潰れれば替えも効くしな

 セラミック。言語の意味合いとしては『陶磁器』だ。


 無機物を加熱処理し焼き固めた焼結体を指す。そう言ったセラミックを組成や形状などを制御し、特性を持つように作られたものをファインセラミック或いはアドバンスドセラミックと呼ばれ、一定の時代以降は『セラミック』と言えばこう言っファインセラミックを指す。


 ファインセラミック――以降、セラミックと称する――は混在する合繊粉末により様々な特性を持ち、医療用工業用などの伝導体になることもあれば絶縁体として使われることもある。高硬度かつ高耐熱性の特性を持ち、研磨剤などに使われることもあれば、誘電性に優れた特性を持ち電子機器に使われることもある。


『二天のムサシ』に使われているのは靭性に優れた特性を持つセラミックだ。圧力や打撃に強く、壊れにくい性質を持つ。温度などにも強く、対ボイルを想定するな候補に挙がる物質である。


 だが多くの開発者は設計段階で欠点に気づいて頓挫する。


『外部装甲をセラミックにしても、関節部分のモーターを焼かれれば動かなくなる』

『バッテリーもそうだ。そこまで非金属にできない』

『制御用のCPU回路を焼いたという話もあるぞ』


 周りを非金属の装甲で覆っても、ボイルの超能力は内部の機械まで届く。視認する必要はない。金属があるなら焼けるのだ。デタラメすぎる超能力を前に、計画は破棄される。


 だが逆に考えれば、そこまで非金属にすれば完成なのだ。駆動部分、動かすエネルギー貯蔵部位、そして戦闘を担うプログラム。


「対『金属蒸発』用に作ったこいつらに金属部分は一切存在しない!

 装甲はジルコニアにより靭性を増したセラミック! 内部には薬物投与済みのゴリラ型の戦闘用バイオノイド! これなら超能力でも燃やせまい!」


 高ぶった声で説明する002部隊。


「要するに、あれはセラミックの鎧ってことか」


 コジローのセリフが的確に『二天のムサシ』を語っていた。中にバイオノイドを入れたセラミックの外装。バイオノイドに命令するだけで戦闘プログラムの代替は成り立つ。エネルギーも関節駆動もバイオノイドが動かせば済む話だ。


「ゴリラ……二天のムサシが、ゴリラ……!」

「おチビちゃん、何が言いたいのかい?」

「アタイは何も言ってないよ!」


 何か言いたげなネネネを一言で黙らせるムサシ。よりにもよって自分の二つ名がこんな形で使われようとは。未来を読めるムサシであってもわからなかった未来である。超能力の特性上、見たら確定するから見たくもなかったのだが。


 完璧なボイル対策――に思えるが、弱点は明白だ。


「あれだけの重さの鎧を着て動けば、いくら戦闘用バイオノイドでも疲弊して倒れるだろうに」


 ムサシが指摘したとおり、バイオノイドが『着る』となればパワーはバイオノイドに依存する。筋肉は過度の労働で疲弊し、いずれ力尽きる。機械のように小型でパワーを出せるわけではないのだ。


「ふん、その程度計算済みだ! 各種薬品で筋肉は増幅済み。しかも理性を飛ばして脳のリミッターも解除してある! 10分間の稼働はテスト済みだ!

