全てを溶かすクールな熱の死神!

 002部隊の隊長であるIZ-00096102こと『狂い鬼』は野心的な男性型クローンだ。自らのクローンIDをくるい96102と呼ばせ、自他含めて厳しく当たる人物だ。


 逆らうものには容赦なく挑む。暴力をちらつかせて黙らせることもあれば、相手の弱みを握って身を引かせることもある。それでも歯向かう相手がいるなら、実力を行使して物理的精神的社会的にボロボロにする。


 そうして002部隊の隊長という地位を獲得した狂い鬼だが、その野心はまだ収まらない。上位組織の超能力部門に食い込もうとかっ策しており、超能力部門の長ともいえるイオリとも幾度か衝突している。


(いつか『二天のムサシ』への命令権を奪取して、俺が『イザナミ』の全武力を統括する! そして他企業へと武力抗争を仕掛け、天蓋全ての力を治めるのだ!)


 狂い鬼は治安維持組織を軍隊のように見ていた。それは間違いではない。天蓋において最も軍事力があるのは各企業の治安維持組織だ。そこを統括できれば、実質上は天蓋の全武力を治めたことになる。


 実質上、と言ったのは天蓋には組織力やサイバー武器に依らない力が存在するからだ。ムサシやネネネのような個人戦闘力が高い存在や、ボイルやムサシのような超能力者エスパーである。


 前者……組織に所属していない強者など狂い鬼にとっては路傍の石同然だ。目に写らないものなど見えない。治安維持組織の調査範囲にいない時点で、低ランク市民の役立たずでしかないと唾棄していた。そんな雑魚よりも、わかりやすい力が上にあるのだ。


 それが超能力者エスパー。それを使う権限さえ手に入れれば、天蓋では最高の武力を得ることができる。狂い鬼は『イザナミ』最高戦力にして最秘たる『二天のムサシ』を得ようと、野心の炎を燃やしていた。


 とはいえ、結果は芳しくない。


 上位組織である『超能力部門』との交渉権はあるが『二天のムサシ』の窓口であるイオリとは反りが合わない。市民ランクが同じ3であることもあるが、いつものやり方が通じないのだ。暴力も、脅しも、何もかもが通じない。


『ムサシ様の為ならイオリは負けませんよ!』


 と、強い忠誠心を示して、イオリはこちらの攻撃を全ていなす。それどころか過去の事例を持ち出してこちらの口封じさえ行う始末だ。二天のムサシへの謁見すら許されない状態である。


 ……まあそれが権力的なものではなく、イオリのクレイジーサイコレズな執念だとは思いもしないわけだが。百合の間に割り込む男など許さないと怒りを燃やして拒んでいるなど、狂い鬼を始めとした002部隊には想像もできない性癖ことである。


 閑話休題。そんな中、『ジョカ』のボイルが作戦区域内に侵入したという報告が舞い込んだ。しかも新企業という意味不明な事を主張しており、その護衛をしているとか。


「シンキギョウ? トモエ? ……トモエと言えば、『働きバチ』が任務失敗したバイオノイドの名前だな。何かの秘密があるのか?」


 疑問に思う狂い鬼だが、重要なのは『ジョカ』の超能力者エスパーがこちらに攻撃される理由を引っ提げて作戦圏内に入ってきているという事だ。


「ここで002部隊の……いや、狂い鬼の実力を示すことができればイオリを黙らせることができる! 『ジョカ』の超能力者エスパーを倒すほどの実力を引っ提げて、あのクソメスを屈服させてやる!」


 他企業の超能力者エスパーを相手して勝利する実力。それを示せれば『KBケビISHIイシ』内の地位どころか『イザナミ』における注目度も高まる。何せ『イザナミ』は他企業に比べて超能力者エスパーの数が少ない。超能力者エスパーを超える戦力があれば、予算も注目度も集まるというものだ。


 短絡思考ではあるが、それを為すだけの実力と押し通すだけの暴力があれば問題はない。狂い鬼はそうして今まで地位を獲得してきた。相手を押しのけ、ねじ伏せ、そして蹂躙して。逆らう者はすべてその尊厳ごと破壊してきた。


「相手は新しい企業を立ち上げるとか言うトチ狂った奴だ! ただもう言を吐くだけならどうでもいいが、ヤツは『ジョカ』のボイルを駒にしている!

