しあわせのかたち

 ――002部隊との戦いから、1週間が過ぎた。


 バーゲストが残したとされる未知のエネルギー障害は消滅し、エネルギー除去装置を用意していた『イザナミ』の企業戦士ビジネス達は困惑した。


 何かの予兆ではと怪訝に思う企業戦士ビジネスを出し抜くように『働きバチ』は一気に事業を展開する。これにより多くの利益を生み、同時に不測の時に的確な判断をするとして『イザナミ』の宣伝に貢献した。


「全てのクローンに快適な生活を。その為には足を止めないのが『イザナミ』です」


 このフレーズは向こう数十年間使われることになる。もっとも事情を知るナナコは不満顔だ。


「結局一番いいところ持っていきやがるんすね、あのハチ助!」


 ダメージもそこそこの状態で退院した(させられた)ナナコはニュースを見て地団駄を踏んでいた。無理な骨格と声帯の変形で体の節々が痛むナナコ。今度こそ休暇を貰えると思ったところでまた『働きバチ』に起こされたのだ。


「カシハラトモエが得たエネルギーについてのデータが欲しい。早急に調べてくれ」

「確認っすけど、非公式任務っすか?」

「仮に『トモエ』が正式な企業となったのなら、ドラゴンを非公式に検索するのは重大な企業規定違反だ。そのような命令を形に残せるはずがなかろう。

 断っても構わないが、その場合002部隊元隊長のIZ-00096102が隠匿していたであろうクレジットのことに対する調査を行うが?」

「何でバレてるんすかああああああ!? 委細了解であります今畜生!」


 IZ-00096102こと狂い鬼が部隊から横領していたクレジットをどさくさに紛れて着服していたナナコは、『働きバチ』の言葉に頭を抱えて従った。


「今返却するならなかったことにできるが?」

「んなもん全部使ったに決まってるっしょ」

「なら諦めろ。情報と交換にこちらもデータを破棄する」


『働きバチ』は『イザナミ』の為に働く企業戦士ビジネスだが、規則を重んじるわけではない。ナナコを脅して扱うほうが『イザナミ』の利になると判断すれば、躊躇なくそうする。規則よりも企業の利だ。


「しかしすごいメンツっすよね、これ」


 そしてナナコはトモエの元にやってたのだが、そこにいるメンバーに絶句した。


「あ、ナナコ。元気になったんだ」

「よう、世話になったな」


 手を挙げたのはトモエだ。休業中で客がいない『TOMOE』のフロア真ん中で通信機片手にいろいろやっていた。『NNチップ』がないからわざわざ指でデータを入力しているのだ。ご苦労な事だ。


 そしてその隣にいるのはトモエのお気に入り男性型、コジロー。フォトンブレードなんて骨董品を使うけどあの『働きバチ』や『二天のムサシ』に勝つほどの実力者。


「そっちも色々大変だったらしいねぇ。大変大変大変身だったとか。あ、上手くない?」

「よくわからないけど、オツカレサマだ!」


 そしてそのコジローとイロイロな関係を持っているムサシとネネネ。『イザナミ』の超能力者エスパーが市民ランク6にベタ惚れとか、バレたら面倒なことになるんだけど分かってるんすかねぇ。


「いつぞやの『KBケビISHIイシ』か。聞けばBBAと縁深いらしいな。BBAの個人情報があれば買うぞ」

「堂々と何言ってるのよカーリー!」

「何をいまさら。BBAとカーリーは相容れぬ中だろうに」


 そして企業『カーリー』のトップであり、天蓋でも(公的には)5名しかいない者。クローンの市民ランクシステムを産み出し、その頂上にいる『人間』様だ。市民ランク4のナナコからすれば、雲の上のさらに向こう側にいる存在である。天蓋に雲などないが。


「何度も言うけど、何なんすかこの超スゴメンツは……」


 これでもボイルやペッパーX、ゴクウやギュウマオウと言った『ジョカ』のメンバーがいないだけでも平和な方だ。ニコサンやカメハメハと言った『ペレ』のメンバーも頻度は低いが訪れる。


 剣術、超能力、財力、交渉能力、権力……これらの中心にトモエがいるのである。下手な戦闘グループでは対抗すらできない。十数部署集まって、ようやく勝機が見える相手だ。ナナコでなくとも神経を削られそうになる。


「うえーい! ナナコちゃぁぁぁぁぁん! このゴッド様を見て超スゴって思うのは仕方ないけど、ナナコちゃんも凄いからね! できる事ならこの前のお礼を……いやいや、ゴッドは紳士。ナナコちゃんの好きなタイミングでいいよ!」

