マジレスすると――
企業としての『ペレ』の特色は、高度なバッテリー作成技術だ。
バッテリー。充電可能な電池を指し、正確な名称は使い切りの電池を一次電池呼ぶのに対し、二次電池と言う。車両や通信機やドローン、サイバー機器や
バッテリーはその構造上、再利用ができない部品であり定期的な交換が必要になる。『ペレ』の作成したバッテリーはその摩耗が少なく、且つパワフルであるとして他企業の技術者全てが『バッテリーだけはペレ製のを』と思っている。とはいえ、性能相応に高価なため予算の都合で諦めることもあるが。
ともあれ、高性能バッテリーが売りの『ペレ』産のクローンは他企業に比べてサイバー化の割合が高い。腕だけではなく胴体部分も機械化している者がほとんどだ。脳を摘出して培養槽に入れているニコサンなど好例と言えよう。そして何よりも、
「新企業の立ち上げおめでとうございます、トモエ殿! このカメハメハ、『ペレ』の一人として、そして縁を結んだものとして、その行動に感激している次第でございます!」
「そんなにかしこまらなくていいよ、カメハメハさん。いつも通りでいいから」
「はは、では失礼して!
この喜び! この感激! 吾輩に涙腺あれば滂沱していたでしょう! 次のアップデートでは目から涙を流せるようにすると決めました!」
トモエの言葉に言って立ち上がり、頷き答えるカメハメハ。
「カメハメハ!」
両腕頭上で交差させて、腕で円を作る。
「イズ!」
両足に捻りを加え、曲線を描く。
「インッッッ、プレッシド!」
そして感激を示すように大声で叫び、ポーズを決めた。
「にゃははははは! カメちゃんマジウケる! かっけー!」
そのポージングを見てペレは手を叩いて賞賛した。その後でぺしペしとカメハメハの体を叩いている。
「グレっちもそういうのないの? オモロ芸とかそういうの」
「小生、PL-00116642のような事はできませぬ。ただ戦い、守るのみです」
そしてペレはここまでトモエ達を護衛してきた盾を持つ
「別に悪いわけじゃないよ。むしろグレっちのことをもう少し知りたいだけだっただけだから。オモロ芸がなくてもグレっちのことは信用してるよ」
「過分な評価痛み入ります。しかし小生はペレ様に斯様に呼ばれる資格などありませぬ。
PL-00193697――シグレとお呼びいただければ幸いです」
「堅い堅い。盾役だからって性格もガチガチとかお約束すぎ! 気を抜けるとことは気を抜かないと!」
「はー。貴方もカメハメハさんと同じ……カプ? 何とかなの?」
「『カプ・クイアルア』だよ、お祖母ちゃん。ハワイ源流の格闘術。格闘なのかなぁ、あれ? とにかく伝統武芸ね」
「ハワイ……常夏のリゾート地ってイメージしかないわ、格闘技もあるのね」
「格闘術はどの国にもあるわよ。ま、そのハワイも今は――おおっと、お口チャック」
何かを言いかけて口に手を当てるペレ。トモエは気になったが聞き返そうとする前にペレに質問される。
「『トモエ』の護衛はその二人でいいのね? Ne-00339546とIZ-00361510」
「え? うん。ペレの護衛はカメハメハさんとシグレさん?」
「イエスイエス! あーしの所の熱い格闘家と浮沈の盾。誰を選ぶか迷ったけど、お祖母ちゃんの護衛と縁深いカメちゃんを連れてきたわ」
ペレはコジローを見ながらそんなことを言う。興味津々と言うよりは挑発的な瞳だ。
「こういう場じゃなかったら、どっちが勝つか争わせたいわね。今のカメちゃん相手だと、前みたいにはいかないかもよ」
前。
コジローとカメハメハの戦い。それを知っているという事だ。ペレはそれを隠そうともしない。貴方のことは調査済みだと暗に宣言する。
「人間様の命令なら……と言いたいが、俺はトモエの護衛でね。カメハメハの旦那がトモエを襲わない限りは戦うことはないさ」
「純粋な興味としてコジロー殿との戦闘は望むところだが、吾輩もペレ様の護衛が任務だ。それを逸脱するつもりはない」
コジローもカメハメハも、自らの役割から逸脱するつもりはない。個人的な興味はともかく、大事なことをはき違えはしない。
「もー。そこはライバル通しバチクソ火花散らさないとおもろくないでしょー。でもその精神性が強さの要なんだから仕方ないか。おけおけ」
肩をすくめるペレ。とはいえ思い通りに進むとは思ってなかったのだろう。もちろん立場的にカメハメハにトモエを襲うように命令もできるが、ペレもそこまでして戦わせたいわけでもない。
「何処かでキャラ同士戦わせるコンテンツ作るしかないか。闘技場? 違うわね。ボス戦再現みたいなヤツ。VR空間で脳内記憶を再現する感じかなぁ?
