全く、楽できねぇよなぁ
ムサシの超能力は未来予知だ。
正確な能力名は確定未来予知。高次元から干渉して見た未来以外に繋がるルートを全て遮断する。どんな選択をしても、ムサシが『視た』未来は覆らない。
二秒以内の未来なら戦闘中でも使用でき、これによりムサシは相手の先手を取る……どころか相手の行動が確定した状態で戦術を練れるのだ。接近戦においては無敵を誇る超能力である。
今回は二時間後。ムサシはそこで起きる爆発を見たという。
<爆発エリアはちょうど大会議が起きる場所。外部からの攻撃ではなく、内側から爆発した形だね>
<爆弾か? なら今すぐその場所を調べて――>
<無理無理。お姉さんが見たってことはその爆発自体は確定しているんだ。当然その場所は調べたけど、爆弾らしいものはなかったよ>
ムサシが未来を視た時点で、その未来は覆らない。警備をどれだけ増やそうが、その未来は確定しているのだ。
<あり得そうなのは『ジョカ』の花火お姉ちゃんの超能力ぐらいだけど、それこそありえないんだよねぇ。そんなことするような性格に見えないし>
<だなぁ。そんな非常識なことはできません、って突っぱねるタイプだ>
<あの能力で非情になれたら最悪のテロリストだねぇ。そうならないから『ジョカ』でも重宝されているんだろうけど>
『ジョカ』の
<じゃあそれをみんなに伝えて会議を延期するのが――>
<そいつは提案したけど却下されたよ。
企業トップ達は様々なスケジュールを調整して同時に時間を空けたんだ。今日を逃せば次は3年後になるってウチのおチビちゃんがプリプリしてるよ>
<おチビちゃん?>
<おおっと、すまないねぇ。イザナミ様のことさ。ついついいつもの呼称を使っちゃうよ。
もっともスケジュールの問題以外に、犯人を特定してその企業の弱みを得ようっていう思いもあるだろうね>
あっけらかんと自分の企業トップの目論見をばらすムサシ。コジローはイザナミの思惑に眉を顰めた。
<弱みって……。爆発でトモエが死ぬかもしれないんだぞ!>
<怒りはごもっとも。だから旦那に相談してるのさ。今いる護衛メンバーの中だと最も信用できるからね>
<信用?>
<そこでトモエちゃんの為に怒れる旦那が爆発なんてことするはずがないって事さ。
他の輩は人間様に命令されたらやりかねないしね>
クローンは人間に逆らえない。強制力があるわけではないが、長く染みついた支配体制は変わりようがない。先ほど性格的にあり得ないと否定したボイルも、ジョカに命令されれば渋々テロ行為を行いかねないのだ。
<そいつは嬉しいね。そもそも犯人ってことは意図して爆発を起こそうとするヤツがいるってことか?>
<その確率が一番高いってだけさ。イオリちゃんに会場を調べてもらったけど、引火物もないし爆発が起こる確率はほぼゼロ。何かしらの爆発物を持ち込まれたと考えるのが妥当なんだよ>
<誰がっていうのは見えなかったのか?>
<そこまではねぇ。2時間後だとピンポイントに見えないのさ。最悪爆発に巻き込まれたトモエちゃんを見てしまったらそれこそ目も当てられない。未来『視』だけに>
おおっと、上手いこと言った。そう言ってカラカラ笑うムサシ。コジローからすれば笑い事ではないが、ムサシも悪意あって言っているわけではないのはわかっている。
<俺たち以外に侵入している奴がいるかもしれないぜ>
<ないない。『アベル』のセキュリティは天蓋屈指だからねぇ。ここを突破できるようなハッカーはいないし、そんな
いるかもしれないけど現実的に考えれば、今ここにいる護衛の誰かなんだよ>
<確かになぁ……>
ムサシと通信しながらため息をつくコジロー。タワーのセキュリティが高いのはコジローも知っている。ましてやここはその最高峰。ほぼいないだろう外部犯の存在を考えるよりは、今いる護衛クローンの誰かがと思うのが常識的だ。
<一時間後に会議が開始で、爆発が起きるのはさらにその一時間後。会議が終わってパーティが始まる瞬間かな? 逆に言えばそれまでは安全てことだけど>
<犯行声明もなくいきなり爆発とか殺意高すぎだな。護衛含めて殺す気満々じゃねぇか>
<本当に護衛の誰かが爆弾を持っていたとしたら、それこそ自爆覚悟なんだろうねぇ。或いは自分は爆発に巻き込まれない自信があるか>
<状況だけならあの爆発姉ちゃんが一番の候補じゃねぇか>
