騒乱罪ぃ?

<『KBケビISHIイシ』だ! そこを動くなフリーズ!>


 上空のドローンから照らされるサーチライトが3台。待ち伏せしていたであろう『KBケビISHIイシ』隊員が7名。その代表と言える隊員がインカムを使って声を拡大し、スピーカーで警告していた。


「ちょっとアンタ。やっぱり騙したわね」

「ノー! ゴッド様は関係ありません! 本当です!」


 ゴッドが嵌めたと判断したボイルだが、ゴッドは首を横に振って否定する。 


「なんの用よ? 悪いけど後ろめたい事なんて何もしていないんだからね!」


 向けられた重に足をすくませながら、トモエは気丈に言い放った。いきなり銃を突きつけられて動くなと言われる筋合いはないはずだ。


「思いっきり『KBケビISHIイシ』が守ってる所を突破したけどね」

「は、話し合いで納得してもらったから、多分後ろめたくはない……と思う!」


 冷静なボイルのツッコミに一瞬言いよどむトモエ。納得したというよりはゴッドが裏切った形だが、それでも法に触れることはしていないはずだ。


<お前たちは企業規定13条の騒乱罪に相当する行動をとった! 拘束させてもらうぞ!>

「騒乱罪ぃ?」

<新企業と言う五大企業を否定する行動をとっていること! その詐称の元に超能力者エスパーを伴っていることだ!>

「はああああ?」


KBケビISHIイシ』隊員の言葉に、トモエは何ってるのこの人と言いたげな顔をした。騒乱罪自体の意味は分かる。だけど新企業を創るというだけでなんでそこまで言われないといけないのよ。


「誤解よ! 確かに企業を立ち上げようとしているけど、天蓋の企業を否定なんてしていないわ。詐称? 騙すとかそんなことはないから! ただ企業を立ち上げようとしているだけだから!」

<よし! 詐称行為を認めたな!>

「だからそういうつもりはなくて!」

「無駄よ。普通のクローンは『企業を新しく立ち上げる』なんて戯言にしか思わないんだから。

 だとしても、騒乱罪は拡大解釈じゃないかしら?」


 必死に訴えるトモエを止めるボイル。そして『KBケビISHIイシ』隊員に問いかける。相手がどう思おうがかまわないが、それが騒乱罪に値するというのは飛躍しすぎだ。これが通るのなら、酔っ払いの意味不明な発言さえも騒乱罪になるだろう。


<ID確認、Joー00101066! 情報通り、『ジョカ』の超能力者エスパーが同行しているな! これで裏取りも完了だ! どうやらすべて情報通りのようだ!>

「はあ?」

「新企業『トモエ』! そう名乗る反企業組織! 『ジョカ』の超能力者エスパーを手駒にして、バーゲスト復活をもくろんでいることは確定だ!>

「なななななな、何言ってるのよこいつら!?」

<動いたな、撃てぇ!>


 勝手なことを言う『KBケビISHIイシ』隊員に向かって叫ぶトモエ。それを反抗の意思と判断したのか、『KBケビISHIイシ』たちは銃の引き金を引――


金 属 沸 騰ジンシュウ・フェイトン――灼 熱 極 点 燃 焼ジャオレ・ジーディェン・ランシャオ】!


 引き金を引くより早く、ボイルの超能力が発動した。『KBケビISHIイシ』達の銃内にある全弾丸を過熱させ、暴発させたのだ。武装が金属であるのなら、ボイルにとって抑止力にすらならない。


「うっひょー! さすがはボイル様! あらゆる火器を一網打尽! おうおうおう! このトモエ様とボイル様に逆らおうなんて思う事が企業規定違反なのだと知るがいい! まあこのゴッド様の慧眼だからこそ気付けたこのパワーバランス! 凡人である貴様らには想像もできないだろうがなぁ!」