 潰れればも効くしな!」


 替え。


 見れば『二天のムサシ』を収容するコンテナは兵装の大きさに比べて、幾分か大きめだ。そこに何を積んであるのか。今のセリフから容易に想像できる。


 天蓋においてバイオノイドは道具だ。クレジットで買える存在だ。使い潰したら新しいのを作ればいい。その感覚が天蓋における普通の感覚だ。


「そいつはまあ、効率的だねぇ」


 ムサシがサイバーアームから二本の青いフォトンブレードを発生させる。


「バイオノイドをイジメる奴は許さない!」


 ネネネが両腕両足に炭素で形成された剣を生やす。


「あいにくと、そういうのを許さないヤツがいるんでね。潰させてもらうぜ」


 コジローが赤いフォトンブレードを構える。


 バイオノイドを使い捨てる戦法。天蓋では常識的な戦術。その行為に対し、三人は明らかに怒りを感じていた。怒気を隠そうともせず、剣先に戦意を乗せて002部隊に向ける。


「はん! 許さないはこっちのセリフだ! 早く片付けて移動しないとこっちの立場が危ないんだよ! 行け、お前ら!」


 002部隊の命令と同時に『二天のムサシ』が動き出す。部隊の前に立ち射線を塞ぎ、肩部分に装着された銃器を打ちながら距離を詰める。両手に装着されたセラミックブレードを構え、コジロー、ネネネ、ムサシに向けて二体ずつが迫る。


「一体に二本ずつ。剣の数なら両手両足に剣があるアタイと同じだな! のわぁ!」


 ネネネは迫るセラミックブレードの3本を避け、1本を炭素剣で受け止める。高い靭性を持ち、極限までパンプアップされた戦闘用バイオノイドの一撃。その重みがネネネの体を吹き飛ばす。地面を転がり、そこに銃弾が叩き込まれ――


「いてててて! メカゴリラパワーだな二天のムサシ!」


 弾丸が叩き込まれた場所には、ネネネはすでにいない。地面を転がりながら体勢を整え、一気に跳躍して『二天のムサシ』への距離を積めたのだ。最適解を求める戦闘用AIなら武装に応じた最適距離を取るために距離を開くだろう。だが、長年の戦闘経験を持つバイオノイドはネネネの動きに踏み出し、蹴りを放った。


「ひぇえ! あっぶな!」


 ネネネはその足の上に乗り、驚きの声を上げる。余裕で回避したように見えるが、実際は紙一重だ。距離を取るかと思っていたのに強烈な攻撃が来た。一筋流れる冷や汗が、その危機を示していた。


三 次 元 戦 闘とびまわるアタイ――回 転 か か と 落 と し 斬 りおかえしのあたいきーっく】!


 そのまま回転して蹴りを放つネネネ。足に装着された剣が『二天のムサシ』の方に装着されている銃器を破壊する。そのままかかと落としの要領で足を振り下ろし、装甲の関節の間に刀を差し込み、傷を負わせた。


「誰がメカゴリラパワーだって!? お姉さんはか弱い乙女なんだよ!」


 ネネネのセリフに食らいつくムサシ。言いながら4本のセラミックブレードをフォトンブレードを使わずに回避していた。相手との距離を一定に保ちながら、足の動きだけで避けているのだ。


「はいはい。鬼さんこちら。手の鳴る方へってね。そんな動きじゃミロクボサツが来るまで当てられないよ。所でミロクボサツってなんだろうねぇ? まあ気にしたら負けか、あっはっは」


 市民ランク1が使っていた比喩表現をなんとなく使ってみたムサシ。とはいえ意味は分からない。まさか56億7千万年後とは夢にも思わないだろう。未来が見えるムサシに近接攻撃を当てられるのはコジローぐらいである。


「フラフラしてきたかな? そんじゃ無力化させてもらうよ。お礼はトモエちゃんに言うんだね。あの子がいなかったら、怒りで秒殺していたところなんだから。八つ当たりなだけに8回は斬ってたよ」


 攻撃を続けて疲弊してきた『二天のムサシ』に赤い光が走る。4本のセラミックブレードが切り裂かれ、銃座が破壊される。光刃は装甲の内側にいたバイオノイドまで届き、そのを止めた。


二 天 一 流いまとみらいの剣――三 つ の 先エンド オブ スリー】!