<なんだよねぇ。或いはカメハメハの旦那あたり? 自爆装置仕込んでてもおかしくないよ、あの熱血機械>
<あの旦那はそれを取り締まる立場なんだけどなぁ>
治安第一のカメハメハが自爆テロなど考えにくい。しかしガチガチの秩序寄りのクローンだからこそ、人間の命令には逆らえないということもある。
通信越しに考えても結論は出ない。人間の命令で、ということを前提にすれば全てのクローンに動機があるのだ。ムサシもコジロー以外は信用できないから、こんな形の相談をしているのである。
<旦那と一緒にいた護衛は信用できるのかい?>
<大丈夫と思うぜ。ゴッドさんは飛行車両の運転手がいないから急遽抜擢されたんだ。爆発物を用意する余裕はなかったはずだ>
<うーん。まあそういう事ができそうな性格でもないか。旦那の言葉を信用するよ>
<あとの護衛は……>
コジローは今日であった護衛達の事を思い出す。
『ペレ』の護衛であるカメハメハとシグレ。カメハメハは暑苦しいほどの存在で戦闘力も高い。
シグレはカメハメハとは逆で無口な護衛だ。盾を持つ護衛タイプ。こちらも爆弾を体内に仕掛けている、という可能性は否定できない。
『カーリー』の護衛であるアンナプルナ。こちらは戦闘用ではなく、タワー内の調理ドローンだ。だがそれがダミーで内部は爆弾だ、と言う可能性は確かにある。
『ジョカ』の護衛。ボイルとペッパーX。純粋な能力で言えば一番確率が高い。ボイルの金属蒸発の威力は知っているし、ペッパーXの感覚共有で視界を奪われれば混乱は一瞬で生み出せる。
『イザナミ』の護衛であるムサシとイオリ。……今現在相談していることもあるし、これは除外してもいいだろう。爆破テロをしたいのならコジローに教える意味がない。
そして『ネメシス』。……コジローはその護衛を思い浮かべて、複雑な表情を浮かべた。
(若旦那……)
『ネメシス』の治安維持部隊『
コジローと若旦那の出会いは、あっさりしたものだ。フォトンブレードを使ってチンピラクローンと喧嘩していたところを『
『面白いね、キミ。僕の手駒にならないかい?』
VR空間で少年達に囲まれたNe-00000042は、そう言ってコジローを手駒にした。以降、若旦那は表には出せない事案をコジローに頼むようになる。その一環でトモエと関わることになったのだ。
「ありえねぇよなぁ……」
若旦那が爆弾を仕掛けて会議に出席している者達を爆殺する。そんなことがあり得るはずがない。治安を重んじる『ネメシス』の『
<まあ、結論は出ないよねぇ。しかたないない>
コジローの苦悩を見たわけではないが、ムサシはこの場での推測を放棄した。通信越しに相談して簡単に結論が出るなら苦労はない。今は信用できる相手を得ただけでもよしとすべきだ。
<超能力を信用してないわけじゃないんだが、爆発自体は止められないんだな?>
<一度見た未来を覆せるのはトモエちゃんぐらいだよ。そういう意味じゃトモエちゃんに動いてもらうのも一案なんだけどね>
<そいつは流石に危険だよなぁ>
爆破テロを起こそうとしているクローンを探せ、と言えばトモエは間違いなく頷くだろう。だがそれはトモエを危険にさらすことになる。それはコジローとしては避けたいところである。
<うんうん。なんでお姉さんたちが動くのが一番なのさ>
<だったら酒を飲んでる場合じゃねえとは思うけどな>
<いいじゃないかい。こんな理不尽に巻き込まれるんだからワガママの一つぐらいさ。旦那も飲みたかったみたいだし。
爆発自体は確定しているんだ。それまでにどうするかと、そこからどうするかを考えないとね>
爆発自体は止められない。会議の延期や中止はできない。爆弾を事前に取り押さえることも不可能。
トモエを巻き込まない限りそれは確定だ。逆に言えば、爆発の時間は確定しているわけだから、その時間だけトモエだけでも別の場所に移せばいい。それで最低限、トモエの無事は確保できる。
「全く、楽できねぇよなぁ」
握ったトモエの手を感じながら、コジローはため息をつく。平和に物事が終われば一番なのに、そうもいかないらしい。
「そーよ……。平等に過ごすの。皆わかってくれるよねー」
気持ちよさそうに寝言を呟くトモエ。そんな無邪気に眠るトモエの顔を見ながら、コジローは気合を入れるのであった。
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