無茶ぶりもいい所っすね!
「うへへぇ。あっしに全部任せれば気持ち良くなるっすよ。それじゃあ、最後の一枚を……」
「起きろ。IZ-00404775」
「おばぁあ!?」
『働きバチ』はIZ-00404775ことナナコが寝ている医療ベットに近づき、市民ランク権限を使ってナナコの『NNチップ』に命令して、神経刺激を起こして無理やり覚醒させた。
「いきなり起こすとか何様っすか!? 久しぶりに惰眠を貪ってイイ夢見てたってのに!」
「私だ。市民ランク3の権限を使い、下位ランク市民に命令させてもらった」
「うげぇ、ビジネスバチ!? ――本官は職務上の傷害による休暇申請を提出していますので、休眠は正当なるものです」
「銃撃によるショックと失血状態からの回復なら2時間で十分だ」
相手が『イザナミ』の上位ランクだと気づいたナナコは敬語を使い取り繕う。実際、ナナコの行動は正当な行為に則っている。そして上位市民ランク者は、企業の為なら正当な手続きでもキャンセルできる権限がある。
「緊急任務だ。資料は『NNチップ』内に転送済み。12秒で確認し、行動に移ってもらうぞ」
「資料確認。……はぁ、企業を立ち上げる!? なに言ってんすかトモ――
対象人物が奇異な発言をすることは珍しくありませんが、これは常軌を逸しているとしか」
状況を確認したナナコは、トモエのあまりの発言に素に戻り……咳払いして『お仕事』モードに移行する。相手は上位ランク市民。正当な理由があればその権限で低ランク市民の身柄を破滅させることができる。無理やり起こすなどまだ優しい方だ。
「問題ない。非正規任務だ。忌憚なく具申して構わない」
「あの能天気で平和すぎるJKとかは本当に何考えてるのかわからねーっす。そんでもって『
非正規任務、と聞いてナナコは素の性格でしゃべりだす。公的記録に残らないなら、どれだけ失礼なことを言っても市民ランクによる厳罰は通らない。市民ランクシステムは上下関係をはっきりさせているが、企業の記録に残らない状況では意味をなさない。
「待つっす。正規じゃないならさっき無理やり起こされたのは、ただの暴力なんすけど?」
「過剰休暇を取る怠け者を起こすのは業務の一環だ」
「ああ言えばこう言う……!」
口と権力では勝ち目はない。ナナコは『働きバチ』にいいようにやりこめられていた。
「Joー00101066が護衛しているが、それでもカシハラトモエの捕縛は可能か?」
「あっしがその気になればトモエを騙して篭絡する事なんて余裕っす。あの超能力おねえちゃんも倒すんじゃなくて出し抜くことならどうにか。
捕えた後はお家に返すなり見つからない所に閉じ込めるなり自由自在。なんならお好みの性癖に仕込むこともできるっすよ? どうっすか、たまには羽目を外してみるのもいいとおもうんすけど」
「必要ない。無駄口を叩く余裕があるなら準備を整えろ」
「うぃ。ちょい待つっす」
<ヘイヘイヘーイ! 撃たれた後だってのにブラックな野郎だぜ!
