ウェルカム、お祖母ちゃん!

『タワー』――天蓋において、高ランク市民が住む高層構造物だ。


 市民ランク2以上のクローンが住むことが許される(例外はある)タワーは、市民ランク制度の象徴でもあった。高いランクを得た者が住むステータス。かつて『人間』が得ていた食料や飲料などを購入することができる。衣食住全てにおいてタワー外の生活とは段違い。まさに選ばれた者だけが許された環境だ。


「ここがそのタワーの始まりなのね」


 トモエ達が向かったのは、天蓋で最初に建てられたタワー。その名は『アベル』。アダムとイブの息子。神に供物をささげた羊飼いの名。


「立派なものだな。とても300年前のモノとは思えねぇぜ」


 その外観は何度か改装されているのか、今のタワーと比べてそん色ない。むしろコジローが言うように立派なものである。高さ280mの真っ直ぐな建物。天蓋でもこれ以上の高さの建物はないと言われている。


「タワマンもびっくりよね。階全てが一人のクローンの住居とか、どうなってるのよ?」

「タワマン? 住居エリアに販売エリア、娯楽エリアに接待エリア。広さにして2ブロックの店舗がそのまま入っている感じですぜ。いやはや大したものですなあ」


 運転席に座っているゴッドがそんなことを言う。自動運転に任せて『NNチップ』内の娯楽に興じていたが、ここは媚びを売る場所だと察して言葉を発した。もっとも、ゴッドは西暦時代のタワマンなど知らないし、天蓋のタワーに入ったことなどないので検索結果を言っただけだが。


「その最上階で調停式とか。いやはや大したものです。この機会を除けばアベルはおろかタワーに入ることなどもはやはなく……トモエ様、タワーを作ってみません? そしてこのゴッドをその住民に。

 市民ランクによる差をなくすというのなら、その先駆けになるやもしれませんぞ」


「そうね。相応の結果を出したらね。ノルマ果たせてないって聞いてるから頑張って」

「ぎゃああああああああ! ノルマと納期はこのゴッドが最も苦手とする言葉! おおおおお、トモエ様は恐るべき御方だ!」


 ゴッドの提案を笑顔で返すトモエ。この前は『仕事と真面目』が一番苦手と言っていたのだが……まあゴッドはそういう性格だ。トモエは聞かなかったことにして、改めて『アベル』を見た。


「天蓋で最も最初に作られたタワー。そして……人間達がVR世界に浸っている施設がある場所」


 トモエが言っているのは『アベル』を調べれば一番最初に出てくる項目だ。


 かつて地球を支配していた人間は、様々な理由でVR世界で夢見ることを選んだ。脳だけの状態となり、作られた世界に自ら籠る。その人間達の脳が納められているのが、この『アベル』なのだ。


 都合のいい世界。都合のいい相棒。都合のいい展開。天蓋は人間達が夢見るために生まれ、クローンは人間の眠りを維持するために生み出された。社会を構成し、人間を神と崇め、五大企業と言う社会制度に支配されている。


<そして五大企業が調停した場所でもあります。『トモエ』の調停式がアベルで行われるのも、ある意味妥当な場所でしょう>

「たいした場所だぜ。本当に俺みたいなのが入っていいのか怯えちまう」


 ツバメの説明に身震いするコジロー。怯えるとは言っているが今更逃げるつもりはない。むしろ気合を入れ直した感じだ。トモエのパートナーとして恥じぬようにしなければ。


「はっはっは。キモが小さいですなぁ、コジローさんは。こういう時は威風堂々と構えるのが一番! そして何か指摘されたら適度な人間に責任を押し付けて逃げるのが一番!」

「押し付けられるのは私なんだけどね」


 そんなコジローに胸をドンと叩くゴッド。必要以上に委縮しないことは大事だ。とはいえ責任転嫁は如何なものか。トモエは半眼になってツッコミを入れ、そしてため息をついた。


「やっぱり護衛はネネネちゃんの方がよかったかなぁ……。でもあっちはあっちで外せないし」


 護衛として検討していたネネネは、現在『国』に戻っていた。そこにいるクローンやバイオノイド達に声をかけ『トモエ』に引き入れる交渉を頼んだのだ。なのでこの場にはいない。


「ネネ姉さんがいないのは仕方ねぇが、効果はあるらしいぜ。まだ形にはならないが、『トモエ』への関心は高いらしい」

「うん。ネネネちゃんの元気トークと『国』の惨状を考えれば、ありありなのよね。ネネネちゃんのキャラ的に騙そうっていう感じじゃないし」


 この時点ではまだ数字には表れていないが、ネネネの説得で『国』から『トモエ』に移籍するクローンとバイオノイドは増大していく。ネネネの性格と言うこともあるが、トモエ達が『スパイダー』を追い出したことも大きく影響していた。


「おおっと、ゴッドが護衛として不適切と言われている気がしますが、まあそういう事もあるでしょうなぁ。さすがにネネネ様と比べられると仕方がないですとも。はっはっは」


 戦闘力としては皆無に等しいゴッドが誤魔化すように笑う。ネネネを一度バカにして(3サイズを言い当て、更には性的魅力の無さをからかった)、見事に返り討ちに遭ったことがあるのだ。必殺の土下座スタイルでどうにか和解したが、それ以降ゴッドはネネネに頭が上がらない状態である。