 十分な火力を持った反企業行為として扱え! 抵抗するなら全勢力をもって反撃しろ! 『クダギツネ』の使用も許可する!」


 相手は『ジョカ』の超能力者エスパー。金属を用いるものすべてを溶かす無敵の存在だ。


 だが、その超能力が分かっているのなら対策は立てられる。実際、対ボイルのシミュレーションは構築済みだ。準備さえ整えば、完封できる。非金属を用いた武装を用意し、一気に攻め立てるのみだ。


「対ボイル用に作製していたセラミック製の武装を輸送しろ! 兵装がそろうまでは連中を足止めだ! 相手に認識されれば銃が使えなくなるから、近接武装も使え!」


 金属さえ使わないのなら。ボイルは簡単に倒すことができる。


「こんな簡単なことに何故誰も気づかなかったのか不思議だな! 超能力者エスパーにビビりすぎて誰も考えもしなかったという所か!

 この狂い鬼が天蓋で初めて超能力者エスパーを伏したクローンとして名を馳せてやるぜ! お前ら行けぇ!」


 熱にうなされたように命令する狂い鬼。002部隊の部下達は社会的な上官命令ということもあるが、横暴な狂い鬼に逆らうつもりはない。逆らえば目を付けられ、意識を失うまで訓練と称したシゴキが待っているからだ。


「死に物狂いね。銃が使えないから、ナイフ戦を仕掛けるつもりかしら」

「なんだ……? うわぁ!?」

「目の前で爆発が起きた!」


 迫ってくる002部隊を前にボイルは冷静に告げる。コートのポケットから円状の金属板を一枚取り出し、向かってくるクローン達の方に投擲した。金属板の端を蒸発させて加速させ、迫る部隊の直前で一気に蒸発させる。華氏4643度2562℃の高熱と、熱で膨張した空気が衝撃波となって部隊を吹き飛ばす。


「そこ、危ないから避けなさい」

「っ! ビルが崩れる!?」

「退避! 退避!」


 そして別方向から迫る002部隊向けてそういうと同時に、ビルが支えを失ったかのように崩壊する。土台からビル内の支柱となっている鉄筋を溶解させたのだ。支えを無くした建物が音を立てて折れるように倒れる。その轟音と落下物が部隊の進行を妨げた。


 爆発。崩壊。弾丸暴発。サイバーアームの溶解。その現象に驚く悲鳴。それが戦場の光景だ。


「ふあああああああああ……」


 近くのビルに隠れながらトモエはその様子を見ていた。ボイル自身は一歩も動いていない。だというのに周囲は災害が起きたかのように変貌していた。銃器が通用せず、サイバーアームの暴力も意味をなさない。鉄筋を使わない建物はなく、金属などいくらでもある。まさにボイルの独壇場だ。


「何て言うか……本当にすごいんだ、ボイルさん」

「当! 然! 『ジョカ』の『金属沸騰ボイル』と言えば無敵で素敵で圧倒的な超能力者エスパー! 超能力災害という名称を天蓋に刻み、超能力の絶対性を示した存在ですからね! このゴッド様も間近で見るのは初めてですが、確かにこれなら『イヴァン・メメントモリ』の惨状も納得だぜ!」


 絶え間なく繰り広げられる熱の暴力を前にトモエが感嘆の声を上げる。そしてなぜかゴッドが我が事のように胸を張った。なんとかメメントモリは理解できないが、結構な被害の事件だったんだなぁ、という事はトモエも理解できた。