「何だアイツ?」

「何してんだよ、あのクズ隊長。またサボりか?」


 その結果を見て、物陰に隠れていたゴッドがイキリ立つ。わざわざサーチライトが照らされるところまでやってきて、肩をすくめて鼻で元同僚を笑い飛ばした。『KBケビISHIイシ』隊員はゴッドの事を知っているのか、怒りよりも呆れるように見ている。


「逃げるわよ」

「へ? あの――!」

「ぎゃあああああああ! 見捨てないでくださいボイル様! ゴッド様一人では何もできないと知ってのことですか!? 知っててやってますよね。ひいいいいいい!」


 そんなゴッドなど見向きもせず、ボイルはトモエの手を取って走り出す。追跡できないようにドローンのプロペラ部分を燃やして落とし、視線を避けるために細い路地に走って行く。ゴッドもそれに気づき、慌てて走り出した。


「ちょっとちょっとちょっと! 私は何も悪いことしてないわよ! あの人達も話し合えばわかるって!」

「無理よ。アイツラ……と言うかアイツらに命令した奴らは、初めから話を聞くつもりはないわ。

 騒乱罪なんて適当な理由で拘束したいだけよ!」


KBケビISHIイシ』隊員達の態度は、明らかに話を聞く態度ではない。むしろ『形式上は逮捕の形にしたい』のが見え見えだった。


「なんで!?」

「知らないわよ。大方、『イザナミ』の上の方で色々思惑が動いたんじゃないの! 新企業を立ち上げようとするなら相応にクレジットがあるかも、とかそんなケチな理由じゃないと思うけど!」


 走りながら問答するトモエとボイル。相手の目的はわかったが、規模が分からない。話を聞いた『KBケビISHIイシ』隊員が暴走したというのなら、あそこで待ち伏せされたのはおかしい。トモエがここに来る前から配置されていたとしか思えない動きだ。


「アンタはなんか知らないの!?」

「このゴッド様の推測では、やはりお二人のお胸様とおみ足が目的かと――」

「それが答えなら節穴サイバーアイを燃やすけど」

「はっ! あいつらは『イザナミ』の第002部隊。超能力災害に備えたエリート部隊。バーゲスト災害の調査のために内部に残っていた部隊です!」


 ボイルの冷たい声に真剣な口調で答えるゴッド。ここで燃やさなかったのは情報は重要だからと言うボイルの理性である。


「超能力による災害が起きた時に出動し、その被害を処理するのが主な役割です。要は事後処理部隊ですね。エリートぶってるけど超能力災害が起きないと動かないクソな部隊です。何もしていないくせに偉そうな態度取って、こっちの予算も持っていくとかありえねーよ、ケッ! 確かにこちとら仕事サボり気味だけどな!」


 喋っているうちに不満が漏れるゴッド。相手の素性はわかったが、それとトモエとどう関係があるのかがわからない。新企業立ち上げを邪魔して拘束したいと思うほどの理由はなさそうだ。


「わからないわね。もっと上からの命令でこちらを襲っているのかしら?」

「あそこの上になると『超能力部門』ですかねぇ? 『イザナミ』が誇る超能力者エスパー『二天のムサシ』! それがボイルさんの人気に嫉妬して襲い掛かったって所でしょうか? あり得る話だぜ!」

「えぇ……?」


 ゴッドのセリフを聞いて、トモエは呆れたように呟いた。『それはないわ―』と言うニュアンスを含んだ疑問の言葉。


「ムサシさんがボイルさんに嫉妬するとか、想像もできないんだけど」

「いやいやいやいや、何をおっしゃるトモエ様! 超能力者エスパーに限らず他企業への嫉妬は根深いのです! 自社より優れた商品や人材に対して悔しがる様! そしてそれを愚痴り、自棄電子酒に塗れて堕ちていく技師達!

