なんでそんなことになったのよ
「察しがいいな。企業トップ同士で少し話がある。
悪いが護衛にも聞かれたくない話だ。席を外してもらおう」
カーリーにそう言われて会場内の一室に入ったトモエは、奇妙な浮遊感を覚えた。それ絵がエレベーターなのだと気づくのに数秒かかる。外の景色が見えない事と、あまりに移動がスムーズなために気づかなかったのだ。
「着いたぞ」
時間にすれば十秒足らず。部屋を出れば、そこは一面機械のエリアだった。壁も天井も機械で埋め尽くされている。部屋そのものが機会と一体化していると言ってもいいほどだ。
天井の高さも『アベル』の4階分はあるだろう。その天井まで高い機械が柱のように等間隔に並んでいる。人が歩くスペースは小さく、3人並ぶこともできそうにない狭さだ。
「なんなのよ、此処?」
「それを説明するために呼んだ。説明は全員そろってからだ」
「全員?」
「天蓋の人間全員だ」
狭い道を先行するカーリーは、少し不機嫌そうに言葉を返す。
「何よ。気に入らないことがあるなら言いなさいよ」
「BBAが気に入らないわけじゃない。
確かにBBAはNe-00339546とカーリーの濃密なラブシーンを見せつけて脳破壊させて、三日三晩ベッドで鬱になるぐらい泣かせたいほどの相手だが、今のカーリーの感情とは関係ない」
「え、遠慮しないわね。相変わらず……」
コジローを奪われたら確かにそれぐらいに落ち込みそうな自覚があるトモエは、戦慄しながら話を促した。
「何が気に入らないのよ」
「このスペースそのものだ」
「? 凄い機械じゃない。機械とかあんまり詳しくないけど、天蓋でも最新なんじゃないの? 見た目もきれいだし」
「そうだな。システムは半年ごとにアップデートし、スペックも向上している。このスペース自体も高性能フィルターを用いてホコリはもちろんウィルスさえもシャットアウトしている空間だ。機械の汚染と故障の要素を一切なくしている」
「え? 機械をそこまで保護するの? なんなのよこの機械は」
「…………全員がそろってからだ」
不機嫌さが困ったカーリーのセリフにトモエはさらに疑問を深める。聞けば聞くほどこの部屋の重要度が高まるが、その機械に関する質問は答えてくれない。どうやら全員揃うまでは説明をしてくれそうにない。
不機嫌なカーリーにトモエも沈黙し、そのまま進むこと2分。機械が並ぶエリアを抜けたところに小さなスペースがあった。長テーブル二つと簡素な椅子が数個。機械に対して質素ともいえる機材だ。
そしてそこに、4人の『人間』がいた。
「グランマ、ようこそここに」
ネメシス。
「祖母様よ。よくぞここまで着た」
イザナミ。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝します、お婆様」
ジョカ。
「やっほ。セーブポイントだと思ってくつろいでね」
ペレ。
「これで全員か。それでいいな」
カーリーはジョカの方をちらりと見てそう言った。厳密に言えば天蓋にはもう一人『人間』がいる。ジョカの兄であるフッキだ。だがジョカはそれを徹底的に隠しているし、他の者達もその
「それで? 企業トップ同士で秘密の話がしたいって聞いたんだけど、何の話なの?」
他の人に倣うように椅子に座り、トモエが問いかける。
「僭越ながら、私が説明を」
挙手して発言したのはネメシスだ。異論はないとばかりに他の人間は頷く。
「そんな仰々しい話なの?」
「ええ、天蓋の存亡にかかわる問題です」
「そ、そんぼう!?」
物騒なネメシスのセリフに驚くトモエ。
「グランマはこの天蓋の成り立ちをどこまで知っていますか?」
「成り立ち……ええと、人間がVR世界で引きこもりニート生活するために作られて、クローンがそれを支えるために働いてるとかそういうこと?」
「引きこもり……の表現はともかく、概ねそういう流れです」
トモエの言葉にネメシスは複雑な表情を浮かべて頷いた。咳払いをして、説明を続ける。
「天蓋ができる前の地球は端的に言えば問題だらけでした。エネルギー問題の見通しは立たず、そのせいもあって宇宙開発はほぼ頓挫。国家同士の利権争いは途絶えることなく、遠くない未来に滅びが待っているのはわかり切っていました」
ネメシスが語る地球の状況は、トモエもなんとなく理解できた。トモエがいた時代とあまり変わらない。強いて言えば宇宙開発はまだ可能性があるぐらいだ。宇宙エレベーターだったっけ?