ベッドから半身起こして『働きバチ』にナナコが問い返す。気怠さは残るが、動く分には問題なさそうだ。『NNチップ』に体内を走査させ、サイバー機器関係も問題ない事を確認する。口の悪い仮想人格AIのお薦め店に予約を入れながら、『働きバチ』の言葉に耳を傾ける。
「最悪のシナリオは002部隊にカシハラトモエを捕縛されることだ。連中がエストロゲンのことに気づいているのなら、カシハラトモエを殺害されかねない」
エストロゲン。
トモエの尿には生殖細胞が存在しないクローンにはないステロイドホルモンが高濃度で含まれている。その刺激はバイオノイドでを無力化し、命令系統を乱す劇薬なのだ。
「連中の主戦力は戦闘用バイオノイドっすからね。
「エストロゲンとその効果のことに気づいている可能性は否定できない。Joー00101066を無力化して名声を得ると同時にバイオノイドの切り札を押さえ込まれる。そうなると企業内のパワーバランスは一気に傾くだろう。
002部隊が力をつければ、企業内の開発は対超能力にリソースを注ぐことになる。他部門への支援がそちらに回されれば、今動いている計画は7割停滞するか破綻するだろう。そうなる前にカシハラトモエを捕縛もしくは殺害するのが任務の一つだ」
002部隊の台頭を塞ぐために、トモエを殺すことも視野に入れる。それが『働きバチ』と呼ばれる
「怖い怖い。
なのでスナイパーを雇ってトモエの頭部をバーンてことで終わらせて、あっしはもう少し寝てるってのはどうすか? 何ならハチ助もあっしと一緒に寝るというのは?」
「断る。貴様と同衾するなどマイナスでしかない」
ベッドから降りて着替えながらナナコは『働きバチ』に問う。下着を見せながら誘うようなナナコに対し、完全拒否の鉄のような冷徹さで答える『働きバチ』。ハニートラップもできるナナコの土俵に立つつもりは毛頭ない。
「うわ、ひでぇ。ナナコちゃんショックっすー。乙女のガラスハートにひびが入ったっすよ」
「そうか。心身障害の診断がでれば労災認定が出る。申請書類は三種類だ」
「冗談の通じないくそ真面目な性格の方が余計傷つくっす。
で? トモエを捕えるか殺すかして事態を収束させる事を頼みに来たんじゃあないっすよね?」
冗談交じりの会話をしながら、虚を突くように相手の意図を探るナナコ。『働きバチ』は部屋に盗聴器などの類がない事を電波感知で確認し、出来るだけ小声で本来の任務を告げる。電波による通信は記録に残る。非公式な任務は口頭で伝えるのが常識だ。
「最悪の状況にならない限り、IZ-00404775には002部隊及び『クダギツネ』の対応に当たってほしい」
「……あっしに自称エリート部隊とドンパチやれというんすか?」
「そして絶対条件として、己の存在を他人に感知されるな。002部隊はもちろん、カシハラトモエやJoー00101066にもだ」
「無茶ぶりもいい所っすね!」
『働きバチ』の出した条件に『ありえねぇ』と叫ぶナナコ。重火器すら碌に扱えない自分に対超能力者戦を想定した部隊から非戦闘力者を守りながら動け? しかも相手には気取られるな? 無理筋もいい所である。
とはいえ『働きバチ』の言い分も理解できる。本音はどうあれ、表向き002部隊は『イザナミに敵対する
つまり、正当性は002部隊にある。妨害がバレないようにするのは当然の話だ。公式に記録など残せないし、カメラの映像から相手を特定されただけでも厄介なことになる。人相とIDを変化させられるナナコにしかできない任務なのだ。
「一応聞くけど、武器とかのサポートとかは……?」
「非公式任務と言ったが?」
「ちくしょう、予想してたけど切り捨て前提っすか!」
そしてこれも当然だが、ナナコが失敗すればそこから命令した『働きバチ』に繋がりかねない。そうならないためにもナナコと『働きバチ』のつながりは可能な限り希薄にしなければならない。物資金銭的なサポートはもってのほかだ。
「成功報酬は弾む」
「それってこの件で儲かる分の端数ぐらいなんっすよね。くそ、断りてぇ……」
「断っても構わないが、その場合は『イヴァン・メメントモリ』の件と『ステファン・バウス』事件等の詳細報告を『
「はっ。IZ-00404775、誠心誠意をもって任務にあたる所存です」
