おーのーれー!
「祖母様との会見かぁ……!」
イザナミは胃の部分を押さえて壁に手をついてうなされていた。祖母様。トモエがあと5分でイザナミの部屋に来るのだ。その事を考えて胃痛が走る。
胃痛の原因はストレスだ。イザナミにとってトモエの存在は胃が痛くなるほど厄介な存在である。
先ずはトモエの持つエストロゲンの件。異世界召喚プログラムの異常を察し、トモエ逃亡を察していち早くその身柄を押さえようとしたが、あえなく失敗。予算と他企業への影響を考え、様子見という形で計画を凍結した。下手に動いてエストロゲンを他企業に確保されればバイオノイドで売るイザナミブランドは大打撃だ。
そしてドラゴンの資料を渡して『国』に逃亡させた『スパイダー』の件。結局『スパイダー』は勘違いも甚だしい巨大蜥蜴バイオノイド(違法)を作ったのだが、あれはあれで有用性はあったのかもしれない。それを阻止したのは、トモエ達だ。
そして宗教組織『Z&Y』における疑似超能力の実験。ほぼ完成となり、回収しようとしたところでトラブル発生。それにもトモエが係わっており、しかもバーゲスト事件の発端になった。
バーゲストが召喚され、それだけで周辺区域は大きく破壊された。召喚の責任を取る形で『イザナミ』が復興支援を出すこととなる。そのバーゲストのエネルギーをドラゴンとするなど、イザナミからすれば嫌味でしかない。まあこれはカーリーが悪いのだが。
そして先の002部隊への打撃。
「ぐぬぬぬぅ! 祖母様さえいなければ上手く行っていただろう案件が多すぎる! 祖母様は妾の疫病神じゃ! おーのーれー!」
恨み深しとばかりに地団駄を踏むイザナミ。実際に成功していたかはともかく、巨大な計画のいくつかがトモエ達に潰されたのは確かだ。
「トモエちゃんも偉くなったねぇ。えらいえらい、エラのヒレ酒が飲みたいねぇ。頼んでいいいかい、イザナミちゃん?」
胃痛に耐えるイザナミの隣で白いお猪口をもって顔を赤らめているのはIZー00210634ことムサシだ。電子酒ではなく本物のお酒を口にして、大きく息を吐いた。本物のアルコールなどタワーの中にしかない。ムサシも飲むのは久しぶりだ。
「だめじゃ! っていうかおぬし護衛なのに酔っ払いとかどういう了見してるんじゃ!?」
「この程度は問題ないない。まだまだ宵の口だからねぇ。良い良いと言ってくれてもいいじゃないかいか」
「ええい、この酔っ払いが! 祖母様がバイオノイド対策を持ってなければこんな奴ではなく『ONI』のエリートを連れてきたんじゃが……!」
『イザナミ』が誇るバイオノイド技術。その最新鋭ともいえる部隊が『ONI』だ。巨大な体躯を持ち比類なき戦闘技術を持つ彼らは護衛にうってつけだが……バイオノイドである以上、トモエには通用しない。
……まあ、そのエストロゲンはトモエが恥ずかしいという理由で、当人は使う気は全くない。イザナミがそれを知る由はないが、バイオノイドを封殺される可能性がある以上は使えないのだ。
その為護衛は
(あああああああ。本物のお酒を飲んでほろ酔いしているムサシ様ぁ……! イオリは、イオリは感動のあまり昇天しそうです! いえ、死にません。死んでたまるか!)
そのイオリは、酔っ払っているムサシを一歩引いた場所で見ながら紅潮していた。さすがに人間様の前でいつもの発作を起こすわけにもいかず、直立不動のままだが。
「酔っ払いとドローン科学者とはな。『イザナミ』の人材不足を嘆きたくなるわ」
「はっはっは。人望の無さは自業自得と思うよぉ。部下をあれだけ粛清してバイオノイドだけで固めたツケが回ってきたようだねぇ。所で漬物食べていい?」
「うるさいわい! 何でも言うこと聞く上に並のクローンより強いバイオノイドに信頼を置いて何が悪い!」
「カッカしても今は変わらないよぉ。ま、護衛の仕事は確実にこなすさ。お姉さんもイオリちゃんも、『ONI』より役立つってことを教えてあげるさ」
ムサシは人間であるイザナミに対しても態度を変えない。希少な
「そろそろ来るよ」
「来客確認。トモエ様とその護衛です」
直立不動のままイオリが報告する。その数秒後に、インターホンが鳴った。ムサシは未来予知で、イオリは蜘蛛型小型ドローンによる観察で情報を得ていた。イザナミは袖から取り出した薬を飲み、頬を叩いて気合を入れる。
「入るがいい。歓迎するぞ、祖母様」
「お久しぶり、イザナミちゃん!」
先ほどまでの会話は何処へやら。柔和な笑顔を浮かべて、イザナミは『交渉モード』になってトモエを迎え入れる。
「やぁ、旦那。一杯どうだい?」
「そいつはニホンシュ……! 本物なのか!?」
「駄目だからね。仕事優先」
「ぐ……! 了解、だ」
ムサシがコジローを酒に誘うが、それを止めるトモエ。コジローはものすごくつらそうな顔をしたが、ぎゅっと拳を握って誘いを断った。市民ランク6のコジローにとって、本物のアルコールなどこういう機会がなければ一生口にすることはできないだろう。
「イザナミちゃんの護衛はムサシさんとイオリさんなのね。納得だわ」
「祖母様の護衛もこちらに引けを取らぬと聞いている。聞けばいくつかの事件で共闘したとか。祖母様の危機を救えて、妾も鼻が高い」
「ええ、ムサシさんには何度も救われたわ。いなかったらここにいないかも」
ムサシに感謝の気持ちを込めてトモエは言う。実際、ムサシに救われたことは多い。ムサシからもトモエに救われた部分があるので、お互い様なのだが。
(ふん、本当にいなくなってればよかったのに! 余計なことをしおってからに!)
