人間同士で話がある
ビカムズシックス。天蓋の歴史を変える式典の現場に立つのは、6人の人間。
会場に参加者はいない。放送用のドローンのみがあり、それらは天蓋中に配信される。クローンの『NNチップ』に、街にあるプロジェクターやテレビに。
映像越しとはいえ、市民ランク3以下のクローンやバイオノイドが『人間』を見る機会はこれが初めてだろう。多くのクローンは画面に映る6名に唾をのみ、或いは感動する。自らを作り出した存在。それに対して様々な感情を浮かべている。
「多くの皆様には初めまして。企業『ネメシス』の代表、ネメシスです」
口を開いたのはネメシスだ。
「天蓋という場所が生まれて287年。その時生まれた企業は5つ。『カーリー』『ペレ』『イザナミ』『ジョカ』『ネメシス』……これらの企業とそしてそこで働く皆様のおかげで天蓋は発展してきました」
なおスピーチする順番と内容はさんざん吟味された。天蓋において企業の優劣は未来に影響する。たとえそれがスピーチの順番や紹介の順番でもだ。今ネメシスが喋っているからというだけで『ネメシス』の商品が高騰して、市場が大きく荒れることもあるのだ。
「企業『ジョカ』の長、ジョカです。
そこに今日、新たな企業が参戦します。その名は『トモエ』」
続いて口を開いたのはジョカだ。立ち方、喋り方、そして間。全てが計算された動き。クローンの脳に残りやすいように心理的に計算された動き。
「我々企業代表と同じ『人間』にして、天蓋を運営す『ドラゴン』を保有している御方です。
私たちと同格と言ってもいい御方です」
ジョカの言葉に天蓋は大きく荒れる。人間。クローンからすれば創造主だ。これまで5人しかいないと言われていた存在が、一人増えた。クローン達からすれば吃驚仰天の事実である。
「企業『イザナミ』の主、イザナミじゃ。
新たな企業が生まれたことに驚く者も多かろう。しかしこのことにより天蓋はさらに発展すると約束しよう」
そしてイザナミがジョカの後を継ぐ。急に小型の人間が出てきて驚くクローンだが、ジョカに負けず劣らずの立ち様に息をのむ。一流の礼節は見る者の感性をくすぐるという好例だ。
「現状はまだ我々に届かぬ数字だが、その成長率は目を見張るものじゃ。今のうちにこの波に乗るのも手であると言っていこう」
『トモエ』を擁護するようにイザナミは言う。実際、企業としての影響はまだまだ小さいが成長の幅は大きい。天蓋の経済を回す為にもリップサービスするイザナミ。
……まあ、ここでトモエに媚びを売っておこうという魂胆もあるのだが。だって祖母殿、怖い。
「企業『ペレ』のトップ、ペレだよ。
やーん、みんなの注目集めてペレ緊張しちゃう。もっと見てー」
軽いノリでペレがスピーチを継いだ。何この子、という困惑が生まれる。ジョカやイザナミとはまるで違う雰囲気。
「トモエちゃんは性格よし、行動力よし、クローンを思う気持ちもよし。三つ揃ったいい人だよ。
先のバーゲスト事件を解決し、それをドラゴンとした英雄って言えば皆も納得するかな」
そのノリを維持したまま、大災害の中心にいたことを言うペレ。クローン達はその事実に驚き、そして期待を寄せる。さすがは人間様だ。まさかあんなバケモノを倒し、そして従えるなんて。
「企業『カーリー』のCEO、カーリーだ。
新たな企業の誕生に驚く者も多かろう。事実、これは天蓋史上初のことだ」
企業最後の挨拶をするのは、カーリーだ。トモエを一瞥し、笑みを浮かべる。
「トモエが掲げるスローガンは『ランク支配の緩和と、そしてバイオノイドの地位向上』だ。これまでの天蓋の常識を打ち破ることだと言えよう。
これが天蓋にどのような流れを生んでいくのか。それは我々五大企業のトップでもわからぬ事。その行く末に期待だ」
コジローのことでトモエを敵視しているが、企業のトップとしては新しい流れに期待をしているのも事実である。
「き、企業『トモエ』のトモエです。ええと、リーダー? そう言う感じです」
ガチガチに緊張したトモエにライトが上がる。喋る内容を思い出しながら深呼吸し、そして口を開いた。
「皆さんの紹介に遭った通り、天蓋で新しい企業を立ち上げました。
まだ小さな企業ですが、よろしくお願いします」
無難な挨拶。拙いお辞儀。前にあいさつした5人に比べれば、小さな存在と侮られても仕方のないだろう。それを見ていたクローン達も口にはしないが不安を感じていた。
(緊張するぅ……)
視線こそないが、天蓋のクローン全てが注目していることを感じて緊張が止まらないトモエ。早く終わってほしいと思うが、まだ挨拶が終わっただけだ。助けを求めて、ちらりとコジローの方を見る。視線が合い、ちょっと元気が出た。
「それでは、承認のサインを」
ネメシスの言葉と同時に、ドローンがモバイルを運ぶ。ポストカード並の薄さだ。そこにトモエが最後のサインを入れて、企業『トモエ』が正式に立ち上がったことになる。
(うわぁ。このサインもみんなに見られるんだよね。配信されてるんだよね。汚い字とか言われないかなぁ……?)
