天蓋は間違っている

<降伏する!>

<002部隊にこれ以上交戦の意思はない! 銃を下ろす!>


 泥沼化するかと思われた戦いは、意外なことに002部隊が一斉降伏することで収まった。『NNチップ』を通してボイルの脳内に直接届く通信。


<こちらJoー00101066、002部隊のお降伏を受け入れるわ。これ以上の攻撃を停止する>


 ボイルはその宣言を受け、攻撃を止める。元より向こうから仕掛けてきた戦いだ。あちらが攻撃しないなら、こちらも攻撃する意思はない。


<損害賠償ならびに謝罪などは後日追って企業を通して通達するわ。今は怪我人の収容を優先しなさい>

<同僚及びクダギツネの保護も含めて、貴君の判断にに感謝する>

<保護?>


 通信内の言葉に眉を顰めるボイル。クダギツネと言うのは先ほどのバイオノイドのことだろう。同僚とは002部隊のことか? そう言えば倒してそのまま放置していたが……?


<我々が降伏を決めたのは貴君らのその行動だ。元よりこちらの命を奪わぬように動いていたのは理解できる。こちらから攻撃したのに手加減までされて、しかも倒れた者を安全な場所まで回収してくれた。

 それを聞いた瞬間に我々の戦意は折れた。戦う理由などなかったのだと気づかされたのだ>


 002部隊が最終的に降伏することを決めたのは、トモエが倒れた者達を保護したからだ。


 戦う事を強要する狂い鬼が倒れ、困惑する002部隊。過剰なパワーハラスメントを受けていた彼らは困惑しており、どうすべきかの判断基準がなかった。戦うか、逃げるか。その二つしか考えられなかった。


 そこに、自分達を救おうとするトモエがいたのだ。襲い掛かったにもかかわらず、こちらを助けようとする。その事を仲間からの通信で聞き、目が覚めたのだ。


<我々は天蓋を守る『KBケビISHIイシ』だ。戦う事が本義ではない。天蓋の治安を守るために努力したのだ。超能力被害を食い止めるエリート部隊だという事を、忘れていた>


 狂い鬼が002部隊を出世のための組織力と見ていただけで、そこに集まったクローン達はそれなりに指名をもって治安維持組織を選んだのだ。必死にクローンを救おうとするトモエを見て、彼らはそれを思い出していた。


 もちろん、全てのクローンがそうと言う事はない。。他の者達が降伏するから自分も降伏したという部分もあるのだろう。ボイルと戦うって死ぬほどの火傷を負う以外の選択肢に飛びついただけかもしれない。


 ただ、そのきっかけがトモエの行動であったことは事実だ。


(まったく。力以外で戦いを収めるとか、非常識にもほどがあるわ)


 肩をすくめるボイル。超能力や銃器などの武力。高額なクレジットや物資などの財力。高ランク市民と言う権力。戦いを収めるのはいつだって力だ。それが天蓋の常識なのだ。


 トモエはそういった力を使わず、戦いを収めた。頭を失い暴走していた002部隊。その戦いを平和的に納めたのだ。


 もちろん、この戦いは多くの力が動いている。ボイルの超能力は言うまでもなく、対ボイル用に輸送中だった『二天のムサシ』を妨害したコジロー達。また裏ではナナコの情報攪乱やゴクウとギュウマオウの狙撃など。『KBケビISHIイシ』一部隊には過剰ともいえる戦力だ。


 だが最終的にそれらを収めたのはトモエの献身である。これがなければ戦いは泥沼化していただろう。被害を最小限に抑えたことで、バーゲストに破壊された区域の復興も早まったのだ。


 これは後の話になるが、イザナミはこの事を知り『祖母殿に借りができた!?』と頭を抱えたという。狂い鬼が進めていた対超能力と言う計画も頓挫し、002部隊は完全に超能力災害専門の組織に移行することになる。


「ボイルさん!」


 そんなこの戦いのMVPであるトモエははボイルを見つけて手を振ってくる。通信機スマホを使って呼びかければいいのに。呆れたようにボイルは手を振り返し、トモエの方に歩いていく。


