直で会うのは初めてだね

 ペレ、カーリー、ジョカ、そしてイザナミ。


 五大企業のトップ4名と会談したトモエは、最後の一人であるネメシスに会いに行く。


「せっかくだし全員と顔合わせはしておこうか」

「せっかくだし、で会える相手じゃないんですけどね。その人達」

「改めて思うけど、凄い事だよなぁ。人間様全員と顔合わせするとか」


 トモエがネメシスに会う理由はそんな程度の思い付きだが、護衛のゴッドとコジローは軽く受け止められない。天蓋という社会の上の上。普通なら市民ランク2になってようやく顔を知ることができる相手だ。ほいほい出歩くカーリーが特殊なだけで、本来は3か月前からアポイントメントを取らないと会うこともできない相手である。


「コジローの企業なんでしょ。会ったことないの?」

「ないよ。市民ランク6の俺からしたら、上の上のさらに上でも音声すら聞けない相手だ」

「ふーん、そんなもんなんだ」

「トモエ様の立場がそれだけ高くなったという証ですな。そう考えると、トモエ様の護衛を仕るゴッドの地位も相応に高くなったということ! いやはや、トモエ様の下についてよかったと本気で思っていますよ!」


 人間と直で会う。それができるクローンなど天蓋でも100人を下らない。それだけの地位なのだ。そういう意味ではゴッドのおべんちゃらも頷ける。企業のトップにコネがあるというだけでクローンとして箔がつくのだ。


「そこまで会えないの?」

「会えないんだよ。市民ランクは絶対的な壁で、『ネメシス』はその辺りがきちんとしている。直接の上司でもランクが上ならに意見するだけでもいくつかの手続きが必要なんだ」

「うへぇ……。上下社会ってやつ? 厳しすぎない?」

「そうでもないぜ。上が責任を取って下を動かす。コイツが徹底しているから役割分担が明確になるんだ。不正とか責任放棄があれば即座にランクに影響するからな」


『ネメシス』は規則を重視する企業だ。他企業よりも不正や暴力行為に対しての罰則と監視が厳しい。ズルやサボリ程度なら見過ごすこともあるが、明らかな暴力や収賄などはすぐに取り締まられる。


「ほぷりてす、だったっけ? あの不良警官は私に思いっきり突っかかってきたんですけど」

「不良警官……腹黒おっさんか。トモエはバイオノイド扱いだったからな。ついでに言えば『重装機械兵ホプリテス』があそこまで重装備なのも、『ネメシス』が規則重視で業務規程違反者を取り締まる立場だからこそなんだよ」

「差別だー!」


 不遇な扱いに叫ぶトモエ。実際差別なのだから仕方ない。そしてそんな企業の治安維持組織なのだから、他企業よりも装備にクレジットをかけているのだ。そして優遇もあって、『俺達が天蓋の治安を維持してやってるんだ』的な傲慢な体質になっているのである。


「そう言えばネメシスもそんな感じだったわね。タワーの中にコジロー入れてくれないとか」


 タワーは市民ランク2以上のみ。この規則をきっちり守っているのも『ネメシス』のみである。他企業は『愛玩用』『ペット』と言う抜け道を使ってバイオノイドや低ランク市民を共に住まわせているのだが、『ネメシス』のタワーはそれすら許さない。


「融通の利かない優等生って感じだったわよね。かなり年上だけど」


 ダメなことはダメという。しかしこちらの想いを否定するわけではなく、その想いを尊重したうえで規則を優先する。ネメシスはそんな相手だ。あと不老不死で拷問されるのが好きなドエムだった。これは口にはしないが。


「ま、悪い人じゃなかったしね」


 厳しいけど悪い人じゃない。それがネメシスに対するトモエの印象だ。とはいえトモエの天蓋における『悪い人』ラインは攻撃してくるか否かである。撃ったり殴って誘拐したりしなければいい人。トモエも天蓋に染まってきたと言えよう。


 会合場所はタワー内にある書物エリアだ。湿度と温度と光量を一定に保ち、神の本を保存している場所である。トモエの知識で言えば図書館に近いが、何せ規模が広大だ。ビル3階分の大きさを持つ書庫など、トモエは見たことがない。


「すげぇ……。これ全部が『本』かよ」

「電子以外の『書籍』が実在しているとは聞きましたが、ゴッド感激ですな! さ、触っていいでしょうか?」


 テキストはすべて電子ファイルの天蓋において『書物』は高級品だ。そもそも植物自体がなかなか見れないのでパルプも希少である。ニコサンのような好事家の収集品か、ランク1市民が立場を示すステータスとして持つアイテムである。


「市民ランク2以上でしたら手続きをすれば閲覧許可はもらえます」


 凛とした声が響く。見れば白いスーツを着た女性と、背後に二名の男性型クローンがいた。一人は書物を手にし、もう一人は竪琴を手にしている。護衛、というよりは知的なイメージを与える。ネメシスを社長とするなら、その秘書に近いイメージだ。