「確かにトモエがいなかったら、こんなことは思いもしなかっただろうな」


 コジローもフォトンブレードを振るうことなく『二天のムサシ』の攻撃を避けていた。とはいえこちらは確定未来観察という超能力が使えるわけではない。手の動き、足の向き、それらを頭に入れて経験則により回避していた。


「惚れた弱みだね。アイツが泣いている顔を見たくないから殺さないっていうのは」


 その気になれば、コジローは『二天のムサシ』をすぐに斬れた。ネネネよりも遅く、剣筋も単調。ムサシをの戦闘を考えれば欠伸が出るぐらいだ。これで『二天のムサシ』を名乗るとは笑えない話である。


(イメージしろ。装甲の厚み。中にいるバイオノイドの場所。セラミックの鎧。駆動個所。相手の動きが情報だ)


 コジローが見ているのは剣筋だけではない。相手の動き。踏み出す距離。視線。攻撃する角度。それらを加味し、武装がどの程度かをイメージする。


(斬るのはセラミックだけ。中にいるゴリラは一切傷つけない。それをやるのがサムライだろ?)


 イメージするは完全勝利。鎧だけを斬り、中にいるバイオノイドは傷つけない剣筋。思え、思え、思え。その通りに体を動かせばそれでいい。幾重にも重ねた鍛錬が思うより先に体を動かしていく。


「これで――」


 フォトンブレードが翻る。二体の『二天のムサシ』を走る赤光。コジローがフォトンブレードを振り下ろすと同時に、セラミック装甲は重力に従い地面に落ちた。


光 子 剣 術フォトンスタイル――光 芒 一 閃ライトニングカット】!


「終わりだ。古典ラノベのサムライなら、鎧だけ斬るなんてアサメシマエってな!」


 その中にいたバイオノイドも、同時に地面に崩れ落ちる。コジローはそれを見て笑みを浮かべた。――食事は栄養キューブで一日分済ませるクローンにとって朝飯前がどういう意味を持つかはわからなかったが。


 時間にすれば10秒足らず。


 三体のクローンは苦もなく怪我もなく『二天のムサシ』を伏していた。中にいたバイオノイドもネネネとムサシに斬られはしたが、命に別状はない。


「な、な、な……! どういうことだ!? 何が起きた!」


 002部隊のクローンは目の前の光景が理解できないという顔をしていた。銃も持たないクローンが対超能力兵装に挑み、事も無げに破壊したのだ。骨董品に近い武器で、倍の数を相手に、僅か数秒で、無傷で。


「さてはあのゴリラどもめ手を抜いたな! あるいはバイオノイドを無力化する水溶液の都市伝説は本物だったのか!?」


 目の前のクローンが実力で勝ったなどと思わない。未知の兵器を使ったと思うしかない。そう言い訳しないと、隊長に何と言われるか分かったものではない……。


「そうだ、隊長。狂い鬼に何を言われるか……! もう鉄板はイヤだ。ああああああ……!」


 絶望して蹲る002部隊。抵抗しようという気力はなかった。あるのは待っているシゴキをどうするか。しかしその術はない。ただ現実逃避するだけだ。


「あー。口封じとかは……要らないのか、これ?」

「その辺りはイオリちゃんに振るとするよ。いい感じで何とかしてくれるさ」

「いやそれは無茶ぶりだろ」

<余計な口挟むなクソ染色体XY! それ以上喋ったら高濃度メントール染み込ませたリモート綿球で鼻腔内から口元まで洗浄するぞ!

 ええ、ええ! ムサシ様の為ならイオリはどんなことでも致しますとも! この程度ならいくらでも! お礼なんていりませんけどイオリとしてはそのお体様をおイタしてもよろし――>

「だってさ。まあイオリちゃんはこの手の処理に慣れっこなんでね」


 イオリの通信を途中で切断するムサシ。酷い無茶ぶりだが、ああ見えてもイオリの処理能力は高く適材適所ではある。加えて言えば『ムサシ様の為なら!』とモチベーションも高いのだ。当人が幸せそうなのでこれ以上口を挟むのは野暮である。


「まったく、トモエのヤツは何に巻き込まれてるんだ?」


 トモエがいる方向を見ながらため息をつくムサシ。言って戻るだけと言っていたのに、何がどうなっているのやら。


 

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