「終わったわ。保護している人たちを彼らに渡すから、保護している場所を教えて」

「こっちこっち! すごいよね、緊急処置キット。音声でサポートしてくれるとか予想外だったわ!」

「音声のみの人力使用なんて旧型もいい所よ」


 小型の医療ドローンが開発されてからは、緊急医療キットはドローンを買えない貧乏人が、予備のお守り程度でしかない。ボイルはトモエにその事を説明しながら、002部隊にトモエが保護したクローンとクダギツネの場所を伝達する。


「さあ、行きましょう。まさかこんな護衛になるとは思わなったわ」

「あ、そっか。元々はバーゲストに話をするのが目的だったわね。いろいろあって忘れれたわ」

「貴方ね……」

「ごめんごめん。それじゃあ行きましょう」

「のおおおおおおお!? 置いて行かないでくださいよトモエ様! ゴッドはどこまでもお供します!」


 後処理を002部隊に任せてボイルはトモエに移動を促す。トモエは頭を掻きながら頷き、その後を追うようにゴッドが走り出した。


 それから十数分後――


「あのトモエ様、進むたびにサイバー機器の不具合が酷くなっていくんですけど?」


 ゴッドが言うように、目的地に近づくたびに機械系の不具合頻度が増していく。通信関係はノイズしか聞こえなくなり、サイバー機器も命令を聞かなくなってくる。ゴッドのサイバーアームはガクガク震え、歩くのもつらそうだ。


「『NNチップ』の通信もほぼ機能しないわ。ナビゲーションがバグって座標が滅茶苦茶になってるわね」

「うん。スマホも機能してない。だけど……」


 機械関係はほぼ機能していないが、トモエは真っ直ぐに進む方向を見ていた。


「逆にはっきりと聞こえてくるわ。私を呼ぶ声が」


『NNチップ』にはノイズと言う形で示されるが、それがないトモエにははっきりとした言語で伝わっていた。


『異世界より来た者よ。異なる時間帯から来た者よ。語り合おう』


 日本語、この世界の言葉に翻訳されているのは脳がそう認識したから、あるいは超能力のような高次元存在の能力なのか。ともあれ、その『声』とそれが聞こえる方向ははっきりとわかる。


「そこにいるの?」


 その方向に歩きながら、声をかけるトモエ。


『確認した。我と同じく異なる時間軸の存在よ。我はこの世界のモノにバーゲストと呼ばれた存在の残滓。かの存在がこの世界に在ったという事実が影響して生まれたモノだ』


 うーん、全然わからない。トモエはバーゲストの説明を聞きながらそんなことを思っていた。よくわからないけど、カーリーの言うようにゲームのアバターみたいなモノだと思って理解を諦めた。


「私の名前はトモエ。天蓋の遠い過去からいろいろあってやってきたわ。タイムスリップ……と言うよりはコールドスリープみたいな感じ?」

『時空から切り離され、本来あるべき歴史を刻めなかった存在と言う事は理解した。その結果、いくつかの矛盾が発生している。由々しき問題だ』


 矛盾と言うのはトモエの孫たちの不死問題だろう。タイムパラドックスを利用した不死。生まれていないことになっているのに存在している矛盾。


『トモエと言ったか。汝の歪み、そしてそれに発生している矛盾。それらは汝を正しい時間軸に戻すことで解決する』

「みたいね。そんなことできるとは思えないけど」


 異世界召喚プログラムを使えばそれも可能なのだろうが、それをカーリー達が使わせてくれるとは思えない。トモエを元に戻すという事は、自分達が死ぬことを意味するからだ。


 トモエもそこまで言うつもりはない。正確には、他人の命を奪う覚悟がトモエにはない。だからできない。


『我ならそれができる』


 だが声はあっさりとそう言った。


「できるの!?」

『正確には、その歪みを戻すことができる。時間跳躍は不可能だが、歪みの修正自体は可能だ』

「ええと、どういうこと?」

『歪みを修正した瞬間、ただしい時間軸が発生し、矛盾が消える』

「よくわからないんだけど……たとえば私はどうなるの? 元の時間に戻れるの?」


 説明不足な声に、質問を重ねるトモエ。


「私。この時間軸の『トモエ』は歪んでいる。それを修正すれば消える』

「だめじゃん!」

『だが正しい時間軸が発生し、そこには新たな『トモエ』が存在している。そして正しい時間が流れ、歪みが消えた時間軸となる。歪みは二度と発生しないようにこの世界そのものが対策するだろう』

