何で……だ?

<クダギツネ、やられました!>

<『金属融解』、こちらに向けて侵攻しています!>

<『二天のムサシ』輸送班より連絡が途絶えました! 兵装はそのままですが、バイオノイドを連行された模様!>


 次々と入ってくる報告に、狂い鬼は顔を青ざめさせていた。超能力者エスパー一人。たった一人を相手して、ここまで翻弄されるとは想像すらできなかった。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 想定は完璧だった! 理論も問題なかった! なのになぜだ! 何故俺の思い通りにいかない!

 クダギツネの調整を誤ったやつが悪い! 『二天のムサシ』を奪われた部下が悪い! そうだ、俺は優秀だ! 部下が足を引っ張ったんだ!」


 近くの壁を叩きながら叫ぶ狂い鬼。この期に及んで責任の所在を部下に投げるなど愚の骨頂だ。今やるべきことは埋没費用サンクコストだ。失ったものは取り戻せない。合理的に考えればここで諦めるのが損失が少なくなる。しかし――


(ここまでコケにされて、ただで終われるか!)


 対超能力者エスパーの為に多くのコストを払った。部下達を鍛え上げ、クダギツネと言う初見殺しのバイオノイドやセラミックによる武装とそれを扱えるバイオノイドも調整した。


 それだけではない。意気揚々に宣戦布告しての敗北。それにより失墜する名誉。やはり超能力には勝てぬと、これまで得ていた予算は凍結される。最悪、返却しなければならない流れになるかもしれない。


「お前ら! こうなったら特攻だ! 数で押し殺せ!」


『ここで終われない』……勝負において粘り強さは美徳とも取れるが、それはあくまで逆転の手立てがあるときだけだ。起死回生の一打があるならそれにかけるのも悪くはないが、狂い鬼にあるのはただの破れかぶれでしかない。


<そうだ! 数で攻めろ! その間に俺は逃げる!>


 そこに――狂い鬼のIDと声を発するナナコの通信が割り込む。


<俺が生きていれば002部隊は終わらない! お前らが足止めしている間に俺が逃げて再起を計る! それが最適解だ!(byナナコ)>

<ふざけるな! 誰が逃げるか!(by狂い鬼)>

<そうだ逃げるものか! ニセモノの言うことなど信じるな!

 俺が真っ先に特攻する! お前らは俺の後に続け!(byナナコ)>


 狂い鬼はニセモノの言葉を否定しようと通信を繋げ……言うべき言葉を失った。


 部隊長として自ら特攻などできるはずがない。しかしこれを否定すれば、会話の流れで先のセリフ――足止めしている間に逃げることを肯定することになる。


 どうすべきか迷う。どちらを選んでも部隊としてはどうしようもなくなる。ニセモノの言葉を認めて逃げれば、恐怖で支配する部隊は瓦解するだろう。しかしボイルに特攻などできるはずもない。瞬間でサイバー機器を焼かれ、地面に転がる未来しか見えない。


 合理的に考えれば逃げるべきだ。そうすれば、体裁だけは残る。超能力者エスパーに勝ったなどと言う名誉は永遠に得られなくなるし、部下からは卑怯者で臆病者というレッテルを張られるが、それでも地位だけは残る。


(そんなことに耐えられるか……!)


 しかし狂い鬼は割り切れなかった。この短時間で多くのモノを失った。部隊や兵装と言った物理的な損失だけではない。自信満々に挑んで敗北したという社会的な損失だけでもない。


「俺は……俺は成功者なんだ……! 無能なのは部下なんだ……!」


 敗北。それが刻む精神的な損失。これまで力で他人を押さえ込んで黙らせてきた狂い鬼にとって、力で抑えられることは屈辱でしかなかった。自分が力で押さえ込まれて敗者になるなど、許せなかった。


「そうだ。弱い奴を押さえればいい! あの反企業思想者を押さえて人質にすれば……そうだ。それで勝てる!」


 ボイルが守っていたと思われる反企業思想者。部下達は無能すぎて襲撃に失敗したが、俺ならいける。ボイルは移動しているから、守りに隙があるはずだ。


「ふひ。そうだ、逆転の一手だ! 俺だから思いついた逆転の手……!

 逃げるんじゃない。俺は逆転の手段を思いつき、超能力者エスパーを超える存在になるんだ……!」


 ボイルが守っていたトモエを拉致する。ボイルにとってトモエがどういう存在かは知らないが、交渉の材料にはなるはずだ。狂い鬼は妄執に取りつかれた笑みを浮かべてトモエがいるだろうエリアに進み――


 ――頭部を撃たれた。


 1キロ先からの狙撃。無防備に出てきた指揮官など優先度の高い狙撃対象だ。弾丸は狂い鬼の頭蓋骨を貫通し、脳まで届く。脳の損傷に反応して『NNチップ』が脳内情報のバックアップを保存する。


「まさか指揮官が顔を出すとはな。何考えてるんだ?」

「ニセモノの可能性は……ないな。念のために警戒を続けよう。子猫キティの為に」


 遠く離れた場所で、狙撃手はあまりにあっさり顔を出した部隊長に逆に罠の可能性を懸念していた。それほどまでに愚かな行動だったのだ。


<あ……部隊長が撃たれた!?>

<め、命令系統の引継ぎは!>

<マニュアルにはない! 隊長が自ら削除した項目だ!>

<どどどど、どうする!? 脳を回収――いや、撤退!?>

<さ、最後の命令を遂行するなら、特攻……?>


 困惑する002部隊。狂い鬼が支配していた部隊は、狂い鬼なしでは右往左往するだけだ。こういう時の為に緊急時のマニュアルがあるのだが、そのマニュアルは狂い鬼本人が破棄している。自分以外が部隊を継ぐなど許さないとばかりに。


