BECOMES SIX
ビカムズシックス
企業『トモエ』――
その知らせは天蓋そのものを大きく揺さぶった。
天蓋において五大企業は絶対だ。企業はクローンを産み出し、仕事を産み、生活を許される場所。クローンにとって企業とは天蓋そのもので、世界そのものだ。
それが増えた。世界そのものが増えたのである。西暦で言えば、突然海から大陸が一つ浮上したか、宇宙から大陸レベルの宇宙船がやってきたのに等しい。市民ランクの上から下まで大騒ぎである。
下位市民ランクのクローンはただ混乱して右往左往し、上位利民ランクのクローンは新たな企業にどう取り入ろうかあるいはどのような距離を取ろうかと慎重になる。そしてその企業理念がまたクローン達からは驚きのモノだった。
『市民ランクの上下による優劣を廃止。優劣は実力をもって決まる』
『バイオノイドにクローンと同レベルの権利を与える』
つまり『トモエ』の庇護に入れば、天蓋における市民ランク制度は消滅するのだ。上位市民の圧力に苦しむ下位市民クローンはこれに喜び、バイオノイドも虐げられることもなく歓喜する――
「って感じてたくさんやってくると思ってたんだけどなぁ」
ディスプレイのグラフを見て、トモエはため息をついた。20階建てオフィスビルの最上階。もっとも豪華な部屋でトモエはため息をついた。JKが一気に社長室という大出世だが、企業トップにしてはむしろせせこましいというのが皆の意見だ。
グラフの内容は『トモエ』の社員数だ。『トモエ』にはクローンを生成する施設がない。その為他企業からの移籍を受け入れる形で社員を増やすしかない。
しかし、その数は少ない。この二週間で29名。バイオノイドも39名と言った感じだ。
「皆様子見している感じだな。新しい企業ってどんなもんだろ、って感じで怖れてる部分もあるな」
答えたのは、コジローだ。清掃業務で着るよれよれの作業着ではなく、黒いスーツを着ている。『ネメシス』から『トモエ』に移籍して、警備隊長の地位を得た。とはいえ主な任務はトモエの護衛と変わらないのだが。
「差別とか上下関係とかみんなイヤじゃないの? それから解放されるんだからラッキーって思うんだけど」
「むしろその感覚が分からねぇんだよな。市民ランクはあって当然で、それがないってのがどういうことなのかが想像もつかねぇ」
「あー、成程。理解できないことは受け入れられないのと同じことか」
トモエが市民ランク制度をおかしいと思うように、天蓋のクローンは市民ランク制度を当然と思っている。生まれた時から存在している制度がないというのがどういうことか。それが想像できない。知識がない人に重力のない世界を想像しろと言われても、首をかしげるのと同じことだ。
「仕事を回すにしても人手は必要なのよね。お金のことをニコサンに頼りっぱなしっていうわけにもいかないし」
<ワタシは別に構わないわよぉ! 100年かけて返してくれれば。でも人手不足はどうにかしないといけない問題ね!>
トモエの呟きにニコサンの通信が返ってくる。ニコサンもまた、『トモエ』に移籍したクローンである。持ち前のビジネス能力と資金を用いてトモエの事業を一気に引き受けている。『トモエ』を経済的に回しているのは、ニコサンと言っても過言ではない。
「そうね。人は城、人は石垣、人は堀ってやつよね」
「イシガキ? ホリ?」
「天蓋風に言えばクローンはビル、クローンはコンクリ、クローンは地下道? とにかくクローンとバイオノイドがいないとどん詰まりってこと」
会社運営など欠片の知識がないトモエでも、人数がいない企業に未来がない事はわかる。仕事を回すには人が必要になり、仕事が回れば給金も支払える。利益を使って事業を拡大し、拡大した事業を回す為に人が必要になる。
「むしろ城はわかるんだ」
「分かるぞ。飛行して地上に砲撃をするんだろ。そこに飛んで行って中にいるヤツを倒すための場所だ。
「あー。まあそんな感じね」
コジローの説明にトモエは訂正を諦めた。飛行物や遠距離砲撃があるSF世界において、城の意味合いは低い。コジローの言うようなハイテクトンデモ城とかでなければ防衛できないだろう。
「とにかく人員確保は急務ね」
「クローン培養装置とか作ってもらえばいいじゃないか。それこそ『人間』として命令すればできるんじゃないか?」
「できるできないで言えばできるんだけど……」
コジローの言葉に曖昧な返事を返すトモエ。
クローン。生命を創る事。トモエはその行為に躊躇いがあった。西暦の価値観を引きずっている自覚はあるが、命を機械で創る事が何かの間違いではないかと言うモヤモヤ感が抜けずにいた。
そして立場を使って命令することもトモエはできなかった。『人間』の存在はクローンからすれば上位存在だ。クローンがバイオノイドに命令するように、人間がクローンに命令するのは当たり前なのである。
