厄介だよな、この超能力
ビカムズシックス開始15分前。トモエは護衛の二人を伴って、会議が始まる大会場に向かう。そこにゴッドの叫び声が響いた。
「ばばばばばばば爆弾!?」
叫ぶゴッドに対し、唇に手を当てて『静かに』のジェスチャーをするコジロー。
<声デカいぜ、ゴッドさん>
<いやでもそんなことを言われて冷静でいられるなど……情報は確かなんですか?>
<情報源は言えないが、確かな情報だ>
コジローは『NNチップ』越しにゴッドと通信し、ムサシから得た情報を伝達する。
『そっちの護衛と情報共有するって? そりゃその方が動きやすいだろうけど、お姉さんとしては反対かな。下手な動きをされると面倒になるし。
どうしても言うっていうんならお姉さんの超能力の内容は伏せて頂戴ねぇ。おチビちゃんが憤慨して暗殺命令送りそうなんで』
ゴッドに情報を渡す件については、ムサシと少しもめた。コジローは信頼できるけど、ゴッドは保身で裏切りかねない。実際、『
「ばくだん?」
「そうそう。あの酔っ払い姉ちゃんが送ってくれた酒がそんな名前だったんだよ」
「ふーん」
近くにいたトモエが問い返すが、事前に用意してあったセリフで誤魔化す。酒に銘柄があることを初めて知ったコジローだが、とりあえずは誤魔化せたようだ。
「そうなんですよトモエ様! ゴッドが一人警備をしているのにコジローさんはドリンクを飲んで! ゴッドも、ゴッドも何か飲みたい! キューブ以外の食べ物とかも食べてみたい! 分かりますか、この気持ち!」
「会議が始まる前に立食パーティがあるから、そこで何か食べられるんじゃないの?」
愚痴るゴッドに半分呆れるように答えるトモエ。トモエからすれば仕事中に酒を飲んでたコジローに対する怒りかな、程度の感覚だがクローンという身からすれば『食事』は特別な意味を持つ。
「へ……? あの、本当に『食べ物』を口にできるんですか? あの、お幾ら支払えばいいので?」
ゴッドも警備隊長を務められる程度に高ランクの市民だが、それでも生まれてから栄養キューブ以外の食べ物を口にしたことがない。食料品を口にできるのは市民ランク2から。横流し品が稀にタワー外に出るぐらいである。
「聞いてないけどタダでいいんじゃない? あとから請求されたらちょっと困るけど」
「いやいやいやいや! タダとかありえないでしょう! ええええ、でもそれが本当なら……。いいや落ち着けゴッド! うまい話には裏がある!」
詐欺を疑うゴッドに、トモエはクローンの食事事情を改めて認識した。この反応が天蓋の普通なのだ。キューブの栄養価が高く万能な食事ということもある。『NNチップ』があれば脳を刺激して様々な味覚を味わえる。ゆえに『食べ物』を食わずとも死ぬことはない。とても手が出ない高級品なのだ。
などと会話をしている間も、コジローとゴッドは通信で会話をしていた。
<『イザナミ』の護衛って酩酊していた89ー68ー88のお姉さんと、その隣で好き好きオーラ出してたけど多分生えてる79ー62ー80の白衣ちゃんでしょ? 白衣ちゃんは頭よさそうで情報通っぽいけど、89の酔っ払い女はただの賑やかしにしか見えなかったんですけどねぇ>
当人たちが聞いたら斬られるか機械拷問されるかあるいはフルコースな発言である。コジローはムサシの3サイズに一瞬だけ妄想を膨らませたが、すぐに振り払って訂正した。
<残念だが情報を教えてくれたのはその酔っ払いの方だ>
<正直信用できませんねぇ>
ムサシは自分が
<ああ見えて、俺と同格のフォトンブレード使いだぜ。情報は絶対だから信用してくれ>
<むむぅ、コジローさんがそこまで言うのなら信用しましょう。いやその、それでも爆発というのは些か信じがたいのですが>
タワーで爆発事件が起きる。
ゴッドの常識からすれば、考えられない話だ。タワーは高ランク市民が住む場所。当然その警備レベルは高い。
今こうして歩いている廊下でも、不審な動きをすれば即座に警報とシャッター遮断。そして壁の裏に配備されている警備ドローンにより取り押さえられるのがわかる。爆発物などの化学物質は入り口でサーチされて即処分だ。
<仮にそのバスト89の酔っ払いの言う事が正しいとして、爆弾をどうやって持ち込むかですよ。かなりの偽装工作を用いないとタワーの警備を潜り抜けれませんからねぇ>
<逆に言えば、それができる相手が疑わしいって事だろうな>
<この事を公開して全員身体検査をしたほうがいいんじゃないですかねえ?>
<それができれば俺も楽だと思うんだけどなぁ>
言って心の中でため息をつくコジロー。その案はムサシというかイザナミが却下した。そもそも爆発前に爆弾を見つけることに意味はないのだ。
『お姉さんが見たってことはその爆発自体は確定しているんだ。当然その場所は調べたけど、爆弾らしいものはなかったよ』
ムサシの超能力で見た事象は必ず起きることだ。仮に爆弾を持っているクローンを特定して事前に抑えても、何かが起きて爆発は起きる。爆弾が複数ある可能性も捨てきれないのだ。
(厄介だよな、この超能力。アイツが忌み嫌うわけだ)
不幸な未来が分かっている。これがどれだけ精神を蝕むか。かつてムサシはコジローと相対する未来を視てしまった。それはトモエにより覆ったが、自分の好きな人と戦い続けて最後は破滅することがわかっているなど、想像するだけで精神が削られていく。