「それでどうしようもなくなったから、仮想現実に人類揃って逃げちゃったってことでしょ? 貴方達を残して」
「はい、その通りです。26億7568万2382名の人類がその道を選びました」
「26億……? 少なくない?」
ネメシスの上げた数字に眉を顰めるトモエ。確かに数字としては大きいが、トモエがいた時代の世界人口に比べて明らかに少なすぎる。
「……グランマは、天蓋が運用する『ドラゴン』をどう思いますか?」
「は? ええと……?」
質問に別の質問を重ねられて、眉を顰めるトモエ。どういうことか問い返そうとするが、ネメシスの真剣な表情を見て思考を切り替えた。おそらく彼女達の中でこの話は――天蓋の歴史と、ドラゴンという単語は繋がっているのだ。
「SFなのになんでファンタジーなのよ、ってぐらい?」
「架空、であればどれだけよかったのでしょうか」
胃を押さえ、心底疲れたようなため息をつくネメシス。その心労を見てジョカが説明を引き継ぐ。
「端的に言えば、人類は本物のドラゴンを召喚してしまったのです」
「は?」
「異世界召喚プログラム。それを用いて異世界に道を繋ぎ、その世界のドラゴンを始めとした脅威がこちらの世界に流れ込んできたのです」
「はああ!?」
聞き覚えのある名前と同時に、とんでもない事実を聞いてトモエは驚愕した。
「なんでそんなことになったのよ!」
「宇宙開発に絶望した国家は異世界に希望を見出したのです。かつてのコンキスタドールのように異世界をこちらの文明で染め上げて、植民地化しようと」
「……そう言えばそんな話を聞いたことあるわね」
確かムサシがそんなことを言っていたような気がする。いつだったかを思い出す前に、ジョカの説明は続いていた。
「ですが結果は散々でした。当時の科学力をもってしても異世界を制圧することはできず、逆にこちら側に流れ組んでくる始末。抵抗空しく地球は瞬く間に制圧されました」
「……なんだかなぁ。制圧しようとしてやり返されるとか、ざまあ展開にもほどがあるわ」
「ざまあ?」
「気にしないで。とにかくそれでどうなったの?」
おおよその予想はついたが、トモエは話の先を促す。まさかここで地球の誰かが勇者に目覚めて逆転した、なんて流れはないだろう。
「生き残った人間はもしもの時に用意していた地下シェルターに逃げ込み、蓋をして安住の地を得ました。生き残った26億人は地下に逃げ、脳だけとなってVR空間で夢を見ています。
理由としては26億人を十分に受け入れる物理的スペースがないこともありましたが、希望のない現実を受け入れられないということもありました。
お婆様の言葉を借りるなら、引きこもりニート生活です」
「うぐ……。言い過ぎたのは認めるわ」
別に責めているわけではないが、ジョカの言葉に謝罪するトモエ。人類がここまで敗退したのなら、夢の中に逃げたくなる気持ちもわからないではない。
「ドラゴンに話を戻しますが、ワタシ達が保有する『ドラゴン』はその抵抗の際にどうにか契約を結んだ者達です」
「ドラゴンを倒せたの?」
「いいえ。話をつけてどうにか契約しただけにすぎません。本体であるドラゴンは地上で存命で、あくまでエネルギーを使えるように契約しただけですが」
「あー。私のバーゲストと同じようなものか」
どうにかこうにか上位存在の力を借りることに成功し、そのエネルギーを用いて天蓋という世界を運営する。人類にできたのはそれだけである。
「まあ、天蓋ができた経緯はわかったわ。思った以上にろくでもない経緯だったけど……それで? 天蓋の存亡ってどういうこと?」
「一か月前に地上から何者かが侵入した可能性があります」
「は!?」
ジョカの言葉に驚くトモエ。バーゲストのような魔物が入ってきたとなれば大騒動だ。だが、そんな騒ぎにはなっていない。
「安心せい。入ってきたのは小さな鬼じゃ。人に憑依して力を増す程度の……ドラゴンに比べれば矮小な存在じゃ。だからこそ
トモエの焦りを制するようにイザナミが手を挙げ、言葉を継いだ。そして『存亡』の詳細を語る。
「だがそ奴が地上の事を誰かに伝えたのなら話は大きく変わってくる。
なあ祖母殿、この話がクローンに知れたらどうなると思う?」
イザナミの言葉にトモエは息をのんだ。
人類は敗北した。クローン達が守っているのは欲に塗れて失敗した敗北者。お前達はそれを守るために騙されて働かされていたのだ。そう言われて『はい、そうですか』と頷けるものがどれだけいるか。
「だったらなんでこんなところでじっとしてるのよ! 早く探し出さないと!」
「探す必要はない。何故ならヤツの目的地はここじゃからじゃ」
「ここ?」
「全人類が眠る場所。ヤツはここを目指しておる。
あれは『人類』を見つけるために捜索している存在じゃ。人類の思念をかぎ取り、そこに真っ直ぐに向かってくる」
「全人類が眠る……この機械が!?」
トモエは周囲の機械を見渡す。
脳だけとなって仮想現実の世界で夢を見ている26億7568万2382名の人類。それが納められているのが、この機械。このビルフロア全てが人類の揺り篭。
小さな稼働音を立てる柱のような機械。今はそれが墓標で怨嗟の声に思えた。中にいる『人類』は生きているのだが、それでも物言わぬ物体に言いようのない感情を抱いてしまう。
「ふん。つまらん話だ」
カーリーは腕を組んで唾棄するように息を吐く。カーリーがこのフロアに来て不機嫌になった理由を、トモエは察した。この経緯を知っていたら、トモエもいい気分にはなれなかっただろう。
「ここに来るのなら迎撃しないと! コジロー達に伝えて!」
「駄目だよ、お祖母ちゃん。この事はクローンに知らせちゃダメ。この事実は、誰にも教えちゃ駄目なの」
スマホを取り出すトモエの手を押さえたのは、ペレだ。イザナミの言うように、この事実がクローンに知れたら天蓋の存在が崩れる。襲撃者の経歴などを教えることもできない。そもそもこの場所の存在さえ、どう説明したらいいのか。
「じゃあどうやって迎撃するの!? そう言う防衛システムでも用意して――」
あるの!? と問おうとしたトモエは、突然の揺れに驚き言葉を止める。揺れは小さいモノだが、続いたペレの言葉には大きな衝撃を受けた。
「来たわ。さっきまでいた会場で爆発を起こしたみたい」
爆発。さっきまでいた会場。そこにいるコジロー達の事を思い、トモエの顔は青くなる。
「レイド戦開始だね♡」
そんなトモエに反比例するように、ペレの表情は明るかった。
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