「あちゃぁ……。やり過ぎっすよ、ジゴロ達。目に見える形で殺害されたら、あっしの出る幕がねぇっす。


 まさか引き継ぎマニュアルがないなんて、あっしも思わなかったっすけどね」


 渋い顔をして変装を解除するナナコ。狙撃は見た者に死を意識させる暗殺術だ。今変装して部隊の前に言っても、信じてもらえる可能性は低い。むしろ混乱を加速するだけだ。


「こうなると超能力おねえちゃんに頑張ってもらうしかねぇっすか。完膚なきまでにぶっ潰して部隊毎壊滅してもらうしかねぇっすね」


 混乱して暴走した集団を押さえ込むのは、暴力が一番である。降伏勧告など聞く耳は持たないだろう。それを判断する頭が沈黙しているのだから。各々の判断で逃げる者もいれば、戦い続ける者もいるだろう。


 そしてボイルの実力なら002部隊を全滅させることなど難しくもないはずだ。その気になればビルの鉄骨を溶かし、周囲の建物を一気に崩壊させることもできる。


 超遠距離の狙撃以外か同じ超能力者エスパーでもない限り、ボイルを止める手段はないのだ。そのカードが002部隊にあるなら、既に使っているはずだ。


「となると、それが終わるまでここで待機っすね。ま、30分もあれば終わるっしょ。……およ?」


 静観を決め込むナナコだが、戦場に見慣れた姿を発見する。


「トモエ? なにしてるんすか……!?」


 先ほどまでボイルが戦っていた場所に姿を現すトモエ。クダギツネが倒れて敵はいないとはいえ、射線が通っている場所だ。002部隊がいれば、撃たれるかもしれない。どうにか止めようにも、ナナコはここにはいないことになっている存在だ。下手な口出しはタブーである。


(どうする……!? あの貧乏サムライの声マネして説得? いや無理。トモエは多分見破ってくるっす! そもそもここにいる理由が思いつかねぇ!

 って言うか何してるんすかあの非常識!)


 狂い鬼が撃たれたように、トモエも撃たれるかもしれない。焦りながらトモエが何をしているかを見るナナコ。


「ねえ、大丈夫!? しっかりして!」


 トモエは地面に倒れているクダギツネの頬を叩き、肩を担いで移動させていた。一体ずつ建物の中に運び、またクダギツネを運ぶために戦場に向かう。


「トモエ様ぁ、危険ですよ! ゴッドの索敵範囲外から撃たれるかもしれませんよぉ!」

「そうならないように手伝ってよ! この子達と、あそこに倒れている人も運んで!」


 建物の影から心配の声を張り上げるゴッド。それに向かって叫び返すトモエ。トモエが指さす先には、ボイルがダメージを与えて行動不能になった002部隊のクローンがいた。先ほどまでトモエを狙っていた者だ。


「あそこの人……? ええと、あそこに倒れているクローンは002部隊でトモエ様を狙った奴ですけど?

 運んでどうするんです? 拷問プレイ? 監獄プレイ? ボンテージは赤い革製が似合うと思いますけど持ってます?」

「何でもかんでもエロに結び付けるなぁ! そのまま放置してたら死ぬかもしれないじゃない! 危ない武器を取り上げたら安全だから!」

「ひぃぃぃぃ! その行為自体が危険じゃないですか! ああああ、もしかしたらこっちの方がクレイジーなのかもしれないぞ! なんだって自ら危険に飛び込んでいくのさ!?」


 トモエは戦場の負傷者を収納していた。安全な場所に運び、そこにあった応急処置キットを用いて処置を施す。危険であることは知っているが、それでも倒れている人を黙って見ているわけにはいかなかった。


「何で……だ?」


 そしてその行為を疑問に思うのは、002部隊のクローンも同じだった。ボイルにサイバーアームを溶かされたクローン。その気があれば、もう片方の腕で懐の銃を取り出して撃つこともできる。命令に従うなら、そうすべきなのに。


「何でって決まってるでしょ」


 そのクローンを抱えながら、トモエは言う。そんなの当然じゃないとばかりに。


「死んだらお終いなの。だから死なさないようにするのよ!」

「俺達はお前を殺そうとしたのにか?」

「そうね。でもそれはそれよ!」


 トモエもそれはわかっている。相手は自分を殺そうとしていたことを。そして今もそうする可能性があることを。そんなことなどわかっているのに。


「私は誰にも死んでほしくないだけなの! 少なくとも、救える命は救いたいの!」


 それがどれだけ傲慢な事なのかはトモエもわかっている。平和なんて空想で、世界のどこかで殺し合いは起きている。天蓋のような倫理観がない場所ならなおのことだ。どこかで誰かが死んでいて、それを止める力なんてない。


「今俺に殺されるかもしれないぞ」

「大丈夫」


 その可能性を理解しながら、それでもトモエは気丈に言い張った。根拠も理由もないけど、信じられることが一つだけある。


「私に何かあったら、コジローが助けてくれるから」


 遠く離れた場所にいるサムライの名を告げ、トモエはきっぱりと言い放つ。


 その意味は理解できなかったが、クローンは懐の銃を取り出すことはなかった。

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