「むしろアンタのクソザコゲスモブっぷりがいい癒しっす」

「褒め……られてるの、これ?」


 そんなメンバーの中にいるゴッドのエロ小物っぷりに安堵するナナコ。軽く肩を叩かれ、ゴッドは逆に困惑した。


「知ってるかもしれねぇっすけど、報告するっす。

 002部隊は解体、そのあとで再編成されたっす」


 ナナコがトモエに伝えたのは、002部隊のことだ。


 対超能力者を謳った部隊はこの前の戦いで大ダメージを受けて敗退。超能力……と言うよりはボイルの実力を見せつける結果となった。技術では超能力に勝てない。それを戦闘結果として刻まれることになったのだ。


「俺は超能力者エスパーに勝ったけどな」

「おおっと、一回勝利しただけで威張られてもね。三回勝負といこうか」

「はいはい。店では戦闘イチャイチャ禁止」


 一度超能力者ムサシに勝利したコジローが胸を張り、あわや再戦の流れになる前にトモエが止めた。


「再編成された002部隊は超能力災害のレスキュー専門に舵切りしたっす。武装よりも救助ツールにクレジットを使う方向っすね。

 マンパワー不足が予測されたっすけど、購入していたゴリラ型バイオノイドとキツネ型バイオノイドがそれを埋める形になったっす」


 狂い鬼のような戦力と破壊力を求める部隊長ではなく、救助を目的とした思想を持った者がリーダーとなったらしい。パワハラ部隊長に圧迫されていた部隊員たちもそのリーダーを受け入れ、移籍はスムーズにいっているという。


「よかった。あのクダギツネの人達、助かったんだ。……でもゴリラって?」

「ゴリラ! それってあの……もごもご」

「さあな。きっと隠してたんだろ」

「そうそう。どこかの飛行トラックの中に隠されてたのさ」


 キツネバイオノイドは知っているが、ゴリラバイオノイドは知らないトモエが疑問符を浮かべる。ネネネが何か言おうとするのと口を塞いで止めるコジロー。ムサシもそれを察して頷いた。自分の活躍をわざわざ自慢することもない。


 なおこの002部隊解体の最大の功労者はここにいないイオリである。様々な事務処理と引継ぎマニュアルを作り、更には他部隊に根回しまでしたという。とはいえその理由が『二天のムサシとかクソふざけた名をつけた部隊など、速攻で解体です! 跡形もなく消して再編成して上書きです!』ということなのが何ともはや。


「『ジョカ』に対する謝礼金も『超能力者に対する仮想訓練』って形でチャラにしたみたいっす。あの蒸発お姉ちゃんももったいないっすね。かなりのクレジットがもらえるはずだったのにふいにするなんて」

「ボイルさんらしいわね。『常識的に考えて、これでクレジットを貰うなんてありえないわ』とか言ったんじゃないかな」

「ありそうっす。襲われて撃退した相手からふんだくるのは常識的なんすけどね。なんだかんだであのお姉ちゃんはズレてるんすよね。異性へのアプローチとかも含めて」


 トモエの言葉に呆れたように答えるナナコ。――『ジョカ』の一室で小さくくしゃみする者がいたが、割愛。


「ともあれ002部隊はこんなところっす。

 んで、トモエは何してるんすか? まだ企業がどうとか言ってるんすか?」

「そうそう。企業立ち上げの登録をしてるのよ。結構登録することが多くて……」

「当たり前だ。軽々に企業を立ち上げられれば、天蓋の支配体制が崩れ落ちる」


 スマホを手に苦悶の表情を浮かべるトモエに、カーリーがため息をつく。天蓋を支配する『企業』。その立ち上げには多くの条件が必要になる。資金、名前、そして企業の象徴であるエネルギーである『ドラゴン』。


「その全てを満たすとはな。こちらが紹介したエネルギーとはいえ、よくいう事を聞かせれたモノだ。

 この手の上位存在など価値観の相違で要らぬことを言って、機嫌を損ねて精神を削られるか存在ごと時空から消滅させられるかがオチだというのに」

「そんな危険なもんをあんなに軽く紹介したのかアンタは!」

「不良債権だと言っただろうが。

 BBAがこの時間軸で死亡されれば困るが、そうでない状態になるなら願ったりだ。精神が壊れたのならそのまま凍結結界に戻せばいいし、別時空で『存在』している扱いになるならカーリー達の不老不死は復活するからな」