「ネメシス!」

「ようこそ、グランマ。この出会いに感謝を。そしてこの日に祝福を」

「ああ、ええと。こちらこそ」


 白スーツの女性――ネメシスはトモエに向けて頭を下げる。トモエも慌てて頭を下げるが、ネメシスほどさまにはならない。経験の差だなぁ、と心の中で恥じた。


「天蓋歴5年より印刷類は完全停止し、全ての書類は電子化しました。書籍も同様に電子化しています。ここに保存されているのはそれまでに印刷された書籍になります」


 天蓋においては常識的な書籍の歴史だ。電子化が進んだ技術社会において、紙による書類や書籍は嗜好品でしかない。ネメシスがわざわざ説明しているのは、その歴史を知らないトモエの為である。


「時代が進むといろんなものが消えちゃうものね。でも紙がなくなるっていうのは大革命かも」


 人類は文字を書きながら、それぞれの文明を発展させてきた。古くは石や泥の板にに刻み、パピルス紙が現れたのは紀元前3000年の古代エジプトから。トモエが生きていた2020年代でも紙による書籍は電子に負けてはいなかった。


「それは原料の植物が――失礼。グランマの用事を先にすましましょう」


 ネメシスは紙歴史の終焉を語ろうとして、口を紡ぐ。ペレやカーリーのようについ喋りそうになり、話をそらした。何かがあったのだろうが、それをここで語るつもりはないのだろう。


「用事らしい用事はないわ。同じ企業のトップとして、顔見世に来ただけよ」

「そうですか。ではこちらから質問を。グランマの理想……『市民ランク制度の廃止』と『バイオノイドにクローンと同じ権利を』というのは叶いそうですか?」

「……まあ、簡単じゃないのはわかったわ」


 ネメシスの言葉にため息をつくトモエ。


 トモエが企業を立ち上げようと思ったのは、天蓋の差別や悲劇を止めたいからだ。バイオノイドの扱い。市民ランク制度で生まれる傲慢な扱い。それらが産む事件にトモエは常に巻き込まれてきた。


 企業を立ち上げればそれができる。正確に言えば、企業を立ち上げでもしない限りは天蓋は変わらない。トモエはその為に頑張ったのだが……現状それは叶っているとはいいがたい。自由や平等という概念が染み入らないのだ。


「これまであった常識を全否定して、未知の価値観を示したわけですから当然でしょうね。

 西暦時代の感覚からすれば、突然神が降臨して、『お前達はこれからギグリダースとして生きろ』と言われたようなものです」

「ぎぐりだーす?」

「造語です。要は逆らえない存在が突拍子もなく理解不能なことを言っている、と思ってください」


 ネメシスは言って近くにあった椅子に座る。トモエもその対面に座り、言葉の続きを待った。


「グランマの思想は天蓋では理解しがたい事なのです。差別はあって当然。格差はあって当然。そう言ったシステムできる事が大前提なのです。

 グランマも、いきなり貨幣制度が無くなった社会がどうなるかなど想像もできないでしょう?」

「……む。確かに」

「逆に言えば、それを理解して浸透させることができればその理想は受け入れられるでしょう。平和とは、平等とは、それがある社会はどういうモノなのか。

 とはいえ――」


 ネメシスは憂いを含んだ表情で言葉をつづけた。


「平和や平等などただの理想。どこまで行っても抗争や差別は生まれます。

 できるのはせいぜい揺れる天秤のバランスを四苦八苦しながら留めようとする程度。平和を維持するために戦うこともあれば、平等に見せかけるために誰かの頭を押さえなければいけません」


 どちらかというとネメシスの言葉は自嘲めいていた。そんなことはできやしない。出来たとしてもその程度。まるで自分がそうしてきたかのような。トモエはそんな印象を受けた。


『市民ランクは絶対で、下は上に逆らえない』


 ピラミット構造の社会。ランク付けされたクローン達。差別や抗争はあれど、社会全体で見れば戦争も革命もない企業都市国家メガロポリス。ある意味正しい支配体制だ。管理する者が潔癖で完璧なら、管理社会は表面上は正しい社会になる。


「私はただバイオノイドの扱いやランク制度がイヤなだけなんだけどね」

「どのようなシステムでも軋轢は生まれます。社会全体から見て正しいか否かという考えをするのが企業の長の考え方です。

 ……と、決めつけてしまえば思考は停滞します。停滞は腐敗の兆しになるでしょう」


 ネメシスはそこまで言ってトモエを真正面から見た。柔らかく微笑み、企業トップではなくネメシス一個人の意見を告げる。


「グランマの思想が、天蓋に新しい風を吹き込んでくれることを願ってます」

「……うん。頑張るわ」


 楽ではなく、まだ誰も理解されない考え方。道すらあるのか不明な行先。それでもそれを望む人がいるなら歩いて行ける。トモエは頷き、ネメシスに感謝した。


 人間同士が邂逅している間、護衛のクローン達も『NNチップ』越しに通信をしていた。通信していたのはコジローと本を持ったクローンだ。


<直で会うのは初めてだね、コジロー君>


 本を持つクローンの肩書は『ネメシス』の治安維持部隊『重装機械兵ホプリテス』のトップ。天蓋でも最高火力と言われた治安維持部隊の装備を開発し、指揮を行う。頭脳明晰且つ権謀術数に長けた市民ランク1。


<まさか、若旦那か?>


 IDはNe-00000042。


 かつてコジローに非公開の依頼を頼んでいたクローンである。

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