不老不死の件がなければ
ビカムズシックス開始5時間前。トモエは護衛の二人を伴って、とある部屋の前まで来ていた。
「開けましたわ。どうぞお入りください」
オートロックが開く音。そしてスピーカーから聞こえる声。それを確認し、トモエは部屋の中に入った。
「初めまして、お婆様。『ミルメコレオ』の件ではご迷惑をおかけしました」
そこにいたのは中国風のドレスを着た20代の女性だ。鋭い瞳は統治者を思わせ、人を従わせるのに慣れた女王をイメージさせる。
「そうね。そのあと私を篭絡しようとしたりしたみたいだけど」
「その計画も今は凍結しています。まさか企業の長を誘惑するなど恐れを多く」
「どうだか。今日はその辺りも含めてお話しましょ、ジョカ」
ジョカ。
企業『ジョカ』のトップであり、かつてトモエを誘拐しようとした企業の長だ。一度目は
そして次の策は力技ではなく
ともあれ、トモエに直接的に敵対したのがカーリーなら、企業と言う力を使っての妨害を仕掛けてきたのはジョカである。
二人は部屋のテーブルに対面するように座り、互いの護衛がその背後に控える位置に移動した。BGMとして流れるのは琴を思わせる弦楽器が奏でる緩やかな曲。しかしジョカから発せられる空気はそれに反するように硬く鋭い。
「妾と話がしたいと聞いて驚きました。お婆様は私のことが嫌いと思っていましたので」
トモエはタワー管理局を通して、ジョカと話ができないか連絡を取ってみたのだ。プライバシー保護やジョカが拒否する可能性もあってダメ元だったが、あっさり話は通った。
どうやらこういう高ランク市民同士の会合はよくあるらしく、むしろ勝手に出歩かれる方が迷惑なので話を通してくれる方が気が楽なのだとか。西暦の世界会議でも出会う順番で国家情勢が変わることもあるので、気を使う部分である。。
「好き嫌いで言えば嫌いね。とはいえ『ジョカ』には知り合いも多いし」
言ってトモエはジョカの背後に控える護衛に目配せした。全身断熱素材のコートを着て顔を隠した女性と、身長2mを超える巨躯の男性。『ジョカ』が誇る最強の
(反応しずらい……! ここは沈黙が吉! 護衛体勢を崩さず、何も言わずに直立不動!)
(ボイルが何も言わないという事はッ、うぉれもこうしているほうがいいという事だなッ。理解したッ!)
ボイルは金属マスクの下で渋面し、ペッパーXはボイルに従うように無言を貫く。ある程度の付き合いがあるトモエは、二人がわずかに微動したのを見て心境を察した。
「お互い時間は重要な資源です。要件を窺いましょう。
念のために言いますが、この二人を引き抜きたいというのならお断りです」
「ええ、それは諦めてるわ。 むしろその真面目さも含めてボイルさんとペッパーさんが好きなんだから」
けん制とばかりに話を振るジョカ。トモエはそれを軽くいなした。『トモエ』立ち上げ時にボイルとペッパーXに移籍勧誘はしたが、『ジョカを裏切れない』と拒絶された。トモエもその意見に納得し、それ以降は何も言っていない。
「あっさりしていますね。『ジョカ』が誇る
「それこそまさかよ。二人は友達としていてほしいし、コジローもゴッドさんも
要件は私を誘拐しようとした件について聞きに来たのよ」
トモエは背もたれに身を預け、問いかける。
「何をいまさら。まさか今この段階に至って私たちの不老不死の事を理解していないというのですか?」
眉をひそめて問いなおすジョカ。
天蓋の企業創始者5名――正確にはジョカの兄を含めた6名は、共通の祖母に当たるトモエを異世界召喚プログラムを使って過去から召喚した。祖母が存在しないのに孫が存在している。その矛盾を利用し、孫たちは永遠の命を得たのだ。
以降、彼らは老いることなく天蓋を運営してきた。しかしトモエが召喚プログラムから外れることで、その不老不死は崩れだしたのだ。トモエが正しい時間軸に戻れば、彼らの不老不死はなくなる。
その可能性がある以上、ジョカはトモエを目の届く範囲で監禁する必要がある。元の時代に戻られても困るし、死亡した際に不老不死がどうなるかもわからない。
「あ、それは理解しているわ。だから聞きたいのは誘拐しようとした理由じゃないの。
それに何かがあってもコジローが助けてくれるって信じてるから。誘拐自体も無駄だって言いに来たのもあるわね」
絶対の信頼を込めて、トモエはそう言い切る。後ろに控えるコジローは背筋を伸ばして表情を引き締めた。当然だという意思を込めたのと、油断すると表情が崩れそうになるのを自制したのだ。
「聞きたいのはなんで不老不死に拘るかってことよ。
他の企業トップはそこまで拘らなかったわ。少なくとも誘拐とかいう強硬手段を使ったのは『ジョカ』だけ。そこまでする理由を聞きたいの」
トモエの知る限り、不老不死に拘っている企業トップはジョカとカーリーだ。とはいえカーリーはトモエに直接危害を加えようとはしない。彼女はコジロー関連で絡んでくるのがメインである。トモエ的にはそっちの方が許せないのだが。
「死にたくないからに決まっています。まだ天蓋を運営していたい。そう思っているから――」
「別れたくない大事な人がいるの?」
「――うぶっ!?」
トモエの問いかけに言葉を詰まらせるジョカ。
「な、何をいきなり!?」
「死にたくない理由ていろいろあるけど、やっぱり大事な人との別れが一番だと思うの。私もその想いで怖い事とか酷いことから耐えられたし」
天蓋に来て、多くの事件に巻き込まれたトモエ。命の危機など何度もあったし、事件を思い返して改めて怯えることもある。正直、今ここでこうしているのは奇蹟なのだと思っている。
