どんな時代でもどんな世界でも

 ナナコが命令系統を引っ掻き回し、ゴクウとギュウマオウが狙撃で物資を破壊する。


 ボイルが002部隊を攻撃し、そのボイル対策の兵装をコジローとムサシとネネネが破壊する。


 とはいえトモエの視点からすればボイル以外の活躍は見えない。そのボイルの戦いに至っても『何か凄い事をしている』ぐらいの感覚だ。戦うなどゲーム以外では経験したことのない女子高生から見れば、天蓋の戦闘は理解の外だ。


 多くのクローンに守られながら、トモエは近くのビル内に待機している。危険があれボイルに知らせ、ボイルがそれを迎撃する。幸いにしてトモエの存在はあまり気取られず、またボイルに手いっぱいでその余裕もない。


 ナナコの情報操作とゴクウたちの狙撃が功を奏した結果だが、それでもトモエに向かう002部隊はゼロではない。だがそれは事前に察知されてボイルに連絡されていた。


「002部隊発見しましたぁ! 位置転送! ボイル様助けてぇ!」


 そしてそのレーダー役はIZ-00361510こと、寒いゴッドだ。サイバーアイで敵の動きをとらえ、『NNチップ』を通してボイルに連絡。コンマ3秒後にはそこに高熱が発生し、002部隊は倒れ伏していた。


「へへーん! 見たか似非エリート部隊! ボイル様にかかれば貴様らなんざザコ同然! まさに群れるだけの役立たずぅ! 超能力者エスパー様に勝てると思うなよ!」


 そしてガッツポーズを取るゴッド。その姿をトモエは何とも言えない表情で見ていた。なんでコイツが偉そうなの?


「いやその……見つけてくれるのは助かるし、素直に感謝すべきなんだろうけどさあ……」

「ははっ。感謝の言葉はいくらでも。何せ感謝されることなどない職場ですから。上司はクソで部下には舐められて。褒めてくれるのはAIチャットのみ。音声込みで1分300クレジットとかぼったくりと思いません、トモエ様!?」

「ええと、うん。そうね、凄いと思うわ」


 悲壮なセリフに同情するように同意するトモエ。適当に褒めただけなのだが、ゴッドはこぶしを握って感激するように叫ぶ。


「ええ、ゴッドはすごい! ゴッドはすごいのです! 企業戦士ビジネスから天下った上司の圧力に頭を下げ! 部下達の要求をまとめ上げて! 予算と上司の機嫌を鑑みて要求を提出し! どうにかこうにか上司と部下の妥協点を見出して!

 無視できる上司の案件を見極めたり、冗談キツイと跳ねのけていい部下の要求を見極めて、許容できる範囲の横流しでなけなしのクレジットを稼いで! あっちこっちのバランスを見極めるゴッドはすごいのです!」

「いろいろだめじゃない。時に後半」


 板挟みの『KBケビISHIイシ』隊長の苦悩(?)を聞きながら トモエは呆れたようにツッコミを入れる。コジローとかカメハメハとか『働きバチ』を見ていたから勘違いしがちだが、天蓋にはこういう類の方が多いらしい。情報源がナナコなので、微妙な信ぴょう性だが。


「でもサイバーアイで遠くを見るとか私じゃできないもんね。そういう意味では感謝するわ」

「遠くから迫る上司を見て仕事をしているフリをするスキルがこんなところで役立つとは! まさにゴッド!」

「……まあその、助かっているのは事実なのよね」


 ゴッドの言葉に、何とも言えない感情に襲われるトモエ。


「なんていうか、もう少し真面目に生きたほうがいいんじゃないの。その方が上司に認められて出世? 市民ランクの上昇? そういうのもできるだろうし」


 説教する気はないがゴッドの情けなさに思わず愚痴を言うトモエ。コジローみたいにストイックになれとは言わないが、せめてズルしたり横領したり情けない真似はせず生きたほうがいいんじゃないか。


「そりゃ真面目に生きて幸せになれるならそうしますよ」


 帰ってきたのは飄々とした言葉だ。軽く、不真面目で、でも寒いゴッドというクローンのパーソナリティを感じる言葉。


「昇格試験は賄賂とコネで突破するのが普通。射撃成績も腕じゃなくクレジットで高性能な銃器を買う方が有利。真面目に勉強するよりもズルしてクレジット稼いだ方が成功する環境ですからねぇ。

 しかもそれで上に登っても、その上が同じように支配しているんですぜ。もっとクレジットとコネが必要なんですから」


 ゴッドの愚痴は怒りではなくあきらめが色濃い声だ。真面目に生きたクローンは不真面目に生きたクローンに先を抜かれる。長い者に巻かれたほうが楽に稼げる。出世しても行き着く先でやることは同じこと。クレジットとコネが全ての力社会。


「酷い会社ね」

「カイシャ? ともかくそんな感じなんで身の丈に応じた立場で適度にクレジット稼いでそれ使って適当に楽しむのが一番なんです」

「あー……。コジローやムサシさんは電子酒にハマってるし、そういうモノなのかなぁ?」

「春売りのAIやバイオノイドやドローン。そこで運よく気の合うパートナーと出会えて、ソイツと楽しく生きれる夢見ながら今日もゴッドはお仕事するのですよ」

「春売り……! いや待って、ドローンてあれよね? 機械よね?」

「? 春売り用のドローンですけど?」

「うん。天蓋の性癖って奥が深いのね」


 何を言っているんだ、という顔をするゴッド。それが春を売るドローンの一般性を表していた。機械に欲情するのか、そういう機能を持つ機械なのか。ともあれそれをパートナーとするクローンもいるのだ。