<とにかくそれは無理なんだよ。俺達は爆発からトモエを守ることを優先に動く。そこから爆弾を仕掛けた相手を捕まえるって方向で行こう>
<モヤモヤしますねぇ。探りを入れるぐらいはいいでしょう?>
<向こうもそれを期待しての情報提供だろうからな。とはいえ、失礼のないようにやらないとな>
<それは心配ご無用ですよ、コジローさん。このゴッドは紳士です。相手に失礼があるはずがありませんとも>
サイバーアイで3サイズを測定していたゴッドが誇らしげに笑みを浮かべた。失礼とは何なのか。コジローはその議題に対してのレポートを放棄した。そんなことに時間をかけている余裕はない。
「ここね」
大会議室の自動扉が開く。『トモエ』が最後だったらしく、『カーリー』『ペレ』『イザナミ』『ネメシス』『ジョカ』の代表とその護衛はすでに会談をしていた。
「今日の主役の登場だな。惰眠は貪れたか、BBA?」
「おかげさまでよく眠れたわ。コジローに手を握ってもらってね」
「ぐ……見事なカウンターだな。今日の主役でなければ挑発に乗っていたところだ」
先制攻撃を仕掛けようとしたカーリーは、トモエの見事なカウンターを食らって矛を収めた。コジローを恨めしげに見て、道を譲る。
「これが社長同士の会話ってやつなのね」
「……いつものやり取りと何か違うのか?」
「目に見えない何かがあったのよ。多分」
汗をぬぐうトモエに呆れたように聞くコジロー。トモエもよくわかっていなという顔で言葉を返した。なんだかんだでこの二人は変わらない。
(いくらなんでもカーリーが爆弾を仕掛けるとは思わねぇが、トモエをどうにかしたい筆頭ではあるのか)
この会場で爆発が起きる。その動機は何なのか?
もっともあり得そうなのは、この会場に集まった『人間』を殺すことだろう。巨額の金があろうが、ドラゴンという無尽蔵のエネルギーがあろうが、銃弾を脳に打ち込まれれば誰だって死ぬ。爆発をどうにかできても、その混乱に乗じての暗殺というのはあり得る話だ。
コジローにとって最も優先度が高いのはトモエだ。だからと言って他の人間やクローンが死んでもいいなんて思わない。爆発自体が防げないなら、せめて人的被害は少なくしたい。
「よぉ、旦那ぁ……来るのが遅かったじゃぁないかい、ヒック!」
「うわお前、アルコール臭ェ! 消毒液でもかぶったか!?」
いきなり抱き着かれるようにして、吐息をかけてきたのはムサシだ。しかも吐息は高濃度のアルコール臭がする。トモエが同じ目に遭えば、酒臭いと嫌悪感を示しただろう。
「へっへっへー。アルコール度数88度のスピリッツってお酒さぁ! さっき運んだのが15度だからその約6倍の強さだよぉ! お姉さん、一気に酔いがまわっちぃまったねぇ!」
酔っ払ったムサシはコジローに胸を押し付けるように抱き着く。トモエとカーリーの鋭い視線が突き刺さるが、不屈の精神でそれに耐えるコジロー。あとおっぱいの感触も不動の魂で平常心を保つ。
「一応イオリちゃんの小型ドローンで会場内のチェックはしてるけど、今のところは爆弾らしいものはないね。
お姉さんも十秒後の未来をずっと見てるけど、その分『現在』の注意がちょっとおろそかになっちゃうから。悪いけどそっちは任せたよぉ」
抱き着いた状態で小声で告げるムサシ。コジローはそのままの体勢で小さく言葉を返した。
「……酔ってるのはフリか? いや、お前は酔ってる方が強いからそっちのほうがいいのか」
「ついでに言えば超能力の質も向上するのさぁ。悪いけど、今のお姉さんはフルスペックだよぉ。旦那も圧勝できそうだねぇ」
「そいつは大したもんだ。ところでなんで通信使わないんだよ」
「通信ログは残したくないんだよ。通信傍受される可能性もあるしねぇ。
あと旦那に抱き着きたかった。お姉さんのおっぱい押し付けたかった」
「離れろ」
事情は了解したとばかりにムサシを突き放すコジロー。これ以上は不自然だ。怪しまれないように距離を取る。トモエの剣幕がデッドゾーンに達しそうだったと言うのもあるが。
「ああん、つれないねぇ。せめて一杯飲んでくれよぅ」
「はいはい。ムサシ様は護衛の仕事に戻りましょうね。あとあのクローンが触れた所は消毒しましょうね。これは決してムサシ様のお胸様に合法的に触れるからという事ではなくげへへへ」
駄々をこねる演技をする――演技だと思う――ムサシを引っ張っていくイオリ。イオリの表情と言動に少し不穏な部分があったが、コジローは気づかないふりをする。暴走しなきゃすごく有能なんだけどなぁ、アイツ。コジローは残念な人を見る目でイオリを見ていた。
「もう、行くよコジロー! デレデレしない!」
「デレデレなんてしてないぞ」
「ムサシさんに抱き着かれておっぱいの感触に反応してたくせに」
「……ノーコメント」
そしてコジローもトモエに引っ張られるようにして移動する。トモエの追及を黙秘権を使ってやり過ごし、有耶無耶にした。
「とにかくやるしかねぇか」
爆発が起きる事だけが分かっている状態。そんな緊張を抱きながらコジローは気合を入れた。
――そして、天蓋の歴史的なイベントであるビカムズシックスが開催される。
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