よし、この会議終わったら考えよう! 滾ってきたー!」
ぶつぶつと何かを呟き、両手を上げるペレ。その後でトモエに耳打ちするように近づいて囁いた。
「で、お祖母ちゃんはもう彼に抱かれたの?」
「ぶっ!」
性行為を思わせる指の組み合わせをしながら問いかけるペレ。トモエはその意味を察して、顔を赤くした。両手を振ってペレから距離を離し、叫んで返す。
「ななななんてこと聞いてくるのよこの陽キャアロハギャルは!」
「やーん、反応がうぶ。マジ可愛いわ。クローンは生殖細胞内からなんどヤッても妊娠しないから。勇気出してごーごー!」
「ゴーゴーじゃないわよ! そんなライトにできるかそんなこと!」
ノリの違いに頭を抱えるトモエ。ペレはつまらないとばかりに唇を尖らせて体を離し、追及を終えた。
「うーん。旧世代は性に奥手だって聞いたし仕方ないか」
「私からすれば天蓋の軽すぎる倫理が恐ろしいわ……」
西暦時代から来たトモエからは信じられない性への感覚である。トモエも親世代の性に対する頭の固さにへきへきしていたので、時代の移り変わりと言う事なのだろうか。300年近くの時代の流れは恐ろしい。
「マジレスすると――」
空気が弛緩した瞬間に、ペレはそれに割り込むように言葉を放つ。
「後悔しないうちに行動したほうがいいよ。お祖母ちゃんはもう時の人。自由とかそういうのとは縁遠くなるんだから。
いろんなものにがんじがらめになって、いろんな人に狙われて。それでも夢なんて呪いの為に進み続けるんだからさ」
柔らかい笑顔を浮かべ、そんなことを言うペレ。
「ペレ……」
トモエはその笑顔に隠されたペレの気持ちがわからない。わかるはずがない。長く企業の上に立ち、天蓋を運営してきた人間。寄り添う人間もなく、死ぬこともできず。それによって起きる苦悩などトモエには理解できるはずもない。
「あ、でもお祖母ちゃんが精神的に縛られるのが好きとかなら話は別か。おばあちゃんの時代にはまだ催眠アプリはできてなかったんだっけ。今度試してみる?」
「試さない! つーかそんなの完成させるな天蓋!」
「エロに関する欲望と行動力って人もクローンも同じで凄いのよね。あーしもちょっと感心したわ。呆れもしたけど」
しかしそんなシリアスな空気は、あっさりと瓦解した。エロスと戦争は文明を大きく進化させるという事か。人の業の深さを改めて知ったトモエであった。
「ペレ様、そろそろお時間です」
「おおっと、もうそんな時間か。シグっちがいると便利便利。時間に正確すぎてアラーム要らずだわ」
「お言葉ですが、ペレ様の持つ端末の方が正確かと。小生の時間把握は体内にある旧式の原子時計と小生の時間間隔。温度による誤差を無くしたペレ様の端末に比べれば、誤差は10のマイナス10乗もあり――」
「いいのいいの! こういうのはいつだって人の声が大事なの! 機械もいいけど人のぬくもりも大事ってね!」
細かい事は気にするな、とばかりに手を振るペレ。なお10のマイナス10乗の誤差とは、3000年に1秒ズレる誤差である。
「行くよ、カメちゃんシグっち!」
「では失礼する、トモエ殿!」
「トモエ様のお部屋はこちらになります。クローンのお二人はID認証で。トモエ様はそちらのパネルに指を添えてください。指紋、指紋、網膜、声紋、静脈、DNAなどが登録されますので。それがこのエリアの防犯システムになります」
言ってペレとカメハメハ、そしてここまで護衛してくれたシグレは去っていく。
「嵐のように去って行ったわね……何しに来たのかな? 挨拶?」
「あるいはけん制かもな。自分の護衛はこんなにすごいんだって」
「うーん。クローンをアクセサリーのように扱うふうには見えないのよね。どちらかと言うと自分の子供がかわいいとか、そんな感じかも」
「子供?」
「ああ、ごめん。忘れて……忘れて……」
コジローに問い直されて、顔を赤らめて蹲るトモエ。天蓋のクローンは子供を産めない。それ自体は忘れてたな、程度の会話だ。ただペレとの会話が脳内で再現され、羞恥で崩れ落ちた。
『お祖母ちゃんはもう彼に抱かれたの?』
『クローンは生殖細胞内からなんどヤッても妊娠しないから』
『勇気出してごーごー!』
先ほどのペレの言葉が脳内でリフレインする。トモエも別に興味がないわけではなく、むしろコジローに抱かれたい気持ちであふれている。でもそれを自分から言うのは流石に躊躇われた。
「うん、わかってる。今はまだ待てトモエ。この気持ちは間違いじゃない。だけど天蓋みたいにがっつくのは違う。よし、落ち着いた!」
「本当に落ち着いたのか?」
「コジローさん、ここは優しく支えてやるのが一番ですぜ。困惑した心に付け入るのは基本ですから」
「聞こえてるからね、ゴッド」
「うひぃ、すみません! ゴッドなアドバイスなつもりでしたが余計なお世話でした!」
額に手をやって起き上がるトモエ。確かに今コジローに優しく支えられたらその気になっていた。そこまでチョロくないつもりだけど、でも危なかっただろう。いやチョロすぎ? トモエは冷静に自分を判断して、ちょっと自己嫌悪した。
「会議の開始は6時間後。それまでゆっくりするわよ。豪華な布団で惰眠を貪るわ!」
「いやいや、そうもいかないのが社会戦と言うモノだ。6時間などあっという間。ゆっくり休んでる余裕などないぞ、BBA」
扉を開けようとしたトモエに向かって、失礼なことを言ってくる人間。その声と呼称に対し、トモエは露骨に嫌な顔をした。
「なによ、カーリー。なんか用?」
「当然だ。用がなければBBAの顔など見に来るものか」
企業『カーリー』のトップである妙齢の女性は、トモエに負けず劣らずのしかめっ面をトモエに向けていた。
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