天蓋中に今からするサインの画面が配信されている。書類にサインなどしたことのないトモエは、そんなことを考える。だが天蓋のクローンからすれば歴史的瞬間だ。それに立ち会えた喜びと感動を感じ、その瞬間を今か今かと待ちわびている。
トモエの指がディスプレイの上を動く。指の動きに合わせて文字が描かれ、最後に決定ボタンを押した。
「新たな企業だ!」
「天蓋の未来に幸あれ!」
「お祭りだああああああ!」
その瞬間、天蓋のあらゆるところで歓声が上がった。五大企業はこの瞬間からセールを始め、割引や無料で物資を放出している。まさに天蓋全てが祭りの会場と化したのだ。
「緊張したぁ……」
ただサインをしただけなのに、大きくため息をつくトモエ。ゆっくり椅子に座り、小さくガッツポーズをする。
「新たな企業の誕生を祝して、今から72時間は休暇扱いとする!」
「『トモエ』の味サプリは期間中は無料配布だ!」
「おおっと、騒ぐのはいいがやりすぎるなよ。弾丸もサービスだからな!」
「ろく、6大企業……うん、言いにくいな」
天蓋中が祭りに浮かれる中、会場もパーティとなった。用意された料理を配膳ドローンが運び、そして調理ドローンが調理を始めて刺激的な香りが鼻腔をくすぐった。
「さあ、食べるぞ!」
もう配信は終わったということで緊張が解けるトモエ。肉を焼く香りに誘われるようにテーブルに近づく。慣れた手つきでトングを扱って美味しそうんば物を皿に載せていく。
「これが、料理かぁ……。
「えええええ、キューブ以外の者を口にするのはゴッド初めて。いや、その、大丈夫なんですよね? ゴッドいまクレジットマイナスで支払いとかできませんよ!」
『食べ物』の概念がないコジローとゴッドは、トモエがパクパクものを食べるのを見てカルチャーショックを受けていた。恐る恐るトモエを真似るように口に運び――
「なんだこれ! なんか噛むたびに味覚がするぞ!」
「ゴッド感激! これが『食べ物』……まさかこれ全部がそうなんですか!?」
「なんだろう。異世界転生の現代知識チート見てるような感覚……。天蓋の方が未来なのに」
『食べ物』に感激するコジローとゴッドを見て、微妙な気分になるトモエ。食事という文化が消えたクローンにとって、旧時代の文化は未知の文明と同じなのだ。
「って言うか騒いでるのはうちぐらいじゃない。ちょっと恥ずかしいかも」
食事に大喜びしてるのは『トモエ』組だけである。
『ペレ』の護衛は
「そうは言うがな、トモエ。俺達からすれば高級すぎて手が出ないモンなんだぞ」
「トモエ様についてきてよかった……。ゴッドは、ゴッドは一生ついていきます!」
「うん。まあ、そうね。確かにキューブ以外の食べ物を口にするのって久しぶりだし」
思えばトモエも天蓋に来てから栄養キューブ以外は口にしていない。焼いた肉を食べたのは何時ぶりか。
「……そう言えばこの肉ってどこから持ってきたんだろ? どこかで飼ってるのかな?」
「いいや、遺伝子からの再生だ。家畜など天蓋にはない」
ふと思ったトモエの疑問に答えたのはカーリーだ。ワイングラスを手にして不機嫌そうにトモエを見ている。
「遺伝子からの再生?」
「牛のDNAを使って牛肉のたんぱく質を作った。食べるの為に動物を飼育する残酷ことはもうしない」
「……いや、そう言われると残酷なんだけどさぁ」
カーリーの言葉に眉を顰めるトモエ。トモエの時代にもそういう思想の人間はいた。命を奪わないという意味では遺伝子再生の方がクリーンなのだろう。
「分かっているさ。BBAの時代は多くの人類が食料を得るために必要だったことだ。家畜文化を否定する気はない。
天蓋は肉を食べる者が少ないからな。だからこういう手法が成り立つのさ」
DNAを用いてたんぱく質を再生する。それにかかる時間と生産性を考えれば、家畜を飼育する方が大量の食事を用意できる。食事を栄養キューブで賄うことができるからこういった手法が可能なのである。
「じゃあもしかしてこの野菜も?」
「そういう事だ。必要な量だけを遺伝子を用いて再生させている」
「徹底的に管理してるって怖いわ……」
食事文化はその国を示すとは言うが、天蓋は別の意味で特徴的だった。
「で、何の用? わざわざそんなレクチャーするために顔を出したわけじゃないんでしょ」
「察しがいいな。企業トップ同士で少し話がある。
悪いが護衛にも聞かれたくない話だ。席を外してもらおう」
カーリーはコジローとゴッドを見ながら言い放つ。
「護衛なし? いやそれは……」
コジローは慌ててカーリーに制止をかける。爆発が起きることを知っているので、トモエとはあまり離れたくない。それを説明しようとして、ムサシとの約束を思い出して言葉が詰まった。
「人間同士で話がある。安心しろ、手を出すつもりはない。カーリーが信用できないか?」
「そういうわけじゃ――」
「いいわ。付き合ってあげる」
カーリーに食い下がろうとするコジロー。それを制したのはトモエだ。トモエは爆発の事を知らない。知っていればこうは言わなかっただろう。
「大丈夫よ。カーリー以外は皆優しいし、変な事にはならないわ」
言って手を振るトモエ。コジローは爆発の事を言うかどうか迷った。言えば考え直すだろう。だが聞けばトモエは爆発を止めるために動き、下手をすれば爆発に巻き込まれるかもしれない。どちらがトモエにとって安全なのか?
迷っている間にトモエはカーリーと一緒に移動する。
「……こいつはどうしたもんかね」
コジローはタイミングを逸し、頭を掻いた。
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