、被害を最小限にすることができる。


 その二人が、


「ふん。地下に逃げ込んだ輩の法律など何の意味がある」


 オロチの黒腕が振るわれる。シグレがそれを受け止め、カメハメハがオロチの隙を縫うように懐に飛び込み拳を振るった。しかし、黒腕は即座に戻りカメハメハの拳を受け止め、はじき返す。


 防御に専念したシグレでようやく一撃を止められる。攻めに集中したカメハメハだからこそ、攻撃に移れる。機械による精密な連携だから攻防が成立している。


 それでも、攻めきれない。どうにかこうにか拮抗しているに過ぎない。


<軌道修正完了。打撃によるダメージ、データ共有>

<演算感謝だシグレ殿! それでは次こそはこのカメハメハの熱き一撃を食らわせてくれよう!>


 戦いながら計算し、修正案を見出せるのが完全機械化フルボーグの強みだ。CPUの熱を感情に載せ、カメハメハは拳を突き出し構えを取る。


「少し遊んでやれば図に乗るか」


 シグレはそれを一蹴し、若旦那に目を向けた。


「《2本増やすぞ》」

「遊びが足りないねぇ」


 言うと同時に、若旦那とオロチの背中から経ていた黒腕が分裂し、3本になる。腕の太さも長さも1本だった時と変わらない。


「うへぇ……。見間違いかと思ってたけど、本当とはねぇ」


 この事を予知していたムサシはうんざりとした声を出し、それ以外は絶望に声も出ない。1本だけでもこの有様なのに、それが3倍になったのだ。


「我々はゴブリン。人類をそして天蓋を滅ぼすために顕現した者さ」

「地上を捨てて逃げ延びた人間と、それを生んだクローン達に死を与えよう」


 ゴブリン。天蓋を滅ぼす存在。


 そう名乗った若旦那とオロチは三本の腕を容赦なく振るう――!

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