 そんな奴らを見てゴッドたちは安堵するのです。ああ、敗北者は俺達だけじゃなかったのだと!」


 ムサシとボイルの両方を知るトモエからすれば二人の喧嘩はあり得ないのだが、知らない者から見れば嫉妬したり対立したりして当然だという。負け犬根性は理解できないが、比べられて負の感情を抱くのはトモエも理解できる。


「まあ、次は勝つつもりではあるけど」


 そしてそれはボイル当人が証明していた。相手の超能力が分かったのだから、対策はいくらでも立てられる。次任務で相対したら、超遠距離から広範囲金属溶解に巻き込んで殲滅するつもりだ。それすら予知されることを前提の上で。


「物騒なこと言わないでよ、ボイルさん」

「でも実際その可能性があるわ。超能力者エスパーを扱う部門の嫉妬、と言うのはあり得ない話じゃないのよ」

「だったらムサシさんが出てこないとおかしくない?」


 逃げ切った、と判断したのか足を止めるボイル。それにあわせてトモエも足を止めて呼吸を整えながら疑問を口にした。


「そうよ。ムサシさんが仮にボイルさんに嫉妬したとしても、あの人なら直接出向いてきそうじゃない。他人に任せるとか、ムサシさんらしくないわ」

「……確かに。むしろ自分勝手に動いて周りに迷惑を駆けそうね。あの酔っ払い」

「そうね。そんな感じよね」


 ムサシの自分勝手な酔っ払いパーソナリティを知る二人は、頷き納得した。気が付けばいなくなり、自由気ままに放浪する未来予知能力者。あの風来坊を止める術はなく、管理するイオリも連絡がつかないことに難儀しているとか。


「おいおいおいおい。何を言っているんですかトモエ様にボイル様! 『二天のムサシ』様がその辺の路上にいる電子酒依存者みたいじゃないですか。ムサシ様は『イザナミ』の切り札! あらゆる事件を解決してきた不可視の刃ともいえる秘蔵の存在ですぜ! きっとパワフルでテクニカルでゴッドなお方に違いありませんよ!」


 そしてムサシを知らないゴッドは肩をすくめてそう言い放つ。そっかぁ、知らない人から見たムサシさんてそんなイメージなんだ。トモエは無言で納得した。噂だけが先行してイメージが乖離するのは、何時の時代でもある事なのだ。


「ムサシさんが動いているんじゃないとして……。じゃあ目的は何なの?」

「案外そこのクズエロ野郎の予想通りかもしれないわ」


 言って肩をすくめるボイル。


「はっはっは。クズエロ野郎が誰のことを指しているのか、このゴッド紳士なゴッド様にはわからないなぁ」

「あの部隊が単独で他企業の超能力者エスパーに嫉妬している可能性ね」

「せめて相手して!?」

「超能力災害を相手している自分達は、他企業の超能力者エスパーに負けるはずがない。それを打ち倒して、超能力者エスパーに勝ったという名声を得るんだって所かしら?」


 ゴッドの叫びを無視して、ボイルは説明を続けた。この手の嫉妬を受けることは慣れている。そしてその名声を与えたことは一度もない。公的に記録こそ残らないがボイルの任務達成率は高く、勝率も8割を超える。


「……じゃあ騒乱罪は……?」

「新企業なんて初めから信じてないってことね。あくまで私と敵対する理由として利用しているだけよ」

「しょうもな!」

「あくまで推測よ」


 叫ぶトモエに肩をすくめるボイル。とはいえ、大きく外しはしていないだろう。


「なら相手してあげたほうがよさそうね」


 少しずつ大きくなる足音を確認しながら、ボイルは覚悟を決めたように歩を進めた。バーゲストエネルギーの影響で通信が十全ではないにせよ、人海戦術の捜索は効果的だ。ここに隠れていれば、いずれ包囲されるだろう。


「その、出来るだけ殺さないでくれると嬉しいんだけど」

「できるだけ、ね。考慮するわ」


 こうして「『KBケビISHIイシ』002部隊とボイルの戦いは口火を切るのであった。

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