「やっぱり天蓋は間違ってるわ……!」


 カーリーの言葉に歯ぎしりするトモエ。少しは信用できると思ったが、やっぱりカーリーは敵だ。トモエは認識をしっかり改めた。


「しかし本当に疑問なのだが、よく説得できたものだな。バーゲストの経緯とメッセージの内容から察するに、異世界或いは異分子同士結託してこの天蓋を滅ぼそうという誘いを受けたと思っていたが」

「受けたわよ。そして了承したわよ。私の歪みを直して、天蓋の歴史をやり直すって」


 カーリーの言葉に手を振って答えるトモエ。その問いと答えを正確に把握できたものは、カーリーとムサシだけだ。時空だの歴史を正確に理解できるものなどいない。ムサシも未来を確定する自分の超能力の関係でなんとなく理解したに過ぎない。


「……本当か。と言う事は今この時間軸は修正された時間軸で――」

「まだよ」

「まだ?」

「まだやり直してないわ。

 やり直すのは今から。そこまで様子を見て、そこから私の歪みを修正するってことになったわ」


 トモエの言葉に、あっけにとられるカーリー。


「よくそんな条件で納得したな。いや、あの手の存在からすればその程度の時間の長さなど些事か」

「適当な数字を言って交渉しようとしたら、いきなり納得されて驚いたけどね。とにかくそういう事。歪みの修正はずっとずっと先だから、気にしなくていいわ」

「宇宙規模の上位存在からすれば、カンブリア紀程度の時間など小さなことか。偶然とはいえ最適解を引き当てるとは。まったくこのBBAは」


 5000万年後。カンブリア紀もそれぐらいの期間だ。そのころには天蓋自体が自然に帰っているだろう。トモエも天蓋も土に埋もれた歴史の遺物となっている。そこからやり直したとしても『今』の天蓋からすればどうでもいい事だ。


「なによ、文句ある? せっかく天蓋の事を考えてあげたのに」

「まさか。むしろ感謝しかない。自己が消滅するとはいえ、天蓋に恨みもあろうにな。自棄になってそいつをぶつけられても仕方のない立場なのは理解している。

 むしろ『天蓋のため』と言う思想に何故至ったのだ?」


 カーリーの問いに、トモエは今ここにいるクローン達を見た。そしてここにいない友人のクローンやバイオノイド達の事を思い、口を開く。


「みんなの幸せの為よ」


 ようやく形になった企業理念。それを口にする。


「古臭い武器を振るう古典ラノベオタク。実は奥手の酔っ払いお姉さん。セクハラ変態警察官。企業重視の融通の利かない営業さん。ちょっと生意気な子供。強いけどメンタル弱いお姉さん。辛いモノ大好きな鈍感男。お金持ちでイケメンだけどオカマな人。大声でうるさい全身機械の人。ジゴロで手の速そうな営業さん。ああ、後はスケベでどうしようもない小物」


 口にするのはこれまで出会ったクローン達だ。いい人ばかりだけど、完ぺきじゃない。むしろ迷惑する部分も多い。それでもかけがえのない縁だ。


「そういう人たちが平和で笑って、幸せになれる場所。規則通りに生きなくてもつまはじきにされず、それでもいいと受け入れられる場所。

 ランク付けされた天蓋に、そういう場所があってもいいと思ったの」


 それがトモエの描く企業の形だ。支配や上下があってもいい。だけどそれは差別の材料ではない。上も下も、全てを受け入れて幸せになる。


 そんな『しあわせのかたち』を作っていきたい。それがトモエが天蓋に求める願いだ。


「……成程。理想は立派だ。

 だがそれは『カーリー』は受け入れられない理想だ。おそらくほかの企業とも」


 カーリーはそれを聞き、立ち上がる。そのまま歩いて店を出ようとする。市民ランクでクローンを区分けし、支配する。それを基本とする五大企業とは相いれない考え。


「そうね。でもやりたいの」

「ならば争うのみだ。やはりBBAとは相いれないな」


 その言葉とともにカーリーは店を出た。分かたれた道を示すように扉が閉まる。


(うん、その返事もわかってた。

 ……でも、そんなヤツでも来るものは受け入れるの)


 トモエはその言葉を口にせず、企業立ち上げの手続きを再開する。


 ――企業『トモエ』が正式に立ち上がったのは、それから1日後。


 5大企業と言う概念の崩壊に、天蓋全てのクローンに激震が走る。トモエと言う存在を天蓋全てのクローンが知った瞬間だった。


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~しあわせのかたち~ 


THE END!


Go to NEXT TROUBLE!


World Revolution ……70.1%!

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