「そうやって命令したら『市民ランク制度を無くす』って言ったことが嘘になりそうで嫌なの。他人には平等にしろって言っておいて、自分は上から目線とか何か違う気がするし」
「そんなものか? 誰かが上に立たないとまとまらないぜ」
「その『上』っていう立場って言うか『人間だから』っていうのがイヤなの。実力と経験のある人が導くんじゃなく、何の知恵も知識もないJKが上っていうのはやっぱり違うのよ」
企業のトップに立ったとはいえ、トモエ自身は自分が偉くなったとは思っていない。むしろ旗印程度でいいと思っている。企業を立ち上げるシンボルとして君臨するが、運営するのはクローン達。仕事に慣れた人達の方が絶対にいいと思っている。
「まあ、その知恵も知識もある人がいないっていうのが問題なんだけど」
言って落胆するトモエ。どこまで行っても問題はここに戻ってくる。
「とにかくみんなビビってるからな。その『平等』っていうのがどういう者かがわかれば、ついてきてくれると思うぜ」
「平等の説明とかどうすればいいのよ」
<検索。平等とは量や寸法などが同じである性質です。例題:食用キューブの栄養素は5大企業で変わらず平等です>
トモエのスマホから聞こえるのはコジローの『NNチップ』ナビゲーションシステムの声だ。トモエのスマホと連動している。企業トップなので新しいシステムやナビゲーションシステムも使えるのだが、トモエは変わらずこちらを使っていた。
「ありがとツバメ。要するに天蓋において権利とか地位とかに平等っていうのはないのね」
「同じ市民ランクでも仕事やコネで差異はあるからな」
「あー、もう。ディストピアな支配社会とか大嫌い!」
天蓋に平等をもたらす企業になる。そう意気揚々に宣言した二週間前の自分に教えてあげたい。現実はそんなに甘くはないと。
<13:30から会議の時間です。出発の準備をお勧めします>
「もうそんな時間か。行きたくないなぁ」
「俺もだぜ。正直荷が重い」
ツバメの言葉に陰うつレベルを1プラスして立ち上がるトモエ。コジローも明るいとは言えない表情で言葉を返した。
「企業トップ同士の公式会談。天蓋の歴史上、一度しか行われなかった大会議。そんな会議に出席するとか、重責過ぎるぜ」
「そんなこと言わないの。私を守ってくれるのはコジローしかいないんだから。
それとも、私を置いて逃げる?」
意地悪な顔で問いかけるトモエ。答えなどわかっている。それでも言葉にしてほしい。
「それこそまさかだ。お前は俺が守る。この刀に誓ってな」
コジローは腰のフォトンブレードに手を当てて答える。満点の答え。それを聞いて、トモエはコジローに抱き着いた。スーツ越しに体温を感じ、ストレスが緩和する。
「えへへー。そう言ってくれて嬉しい。ずっとずっと守ってね」
「当然だぜ。お前の敵は全て切り裂いてやるさ」
「物騒すぎるわよ。でもありがと」
抱きしめたトモエの頭を撫でるコジロー。その感覚にくすぐったい物を感じながら力を抜く。二人はそのまま見つめ合い、ゆっくりと唇を近づけて――
「トモエ様ああああああ! 飛行車両が待機中です! このゴッドが、このゴッドが用意しました! さささ、屋上に行き急ぎ会議に向かいま――
おや、どうされました? そんなに顔を赤らめて壁に手をついて。もしや御病気でも!」
「うっさい! ベタな事するじゃないわよ!」
「天の妨害ってやつだな。
部屋に急に入ってきたゴッドに驚き、トモエは一気にコジローから離れて壁際に手をついて深呼吸していた。誰かにキスしているところを見られて開き直れるほどトモエは大人ではない。コジローも世の中こんなものだと肩をすくめた。
「はあ? あいにくとベタベタスライムプレイはあまりお勧めしませんが、興味があるならいくつかリストアップをして――」
「い・ら・な・い! 会議に行くんでしょ。行くわよ!」
「へいへい。運転頼むぜ、ゴッドさん」
「お任せあれ! 天蓋の記録に残る大会議! それに出席するトモエ様を運ぶなどまさに栄光まさに栄華! このゴッドでなければなしえない事ですとも!」
「単に運転できる人がいないだけだからね」
与えられた役割に歓喜するゴッド。飛行車両の運転は市民ランク4以上でなければできない規則だ。コジローの市民ランクではできず、現在の『トモエ』でもそのランクは数名しかいない。その中で手が空いていたのがゴッドと言うだけだ。
とはいえ、ゴッドの歓喜もオーバーアクションではない。これはまさに天蓋の転換点。後のクローン達はこの会議から新たな天蓋が始まったと皆が口にする天蓋史のターニングポイント。
『
トモエを始めとした企業トップが集う一大会議の始まりである。
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