「そうね。むしろ不安でしかないんだけど。会議に来た人の3サイズを公言するとか本当にやめてよね」

「トモエ様、さすがのゴッドもその辺りの空気は読みます。口にはせず、『NNチップ』越しにお伝えしますので」

「伝えなくてもいいから! むしろ3サイズを計るな! 失礼だから!」

「ノー! ゴッドの娯楽の一つを奪うというのですか!? 至高の肉体を前にしてその造形を語ることを封じるとは何たる言動弾圧!」

「ああ言えばこう言うなぁ、コイツは……!」


 怒りの声を押さえることなく告げるトモエ。やっぱりコイツを会議に連れていくのは不安でしかない。余計なことを言って恥をかいたら、そのまま首にしようかしら。そうしようそうしよう。


「『護衛は二名まで』なんて条件と飛行車両の運転がなければ、こんな奴を連れていくとかなかったのに」

「つまりこのゴッドに与えられた千載一遇のチャンス! 全ての運気はゴッドに流れているという証! ここで一気に昇格して、ゴッドもタワー入りだぜひゃっほぅ!」

「はいはい。何でもかんでもポジティブに考えられるのは利点なのかなぁ」


 皮肉も苦言も通用しないゴッドに諦めの言葉を放つトモエ。ゴッドのこの性格は一生変わらないだろう。鬱陶しくもあるが、現状『トモエ』は猫の手も欲しいレベルだ。少なくとも今飛行車両を運転できるのはゴッドだけなので、首を切ることもできない。


「とはいえゴッドさんの言うこともわかるぜ」

「なによ? コジローも人間様の3サイズが知りたいの?」

「そっちじゃねぇよ。この会議が一大イベントだってことだ。

 新しい企業もそうだが、五大企業トップの会合は禁止されてるからな。その例外が起きるなんざ、これまでなかったんだから」


 企業規定――天蓋においては法律に等しい規則において、企業トップ同士の会合は禁止されている。五大企業のバランスを一定に保つ為、互いの結託などを塞ぐためだ。とはいえあくまで名目で、トップ同士が会話していたことなど普通にあるのだが。


「その会合も、私を召喚して不老不死になろうとしたとかそういう話し合いをしてたんだしね」

「逆に言えば、それぐらいの大規模な事が起こるんじゃないかって戦々恐々している人も多いのさ。不老不死はともかく、天蓋に新しい何かが起きるんじゃないかってな」


 コジローの言うように、このビカムズシックスにかけられた期待は大きい。『トモエ』という新企業もそうだが、これまでなかった五大企業の公的な邂逅。そしてそれに伴うセレモニーパーティ。その経済効果だけでもかなりのモノだ。


「特にトモエの持つドラゴンに対する興味は大きいぜ。新しいエネルギーがどんな未来を作ってくれるのかってな」

「未知のエネルギーに期待を寄せるのはわかるけどさぁ……」


 ドラゴン。


 それは企業が持つエネルギーだ。天蓋はそのエネルギーを用いて運営されている。またクローンの因子には企業のドラゴンが含まれ、それにより超能力者エスパーが生まれるとも言われている。


 新たなドラゴンは新たな生産能力を生み、そして超能力者エスパーを生む。企業は一つの世界であり、一つの力だ。その際たるが、ドラゴンなのである。企業の価値を示し、企業が発行できるクレジットもドラゴンの性質によるのである。


「大したことはできないのよね、コイツ。エネルギーはすごいんだけど……天蓋に対して否定的だし」


 そしてドラゴンは、企業創始者と契約してその意のままに振るわれる。トモエはバーゲストもどきと契約して、その力を使えるようになった。トモエがその気になれば、そのエネルギーを発揮できる。


「なにをなにを! ドラゴンと言えば企業の力そのもの! 『ネメシス』のドラゴンであるソロンは法に逆らうものを弾圧する力となり、『ペレ』のポリアフは超低温による電気抵抗ゼロ物質を可能とした!

『イザナミ』のトツカは複数遺伝子融合バイオノイドを可能とし、『ジョカ』のシンは高熱による莫大なエネルギーを供給する! 『カーリー』のアスラは再生医療は多くのクローンを癒す力となるのです!」


 熱く語るゴッド。それはクローンなら誰もが知っていることだ。無法を叩き、高度な技術を生むきっかけとなる。そのエネルギー単体でも莫大な利益を生み、また多くの命を救う。


 それが、ドラゴン。


 そしてトモエもそれを持っている。そしてそれを行使できる。感覚としては何となく腕が熱っぽい程度の感覚だ。そしてその使い方も直感的にわかる。スマホの新機種に乗り換えて、なんとなく使い方がわかるぐらいに理解していた。


「ともあれドラゴンの公開を含めての会議ですからなぁ。ゴッドも鼻が高いというものです!

 ささ、到着しましたぞ!」


 そんな会話をしている間に、飛行車両はアベルの頂上にある駐車場に到着する。護衛ドローンに誘導され、所定の場所に着陸した。


「企業『トモエ』の代表トモエ様、到着確認しました。小生がご案内します。こちらにどうぞ」


 透明な盾を持つ完全機械化フルボーグが扉を開き、盾でトモエを守るようにビル内に誘導する。トモエ達三人は、その誘導に従うままに進んでいく。エレベーターで数階分下り、扉が開いたその先には、別の完全機械化フルボーグに護衛された一人の人物がいた。


「ウェルカム、お祖母ちゃん!」


 トモエに軽快に声をかける。アロハシャツを着た褐色の女性。年齢はトモエと同世代か。直で会うのは初めてだが、その名前は知っていた。


「ペレ……だったっけ?」

「うんうん! 歓迎するよ!」


 陽気な口調で、『ペレ』の代表であるペレは笑みを浮かべた。

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