「ペッパーさんとイチャイチャラブラブしたそうにしている乙女とは思えないわね」

「いやいやトモエ様。あのボイル様がイチャイチャとかラブラブとかそんな事するわけないじゃないですか。

 全てを溶かすクールな熱の死神! あらゆる部隊さえも止めることのできない暴力の化身! それがその辺の男性型に媚びを売るような乙女なはずありませんよ!」

「……そーね。世間のイメージっていろいろ剝離するものよね」


 肩をすくめるゴッドのセリフに、トモエは額に手を当ててため息をついた。トモエからすれば、今目の前のボイルこそ信じられない存在なのだ。戦火に立つボイルが、ちょっと前まで恋バナで恥じらうように蹲っていたとは思えない。


「オーダーに従って殺さないで上げるわ。怪我人を連れて退却しなさい」


 その気になればブロック全てのビルを一気に崩落させて部隊全てを埋没ことも可能なボイル。被害がで済んでいるのは、トモエのお願いを聞いているだけに過ぎない。


「クソ、近づけもしない!」

「ここまで圧倒的なのか!?」

「大雑把な面制圧しかできないとか考察したのはどいつだ! ピンポイントで蒸発が起きたぞ!」

「コンクリート内の鉄筋を正確に蒸発させただと!? まさか、ビルの設計構造を理解してピンポイントに超能力をつかっているというのか……?」

「対熱ジャケットを着てもこのダメージ……! 想定外だ!」

「超能力の発動が早すぎる! 見もしないでこちらの動きに対応するなんて!」


 混乱する002部隊。ボイルとの戦いを想定していたとはいえ、それはあくまで噂と災害現場を参照に仮想構築された『ボイル』との戦闘だ。実際にボイルと戦ったことがない002部隊は、想定されたデータと本物の超能力者エスパーとの差を感じていた。


「ここまで手も足も出ないとは……! いや、俺の想定は間違いではない! 貴様らがたるんでいるからだ! 死ぬ気で挑めばもう少しやれる!

 ターゲットの足止めと並行して、本末である騒乱罪首謀者を狙え! ターゲットがそちらに意識を向ければ隙が生まれるはずだ!」


 002部隊の不甲斐なさを叱咤する狂い鬼。足止めにすらならない現状を否定するかのように、部下達のせいにする。トモエを狙えば隙が生まれるのではないかとばかりに指示を出し、自分の仕事は果たしたと自己満足に浸っていた。


(装備が整うまで勝てないことは想定していた。しかしなんなんだこれは!? 『金属を融解・蒸発させる』ことが分かっていても、ここまで何もできないのか!?)


 狂い鬼に数分前までの余裕はない。挑んだ相手の圧倒的な強さ――否、デタラメさに心を乱されていた。要らぬ喧嘩を売って返り討ち。このままでは自分の無能を晒すだけだ。これまで力づくで押し通してきた狂い鬼にとって、力で負けることは屈辱的で耐えられるものではない。


「『クダギツネ』の準備はまだか!?」

「調整終了まで残り2分です!」

「1分で終わらせろ!」


 怒鳴る狂い鬼。その声に振るえる002部隊の部下達は、急ぎ『クダギツネ』を密封する筒状の機械の調整を急ぐ。いくつかのロックを解除しながら、命令統御システムを構築する。どうにか1分でそれらを終わらせて――


「調整終わりました! クダギツネ、出せま――うわああああ!」

「『クダギツネ』暴走しています! 命令システムによる鎮静も効きません!」

「マニュアル3ー1に従い現場放棄します!」


 通信から聞こえる悲鳴。狂い鬼は歯ぎしりしながらそれを聞き、その後で笑みを浮かべた。


「クダギツネを誘導して『金属蒸発』にぶつけろ。倒せずとも疲弊はさせられるはずだ! 運が良ければ共倒れしてくれる!」

「クダギツネに汚染された区域はどうするんですか!?」

「知るか! 全て『ジョカ』のせいにすればいい! 非金属兵装さえ届けばアレに勝てる! その後はどうにかなる!」


 最終的に立っていた方が結果を誤魔化せる。勝てば官軍負ければ賊軍。いつもと変わらぬ力技だが一番慣れ親しんだやり方。


 狂い鬼は笑みを浮かべ、まだ得ていない勝利の美酒を味わっていた。

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