「……気になったんだけど」

「一般的な性行為用ドローンはAI搭載でロマンティックに気分を出してくれるものから無機質に乱暴に攻め立てるモノまで選り取り見取り――」

「そうじゃなくて! 天蓋のパートナーとかどういうものなのか聞きたかったのよ!」


 顔を赤らめて話を修正するトモエ。ゴッドの話にちょっと興味がわいたが、それは棚上げ。性に無関心じゃいられない乙女の難しい葛藤である。


「はあ? 行為の方じゃなくパートナー登録の話ですか?」

「うん。子供とか産めないのに一緒になって何をするのって事」

「コドモ? ウム?」

「ああ、ごめん。そこは忘れて」


 生殖細胞が存在しないクローンにとって、子供という存在は未知の存在だ。クローンは子供を産めない。子孫を残せない。次世代は企業が生産し、出荷段階で大人の知識と肉体を持つ。


 西暦における結婚。夫婦という関係において子供の存在は欠かせない。男女は子供を産むために結婚する、という意見は極論ではない。夫婦様々な事情はあるだろうが、子供を無視した結婚はまずありえない。それがトモエの常識だ。


 クローンにも恋愛感情はある。ムサシもネネネもボイルも恋をしている。好きな人がいて、一緒に居たいという想いがある。それが自分が抱く恋心と違うとは思えない。『NNチップ』や生殖細胞の有無が、心に隔たりを作るわけがない。


「一緒に居て、楽しい時間を過ごして、それだけなの?」


 好きな人と一緒に居るのは楽しい。きっとそれは幸せなのだろう。


 だけど、それ以上はない。愛の結晶ともいえる子供を産むことはなく、愛し合いながら同じ時間を過ごして寿命を迎える。そこに残る物は何もない。なにも残さず、死と共に消えてしまう愛。


「トモエ様、それは違います」


 ゴッドは手を振り答える。いつものように飄々して、へりくだった口調で。


「一緒に居ないこともあるし、浮気されることもあるし、クレジットやハッキングで寝取られることもあります。愛した分だけダメージ倍増! でもそれで何かに目覚めるクローンもいるわけで」

「天蓋の性癖、奥深すぎ!」

「ええ、油断ならないこの世界。一緒に居るということの難しさ! 息をつく暇などないのです。信じられるのは自分だけ。愛も恋も信用もあっさり覆る悲しい現実!

 それでも一人は寂しいので、誰かや何かを求めるわけなのですが」


 最後に小さく告げたセリフ。トモエはそれに反応する。


「誰かはわかるけど、何かって……。いやもうその辺りはどうでもいいけど」


 愛する対象がケモナーだろうがAI人格だろうがドローンだろうが、それはもう天蓋の世界常識だからどうでもいい。よくはないけどツッコミたくない。


「でもそうだよね。どんな時代でもどんな世界でも、一人は寂しいし辛いもんね」


 たとえ子供が産めなくても。たとえ残る物が何もなくても。


 それでも人は寄り添う者なのだ。孤独に耐えきれず、何かと繋がっていたいと思うのだ。人の心を持つ限り、孤独感には堪えられない。或いは孤独に慣れてしまったら、それはもう人の心として壊れているのだ。


「ははっ。その通りでございます。ちなみにこの寒いゴッド、何時でも何処でもお呼びとあらば即トモエ様の元に行きますので! むしろ呼んでください! ああ、でも他の女性型と楽しんでいる時はご容赦を! ゴッドにも無理なものはあるのです!」

「いやないし。アンタを呼ぶことはないから。好きにしていいから」

「いやいやいやいや! 捨てないでくださいせめてお情けをば! 今トモエ様に見捨てられたら『KBケビISHIイシ』に戻るしかなくそうなったら002部隊の件で色々言われて立場ないのです!

 見逃してもらった横領の証拠を押さえられて降格&懲罰コンボでクレジット没収!  そうなると週一回のブラックリリィへのスパチャが滞ってランキングご褒美がもらえなくなるんです! どうかどうかぁ!」


 泣きついてくるゴッド。知らないわよ、という一言をかろうじてトモエは堪えた。ゴッドが裏切ったのはゴッド自身の判断だしトモエには関係ない。見捨てても何の問題もない。正直に言えば見捨てたい。


「……まあ、ほどほどにするなら好きにして」


 それでも見捨てなかったのは、一応助けてくれたからだ。ゴッドがいなければ002部隊の不意打ちに気づかなかった可能性がある。その恩がギリギリトモエを止めた。――実際のところは、襲撃直前でナナコが狂い鬼の声で命令して止めただろうし、その前にゴクウたちに狙撃されていただろうが。


「ひゃっほおおおおおおお! ええ、この寒いゴッド、企業『トモエ』の警備長として粉骨砕身頑張らせてもらう次第です! いぇーい! クソ上司から解放されたぜ! クレクレ部下からもお別れだ! ゴッドのゴッドロードが今始まる!」

「……やっぱいらないかなぁ……」


 調子のいいゴッドを見ながら、トモエはため息をつく。


 ――これが企業『トモエ』最初の社員獲得であり、この後コジローと共に長きにわたって『トモエ』を支える存在になることになるのだが、この時のトモエには想像もできない事であった。

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