なおイザナミの心中は大荒れである。
(連れてきたのが妾の
トモエがコジローとゴッドを連れてきたのはやむに已まれぬ選択なのだが、イザナミからすれば挑発でしかない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。何をしても自分に対する攻撃と思ってしまうイザナミであった。
「して、妾に何用じゃ? 会議の前に会いに来たというのだから、何かしらの相談とお見受けするが?」
会話のイニシアティブをとるイザナミ。トモエもイザナミもお互い企業のトップだ。会うこと自体が大きなイベントになる。何かしらの『手土産』をもって会議で味方をしてくれ、というあたりか。
「あー。そう言うのはなくて」
「……は?」
「なんとなく顔見せかな。ロビー活動とかよくわからないし」
トモエは悪意ゼロの表情で告げる。実際、時間があるしカーリーにも言われたから行くか、ぐらいの感覚で来たに過ぎない。
(これは……どういうことじゃ? ロビー活動ではない?)
だが権謀術数に富んだ……というよりは疑り深いイザナミはこの言葉を素直に受け取らなかった。トモエの表情を見ながら、思考に耽る。
(演技……には見えぬ。本当に交渉をしに来たのではないのか? だとしたら……?
よもや、事前に威圧もしくは暗殺か!? ムサシを倒したクローンを連れてきたのはそう言う意図! 相応の修羅場をくぐってきた祖母様ならありうる! 妾にもいろいろ恨みもあるだろうし、ここでこれまでの報復をするつもりか!)
そしてその猜疑心故にそんな結論を出す。トモエを知る者なら失笑する発想だが、イザナミはトモエが自分の計画を潰した相手だと思っている。加えて、誘拐事件や『スパイダー』の件や002部隊の襲撃などで恨んでいるとさえも。
「か、顔見せか。それはどういう意図があるのかのぅ」
緊張を隠すように笑顔で告げるイザナミ。いつでも逃げられるようにわずかに重心をずらし、背後の護衛を意識する。未来予知の
「意図って……ええと、これから仲良くしましょうってぐらい?」
「仲良く、か。つまり何かしらの融通が欲しいという事かえ? クレジット的な支援か、技術的支援という事か?」
「あー。欲しいと言えば欲しいとけど、今はいいかな。とりあえず人がいないと話にならないし」
軽く告げるトモエに対し、イザナミは心の中で緊張して言葉を選ぶ。どのタイミングで襲撃してくるのかが読めない。
(どどどどどどどういうことじゃ!? 人がいないから寄越せと!? はっ、祖母様を襲った
勘違い。猜疑心。裏読み。イザナミの心は千々に乱れた。相手がトモエでなければ落ち着いて分析もできただろうが、何せ状況が状況だ。実はムサシがトモエと裏で繋がっているかもしれないとさえ思い始める。
(ええい、この危機的状況でこの酔っ払いは何をしておる! よもや祖母様と結託しておるのか!? このタイミングで酔っているのはそういう事か! もう一人の護衛も動きはせんし!
そもそも
「とにかくこれからもイザナミちゃんとは仲良くしていきたいなぁ、って思ってるのよ。カーリーみたいに嫌味とか罵りとかなしで」
「う、うむ……。そうありたいのぅ。多少の言い合いは重要と思うのじゃが。
(つまり、交渉なしでいろいろぶっこんで来るという事か!?)」
「嫌よ。BBAとかストレートに来るのはマジでムカつく。いつかカーリーには仕返ししてやるんだから!」
「そ、そうか。それは……まあほどほどにな。
(先ずはカーリーを潰すという意味だな。その次は……。いや、さすがに直接口にはせぬが、そういう事じゃな……!)」
疑念の沼にハマったイザナミは何気ないトモエの会話にさえも怯えだす。遠回しの宣戦布告を受け取り、身をすくめる。
(マズイマズイマズイ! 祖母様のエストロゲンを使われれば『イザナミ』のバイオノイド部隊は壊滅! もう一つのカードである
データ上の『トモエ』資産と人数を考えれば襲撃はあり得ぬ話じゃが、逆に言えばそれをもってしても勝てる自信の表れ! そもそも『トモエ』の情報がダミーの可能性もある! 軽率な判断は禁物じゃ!)
内心顔を青ざめるイザナミ。本当に企業同士の武力衝突になれば数や資産で劣る『トモエ』に勝ち目などないのだが、ここまで強気(とイザナミが勘違いしている)な交渉を受ければ、更なる策があるのではないかと疑いもする。
「あ、そろそろ時間だ。じゃあね、イザナミちゃん」
その後も世間話をしたトモエは、次の予定があるとばかりに席を立つ。
「では会議で会おう、祖母様。
(会議以外で会いたくないのじゃ! 他のモノがおらん状況で会うとか心臓と胃がもたぬ!)」
「楽しかったよ、またお話ししようね」
「ふ、互いの状況が許せばな。
(また、とか勘弁してくれ!? もうこんな地獄味わいたくないわ!)」
始終圧倒されたまま、トモエとイザナミの会談は終わりを告げる。トモエが扉から出ていき、その扉が閉まった瞬間にイザナミは崩れ落ちる。それを予知していたムサシが倒れる前に抱きかかえた。
「そ、祖母様怖い……。あそこまで好戦的だったとは……。妾、もう会いたくない……」
「なんでだよぅ? ま、会議が始まるまで寝てるんだね」
倒れることまで予知していたムサシと手厚いイオリのケアにより、ビカムズシックス開始前までにはどうにかイザナミの体調は戻るのであった。
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