死を覚悟したこともあったけど、それでも怯えず歩けるのは大事な人がいるからだ。別れたくない人がいるからだ。
「子供ですね。270年も企業を運営すれば、そんな感情は消え失せます。お婆様のような幼い精神と一緒にしないでください」
冷静さを取り戻したジョカがそう言ってトモエの言葉を一蹴する。トモエもそれ以上は追及せず、この話題はこれで終わりになった。
(ジョカ様……つい五分前までの事を思えば、説得力がありません)
ボイルは無言で立ち尽くし、マスクの下で唇をかんで堪えていた。
トモエに会う数分前まで奥の部屋から『わあああああああん! お婆様が私を攻めに来るんだあああああ! 直接会談とかこわいよフッキお兄ちゃあああああああん!』と言う泣き声が聞こえていたのである。
「聞きたいことはそれだけですか? これ以上は時間の無駄と思いますが」
十分に『フッキお兄ちゃん成分』を補充していたジョカは、冷たくトモエに言い放つ。だがボイルはジョカの目線が兄のいる奥の部屋を意識しているのが分かっていた。そろそろ限界が近いのだろう。
「ついでだから聞いておくわ。新企業『トモエ』に関して、どう思っているの?」
「どう、と言うのは曖昧ですね。良き関係を結んで天蓋を運営していければいい……という定例句を聞きたいわけではないわけですね」
「そうね。本音を聞きたいの。新参者が同格になるのは許せないとか、そういうことを思ってる?」
トモエの言葉に、ジョカは柔らかく微笑んで口を開く。
「不老不死の件がなければ、お婆様の盟友になりたいぐらいです」
ジョカの答えは、トモエの想像外のモノだった。恨まれているか、或いはカーリーのように敵対するかと言われると思っていたが。
「失礼ですが、お婆様に関係した事件を調べ上げました。正確には巻き込まれた、と言うべきでしょうが……。
そこのNe-00339546と共にここまで駆け抜けた経緯、実に心躍りました。自慢の
ジョカはけして色眼鏡で物を見ない。事実に基づき、システムに則り評価する。時折ワンメイのようなシステムの隙を縫い出世する者もいるが、その有能さを理解したうえで徴用している部分もある。
(お婆様の経緯はフッキお兄ちゃんも褒めるぐらいだもん! ジョカ以外の女の人にに目が向くのはムカつくけど、ジョカもお婆様はすごいと思う! フッキお兄ちゃんと一緒に記録を見て心躍ったぐらいに!)
……まあ、兄のことが絡むとそのメガネが思いっきり曇るわけで。先の誘拐事件やハニートラップ計画もその結果なわけである。それを理解しているのか、咳払いして話を続ける。
「意外な言葉ね。てっきり誘拐失敗して悔しいむっきー、ってなってると思ったのに」
「勇み足であったことは認めましょう。失敗を悔いていないとも言いません。それ以上に、お婆様の天蓋での活動は目を見張ったのです。多大な縁と、そしてお婆様本人の強い意志。それは見事と言わざるをえません。
とはいえ、不老不死に関しては妥協できないのも事実です。まだ死ぬわけにはいかない。それは譲れないことですから」
それが偽らざるジョカのトモエに対する感情だ。
尊敬はする。だけど目的の為には妥協しない。如何なる手段を用いても、不老不死復活の為に生贄になってもらう。
「そう。その言葉が聞けただけでもここに来た価値があったわ」
「意外ですね。過去の件に関して賠償請求すると思ってたのに」
「こっちも電磁シャトル? それを壊したからノーカンよ。
あと結果論だけど、あの事件があったからボイルさんやペッパーさん、ゴクウさんやギュウマオウさんとも知り合えたしね。悪いことばかりじゃなかったわ」
あの時はもうダメかと怯えもしたが、今となってはあの事件で得られた絆もある。トモエは心の底からそう思っていた。ジョカの護衛である二人がわずかに身震いしたのは、心の動揺を抑える為か。
<ボイルッ! うぉれは今ッ! 猛烈に感動しているッ! 恨まれてもやむなしの相手にッ! ここまで言われるとはッ!>
<黙りなさいよ、馬鹿。私だっていろいろ言いたいのを我慢してるんだから!>
<なんという懐の広さッ! これがッ! 企業運営者にしてッ! 人間ということかッ!>
ペッパーとボイルの間で、そんな通信が交わされていたとか。
「じゃあね、ジョカ。私もあなたとは友達になりたいわ」
「その言葉を素直に受け取り、誇りにしましょう。
ですが、企業トップとしての行動は変わりません。いずれ貴方を捕らえ、時間軸の届かぬ空間に移送します」
「どんなところに連れていかれたって、うちのコジローが助けに来てくれるわ」
絶対の自信をもって告げ、トモエは席を立つ。聞くべきことは聞き、言うべきことは言った。今はこれで十分だ。
「次はどちらに向かわれるのです?」
問いかけられるジョカの言葉に、トモエは振り向いて答えた。
「イザナミちゃんの所よ」
次の会談相手はイザナミだ。既にアポイントメントは取ってある。今から行けば、十分に間に合うだろう。
「お気をつけて。イザナミはジョカ以上にお婆様に恨みがありますから」
「はあ? あんなかわいい子が人を恨むとかあるわけないじゃない」
腹黒ロリ娘の心中など知る由もないトモエは、ジョカの忠告を心の底から否定していた。
(002部隊の件とか、色々恨まれてるんでしょうねぇ……)
(『働きバチ』のエストロゲンの件とかもあるしなぁ)
ゴッドとコジローの護衛二人は言葉にせず、トモエが係わった『イザナミ』関連の事件を思い出していた。
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