「わけわからないわねぇ……ええと、つまり?」


 トモエは声の言葉を整理する。


 トモエの歪み。つまり異世界召喚されたという事実を消せば、ここにいるトモエは消える。それは『異世界召喚されたトモエ』と言う存在が消え、召喚される前の『トモエ』……つまりここにいるトモエのコピーのようなものが元の時代に現れる。


 その後、歴史は『トモエがいる世界線』を刻む。自分ではない自分のコピーが結婚し、その子供が孫を産む。イザナミ、カーリー、ジョカとフッキ、ネメシス、ペレ。そう呼ばれる孫たちだ。


 そして彼女達はトモエを召喚出来ず、不老不死にはなれない。そうならないようになったからだ。そこに天蓋があるかはわからないが、300年生きられるはずもないので世代交代は行われているだろう。


「……って解釈でおっけ?」

『問題ない。

 さて世界を修正しようと思うが許可を求める。汝が歪みを受け入れて修正すると言えば、すぐに終わる』

「いやいやいやいや! 待ってよ! それって私に死ねっていう事でしょ!?」

『個の消滅を死と呼ぶならそうなる』

「そんなの受け入れられるわけないじゃない!」


 叫ぶトモエ。なお声の聞こえないボイルとゴッドからすれば、トモエが一人で喋って悩んで大声を上げているようにしか見えない。


『しかしそれが正しい世界だ』


 バーゲストはトモエの死など些末とばかりに言い放つ。個人の生死よりも、世界の正しさ。部屋の掃除をするのだから、部屋を汚す虫は殺さないといけない。そんな感覚である。


「でも死ぬのはイヤに決まってるわよ!」

『その歪みがなければ、この世界は正しくあったかもしれない。多くの幸せがあり、多くの発展があったかもしれない。

 この世界の未来は閉塞している。いずれ資源が枯渇し、生命体は死に絶えるだろう』


 天蓋は間違っている。そう言われてはトモエは反論できなかった。


 人間はVR世界に閉じこもり、世界はクローンに託された。天に蓋をして閉じこもり、クローンも次世代みらいを創る事もなく、ただエネルギーを消費して生きている。


 その姿が生命として正しいかと言われれば、イエスとは言えない。


「正しければそうならないかもしれないの?」

『可能性はある。少なくとも、変化はある』

「どんな変化よ?」

『わからぬ。可能性は無限だ。今より良くなる可能性もあれば、この時間になるまでに滅んでいる可能性もある』


 だがそれも正しい時間線だ。滅びも繁栄も、その時代を生きる人間が決めた結果だ。今より良い未来にならなかったから責任を取れなど、バーゲストに言えるはずもない。


「そもそも何でこの世界の正しさとか、ラスボスめいたこと言い出すのよ?」

『ラスボスの意味はわからぬが、理由を問われれば見過ごせぬ歪みを治すのは当然としか言えぬ』

「つまり、ただのキレイ好きで歪みを放置してもアンタは死ぬわけじゃないてこと?」

『個としての消滅はしない。そもそも我は世界に残された残滓でしかない。ただのエネルギーに死など意味をなさない』

「あー。よくわからない存在だってことはわかった」


 声の主に対する理解を放棄するトモエ。自分の知識ではわからない存在だということはわかった。


「私の許可がないとその修正はできないのね?」

『そうだ。我はただのエネルギー。方向を示す存在がいなければ、ただそこに滞留するだけの存在だ』

「分かったわ。確かに気になる汚れとかあったら気になるもんね。それを拭き取りたい気持ちは理解できるわ。

 でも少しだけ待ってくれない?」


 トモエは声に対して、そう言って笑みを浮かべた。 

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