『働きバチ』の言葉に、敬礼をもって受諾するナナコ。公開されれば社会的立場が大きく崩れる失敗の口止め。ナナコはどうしようもない力関係を前に、ため息を押した。もっとも、自業自得なのだが。
「002部隊に対する物資支援の停滞ぐらいは行おう。連絡状況の不備といえば1時間ぐらいは誤魔化せるはずだ」
「安心できねぇ支援すね。そもそも相手の準備が万全なら意味ねぇ話っす」
「それはないだろうな。今回のエネルギー妨害は突発的だ。かつ『イザナミ』もバーゲスト事件でかなり疲弊している。万全に供えられた部隊など皆無だろうよ」
「だとしてもあっし一人で『
着替え終わったナナコは、脱いだ術衣を折りたたんでベッドの上に置く。『NNチップ』を通して退院届の電子ファイルを提出した後で、肩をすくめた。ナナコの変装能力と演技能力が他に類を見ないモノだとしても、個人でできる事なんてたかが知れている。
「そうか。では任せたぞ」
「無理だって言ってるんすけど?」
「貴様が無理という時は問題の規模を正しく理解している時だ。ならば問題ない」
『働きバチ』はナナコのセリフを聞いて、頷いて退出した。これ以上話すことはないと言いたげにあっさりとした退室だ。ナナコの実力を信用しているのか、あるいは捨て駒として見て語る言葉がないのか。その表情からはうかがい知れない。
「問題だらけだってーの! ……ったく、クソ面倒な事ばっかりっすねトモエは!」
『働きバチ』が退出して10秒待機し、その後で病室を飛び出すナナコ。とりあえず連絡すべきは002部隊の上に立つ『超能力部門』だろう。幸いにしてそこの事務管理者であるイオリとは懇意(?)の仲だ。病院の廊下を歩きながら、通信を繋ぐ。
「ちょいといいっすか? アンタの配下って言うか下位組織に関してお話が――」
<むぎゃああああああああああああ! ムサシ様のおビキニ姿! 温泉! 赤く火照ったお肌! 艶っぽいセリフ! 画像保存映像保存音声保存嗅覚保存質感保存! ああ、イオリはその治療液体になってムサシ様をお包みしたい……。そしていろんなところに触れて、あわよくば――>
つないだ瞬間に聞こえてきた常軌を逸したイオリの言葉に、ナナコはそっと通信を遮断した。何があったのかはわからないが、いつもの発作で今は話が通じない。通信内容を保存して、後で
「さて困ったっすね。上から圧力かけて楽な任務と思ってたけどダメっすか。これは現場に行ってひっかきまわすしかねーんすかね、これ?」
とにかく移動しながら考えようと病院を出るナナコ。そう言えば飛行バイクは壊れたままかと思い、先ずは移動手段だなとナナコが思っているところに、
「やあ、
「お好みの場所にハイスピードフルパワーで送ってやるぜ」
甘い顔をした優男と、大型バイクを駆る筋肉質の男が声をかけてくる。『ジョカ』の
「ゴクウとギュウマオウだったっすか? イケメンにパワフル系のいい感じな男性型。もう少し早く誘ってくれれば。ホテルのベッドで楽しもうって気になれたんすけどね」
「それは残念。こちらもいろいろあって同胞の状況を確認したくてね。
「細かい話は移動しながらしようぜ。今一番ホットな超能力事件跡付近でなら、激しく上下運動できそうだしな」
何も知らない者から見れば、男性型二人にナンパされる女性型クローンだ。だが『子猫』『金属好き』『超能力事件跡』などを考慮すれば、ゴクウとギュウマオウが何を言いたいかは察することができる。
タイムリー過ぎる。これは罠か? 一瞬だけ悩むが、この二人がこちらの非正規任務を知っているとは思えない。おそらく『
「いいっすね。お互い好き勝手して楽しめれば最高っすからね」
「ハードな攻めは好みじゃないんだけどね。女性型のリクエストなら応じるとしようか」
「話は決まったな。そんじゃ、かっ飛ばすぜ!」
話は決まった、とばかりに頷くギュウマオウ。ナナコとゴクウはギュウマオウの後ろの席に乗り込む。3人乗りを想定していないのでやや狭い。
その状態で飛行バイク『バショウセン』は宙に浮かび、規定速度で移動を始めた。
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